軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第523話 予想外の警戒

「貴様! なぜ剣を二本抜かなかった! なぜ魔法を使わなかったのだ!」

控室に戻った俺を待っていたのは、セレアンス公爵の怒号だった。

それからすでに十分近く、説教が続いている。

だが――この叱責は、甘んじて受けなければならない。

セレアンス公爵は、自らの手で兄を追放し、同胞を守り続けてきた男だ。

復讐の機会を奪われた公爵の憤りはもっとも――しかも、明らかに本気を出していないと分かる試合内容だからなおさらのこと。

握り締めた拳が俺に飛んでこないだけ、まだ配慮してくれているのだろう。

……とはいえ、いつまでもここに留まっているわけにもいかない。

その空気を察したリーガン公爵が、一歩前に出る。

「セレアンス公爵、続きは屋敷へ向かってからにしましょう」

天界石で結界が張られた、リーガン公爵邸でしか説明できないからな。

俺がラースの立場なら、間違いなくリーガン公爵、フレスバルド公爵、そしてセレアンス公爵の未来を視ている。

今この場で交わす言葉さえ、すでに奴に筒抜けかもしれないのだ。

「――もう、そのくらいでよろしいでしょう。フレスバルド公爵、セレアンス公爵を連れて、先に屋敷へ向かっていてください。私はこれからマルスと共に、ミリオルド公爵たちの控室に向かいますので」

まだ納得できない様子を隠しきれないセレアンス公爵を、フレスバルド公爵が軽く肩を押して連れ出していく。

その後を、スザク、ビャッコ……そしてバロンたちが俺に無言の視線を送りながら続いた。

――その目に書かれていたのは、ただ一つ。

(後で必ず説明しろよ)

閉まった扉を見送り、ふう、と小さく息を吐く。

「さて……マルス、そろそろ行きましょうか。相手の控室へ――」

リーガン公爵が俺に目を向けたその時。

彼女の視線がふと、もう一人の存在を捉える。

「……で、クラリス? あなたはどうして、ここに?」

リーガン公爵の問いに、クラリスは小さく首をすくめながら、それでもはっきりとした声で答えた。

「私も……一緒に行っては、ダメでしょうか?」

――切実な願い。

その声に、リーガン公爵も思わず困ったように眉を寄せた。

「……そうですねぇ。マルスの婚約者であり、しかも今年で三年連続ミスリスターのあなたが――お客様のお迎えに同行するのは、至極当然ではありますが……」

ちらりと俺の顔を窺うリーガン公爵。

俺に、判断を委ねるつもりらしい。

たしかに、公爵の言う通りだ。

本来なら、クラリスがもっと早く表に出ていてもおかしくなかった。

――今まで大人しくしていた方が、むしろ不自然だ。

「……そうですね。ここで変に勘繰られても面倒ですし――三人で行きましょう」

そう、俺は決意する。

ラースの狙いは、あくまで【剣神】とエリー。

そう、高を括っていた。

相手の控室に向かって、俺たちは歩き出す。

リーガン公爵が控えめに扉をノックすると――

現れたのは、ヨハンだった。

「ヨハン。先ほどの試合、見事でした」

柔らかな微笑みを浮かべ、そう告げるリーガン公爵。

ヨハンは軽く頭を下げ、茶目っ気たっぷりに返す。

「ありがとうございます。これで、復学……期待してもいいんですかね?」

冗談めかして持ち出してくるヨハン。

そういえば去年そんな話をしていたな。

だが、リーガン公爵はふわりと笑みを深めるだけで、何も言わずに受け流した。

公爵は視線を奥へと向ける。

控室の中央、無言で腰を下ろしていた――ミリオルド公爵に。

「今回は、我々の完敗です。本日十九時より、私の屋敷にて舞踏会を催します。バルクス国王、デアドア神聖王国の教皇、そしてザルカム王国の国王もお招きしています。ぜひ、お越しくださいませ」

リーガン公爵が丁寧に頭を下げると、ミリオルド公爵も一応、礼を返した。

ただし、その声には一片の感情もない。

「……ありがとうございます。これを機に、今後とも親交を深められればと」

形式的な言葉。

しかし、ミリオルド公爵の視線はリーガン公爵には向いていなかった。

――控えめに、俺の隣に立つクラリスへ。

それは彼だけではない。

部屋にいた執事たちも、ラースも……例外なく、クラリスに視線を注いでいた。

(まさか、クラリスの美貌に見惚れて……?)

一瞬、そんな考えが頭をよぎる。

だが――違う。

あれは、単に見惚れていたのではない。

特に、ラース。

彼の眼に宿るものは、明らかに警戒だった。

俺よりもクラリスを警戒……? 気のせいか?

答えの出ない疑問を胸に抱えながらも、ここで立ち話を続けるのは賢明ではない。

伝えるべきことだけを手短に伝え、俺たちはすぐに控室を後にした。

リーガン公爵は足早に屋敷の準備へ向かった。

舞踏会の準備――それは、ただ華やかに飾り立てるだけではない。

席順、警備計画の最終確認……どれ一つ、公爵抜きでは進まない。

リーガン公爵の後ろ姿を追いかけるように、クラリスと二人で話す。

「……なあ、クラリス。さっき――みんな、クラリスのことを見てたよな?」

問いかけると、クラリスはぎゅっと胸元を押さえ、俯きながら小さく答えた。

「……うん。でも――見られていたっていうより、睨まれていたと思う」

やっぱり……だが、どうして……?

ラースはすでにヨハンを通じてクラリスを視ているはずだ。

それがなぜ今になってクラリスを警戒する必要がある?

ただ一つ。

ラースがクラリスを警戒するということは、クラリスの身も危ないということ。

しかし、裏を返せば、クラリスも対ラースの切り札になる可能性があるということだ。

その理由を掴めれば、戦闘となったとき有利に働く。

「クラリス、理由は分からないが、ラースはクラリスを警戒している。絶対に俺から離れるなよ」

「うん……絶対に離れないよ……何をするにも私たちは一緒だから」

そう言うと腕を組んでくるクラリス。

そのまま俺たちはリーガン公爵邸まで歩き続けた。