軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第405話 温泉

重い空気の中、俺とクラリスはコンザに案内されて貴族街にある温泉へと向かう。

寝ているエリーは姫に託した。

姫も今回の件で大分疲れたようで、エリーと同じベッドで寝るとのこと。

まぁ姫がいれば、ヘルメスの街では安全だろうからな。

「足元には気を付けてくれよ。温泉施設だけは直したらしいが、それ以外はこのありさまだ」

コンザが先頭に立ち、俺がクラリスの手を引きながら瓦礫だらけの貴族街を歩く。

ポロンは首謀者としてこれだけのことをやってしまった。

死者は出なかったとはいえ、ポロンへの罰は当然だ。

クラリスも先ほどビラキシル侯爵に聞いた言葉を巡らせているのだろう。口数が少ない。

瓦礫で埋もれた道なき道を歩くこと数十分。ようやく魔石の光に照らされた建物が見えると、黙っていたクラリスから感嘆の声が漏れる。

「うわぁ。あれが温泉かしら」

「そうみたいだな。露天もあるのかな?」

会話を続けるために話に乗っかると、クラリスがぎこちない笑顔を見せながら答える。

「あるといいわね。でも絶対に覗きとかはダメよ?」

「覗きも何ももしかしたら混浴かもよ?」

「え!?」

混浴という言葉に驚き、クラリスの表情が素に戻る。

「マルス、残念ながらそれはない。他の温泉施設は混浴のところが多いが、ここは姫様も利用するからな」

「……そうなんですか。残念だったね。クラリス」

まるでクラリスが混浴に入りたいと言っているかのように俺が答えると、

「ちょ……残念って。私が!?」

驚きながらも先ほどまでのぎこちない笑顔ではなく、いつもの笑顔を見せながらクラリスが否定する。

落ち込んでいるクラリスもかわいいけど、クラリスには笑顔でいてもらいたい。

そんな俺の想いが伝わったのか、しおらしくクラリスがお礼を言ってくる。

「強引に背中おされちゃった。でもありがとうマルス」

「何のこと?」

とぼけた表情で答えると、クラリスは笑顔を見せるだけで、もう何も言わなかった。

「ほら、着いたぞ。俺はここで見張っているからな。脱衣所は女が奥で、男が手前だ。俺の事は気にせずゆっくりしてくれ」

ようやく温泉施設まで辿り着き、コンザが前で見張ってくれるという。

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

そう言ってクラリスと2人で温泉施設に入る。

「じゃあ俺はこっちだから。先に上がって待っているからクラリスはゆっくりと入ってくれ」

「うん。マルスもゆっくりあったまってね」

男性用脱衣所の前でクラリスと別れる。

脱衣所に入り、制服を綺麗にたたんでからドアをあけると、湯けむりと同時に 金気臭(かなけしゅう) と夜風が俺を迎えてくれる。

そう。温泉は露天で天井はなく、空には満天の星空が広がっていた。

まるで日本に転移したかのような光景は、温泉好きなクラリスでなくともテンションを上げるには十分だった。

まずはかけ湯と思いながら風呂桶を探しても、そんなものはなかったので、土魔法で風呂桶を作り、ついでに椅子も作る。

しっかりと綺麗にしてからじゃないとな。

入念に体を洗い、ついに温泉に浸かる。

温泉は乳白色の濁り湯で、完全に冷め切った体には熱い。

何度も腰辺りまで浸かって、熱いから立ち上がってを繰り返してようやく慣れると、湯けむりが濃い、奥の方へゆっくりと進む。

俺は温泉マニアではないが、温泉に入る際はすこしだけこだわりがある。

それは湯口を見ながら温泉に浸かることだ。

もしかしたらこれは俺だけではないかもしれないが、こんなことを話しあう機会なんて無いからな。

湯口まで着くと、大量のお湯が浴槽へ流れ込んでいるのに驚く。

何度か温泉に入った事はあるが、こんな勢いで出てくる湯口は初めてだ。

ぼーっと湯口を眺めながら温泉に浸かり、かなりあったまったなと思った頃、誰かがこちらに向かって歩いてくる気配がした。

なんだ、結局コンザも入ってきたのか。

ん? でもコンザが入ってくるとなると、俺が入ってきた方から来るはずだよな? どうして反対側から?

そう思っていると、湯けむりの向こうからこちらに向かってくる人物も俺に気付いたようで、話しかけてくる。

「あら、一番風呂をいただいたと思ったのですが、先客がいらっしゃったようで」

え? この声って……どうして? でも俺がこの声の主を絶対に間違うわけはない。

「く、クラリス!?」

思わず声がする方に話しかけると、こちらに歩いて来ていたであろうクラリスが、慌てて乳白色のお湯に浸かる音が聞こえた。

「マルス!? なんで!?」

「いや、俺は男性用の脱衣所からそのまま入ってきただけなんだけど……」

突然の出来事に心臓が大きく鼓動し始める。

「わ、私も女性用の脱衣所から来たんだけど……」

クラリスが戸惑いながらも答える。

「俺は本当に覗こうとそういうつもりはなくて、湯口を見ながら温泉に浸かるのが好きで……」

慌てて弁明する俺にクラリスがくすっと笑いながら、

「大丈夫よ。マルスのことは信用しているから」

信用……いい言葉だ。数年前に眼鏡をかけた小悪魔にハメられ、正座をさせられていたあの頃の自分に聞かせてやりたい。

「それにマルスが本気で覗くつもりであれば、あのマントを使いながら透視眼を使うはずだから」

そうか! その手があったか! 透明になりながら透視眼なんて夢にも思わなかった。思わず手を叩くとクラリスが、

「あ、今のは忘れて! 絶対よ!?」

そんなことを言われてももう遅い。この体は才能に満ち溢れている。忘れるわけがない。

何も返事をせずにいると、

「ねぇ? マルスのところから湯口見えるの? さっきマルスから聞いてビックリしたのだけれども、私も昔から湯口を眺めながら温泉に浸かるのが好きだったの」

おぉ! ここにも俺と同じ考えが! しかもそれがクラリスだとは!

「ああ! 見えるよ! クラリスもか!」

思わずテンションが上がり、興奮気味に答えると、

「本当!?」

クラリスが嬉しそうな声を上げる。

しかしその後に続く言葉はとても恥ずかしそうだった。

「私もそっちに行ってもいい?」

「え? あ、ああ……」

思わぬ言葉にしどろもどろになり、心臓の鼓動が更に激しくなる。

俺が返事をするとクラリスが温泉に浸かりながら近づいてくる。

そしてついに視認ができる距離になった。

温泉に髪の毛が浸からぬように、纏められた髪にはタオルが巻かれ、白い肩が乳白色の温泉からのぞく。

胸元も豊かなカーブを想像させる位置まで見える。

何よりその恥じらう顔が、たまらなく愛おしい。

「ちょ!? あんまり見ないでよ!?」

「わ、分かった」

だがそんなことを言われても、勝手に視線がそちらに向かう。相棒も元気ハツラツだ。だがそれ以上に俺の心臓が……なんかこの感覚どこかで経験した気がするのだが、それがどこだったのか思い出せない。

俺の視線に耐えかねたクラリスが、指示を出す。

「マルスはあっち向きに体を向けて! 私はこっちに向けるから! それでも湯口は見えるからいい?」

言われるがまま、クラリスに背を向け、クラリスと反対側を向く。

すると俺の背中に何かが触れる。

「こっちは見ないでよね」

クラリスが俺の背中に背中を合わせ、寄りかかってきているのだ。

背中同士でも分かる肌のきめ細やかさと柔らかさを感じると、心臓が 早鐘(はやがね) を打つ。心臓が……痛い。

そんな俺の想いとは裏腹に、クラリスが真剣な声で問いかけてくる。

「ねぇ……ポロンってやっぱり……」

「ああ。沙汰は変わらないだろう」

思わず俺の声も低くなる。

俺の言葉にクラリスも押し黙る。

無理もない。ポロンが魔物化したのを目撃した者たちがたくさんいる。

人造魔石のせいだと説明しても、また魔物になるかもしれないという思いから、ヘルメスの街の者たち……特に同族の狸族の者たちがポロンの処刑を懇願したのだ。

これが狸族の総意であり、この街に住む者たちの大部分を占めたのである。

ポコラスも自身の保身のために、すべてポロンの指示だと言ったようだ。

事前にポンゴから聞いていたので、それは違うとビラキシル侯爵には弁明したのだが、もうどうしようもない所まできてしまったらしく、恩赦を与えることすらできないとのことだ。

中にはポロンさえ処刑してくれれば、どんな処分でも受けると言った者もいたという。

公開処刑を望む声も上がり始めたので、ビラキシル侯爵が追放に処すからもうこの話題に触れることを禁止した。

しばらく沈黙が続いたが、クラリスがずっと抱いていた疑念をぶつけてくる。

「ねぇマルス。ポロンってこの街を追放されたらどこに行くのかしら? 行くあてなんてあるのかしら? 追放というのは名ばかりで、イセリア大陸の魔物の餌になれということではないのかしら? それにポロンに手を貸した者全員……」

多分そうだろう。イセリア大陸で街から追放というのは、ある意味公開処刑よりも重い。

ポロンであってもいつかはMPが尽きる。戦闘力が高い分、一般人よりも苦しむ時間は長いはずだ。

俺がビラキシル侯爵の立場に立った場合、処刑にしてあげた方がポロンにとっては苦しむ時間が少なく、いいのではないかと思うほどだ。

だからビラキシル侯爵の追放という沙汰に狸族の者たちが納得したのだろう。

クラリスの言葉に何も答えられず、ただただ時間が過ぎていく。

沈黙が俺たち2人を支配していた時だった。クラリスが急に声を上げる。

「きゃっ!? ちょっとマルス、やめてよ!」

何のことか分からない俺がクラリスに聞く。

「ん? どうしたの?」

「とぼけないでよ。私の膝触ったでしょ?」

膝? 触りたいのはやまやまだか触りたくても触れない。なんせ背中合わせに座っているんだからな。

「いや、触ってないよ?」

俺の言葉をクラリスも一旦は信じてくれたのだが、どうやらまた何かが触れたようで、

「あれ? 私の勘違いかしら。何か触られた気が……きゃぁ!? ほら、今私の脹脛を」

また俺を疑いにかかる。

「え? ほら俺の手はここに。それに触りたくても遠くて触れないよ」

そう言ってお湯の表面を両手でバシャバシャと叩く。

「そ、そうよね……マルスが触れるわけない……きゃは」

今度はくすぐったそうな声をクラリスが上げる。

「だ、大丈夫か?」

さすがに心配になり、声をかけると

「な、何かいるの。私の足裏を舐め……え? 舐める!?」

クラリスが慌てて立ち上がると、俺とクラリスしかいないはずなのに、温泉から何者かが上がる音が聞こえた。

「ま、マルス! ウルド! ウルドが!」

なんだと!? 俺がここに入った時は間違いなくウルドはいなかったはずだ!

ということは俺とクラリスが話している間に温泉の中に湧いたのか!?

姫やコディからはヘルメスの街ではたまに魔物がポップすると聞いていたが、まさかこんな時にこんな場所で!?

クラリスが 氷槍(アイススピア) を唱えて殺そうとしたようだが、すぐに詠唱を止める。

「ここで倒したら、ウルドの血で温泉が! マルス! 一緒にお願い!」

元より言われなくてもそのつもりだ!

クラリスの必死な声と同時に振り返ると、ちょうどウルドがジャンプし襲い掛かってくるところだった。

「ウィンドインパルス!」

「ウィンド!」

俺のウィンドインパルスとクラリスのウィンドがちょうど飛び掛かってきたウルドに直撃する。

さらに俺は街の外まで吹っ飛ぶように何度もウィンドインパルスを唱えた。

あれだけ勢いよく吹っ飛ばしたのだから、いくらこの高い街門を誇るヘルメスの街とは言え大丈夫だろう。

「良かった……クラリス、怪我は……」

ただただクラリスに怪我がないか心配してクラリスの方を向こうとした瞬間に気付く。

今のクラリスは何も身に付けていない。

このまま振り向くとそこにはこの世で一番美しいものが見られる。

そう思うと同時に、直接心臓をハンマーで殴られたかのような衝撃が走る。

そして思い出す。この感覚はあの時の感覚と同じだと。あの時はクラリスの心音を聞こうとして……

「マルス!?」

俺を心配するクラリスの声が聞こえた気がしたが、俺が気を失う前に見た物は、絶世の美女の裸ではなく、満天の夜空を涙のように流れる星だった。