作品タイトル不明
第352話 思惑
ヒルダの挑発にまんまとクラリスが乗っかり、そしてエリーもチャイナドレスの女性を敵視しており、相手方もエリーを睨みつけている。そしてヒルダがクラリスに放った言葉に一番驚いていたはリュートだった。
「お、おい……お前……まさかあの色男に惚れたのか?」
リュートが動揺を隠すことなくヒルダに問うと
「あん? アタイだけじゃなくマチルダもだよ!? それにアンタだってクラリスという子に釘付けじゃないか?」
「なっ!? 違う! ただ今まで見たこともないくらいの美女だったから見ていただけだ! ま(・) だ(・) 好きになったわけではない!」
リュートは見た目と変わらずバカなんだな。まだという事はこれから好きになるという事だろう? 少し2人の中に暗雲が立ち込めてきた。するとリーガン公爵が
「ヒルダの挑発に乗ったのは、それだけクラリスがマルスを真剣に考えているからです。この勝負でお互いを賭けることは認めません。もしもそのような事が行われるのであれば試合自体没収致します」
ぴしゃりとリーガン公爵が言うと3人は押し黙った。良かった……まぁリーガン公爵が言ってくれなかったら俺が言うつもりだったのだが。試合は3日後とリーガン公爵が言うとバルバス伯爵と共に3人は校長室を去った。
「さて、マルス。あの者たちを見てどう思いましたか?」
4人が退出し、静かになったところで俺に聞いてくる。
「その前にありがとうございます。変な事にならなくてホッとしました」
俺がリーガン公爵に対して頭を下げてお礼を言うとクラリスも
「どうしても許せなかったので挑発に乗ってしまいました。マルスを賭けるなんて絶対に出来ない事って分かっているにも関わらず、隣にいるべきではないと言われてつい……」
俺よりも深く頭を下げる。するとエリーもペコっと頭を下げた。正直エリーは殺気を放っていただけで何もしていないのだが……
俺たちの言葉にリーガン公爵が笑顔で応えてくれたので、さっきの質問に答える。
「鑑定したのはA級冒険者昇格試験の時であまり印象に残っていないのですが、僕がリュートさんに負けることはないと思います。怖いのがあの2人の女性です。もう1人の女性の方も実は元A級冒険者ではないのですか?」
俺の質問にリーガン公爵が笑みを浮かべながら
「まぁそうでしょうね。マルスであれば魔法を使わなくても勝てるでしょう。それにマチルダが元A級冒険者だと良く分かりましたね。彼らはA級冒険者の80位の壁を突破できない者たちなのです」
「80位の壁?」
疑問に思ったことをそのまま口に出すと
「去年は8人もA級冒険者の欠員が出たので、B級冒険者のみで戦い、勝者がA級冒険者になりましたが、例年であればあのあとA級冒険者に勝たないといけません。
B級冒険者が挑戦権を得ると80位までのA級冒険者に指名挑戦することができます。かれらはA級冒険者になったはいいものの、下から上がってくるB級冒険者相手に負け、維持できなかった者たちなのです。ちなみにリュートは今回で3度目のA級冒険者です。彼らのような冒険者は少なくありません」
そういえばそんなことを前に聞いたことがあったな。
「本来であれば彼ら3人の攻撃をマルス1人で受けきってもらおうと思っておりました。試合という形ではなく訓練として。ですがリュートがどうしても戦ってみたいと言っていたようなので、ある意味いい機会だと思ってマルスに戦ってもらおうと思ったのです」
「いい機会ですか?」
リーガン公爵に聞き返すと
「そうです。今年アイクはA級冒険者昇格試験を受けるのでしょう? マルスにはいつもA級冒険者とB級冒険者を行き来しているリュートの実力を見極め、アイクがどのくらいの立ち位置なのかを教えて欲しいのです。それにマルスが戦う事によって今度アイクに会う時にアドバイスが出来るでしょう? この前クラリスに話した事を含めて悪い条件ではないと思うのですが?」
クラリスに話した事? そういえばクラリスは俺の紹介が酷いと言ってリーガン公爵に直訴しに行った際、リーガン公爵は俺たちの事を考えてくれていると言っていたな。その件は後でクラリスに聞くことにしよう。
「分かりました。ではリュートさんとの試合はなるべくリュートさんの情報を引き出しながら戦います」
俺の言葉にリーガン公爵が満足そうに頷く。きっとアイクがA級冒険者になれるくらいの実力だと判断したら間違いなく推薦人としてアイクを推すのだろうな。
「ヒルダさんのステータスはどんな感じですか?」
俺がリーガン公爵に聞くとクラリスが
「マルス、私は真正面からヒルダさんと戦うわ。相手は私の事を知らないのでしょう? だったら私も情報はいらないわ。それに私が負けてもマルスの隣にヒルダさんが来るわけではないもの」
正々堂々と戦いたいらしい。まぁ何も賭けていないからいいだろう。
「エリーはどうしますか? マチルダと戦いますか?」
リーガン公爵の言葉にエリーが
「……やる……後悔させる……」
基本対人戦になるとエリーは手加減をするのだが、今回は珍しくエリーもやる気を見せる。
「分かりました。今回マルスとリュートの試合だけ生徒の前で見せて、あなたたち2人は前回の武神祭の時のように非公開で戦ってもらいます。試合はさっきも言いましたが3日後です。クラリスとエリーはしっかりと準備をするように。マルス、2人を頼みましたよ?」
リーガン公爵の言葉に頷き俺たちも校長室を後にした。
2032年3月18日11時
「許せないわ! クラリスの事をそのように罵って! 私が消し炭にしてやろうかしら!?」
闘技場に戻り校長室での出来事をみんなに伝えるとカレンが怒りを露わにした。
「私もそういう人嫌だな。クラリスとエリーはマルスの隣にいる為にリムルガルド城まで一緒について行ったのに」
ミーシャも不快感を示すと、
「クラリス先輩! エリー先輩! 絶対に負けないで下さい! なんでも協力しますから!」
アリスも同様にヒルダに敵対心を向ける。
「ありがとうみんな! 絶対に勝つわ! マルス、悪いのだけれども私とエリーの訓練に付き合ってくれないかしら? お礼はするから。私とエリーをしごいて!」
「当然だ。礼なんていらない。というかこうやって一緒にみんなと居られることが幸せだからな。頑張ろう! ただ後で聞かせて欲しい事がある。いいか?」
クラリスとエリーが嬉しそうに頷き、猛特訓を始め、18時まで訓練をし続けた。
2032年3月18日20時
「はい、水魔法で出したお水だけど……」
クラリスがコップに水を注いでテーブルに置くと、いつものように俺の右側に座る。
左にはいつものようにエリーがマルス成分を一生懸命吸収しており、アリスは床に座っている俺を背中から包み込むように抱きしめてくれ、カレンとミーシャは正面から胸に飛び込んでいる。
分かっているとは思うが俺は今【黎明】部屋にいる。学食でご飯を食べ、風呂に入ってから男のロマンでステルス状態になりここまで来たのだ。決してお礼をしてもらいに来たわけではないからな。その証拠に今日も虚しく相棒が1人で元気に佇んでいる。
ミネルバはというとハチマルと一緒に部屋に戻っている。
「ちょ、ちょっといいか? この前リーガン公爵になんて言われんだ?」
このままずっと至福の時間を過ごしてもいいのだが、それはこの質問を聞いた後からでもいいだろう。
「あれ? 言っていなかったっけ? マルスの卒業後の事」
クラリスが俺に聞き返してくる。
「ああ。何も聞かされていないのだが、もしよければ教えてくれ。リーガン公爵が俺たちの事を考えてくれていると言っていたが、何をどう考えてくれているんだ?」
「分かったわ。じゃあ分かりやすく言うからマルスは私の質問に答えてね」
クラリスの言葉に頷くと早速クラリスが
「マルスはこの学校を卒業したらどこに行くの? ここに留まる? それともアルメリア? または違う場所?」
「取り敢えずアリスが卒業するまではここにいると思う。アリスが卒業したらアルメリアに戻ろうと思うけど、俺たちと一緒にアリスも卒業できないかリーガン公爵に聞いてみるつもりではいるんだ。リリアンも1年で卒業できたしね」
クラリスの質問に答えると、アリスは嬉しかったのか後ろから「ありがとう先輩。大好きです」と言い、俺のお腹辺りに手を回し、後ろから更に強く抱きしめてくれる。
「そうね。もしも一緒に卒業できた場合、アルメリアに戻るでしょ? その時のマルスは子爵かしら?」
「そうだな。子爵だと嬉しいのだが、もしかしたら男爵かもしれない。それは父上にしっかりと聞いてみる必要があるかもしれない」
「ねぇマルス、マルスは私たち全員と結婚してくれるよね?」
俺の胸の中にいたミーシャが体を起こして俺をしっかりと見つめながら聞いてくる。
「当然だ。じゃなきゃこんなに肌を重ねているわけないだろう?」
少し強めに言うと
「良かった。でもね、子爵では私とアリスは結婚できないの……」
ミーシャが悲しそうに言うと、初めて何が言いたいのかが分かった。
「そうか! 爵位か! 子爵では3人までしか結婚できないのか!」
俺の言葉に今度はカレンが
「A級冒険者になったマルスはバルクス王国に戻れば、伯爵位も手に入れることが出来るでしょう。マルス自身を戦争の道具にすることによって……バルクス王国ではA級冒険者は伯爵位を得られる事もあるらしいから……でもそんなことを私たちが望むと思う?」
確かに望まないかもしれないが、結婚するためには……そう考えているとクラリスが
「リスター連合国には私の両親、セレアンス公爵やブラ、カレンのフレスバルド公爵家、サーシャさんがいるのよ? マルスは国に命令されたら私の両親をその手にかけることになるかもしれないのよ? 今はリスター連合国に協力を仰ぐ形になっているから攻めることは無いかもしれないけど、マルスがバルクス王国に戻ったらどうなるかは分からないわ」
クラリスの言葉にミーシャ、カレンが続く。
「お母さんと戦うの?」
「フレスバルド家……お兄様とも戦うことになるのよ?」
「……マルス望むなら……叔父さん、ブラは敵……私はマルスについて行く……」
サーシャは俺に付いて来てくれると言っていたが、戦争になった場合はどうなるか分からない。当然戦えるわけないし、フレスバルド家とも戦えない。もちろんクラリスの両親ともだ。エリーは相変わらずだったが、エリーとセレアンス公爵やブラッドを戦わせるわけにもいかない。そしてクラリスの一言が決め手となった。
「マルス……義兄さんとも戦う事になるかもしれないのよ?」
そうだ! アイクはもうリスター連合国のメサリウス伯爵になるんだ。もしも俺がバルクス王国に戻り領地拡大の為に、小競り合いではなく本格的にリスター連合国に攻めろと言われれば、アイクが出てくる可能性は高いだろう。リーガン公爵であればそうするはずだ。
「そこでね、リーガン公爵が色々考えてくれているの。マルス、リスター連合国の爵位 も(・) 持たない? それも上級貴族の爵位をよ」
「どういうことだ?」
クラリスの言葉を聞きなおすと
「リーガン公爵が学校を卒業したら伯爵位をマルスに授けると言ってくださっているの。当然その分厳しいクエストを受けてもらうとは言われたのだけれども、伯爵位を叙爵されれば私たちの家族がバラバラに……血で血を洗う戦いをしなくてもいいかなと思って」
確かにリスター連合国から戦争を仕掛けることは今まではないからな。これからもないかと言われれば分からないが、バルクス王国よりかは可能性が低いだろう。
「ありがとう。話してくれて。思う所はかなりあるが、確かにリスター連合国で伯爵位を持つのがベターな気がする。まだ先の話だが俺の方でも真剣に色々考えておくけど悪いようにはしないし、重要な事は皆に相談する。みんなもそれでいいか?」
俺の言葉に全員が安心したようでみんなより一層強く抱きしめてくれ、前後左右から柔らかい感触に包まれ至福の時間を過ごした。