作品タイトル不明
第476話 誓約
2032年9月21日7時
「おはようございます。バルクス王。ジオルグ殿下」
朝食に招かれた俺たちが食堂に入ると、すでにバルクス王は席に座り、食事を摂っていた。バルクス王の右隣にはジオルグ。
バルクス王は何も言わず頷くだけ。正面に座れと目で合図を送ってくる。
「失礼します」
席に着き用意された食事をいただく。
「マルスよ。昨日は見事であった。その調子で迷宮の方も頼む。していつから潜れる?」
相変わらずの鋭い眼光のバルクス王。
「はい。僕たちにはあまり時間がありませんので、本日から潜ろうかと……」
「時間がない? どういうことだ?」
邪険に扱われていると思ったのか、不機嫌が声に出る。
「リーガン公爵にリスター祭までには何が何でも帰ってこいと言われておりまして……」
正直に答えると、表情が一転。バルクス王が豪快に笑う。
「そうか。そういえばもうリスター祭か。であれば納得だ。あの女も強欲だからな」
初めてリーガン公爵ががめつくて良かったと思った。
「今年は余もリスター祭に行こうと思っている。マルスよ。このクエストが終わったら共にリーガンへ行こうぞ」
げっ!? めんどくさいことになりそうだ……が、断るわけにもいかない。
「かしこまりました」
「うむ。ではよい報告楽しみにしておる。褒美は期待しておいてよいからな」
本当か……? と、思いつつも王と王太子から言われれば期待しちゃうよね。
「ありがとうございます!」
俺の言葉に満足そうに頷き席を立つバルクス王。
「ジオルグ、後は任せたぞ」
そう言い残し、バルクス王は部屋を後にする。
「では食べながら聞いてくれ。フォグロス迷宮のことを説明する。迷宮は街の中心にある10層から成る塔だ」
10層もあるのか……こりゃあ長期戦になるかもしれない。リスター祭に間に合うか?
俺の表情を読み取ったジオルグが、続ける。
「そう心配するな。攻略をしてくれと言っているわけではない。 迷宮飽和(ラビリンス) の兆候が見られるのは7層だ。そこまで間引きしてくれればよい」
それでも7層か。過去一だな。
「難易度だがバルクス王国の中では5本の指に入る屈指の迷宮だが、リムルガルド城や城下町ほどはないとミックから聞いている……が、 迷宮飽和(ラビリンス) の兆候があるからな。油断はしてくれるなよ」
当然だ。クラリスたちと同行するのだからな。
「もう1つ。スキャルを同行させるからそのつもりで」
「いえ、僕たちはこのメンバーだけで……」
遠慮してもらおうと思ったのだが、ジオルグは頭を振る。
「クラリスたちを連れて行くのであれば、この街の冒険者なら誰もが顔を知っているスキャルを連れていくべきだ。マルスは女性全員のことが好きなのだろう?」
ん? どういう意味だ? ジオルグの言葉を待つ。
「迷宮内にはたくさんの冒険者が潜っている。迷宮内にずっと潜っている者がマルスの連れている女性たちを見てみろ。どうなるか分かるな? しかしスキャルがいれば話は違う。あいつは皆の憧れだからな」
そういうことか。スキャルが餓えた男たちに対する抑止力になるということね。
「そういうことでしたか。であれば、僕の方からもお願いしたいです!」
即答すると、ジオルグが苦笑する。
「珍しいよな。貴族の息子……それも辺境伯の息子だというのに」
「どういう意味でしょうか?」
今度こそジオルグの言っている意味が分からなかったので質問すると、
「いや、なんでもない。朝食を摂ったら部屋に戻って迷宮に潜る準備をしてくれ。昼前にまた迎えに行く」
ジオルグは言葉を濁し、席を立ってしまった。
「どういう意味だったんだろうな。ジオルグ殿下の珍しいって言葉……」
部屋に戻り迷宮に潜る準備をしながら、誰に聞くわけでもぼそりと呟くと、自分とエリーの分の荷造りを終えたクラリスが答えてくれた。
「マルスが私たち全員のことを好きだからじゃないかな」
「当然だろ? 婚約者なんだから」
俺の答えを聞いたカレンが笑みを零しながら会話に加わる。
「飛ぶ鳥を落とす勢いの辺境伯家次男。普通であれば婚約者は政略結婚のためにあてがわれた女性たち。そこに愛があるわけないでしょ?」
なるほど。言われてみればそうか。
「でもね。私たちもおかしいのよ。カストロ公爵がマルスの婚約者に立候補したじゃない? 普通であれば私たちは大喜びしなければならないのよ?」
カレンが皆を見渡しながら話すと、クラリスが頷く。
え? クラリスは分かったのか? また俺だけ分からないパターン? 察してくれたカレンが分かりやすく説明してくれる。
「同じ婚約者にカストロ公爵が加わると公爵家に伝手ができるでしょ? 同時にリスクも背負うことになるけど、それでも普通の家であれば大歓迎のはずよ。むしろカストロ公爵との間に子を儲けるまで帰ってくるなとかいう家がほとんどでしょうね。ブライアント家に限っては当てはまらないと思うけど」
確かにブライアント家は当てはまらないな。マリアが猛反対するだろうし。
「でもあれは本心ではなく冗談だからな」
俺の言葉に皆が疑うような眼差しで見てくる。
「え? マルス? 気づいていないの?」
「……鈍感……でも好き……」
「まさかフラフレの気持ちも?」
「先輩! しっかりしてください!」
「なぜ妾の気持ちに気づいて奴らの気持ちに気づかぬのじゃ!?」
え? うそ? どう見ても演技っぽかったけど?
「でもお義父さんやお義母さんもだし、お義兄さんもそうだけど、ブライアント家の人たちっていい意味で変わってるよね。マルスもお義兄さんもレディファースト知らなそうだし」
「それくらい知ってるよ。ちゃんと心がけているし」
ミーシャに揶揄われるような口調で聞かれたので、少し語気が強くなってしまった。
「へぇ? マルスが? あっ! もしかして、マルスの言うレディファーストって馬車の安全を確認してから私たちに敬意を表して先に乗せてくれて、その間にパンツを見たり、昨日みたいにお風呂の安全を確認してから私たちに綺麗なお湯を使わせてくれて、その後マルスが残り湯で楽しむとか?」
「ああ。そこまで見えなくても太腿で充分満足だし、昨日の残り湯は最高……」
って何を言わせるんだ! これは誘導尋問! 無罪を主張する!
が、女性陣のリアクションは概ね良好。
エリーだけが、
「……相変わらず……変態……でも好き……」
と、笑顔で罵り? 抱きついてくる。
「マルス、これはあくまでもこのような考えもあるということだから気にしないでね。レディファーストっていうのはね、有能な男性や貴族を守るための防御策のことを言うのよ。馬車の中に暗殺者がいないか、風呂場で丸腰になったところを襲われないかどうかを確認するために女性を盾として先に行かせたりすることを言うの。毒見もそうね」
「――――え!? そんなことあるわけないじゃないか!?」
思わぬ言葉に反論するが、今度は隣にいたクラリスが俺の手を握る。
「マルスはマルスのレディファーストを貫いて。その内それがスタンダードだと思われるように」
「そうよ。それにリーガン公爵やカストロ公爵のように強い女性が台頭してきたことによって、意識が変わりつつあるの。さすがにマルスのようにそこまで大事にしてくるというのは聞かないけど」
なんてこった……俺だけがレディファーストの意味を正しく理解していなかったのか。
だがこれだけは許せないな。なんとしてでもこの考えは改めさせる!
そう心に誓い、ジオルグのノックを部屋で待った。