作品タイトル不明
第479話 フォグロス迷宮2層
2層に入ると通路で休んでいる冒険者の姿はだいぶ少なくなり、部屋で戦うパーティも2、3パーティに減っていた。
そして俺たちを追ってきていた冒険者の姿も徐々に減っていく。きっとこれ以上進むとやばいというのを分かっているのかもしれない。
冒険者たちが戦闘している脇を抜け、通路を進むこと1時間。ようやく安全地帯の明かりが見えてきた。
しかし、不思議なことに安全地帯の周囲にもテントを張る冒険者の姿が。なぜあいつらは中に入らないんだ? そう思いながら部屋を覗くと納得の理由が。
「うわぁ。いっぱいだね。こりゃあ。それになんか臭くない?」
ミーシャの言う通り、部屋の一角を除いて、冒険者たちが荷物を下ろし、所狭しと雑魚寝をしていた。
部屋の中からは汗の臭い、血の臭い、アンモニア臭、それに……イカ臭いというかなんというか……まぁそのような匂いが充満している。迷宮の壁は有害物質を吸収してくれる作用があるはずなのだが、もしかしたら吸収しきれないのかもしれない。
その中をスキャルが先頭を切って進む。
「ちょっと臭いが気になるかもしれないが、すぐに慣れる。あの空いているスペースは上級冒険者専用の寝床だ。10人位は余裕をもって休めるし、女性たちにはちょっかいを出さぬようしっかり言い聞かせるから安心してくれ」
まさかこの中にクラリスたちを? クラリスたちも顔を見合わせるが、なんとそのクラリスが部屋の中に入ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って! スキャルさん! 戻ってきてもらってもいいですか!?」
クラリスの手を引き寄せ、スキャルを呼ぶ。こんなところにと言っては本当に失礼だと思うが、クラリスたちをここに泊めるわけにはいかない。
「どうした?」
どうやら何が問題なのか分かってない様子のスキャル。
「さすがにここは皆の目を引いてしまいます。僕たちは 人気(ひとけ) の少ない通路で休みますので……」
「人気の少ない通路? まぁ少ないところはあるが、通路の方が危険だぞ? 魔物もたまに出現するし……」
「はい。それでもここは……みんなはどうだ?」
女性陣に問うと、代表してクラリスが答える。
「マルスがそう言うのであれば、そうしましょう。今回はハチマルも連れてきているし、低層階であれば大丈夫かなって」
やんわりと俺の意見に同意してくれる。他の皆も同じようだ。
「スキャルさん。今18時なので、明日の7時にここで合流しましょう」
ちょっと時間に余裕をもたせた集合時間を提案する。こんなにも時間をとったのには理由がある。俺のMPが大分少なくなってきたから、クラリスたちには悪いが先に寝かせてもらおうとしているのだ。
「姫様たちの戦闘はまだ見ていないが、ミックさんのお墨付きとあれば問題ないのだろう。そこの通路を右に曲がってまっすぐ進むと行き止まりだ。休むならそこがいいと思う。では明日の7時に。俺はマルスたちのことを冒険者たちに伝えておく」
スキャルが再び部屋に入ろうとしたところを今度はクラリスが引き止める。
「スキャルさん。これを怪我している人たちに」
クラリスが鞄から 回復薬(ポーション) を取り出す。
「い、いや。これは大切に持っておいた方がいい。俺たちの方が危険なところに行くんだ。渡すと後悔することに……」
拒むスキャルの手にクラリスがかなりの量の 回復薬(ポーション) を持たせる。
「大丈夫です。怪我をしている人に渡してくださいね」
クラリスに触れられ、放心状態のスキャルを残し、安全地帯を後にした。
「ここなら良さそうじゃないか?」
目的の場所に辿り着くと、先客はおらず俺たちだけ。荷物を壁際に下ろし、女性陣に問いかける。
「そうね。クラリスがあの中に入っていこうとしたときはどうしようかと思ったわ」
「うんうん。皆のクラリスを見る目がヤバかったね」
「さすがにあそこまで注目されると怖いです!」
「全員幻魔眼で追い出してやろうと思ったのじゃ」
カレン、ミーシャ、アリスもこの場所を気に入ってくれたようだ。姫に限っては本心でないことを祈る。
「みんなごめんね。なんか断ったら自意識過剰なんじゃないかって思われるかなって」
クラリスが苦笑いを浮かべる。まぁ確かにクラリスたちからはなかなか断りづらい状況だったよな。
「さて、ちょっと俺はやらなきゃならないことがあるから、みんなはここで休んでいてくれ。ハチマルはいつ魔物が出てくるか分からないから警戒を頼む」
そう言い残し、踵を返すと、今来た道を戻る。
すると行き止まりだと言うのに、こちらに向かってくる10名程度の冒険者の姿が。その者たちは1層からついてきた面々ではなかった。
「皆さんどうしたのですか? ここから先は行き止まりですよ?」
血走った眼をした冒険者たちに問いかけると、冒険者の1人からまともな答えが返ってくる。
「いやあ。この先に宝箱がポップすることがあるんだ。だからちょっと様子を見にね」
た、確かに……そういうこともあるのかもしれない。そして宝箱というセリフはまさに言い得て妙。俺からしてみればあの鞄の中身は何よりも価値のある夢が詰まっている。
しかし、その理由で通すわけにはいかない。
「すみません。僕たちが来たときにはもう何もありませんでした。この先は女性たちが休んでいるのでこれより先に進むのは遠慮していただきたいのですが」
アルメリア迷宮やイルグシア迷宮であれば、管理者であるブライアント家の名前を出せば収まる話だが、ここではそうはいかない。
何度か問答が続くと、痺れを切らし始めた冒険者たち。
「おい! ちょっと顔がいいから自分だけは特別だと思いやがって!」
「お前ひとりで楽しもうってのか許せねぇ!」
「所詮は俺たちとお前は同じ穴の狢だ!」
得物を構え、力づくで押し通ろうとする。
こっちの方が対応しやすい。
得物を先に抜いたのは冒険者たちだ。俺の中での正当防衛が成立する。
「そちらがその気であるのであれば構いません。ですがお互い後悔のないように自己紹介だけはさせていただきます」
背中に差してある雷鳴剣を抜き、宙を斬る。と、同時に無詠唱で魔法を唱える。
(ウィンドカッター)
ウィンドカッターが、先頭に立つ冒険者の足元の床に深い傷を残す。
「僕はバルクス王国ブライアント辺境伯家次男、マルス・ブライアントと申します。去年、A級冒険者に昇格し、昨日同じくA級冒険者のスキャルさんとのランキングバトルの結果A級77位になりました。僕の後ろには大切な人たちがいます。その床の傷よりも前に進むのであれば、大切な人たちを傷つける意思があるとみなし、この剣の錆となってもらいます。これは僕の依頼主であるジオルグ王太子殿下より許可をいただいておりますので、覚悟があるのであればどうぞ。【剣王】の僕があなたたちの最後の戦相手となりましょう」
突然床にできた深い傷にビビる冒険者たちに脅しをかける俺。うん。間違いなく嫌われるやつだ。まぁクラリスたちと一緒に行動している時点で妬まれ、嫌われているんだけどね。
俺の脅しに動けなくなった冒険者たちの背後から聞き覚えのある声がする。
「何が【剣王】だ。このペテン師が。遠くから見てどうして俺の糸が切れたのかようやく分かったぜ。魔法で荷物を浮かべているのを見ていなければ、その床の傷が魔法で作られたものとは気づかなかったがな」
スキャルが憎まれ口を叩き笑顔を見せる。
「お前たち。相手が悪すぎる。俺でも何もさせてもらえなかった。いい勉強となったと思って諦めな。今度いい店奢ってやるから」
その一言で冒険者たちの心を鷲掴みにするスキャル。
「本当ですか!?」
「約束ですよ!」
「今から行きましょう!」
盛り上がる冒険者たち。
「マルス。悪かったな。こいつらにもしっかりとお前たちのことを言い聞かせるから、今回は許してほしい」
スキャルがとても男前に見えてきた。コディとコジーラセのハイブリッドと言ってスマンな。素直に謝るから俺も今度いい店に連れていってもらおう。誤解のないように言っておくが、もちろん社会勉強のためにだからな。
「分かりました。スキャルさんの顔に免じて今回は目を瞑ります。ですが次はないので。ではここから先は封鎖させていただきます。 石壁(ストーンウォール) !」
俺と冒険者たちの間に巨大な石の壁を発現させ、侵入を防ぐ。これで警戒すべきはポップしてくる魔物だけ。
その場を後にし戻ると、笑顔で迎えてくれる女性陣。
残り少ないMPで大きな浴槽を発現させたところで枯渇し、意識を手放した。