作品タイトル不明
第362話 風聞
「……気になる事があったから相談していただけだ。それにいつサーシャが帰ってくるかも分からないから時間がある時はここにいる」
ミーシャの何でここにいるのという質問にダメーズが答える。
おいおい……さすがにまだ帰ってこないぞ!? おまえは忠犬か?
するとこの会話を聞いていたミックが意外そうな表情で俺に問いかけてくる。
「どうしたんだ? マルス? 美女たちを連れてこんな所まで」
「こんにちは、ミックさん。ミックさんを探しにリーガンの街に出て、目撃情報をもとにここに来ました。ちょっとお話があるのですがよろしいでしょうか?」
「別に構わないが……ダメーズはどうする? あまりにも気になるというのであれば協力するが?」
協力? 何のことだ?
「……いや、大丈夫だ。もし何かあったらまた声をかける。すまなかった」
相変わらず奴隷らしくない態度でミックに答えると、西門の方へ向き直り、視線をずっと門へ固定する。
ダメーズを残し学校の方へ戻りながら気になったことを聞いてみる。
「ダメーズさんがミックさんに何の用があったのですか? そもそも2人は以前からお知り合いだったのですか?」
「いや、今日冒険者ギルドで初めて声をかけられた。ダメーズは俺の事をよく知っているようだったからきっと調べ上げたのだろう。ダメーズからは少し相談をされただけだ。どこまで話していいかは分からないのだが……」
ミックが俺の質問に答えにくそうにするとミーシャが
「ミックさん? ダメーズってお母さんの奴隷って知ってました?」
「ああ。サーシャさんの奴隷と言われたからここまで一緒に来たんだ。そうじゃなければあんな怪しそうなと言ったら失礼かもしれないが、付いて行く訳ないからな」
恐らくミーシャはダメーズがサーシャの奴隷だから自分たちに何を話したのか教えてもいいんじゃないかと暗に言ったつもりなのかもしれないが、結局 こ(・) こ(・) で(・) は(・) 話さなかった。
「俺が教育係? しかも生徒はA級冒険者だと!?」
食事処に7人で入り早速要件を言うとミックが驚く。
「はい。【流刃】の3名をどうにかしてくれないかとの事でして……」
「うーむ……確かに後進を育てようとは思っていたが、こういうのは……。それにバルクス国王に仕えていて、辞めたらすぐに他国の公爵家に仕えるというのは俺の信条にも反するし……だがマルスのおかげで今の俺がある……ちょっと考えさせてもらってもいいか?」
左腕の火傷跡を見ながらミックが申し訳なさそうに言う。うん。ミックの言うことはもっともだよな。バルクス国王の専属A級冒険者という事はかなり踏み込んだ事情を知っているはずだ。
そのミックがすぐにリーガン公爵に仕えるなんてことになったら間違いなくバルクス国王は不快感をあらわにするだろう。そしてそれを義理堅そうなミックが良しとするわけがない。
「分かりました。なんかすみません。考えてみれば断って当然のような依頼をしてしまって。リーガン公爵の方にもやんわりとこのことを伝えておきますので」
その後はいつものようにミーシャのマシンガントークで盛り上がり、20時を前にして帰路に就く。
ミックと学校の正門前で別れ、女性陣を寮の前まで送るとクラリスが
「送ってくれてありがとう。マルスも気を付けてね」
どうやらクラリスにはバレているようだ。おやすみのキスをするとエリー、カレン、ミーシャ、アリスも目を閉じるので、唇を交わした後に今来た道を戻る。ずっとクラリスたちと幸せな時間を過ごしていたかったがそうはいない。すでに20時を過ぎている。急がなければ。
「お待たせしました!」
正門の近くで立っているミックに声をかけると
「ああ。良く分かったな」
「はい。どうやら僕だけではなくクラリスも気づいているようでしたよ」
先ほどの席でミックがずっと俺に何かを訴えかけているような気がしたからな。あの場では話せない何かがあるなというのはなんとなく分かったし、門兵がいるにも関わらずずっと俺たちを見送ってくれていたしな。
「本当か? これでも感情を悟られないようにするのは得意なのだが。まぁ余談はここまでにしておいてさっきダメーズが言っていた件だ」
「はい。僕もそれを聞きたかったです」
ミックが周囲を見渡し、誰もいない事を確認したうえで、声を低くして話始める。俺もサーチで周囲を警戒したが誰もいる気配はなかった。
「最近よく冒険者が行方不明になっているらしい。行方不明になっている冒険者は全員低いランクの者らしく、それはこのリーガンに限った事ではないとの事だ。たまたまかもしれないが、このタイミングでサーシャさんが居ない事が不安との事だ。剣聖と聖女が近くに居ればここまで気にすることは無かったとも言っていたぞ」
冒険者が行方不明? ミーシャが居たからあの場で俺に話せなかったのか。あの場で話していたらミーシャが心配するだろうしな。
それにダメーズは俺やクラリスの事をそんなに評価してくれていたのか。
「でもサーシャさんにはライナー先生とブラム先生が一緒なので大丈夫だとは思いますよ」
「ああ。それも知っているようだったが、それでもさっき言ったようにマルスとクラリスが一緒ではないから心配との事だ」
「わざわざありがとうございます。教育の件はリーガン公爵の都合が合えばですが明日話しておきます。ミックさんの言う事は当然だと思いますし、リーガン公爵も分かってくれると……いえ、もしかしたらリーガン公爵も……」
「そうだな。噂に聞いているような人物であればリーガン公爵は今の俺を雇うような人物ではないはずだ。コロコロと仕える者を変える人間ほど信用されないはずだしな。取り敢えず俺はもう宿に戻る事にする。時間もそろそろやばいんじゃないか?」
ミックの言うように時計の針は21時を指そうとしていた。
「はい。それではまた今度。今日はありがとうございました」
2032年3月23日7時
「やっぱりリュートさんたちは来なかったのね」
「ああ、恐らく今は筋肉痛で動けないんじゃないか?」
ゴンやカールたちと登校していると、いつものようにクラリスが後ろから声をかけてくる。
本来であれば今日の朝も一緒に訓練するはずだったのだが、リュートたちは現れなかった。あとで聞いたのだが、今俺が言ったように筋肉痛で動けなくて、リュートはトイレすら1人で行けなかったという……
「やっぱり俺はマルスと一緒に訓練するのはやめておこう……A級冒険者がそんなことになるんだったら俺なんて……やっぱり自分に合ったペースというのは大事だよな!」
どうやらゴンはビビってしまったようだが
「ゴン、体を虐めに虐めぬいた先にしか得られない……見えないものもあるんだぞ!? リュートさんも今は痛くて辛いかもしれないが、その痛みがいずれは快楽となり癖になる」
バロン、お前が言うと別の意味にしか聞こえないし、その光景は決して見てはいけないものだ。女性陣やゴンは引いていたが、カールだけは一生懸命バロンの言葉に頷いていた。
こんな調子で教室まで行き、ローレンツにリーガン公爵との謁見の約束を取り次いでもらうが、昼しか空いていないとの事だったので、昼にクラリスと2人で屋敷に行くことにした。
当然エリーも同行すると言ってきたが、エリーには遠慮してもらった。ラースの件を聞けるかもしれないからな。その代わり今日一緒に寝てほしいと言われたのでもちろんOKした。むしろ俺へのご褒美でもある。
さすがに泊まることはしないが、エリーが寝るまでは一緒にいるよと言ってからのエリーはずっとご機嫌だ。
なんで泊まらないのかって? 【黎明】部屋にはミネルバがいるからな。バロンの気持ちを考えると泊まるというのは憚れる。
2032年3月22日9時00分
「マルス、この前訓練に付き合ってもらったお礼をしたいのだけれども、何かある?」
闘技場で木剣を打ち合っている最中にクラリスが聞いてくる。本当はこうやって一緒に訓練できるだけでも満足なのだが、前々から欲しかったものがあったので素直に要望を言う。
「ああ。じゃあクラリスの匂いのついたものを毎日渡してくれないか? できればエリーと同じようにハンカチがいいんだけど……この前の礼拝堂で戦った時のようなことがあった時の為に」
俺の精神安定剤として、またいざという時のための匂い対策として欲しかったのだ。
「え、ええ……分かったわ。でもこの前のような状況で私が近くにいるときはハンカチではなく……私も怖いから近くにいてほしくて……」
俺と 鍔(つば) 迫り合いをしながらクラリスが恥ずかしそうに言葉を濁す。これって直接匂いを嗅いでいいって事だよな? クラリスの方を見て意思の確認をすると、俺と視線を合わせないようにしながら頷く。
「あ、あと今度ハンカチを買いに行こう? お店の中に入って一緒に選んでよね。マルスの買うんだから」
話題を変えたいのか木剣越しにクラリスが可愛くおねだりしてくる。まさか訓練に付き合うだけでハンカチとデートのご褒美をもらえるなんて……
リーガン公爵の屋敷に行く時間になるまでクラリスの照れている顔を見ながら訓練を続けた。