軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第338話 おめでた

2032年1月28日9時頃

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……すまん、マルス……もう限界だ」

アイクが息を切らしながら言うと走るのをやめて歩き出す。

「分かりました。アイク兄は馬車の中で休んでいてください。僕はハチマルともう少しだけ走るので」

3台の馬車のうち最後方を走っていた【紅蓮】の馬車を止めて、アイクが 無(・) 人(・) のワゴンに乗りこむ。

眼鏡っ子先輩はどうしたのかって? 眼鏡っ子先輩は今、【紅蓮】の前を走っている【黎明】の馬車でミネルバを含めた女性陣みんなと話をして盛り上がっている。

今日は朝6時に西リムルガルドを出発して、ここまでずっと俺とアイクは走り続けてきた。

俺はいつものように 火精霊の鎖(サラマンダーチェーン) を操り、時には悪路を土魔法で舗装しながら走っていた。

出発した時はバロン、ブラッド、コディ、そしてクロムの4人も一緒に走っていたのだが、4人とも途中で脱落したのだ。

そのため【創成】のワゴンの中は野郎連中がクタクタになって横たわっている。

魔物も多少は出てきたが、そこはハチマルの出番だ。楽しそうにハチマルが狩りをしていた。

アイクが【紅蓮】の馬車を止めワゴンに乗り込むと、【黎明】の馬車も止まり、心配そうに眼鏡っ子先輩がワゴンから降りてきた。

「マルス、アイクは大丈夫?」

「ええ……少し疲れただけだと思いますが……」

眼鏡っ子先輩がアイクをこんなに心配するなんて珍しい……いや、そういえばリムルガルド城に潜る時もいつも以上に心配していたな。確か俺とクラリスとエリーにアイクをよろしくねって言っていたような……

まぁリムルガルド城に潜ると言えば誰だって心配はするだろうが、眼鏡っ子先輩のアイクに対する信頼を考えると、俺には少し意外な感じがした。眼鏡っ子先輩が降りてくると、後からクラリスも降りてきて

「お義姉さん、心配ならお義兄さんの所に一緒に行きましょう」

眼鏡っ子先輩の両肩に後ろから優しく手を置くと、眼鏡っ子先輩はクラリスの言葉に頷いてから俺に問いかけてくる。

「マルス……今日はあとどのくらい移動するの? あと5時間くらい?」

少し不安な様子で眼鏡っ子先輩が聞いてくる。あれ? 今日の目的の街を伝えていないんだっけ?

「あと2時間くらいですかね? 西リムルガルドから近く、西リムルガルドの北北西に位置する街ですね。地理的に今までその街を通過した事すらなかったですが……」

西リムルガルドから北北西になんて行くことはないからな。リーガンは西リムルガルドから北北東方面だし、アルメリアは西だからな。

「そんなに近いの!? なんだか気を遣わせているみたいで申し訳ないわね……でもありがとう」

ん? またアイクと同じように感謝されたぞ? 俺が何をですか? と聞こうと思った時にはもうクラリスが眼鏡っ子先輩の背中を押して【紅蓮】の馬車の中に入ってしまっていた。

なんか眼鏡っ子先輩がしおらしいと調子が狂うな……もしかしたら眼鏡っ子先輩は体調でも悪いのだろうか?

「ウォォォンンン!」

俺が考え込んでいるとハチマルが雄たけびを上げる。どうやらハチマルは待ちくたびれているらしい。リムルガルドではマラソンに連れて行ってやれなかった分、ここでストレスを発散させてやらないとな。

ハチマルと一緒に馬車の前を走り、今日泊まる予定の街へ向かった。

2032年1月28日11時

予定通り、本日宿泊する予定の街に到着した。10分ほど前からバロンとクロムが馬車から降りてきて3人で馬車の先頭を歩いている。

ハチマルもペットとして見られていたようで、すんなり街の中に入る事が出来た。門兵の対応を見ると、この先あまり気にしなくてもいいのかもしれないと思ってしまえるほどだった。

一番の難関は学術都市リーガンだと思うが……リスター帝国学校には動物すら許可が無いと入れないからな。そして許可された例を特別なイベント以外で聞いたことがない。

それにしてもこの街、やたらカップルが多いな……

「この街やたらとカップルが多いよな?」

バロンが行き交うカップルを見ながら話しかけてくる。やはりバロンも俺と同じことを思っていたようだ。するとクロムが

「このアンザーンはその名の通り、中央大陸中から妊婦が安産のバッヂを求めて集まってきますからね。カップルのほとんどは子供を授かった人、それかこれから授かりたい人なのでしょう」

その名の通り? ああアンザーンと安産を掛けているのか。というとバッチはお守りのような物なのか。ここであればクラリスたちが街を出歩いても、変な奴らに絡まれる可能性は低いかもな。なんせお相手がいる者たちばかりだからな。

それにこちらにはバルクス王国第2王子様がいる。ほとんどの者はその威光の前にひれ伏すだろうから団体行動をしている限りは大丈夫だろう。

先頭を走る【創成】の馬車の中にいるブラッドとコディはワゴンの中で寝ていたので、【黎明】のワゴンに顔を出し、「外に出るか?」と聞くとみんな嬉しそうに外に出て、暴走エルフが跳ねるように街の中に入っていく。

他のメンバーもミーシャを追いかけるようにして続くと、それを見ていたクロムが俺の方を見てきたのでクロムに対して頷くと、クロムがミーシャたちを追いかける。そしてバロンもクロムに続いた。

最後に【紅蓮】のワゴンに声をかけると、中にはまだクラリスがおり、眼鏡っ子先輩と隣同士で肩を合わせて嬉しそうに何かを話している。

「街に着きました。どうやらこの街はカップルが多く、安全そうなので歩きますか? クロムがいるので何かあっても対処は出来ると思うのですが?」

「あら? もう着いたの? ずっとお義姉さんと話をしていたから全く気付かなかったわ。どうしますか? お義姉さん」

俺の言葉にクラリスが答え、眼鏡っ子先輩に聞くと

「ありがとうマルス。でも私は遠慮しておくわ。みんなを警護してくれて外に出っぱなしのマルスには非常に申し訳ないのだけれども、なぜか疲れちゃってね。宿まではワゴンの中にいるわ」

眼鏡っ子先輩がまたもしおらしい態度で答える。やっぱりおかしい……いやもしかしたら本当はこういう人なのかもしれない。アイクは一度ワゴンの外を見てから

「俺もエーデと一緒にいる。それにしてもマルスの言うように本当にこの街はカップルが多いよな。みんな幸せそうだし。もしもエーデの疲れが取れたらあとで一緒に散歩でもしてみるか」

やはり思う事はみんな一緒か。クロムに教わったばかりの事を2人に伝える。

「この街はアンザーンという街らしくて、中央大陸中の妊婦や子供を授かりたいカップルがこの街に来るそうですよ」

俺の言葉を聞いたアイクがワゴンからすぐに飛び降りてきた。そして眼鏡っ子先輩もアイクに手を引かれワゴンから降りると

「本当か!? マルス!? こういう場所があるというのを聞いたことはあったがまさかこことは……ありがとう!」

アイクがまたも俺にお礼を言うと眼鏡っ子先輩が

「さすがアイクの弟だけあって、マルスは最高の……うぅっ!」

途中まで言葉を発すると、急に気持ち悪くなったのか口元を急いで抑える。

「お義姉さん大丈夫ですか?」

2人と一緒にワゴンから降りてきたクラリスがハンカチをポケットから取り出して眼鏡っ子先輩の口元に当てると、すぐに眼鏡っ子先輩の顔色が良くなった。

「……ありがとうクラリス。このハンカチ少し借りていていいかしら? とてもいい匂いでなんだか落ち着くのよ」

眼鏡っ子先輩がクラリスに聞くとクラリスが

「ええ、もちろん。 つ(・) わ(・) り(・) にも効いて良かったです」

え!? つわり!? そんな前兆今までなかっ……いや、あったな。そう言えば眼鏡っ子先輩はずっとお酒を飲んでいなかった気がする。最近の眼鏡っ子先輩はどこか様子が違っていたからな。

もしかしてクラリスがこの前「ねぇ気づいた?」って言っていたのはこの事だったのかもしれないな。昨日一緒に俺たちと酒を飲まなかったのも眼鏡っ子先輩が心配だったからか。

あぁだからアイクが昨日クラリスにあれだけ感謝していたのか。それにしてもつわりにも効くクラリスの匂いって本当に万能薬だな。

「すまないな。本当はすぐにでもマルスに知らせたかったのだが、もしも違った時が怖くてな。まぁ今も妊娠したと決まったわけではないのだが……そしてそれを分かったうえで、敢えて何も言わずにエーデの体調を考えてくれたようで、本当に感謝する」

もしかしたら移動距離がいつもよりも少ないのとか、悪路を舗装したりしていた事のお礼なのかもしれない。

昨日も無理せずに西リムルガルドを出発しなかったから、飲みの席でお礼を言われたのか。だが今はそんなことを考えている場合じゃないよな。

「義姉さん。取り敢えず宿で休みましょう。クラリス、クラリスはこれから義姉さんの近くに居るようにしてくれ。どうやらクラリスの匂いはつわりにも効くらしい。アイク兄、このことはみんなに黙っておいた方がいいのですか?」

クラリスが嬉しそうに「うん」と言って頷くと、アイクが

「すまないな、クラリスを借りることになってしまって……宿に戻ったらみんなに俺とエーデから伝えたいのだがいいか?」

「当然です。もしも妊娠だとしたら僕からも提案がありますので、後でみんなで話し合いましょう」

アイクと眼鏡っ子先輩が俺の言葉に頷くとクラリスが

「私たちもいつかここに来ようね」

幸せそうなアイクと眼鏡っ子先輩を見ながら俺の手を握ってきた。