作品タイトル不明
第353話 成果
2032年3月20日17時
「アイスランス!」
クラリスが右手に持っていた木剣で斬りかかってきながら、左手を体の正面に突き出し、魔法を唱えるとようやくアイスランスが発現した。
ようやくというのは18日に試合が決まって以来ずっとこれを……これだけを繰り返し練習していたのだ。昨日は朝4時から18時まで、今日も朝4時からこの時間まで、昼ご飯も食べずにずっと同じことを繰り返していた。
エリーもついさっきまで訓練していたのだが、こちらはもうほぼ盤石だったため、他のみんなと部屋に戻っている。だから今ここには俺とクラリスしかいない。
え? 薄情だって? そんなことはない。他のみんなは早めに戻って、クラリスが帰って何もしなくてもいいように、いつもクラリスがやっている家事をアリスが中心となり分担しているのだ。
クラリスは 魔法の弓矢(マジックアロー) を射ながら魔法を撃つことは出来たのだが、剣を振りながら魔法を撃つことが出来なかった。
剣と弓では勝手が違うし、遠距離と近距離でも勝手が違うからだろう。本番を明日に控えギリギリで習得したのだ。
ちなみにミーシャは刺突しながら魔法を放つことが出来る。これは暴走マラソンの特訓の成果でもある。カレンも出来るがカレンの得物は鞭で距離感がまた違うからな。
「やったな! クラリス! 出来たじゃないか!?」
俺が木剣を放り投げ、目に涙を浮かべているクラリスを抱きしめに行くと
「……ありがとう。ずっと付き合ってくれて……でもあと少しだけお願いできない? この感覚を忘れたくないの」
クラリスも俺の背中に手を回しながらおかわりを催促してくる。
「当然だ。ここで感覚を忘れてしまっては勿体ないからな。いくらでも付き合うよ」
こうして俺とクラリスの2人での特訓は19時にまで及んだ。
「これで自信をもってヒルダさんと戦えるわ! もしも近づかれたとしても……いえ、最初から接近戦を挑んで努力の成果を見せてやるわ!」
クラリスが満足するまで訓練を共にし、2人で寮に帰る際にクラリスが言う。
「そうだな。でも油断はしないでくれ。相手の方が対人戦の戦闘経験は俺やクラリスよりも確実に上だ。それに怪我だけはしないでくれよ」
俺の言葉にクラリスが微笑みながら
「相変わらず心配性ね。分かっているわ。回復できるくらいの傷で済ませるから。あとお礼は絶対にするからね! 何がいいか考えておいてよ」
クラリスの方がよっぽど心配性だと思うのだが。回復できるくらいの傷すら負ってほしくない。
それに俺にとってはこうやって2人の時間が十分お礼になっているのだが、もう1つくれるというのであればすでに俺の頭に思い浮かんでいるものはある。
明日の試合の事や【流刃】の事を話しながら女子寮付近まで歩くと、女子寮の前にはエリー、カレン、ミーシャ、アリスの4人が部屋着に法衣という、男子生徒がいたら卒倒してしまうような姿でクラリスの帰りを待っていた。
「おそーい! 心配したんだから!」
ミーシャが大きな声を出しながら駆け寄ってくると、みんなもミーシャの後を追ってクラリスを出迎える。
「ごめんね、でもようやくミーシャのように接近戦しながら魔法を放てるようになったの」
クラリスの言葉を聞いたミーシャが
「え!? 本当!? おめでとう!」
自分の事のように喜んだ。それはミーシャだけではなくここにいる全員だ。みんなが女子寮の中に入っていくのを見届けてから俺も男子寮に戻った。
2032年3月21日7時
「なぁマルスは今日何をするのか知っているか? 昨日先生に言われたんだけど、午前中の授業が急になくなったんだが?」
登校中にゴンが聞いてくる。こうやってゴンと登校するのも3日ぶりだ。昨日、一昨日はクラリスと一緒に4時には既に闘技場で訓練していたからな。
「今日は在校生代表のバロンと新入生代表の子が戦うのをみんなで見るんじゃないのかな? その後おまけの試合があると聞いたが?」
もちろんおまけの試合と言うのは俺とリュートの試合だ。クラリスとヒルダ、エリーとマチルダの試合は他の生徒には非公開だからな。
「なんだ? 在校生代表はマルスじゃなくてバロンなのか」
「そうなんだ。色々あってな。まぁ楽しみにしておいてくれよ」
いつものように雑談をしながら教室まで向かった。
2032年3月21日9時
教室に着いてからすぐに闘技場に向かい、試合前のウォーミングアップをしていると、生徒達が徐々に観客席を埋めていったので、選手控室に戻り、時が来るのを待つ。
「ねぇバロンの相手は誰かもう分かっているの?」
ミーシャがバロンに聞くと
「ああ、ラウィン子爵家の次女、レイラという女の子らしい。もしかしたら新入生の代表が女の子という事もあって、リーガン公爵はマルスを在校生代表に選ばなかったのかもしれないな」
「言われてみればそうね。マルスであれば新入生代表と戦って、リュートさんとも戦う事ができるものね」
バロンの言葉にカレンが納得する。確かに女の子相手だと分が悪いからな。
「お待たせいたしました! 早速ですが新入生代表と在校生代表試合を3年ぶりに開催したいと思います!」
突然のアナウンスに闘技場にいる生徒たちは盛り上がり、歓声に沸く。
リーガン公爵はバルバス伯爵や他の貴族と共に、別の部屋で観戦しているようだ。
「まずは在校生代表で今年の新入生闘技大会の前衛の部の大将を務め、その華麗な立ち回りで他校の大将を圧倒したその者の名はぁ!!! レイラ・ラウィンンン!!!」
アナウンサーの紹介と共に反対側の選手控室から1年生にしては少し背が高い女の子が出てきた。かなり場慣れしているのか観客の声援にも応える余裕があり、いい表情をしていた。
【名前】レイラ・ラウィン
【称号】-
【身分】人族・ラウィン子爵家次女
【状態】良好
【年齢】10歳
【レベル】20
【HP】34/34
【MP】102/102
【筋力】22
【敏捷】26
【魔力】18
【器用】20
【耐久】12
【運】1
【特殊能力】剣術(Lv4/C)
【特殊能力】土魔法(Lv2/E)
【特殊能力】風魔法(Lv2/E)
【装備】疾風薙刀
【装備】疾風の法衣
おぉ! 結構強いな……それに 薙刀(なぎなた) なんてこっちの世界にきて初めて見たが、かなり長いな。2mくらいはあるだろう。
レイラを鑑定していると隣にいたクラリスが心配そうに俺を見つめながら
「ちょっと? マルス? そんな熱心に見つめてもしかして6人目なんて考えていないわよね?」
いらぬ誤解を招いてしまったようだ。鑑定していたことを言うと、いつものクラリスの表情に戻った。これからは女性を鑑定する時も気を付けないとな。
「続きまして! 我らがリスター帝国学校……いやリスター連合国、至宝の入場です! 容姿、家柄、才能、全てを持ち合わせたこの男は剣聖マルスの下で更に成長しております! ご存じ北の勇者! バロォォォンンン・ラインハァルゥトォォォオオオ!!!」
バロンの事がアナウンスされるとバロンが俺たちに向かって「行ってくる」と言うと、ミネルバが
「しっかりやったらご褒美を上げるからね」
魔法の言葉を囁くとバロンが今にも涎を垂らしそうなだらしない表情で頷く。
しかしまた闘技場の方へ振り返るとキリっとした表情に戻る。そして大歓声の中、拳を突き上げながら登場する。
バロンとレイラが中央で握手をすると
「北の勇者のバロン先輩と戦えるなんて光栄です! よろしくお願いします!」
レイラがキラキラとした表情でバロンに言うと
「ああ、俺もこの場でレイラと戦えることを誇りに思うよ。遠慮なく攻撃してくるといい」
2人は少し離れて試合開始の合図を待つ。
「始め!」
試合開始と共にレイラが薙刀を薙ぎ払うとバロンは剣でそれを受け止める。遠心力の加わった薙刀の攻撃はそれなりに重いとは思うが、さすがにステータスの差がありすぎるため、剣を片手にしたバロンにあっさりと受け止められてしまっている。
何回も薙刀を振り、必死にバロンに一太刀浴びせようとするが、さすがにそんな甘い世界ではない。それに疲れてきたのかどんどんレイラの薙刀を振る勢いが弱まっている。
何回かバロンに薙刀を弾かれ、レイラの疲れがピークに達した時だった。レイラが渾身の力で振り切った攻撃を、初めてバロンが躱したのだ。
レイラは当然バロンが受けると思っていたのか、体が流されそのまま倒れてしまい、その場で「参りました」と負けを認めた。
観客もレベルの差に生徒たちは驚いていたが、勝利アナウンスが流れると入場時以上の歓声が上がった。
バロンが倒れているレイラの手を取り、反対側の選手控室までレイラをエスコートする姿は紳士そのものだった。
しかし選手控室に戻ってきてミネルバのご褒美を期待している今のバロンは俺たちがよく見る勇者の表情をしていた。