作品タイトル不明
第415話 涙雨
「……マルス……あそこ……」
北門を目指していると、エリーが東方面を指さす。
そこにいたのは北門に向かうバロンとミネルバ、そしてその2人を追うように必死な形相で走るダメーズだった。
「バロン! 起きたのか!?」
いつもよりも走る速度が遅いバロンに話しかけると、
「ああ。ダメーズに起こしてもらってな! 北門に行きたいから一緒に連れて行けと! マルスも人が悪い。起こしてくれればいいのに」
バロンは少しご立腹だった。
まぁあの状態のバロンを起こせるのは【暁】の中ではミネルバだけだろう。
だがそのバロンとミネルバも例に漏れずMPが少ない。
「今度から起こすことにするよ。でも調子の方はどうだ? 途中で起こされたから体が重いのではないか?」
「そうだな。正直本調子じゃないが、これもいい訓練だ」
バロンにしては珍しく真っ当な訓練だな。
話しながらも北門を目指している時だった。北門の方からあの叫び声が深夜のグランザムに響く。
それも1人や2人ではなく、かなりの人数の断末魔だ。
やはりこうなったか。
北門に向かっているメンバーには火魔法が得意なカレンと姫、そしてハチマルがいるからな。
このままではずっと断末魔がグランザムに響き渡り、皆の精神に悪影響を及ぼしかねない。
俺が早く北門に行きたかった理由の1つがこれだ。
「な、なんだ!? この叫び声は!?」
「え……なにこれ……さすがに怖い……」
おぞましい叫び声にさすがのミネルバも表情を曇らせるが、すぐに別の心配……俺と同じ心配をする。
「マルス君。今の声をカレン様が聞いたらきっと……」
「ああ、分かっている」
バロンもミネルバ同様カレンのことが気になるようで、早口でまくし立てる。
「マルス! 先に行け! 俺たちももっと速く走れるが、この街でダメーズを1人にするのはリスクがあるからダメーズがギリギリついて来られる速度で走る」
だからいつもよりも走る速度が遅いのか。
バーグッドの街での出来事もあるからな。この街でダメーズ1人、しかも夜道だと何が起きるか分からない。
「分かった! 敵は恐らく死人だ! 死人に火魔法だけは使うな! さっきの叫び声は恐らく火魔法を喰らった時の断末魔だと思うからな! エリー行くぞ!」
エリーと2人で先に北門へ急ぐ。
俺がホーリーで死人を倒す以外この断末魔がずっと響き続けると思ったのだが、そうでもなかった。
北門方面から避難する住民をかき分け、北門が見えてくる頃に断末魔が止んだのだ。
なぜ? 風纏衣(シルフィード) を展開し、更に北門へ急ぐとそこには意外な光景が広がっていた。
アリスが死人を倒していたのだ。それもクラリスの 魔法の弓矢(マジックアロー) を射られた時のように、死人たちは安らかな表情をしながら消えていく。
ミーシャは囮になったり、風魔法を使ったりして、アリスの正面に死人がくるようにしている。
雲に覆われた夜空を照らす為に、カレンは夜空にファイアボールを、ハチマルは空に向かって火の玉を吐き続けている。カレンの表情を見るからに大丈夫そうだ。
サーシャはカレン、ミーシャ、アリスの3人に指示を出しながら、自身も風魔法で援護をしている。
「みんな! 無事か!?」
俺が声をかけると、死人を引き付けていたミーシャがこちらを見ずに答え、カレンも続く。
「なんとか! でもちょっとヤバかった!」
「ありがとう。私たち は(・) なんとか堪えることができたわ!」
2人の言葉に胸をなでおろすと、サーシャが叫ぶ。
「マルス! 街の中にたくさん死人が入ってしまったわ! 私たちはここで死人をこれ以上中に入れないようにするので精一杯なの!」
「分かりました! 僕が風魔法でこっちに死人を運んできます! その前に教えてください! なぜアリスは死人を倒せるのですか!?」
これだけは聞いておいた方がいいと思ったので聞くと、カレンが答える。
「私たちも考えたのだけれども、もしかしたらあの聖銀のレイピアのおかげかもしれないわね。あと死人を運んでくる前にアリスにラブエールを。戦う前に怪我人を治療しているからもうMPがだいぶ少ないはずよ。それにアリスも喜ぶだろうし」
そうか! 聖銀のレイピアは神聖魔法使い専用装備だ。その力が死人に対して効果的というのは納得できる。
「分かった! アリスにラブエールを唱えてから死人を探してくる!」
アリスが戦っている死人をウィンドで後退させてから、アリスを抱きしめラブエールを唱える。
「アリス! よくやった! まだいけるか!?」
「はい! ありがとうございます! 今はちょっと汗をかいているので、また後でお願いします!」
こんな嬉しい申し出を断るわけがない。
「分かった! でも気をつけろ! 1人で無理はするな! サーシャ先生! みんなをお願いします!」
この場を4人に任せてエリーと一緒に死人の探索をしようとすると、なぜかずぶ濡れになった狐姿の姫が俺の肩に飛び乗ってくる。
そういえば姫もこっちに来ていたんだった。姫も一緒に来てくれれば芭蕉扇でMPを消費することなく死人を吹っ飛ばすことができる。
「姫! 人に戻り芭蕉扇で死人を運ぶことはできるか!?」
「もちろん……! じゃがミーシャには変化を解くのは風呂に入ってからにしろと言われておっての……妾のは汚くないと何度言っても聞かなくて」
汚い? 何か事情があるのか……もしもMPが本当にヤバかったらもう一度お願いして人に戻ってもらうことにするか。
「エリー! 街の中に入っていった死人の位置は分かるか?」
姫に温風を当てながら聞くと、エリーが頷く。
「よし! 俺たちは街の中に入っていった死人を探すぞ!」
エリーに死人の位置を教えてもらい、俺がウィンドやウィンドインパルスで死人を北門周辺に吹っ飛ばす。
その最中に姫が先ほどの断末魔の事を教えてくれる。
「最初は妾がファイアを放ったのじゃが、物凄い叫び声をあげてのぅ。ちょっとだけびっくりした妾にミーシャがいきなり水魔法をぶっかけてきおったのじゃ」
だからずぶ濡れだったのか。でもなぜ水をかけたのだろうか? 俺の疑問をよそに姫が続ける。
「問題はその後じゃ。己らが火に弱いということを認識しておったようで、火を見ると明らかに強張るのじゃが、それでも真っすぐ目標に向かって進んでくるのじゃ。少し迂回すれば浮かんでいるファイアボールを躱せるというのに。まるで……」
「操られているようだった?」
姫の言葉を途中で遮ると、姫が頷く。
なんとなくそう思っていたが、誰がこんなむごいことを……。
そう思っていると、索敵をしていたエリーが少し焦った声で俺に話しかけてくる。
「……マルス……! ダメーズ……! 襲われてる!?」
なんだと? バロンとミネルバが近くにいるはずじゃないのか?
「どこでだ!? 1人か!?」
「……バロンとミネルバ一緒……!」
どういうことだ? だが考えていても仕方ない。
「エリー! 案内してくれ!」
俺の言葉を聞く前にエリーは駆けだしていた。それだけ事態はひっ迫しているということか。
意外にダメーズまでの距離は近く、すぐに1体の死人と対峙しているダメーズの所に着く。
ダメーズは死人の持つ剣に斬られており、深手を負っていた。
それをバロンとミネルバがただただ見ているだけだった。
「バロン! どうしてダメーズさんを助けない!?」
俺の問いにバロンが怒鳴りながら答える。
「俺たちだって助けたい! だけど絶対に手を出すなとダメーズが聞かないんだ! だがこれ以上はさすがに我慢できない!」
バロンが両手を前にし、いつでも魔法を放てるように準備をすると、ミネルバが補足する。
「マルス君! 本当なの。どうやらあの死人はダメーズの知り合いみたいで……」
なに!? 知り合いだと!? ダメーズはこの街の出身だから知っている顔がいても不思議じゃない。だがただ知っているだけの相手に斬られて尚、手を出すなということはいくらんでもないだろう……。
そう思い、必死にダメーズが死人に対して何かを叫んでいる言葉に耳を傾ける。
「どうして!? どうしてお前が……。他のメンバーは……【バーカーズ】はどうなった!?」
【バーカーズ】だと!? 確かダメーズが謀反を起こした時にビートル伯爵に奴隷落ちさせられたダメーズの身内か!?
死人は手に持つ剣を振りかぶりながらもダメーズの問いに答える。
「……ミンナ……ディクソンニカワレテ……コロサレタ……」
「ディクソンか!? お前たちをこうしたのは全てあいつのせいなのか!?」
【バーカーズ】のメンバーが剣を振り下ろしながらも、ダメーズの問いに答えようとするが、さすがにこのままではダメーズは死んでしまう。
ダメーズを助けようとウィンドを放とうとした。それはバロンも同じようで「ウィン……」と唱えた時だった。
光の矢が【バーカーズ】のメンバーの胸を貫通したのは。
矢の放たれた方を見ると、クラリスとアイクが遠くからこちらに向かって走ってきているのが見えた。
あの距離から届いたのか……さすが【弓王】だな。
射貫かれた方を向きなおすと、【バーカーズ】のメンバーが安らかな表情を見せながら、
「……ニゲロ……マダマダシビトハタクサンイル……ディクソンモ……」
最後の言葉を残し、消滅していった。
クラリスとアイクの2人と合流し、7人でダメーズの下に急ぐと、すぐにクラリスがヒールをかけながら謝る。
「ごめんなさい……まさかダメーズさんの身内の人だったなんて……」
クラリスの言葉にダメーズが、
「聖女よ。お前は礼を言われど、謝ることなどしてはいない。ヌケップも聖女に逝かせてもらい本望だろう。ありがとう」
あふれる涙を隠さずにクラリスに礼を言う。
これがあのダメーズか? 自らを回復しなかったからクラリスに斬りかかった奴とは同一人物とは到底思えない。
「俺とミネルバはダメーズを一旦ビートル伯爵の屋敷まで連れて帰る! アイク様たちはこのまま北門へ……」
バロンがダメーズを気遣うが、
「このまま北門へ行く。俺のことは気にするな」
ダメーズがきっぱりと断る。
俺的には非戦闘員のダメーズがいると戦いづらいのだが、ダメーズのどこか覚悟を決めた表情を見ると、それは言い出せなかった。
「……分かった。だがダメーズ! お前のことは守り切れないかもしれない! 危なくなったらすぐに逃げろ! いいな!」
アイクがダメーズの同行を許すと、ダメーズが片膝をつきながら頭を垂れる。
するとグランザムを覆っていた雲から雨がぽつぽつと降り始めた。
「涙雨……」
クラリスがぽつりと呟く。
だがこの雨はダメーズ だ(・) け(・) の涙雨にはならなかった。