作品タイトル不明
第289話 不穏
2032年1月14日3時
いつものように青リンゴのようないい匂いと、全身を柔らかい感触で包まれながら目を覚ます。
俺の顔はミーシャの首筋から鎖骨あたりに埋もれていた為、ミーシャが着ている俺のブカブカなワイシャツが開けて小さく白い肩が見える。
視線を下の方に移すとミーシャの小さな双丘が見えそうだが、今見るときっとミーシャは嫌がるだろうから見るのをやめておこう。
ミーシャが自信をもって見せてくれるまで我慢だ。
俺の腹の上で寝ているミーシャを抱きかかえて俺が寝ていた場所に寝かせる。
トレーニングの準備を終えてから部屋の外に出るとアイクが既に俺たちの部屋の外で待っていた。
「おはようございます、アイク兄」
「ああ、じゃあ行こうか」
2人で一緒にビスマルクの街を走る。
「マルス、なんだ? 左手に鎖なんか巻いたりして。もしかしたら次は鎖を使うつもりか?」
アイクが走りながら鎖を弄っている俺に気づくと
「迷ってはいるんです。剣も剣王がゴールではないのは分かっておりますが、自分に合う武器が他にないか色々試しているんです」
「そうか、マルスらしいな。じゃあミネルバに……」
そこまで言うとアイクは言葉を詰まらせた。やはりミネルバに教わるべきではないと思っているのだろう。
アイクはそれ以上何も言うことは無かった。
2032年1月14日13時
ようやくスザクとの待ち合わせの街の西リムルガルドが見えてきた。
待ち合わせが15日だからかなりギリギリだったがまぁいいだろう。
近くまで行くといつもと違う光景が広がる。いつも冒険者が街門の警備をしているのだが、上から下まで煌びやかな鎧を装備した者たちが街門を警備していた。
検問がとても厳しいらしく、多くの人々が西リムルガルドの街に入れず街門の周辺で愚痴をこぼしていた。
「なんで入れないんだ?」
「あいつらは何の権限があって俺たちを締め出すんだ!?」
入れなかった者たちの恨み節を盗み聞きしていると
「ねぇマルス、いつもこの街は何か起こらない? 最初は不浄王でしょ? この前はコジーラセ男爵だったじゃない? ちょっと警戒だけはしておきましょう」
「確かにな。クラリスたち女性陣はなるべく馬車の中にいて外に顔を出さないようにしてくれ」
クラリスを始め女性陣全員が俺の言葉に頷き、ワゴンを閉める。
俺とアイク、ライナー、バロンの4人で周囲を警戒しながら検問の順番を待ち、ようやく俺たちの検問の出番となった。
「この街に何の用だ?」
煌びやかな鎧を着た者に高圧的に質問をされるとアイクが
「私はブライアント伯爵家アイク・ブライアントです。ここにはバルクス国王のクエストをリスター連合国フレスバルド侯爵と一緒に受けるために参りました」
アイクは明日で成人だから言葉遣いを意図的に変えているのだろう。
ちなみに明日からアイクはブライアント子爵家当主となる。ジークは子爵位と男爵位を持っているからな。まぁすぐにメサリウス伯爵家当主になってしまうんだけどね。
「ブライアント伯爵家? アルメリアのか? ちょっと待ってろ、今確認を取ってくる」
俺達は門前払いをされずに、別のピカピカな鎧を着た者が急いで街の中に走り出す。
「かなり厳重ですね。何かあるのでしょうか?」
「恐らくな。見てみろあの鎧を。傷1つない全くの新品のようだ」
確かにアイクの言う通りピカピカな鎧を着ている。こいつらは戦闘をあまり……いや全くしたことが無いのかもしれない。
待っている間にも街に入れなかった者たちがどんどん弾かれている。その光景をしばらく眺めていると予想だにしなかった者から声をかけられた。
「マルス先輩! アイク先輩! お久しぶりです!」
煌びやかな鎧を着けた者たちを引き連れて来たのは優秀な方の殿下であった。
「クロム殿下、お久しぶりでございます」
俺とアイクは片膝をついて挨拶をする。
「事情は聞きました。とにかく中へ」
クロムに言われるがまま俺たちは厳重すぎる検問を通過し、西リムルガルドの街へ入ると、様々な色の煌びやかな鎧を着た者たちが、胸を張り、肩で風を切りながらそこら中を歩いている。
そしてその偉そうな者たちに西リムルガルドの住民たちが顔色を窺うように媚び諂っていた。
街の各所では炊き出しが行われており、そこでも住民と思われるものが料理や酒を鎧を着ている者たちに振る舞っており、鎧を着た者たちは血色がよく満足そうだが、住民たちは見るからに疲労の色が濃い。
クロムに案内されたのは領主の館ほど大きくはないがそれでも立派な屋敷だった。
屋敷の前まで女性陣はワゴンの中で皆から見えないように息を潜めてもらい、女性陣が屋敷に入ってから馬車を馬宿に預けた。少しでもトラブルを減らしたいからな。
どうせ女性陣を見た途端に俺の女になれというテンプレが始まるに決まっている。
それは【黎明】女性陣だけの問題ではない。眼鏡っ子先輩やミネルバ、当然サーシャも言われるだろう。
「クロム? 教えて欲しい、この騒ぎはなんだ?」
屋敷につき広間に案内されると早速アイクがクロムに聞いた。ちなみにこの広間にはクロムが人払いしたので俺たちとクロム以外には誰もいない。
だからアイクもクロムに対して普段通りの話し方に戻っている。
「あの者たちはこのバルクス王国の王都バルクスに住む中央貴族の血縁者です」
「なんでそんなお偉方がここにいるんだ?」
当然の質問をアイクがするとクロムがため息をつきながら
「それは、第1王子の兄、ジオルグがなかなか攻略の進まないリムルガルド城を攻略すると言い初めまして……」
「まさか、あの鎧を着ている者たちだけで行くつもりなのか?」
「兄もそこまではバカではありません。各貴族のお抱え冒険者や騎士団の代表を連れてここに来ております。冒険者たちは街の東側におります。先ほど街を警備していた者たちは全て兄の私兵です」
「なんでそんなことを?」
アイクの質問はまだまだ続く。
「それは、後継者問題かもしれません。父がなかなか兄を後継者に指名しないから痺れを切らして……実際に僕にも同行を求めてきたのですが、僕はただ見るだけで、手出しは許さないと言われまして」
「殿下、この集団はいつここから出発するのですか?」
たまらず俺もクロムに聞くと
「兄たちは明日ここを出発するようです」
クロムと呼び捨てにした時に誰かが入ってきたら大事だからな。俺は絶対に殿下と呼ぶぞ。
「カレンのお兄さんのフレスバルド侯爵、スザク様は来ておりますか?」
「僕はまだ見かけておりませんが、もしかしたら東側にいるかもしれませんね。ただもしも行くとしても【暁】の女性たちは絶対に出歩かない方がいいと思います。それはサーシャ先生も含めてです。
この街の中には未婚の者たちも多数おりますので。ここに居る者たちはたいていの者は爵位が全てだと思っております。侯爵家、辺境伯家の血縁者が確かいたはずですのでご注意を。
今日はこの屋敷を使っていただいて構いませんので、僕は別の屋敷も借りておりますから」
クロムの言葉に全員頷く。サーシャだけは少し不満そうな顔をしていたがまぁ無理もない。
「ありがとうございます。この恩は必ずお返し致しますので」
俺が頭を下げると他の者も俺に倣う。その後クロムは気を使ってすぐに別の屋敷に向かった。
「さて俺とアイク兄でスザク様を探しに行こうと思う。みんなはここに居てくれ。もしも必要なものがあったらライナー先生とブラム先生にお願いしてくれ。お2人共よろしいですか?」
俺の言葉に2人は頷く。
ブラッドとコディは外に出したら何をしでかすか分からないからライナーとブラムに頼んだ。
まぁ2人共外に出る気はないみたいだ。なんせここにはクラリスがいるからな。
アイクと2人で街の外に出て、急いで街の東側に向かう。もうそろそろ暗くなってしまうからな。
東側には先ほどの煌びやかな鎧を着たような奴らはいなく、先ほどよりも圧倒的に人口が密集している。ところどころで喧嘩の様なものも勃発している。
どうやらもともとここに居た冒険者と貴族たちのお抱え冒険者や騎士で揉めているらしい。
いざこざを横目にこの街の冒険者を見つけてスザクの事を聞く。
「おまえは……あのデスナイト達を倒したブライアント伯爵の息子か!? ああ、確かにそのような人物はいるぞ? 獣人と思われるデカい奴とちょっと小さい男と一緒に来ていたな。あのあたりでよく見かけるが……」
俺たちの事を覚えてくれていた冒険者がスザクらしき人物をよく見かけるという食事処の様な場所を教えてくれたので早速向かうとそこには、スザクにビャッコにレッカ、そして知らない人物の計4人で酒を酌み交わしていた。