軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第286話 君想ふ心

クラリスの言葉を聞いた後は、もう何も頭に入ってこなかった。

クラリスはあの後すぐに、俺の前から立ち去り【黎明】女性陣と一緒にいつもの様子で過ごしていた。

いや必死にいつもの様子を取り繕っていたのであろう。

俺はそんなクラリスをただただ目で追いかけて料理や酒を口に運んだが、どんなに美味しい料理も、どんなに美味しいお酒も味がしなかった。当然何杯飲んでも酔えなかった。

完全に全神経がクラリスに集中している、いや俺の細胞1つ1つがクラリスに恋をしてしまっている。

だから俺はある事に気づかなかった。俺とクラリス、眼鏡っ子先輩の話を聞いていた者がいることを……

2032年1月1日 21時30分

誕生日パーティも終わり、みんなそれぞれの部屋に戻る。

俺は神聖魔法で念のために酔いを醒ましつつ風呂に入った。酔ってないと言っている奴ほど酔っているからな。

え? さっきも入ったばかりだろうって? 一大イベントの前は絶対に体を清めなければダメだろう? そういえば今日クラリスは起きてすぐに風呂に入っていたし、迷宮から戻ってきてもすぐに入っていた。恐らく今も入っているだろう。

男湯に入ると【暁】の男性陣が勢ぞろいしていた。

色々話を振られていたのだが、よく覚えていない。取り敢えずずっと「はい」とか「うん」とか言っていた気がする。

ライナーがなんか嬉しそうだったが、よく覚えていない。

風呂から上がり、いつものように自室に戻ると、俺のワイシャツと下着だけしか着ていないエリーが飛びついてきて俺の唇に小鳥のように何度も軽いキスをしてくる。

浴室からは話し声がするからきっとクラリスとエリー以外のメンバーがまだ入っているのだろう。

「……マルス……誕生日……おめでとう……」

エリーのキスとセクシーな服装のおかげでようやく俺はクラリスに全集中してしまった細胞を取り戻した。

「ありがとう、エリー」

エリーにいつものようにベッドに誘われいつものようにエリーが寝る。

寝顔を見ながら神聖魔法でエリーの体をマッサージしているとカレン、ミーシャ、アリスが浴室から出てきた。

みんな示し合わせたようにショートパンツを履いておらず、赤、青、紫の綺麗なグラデーションに目を奪われてしまった。

ちなみにエリーにはちゃんとしたマッサージをしただけだからな? 誤解しないでおくれよ?

「あれ? クラリスは?」

ミーシャが戻ってきていないクラリスの事を聞いてきたので

「なんかお父様とお母様に話があると言われていたような気がするんだけど……」

と適当にはぐらかしておいた。間違いなくジークとマリアの名前を出せばこれ以上の追及はされないからな。

案の定みんなこれから寝るという事になったのでマッサージ大会が開かれた。

みんな誕生日の俺をマッサージすると言ってくれたのだが、あまりもの気持ちよさに寝てしまったらこの後の用事……いや任務が完了できなくなってしまう。

だから俺はみんなの嬉しい申し出を断り、俺がカレン、アリスがミーシャをマッサージするという事で話が落ち着いた。

カレンの手、肩を中心にマッサージをすると1分もしないうちにあっさりと寝てしまった。

まぁ今日迷宮から戻ってきて、アルメリアの街を精力的に歩き回ってからのパーティだからな。

カレンが寝た後も上半身、下半身を揉み解しながら、ミーシャとアリスの方を見ると物凄い光景が目に入った。

なんとアリスはミーシャのワイシャツの下に手を潜り込ませて直接胸を触っているのだ。

「ちょ……アリス、何をしているんだ?」

俺の質問にアリスが

「ミーシャ先輩が、直接神聖魔法を浸透させた方が効果あるかもしれないと言うので、最近はいつもこうやってマッサージをしているのです」

美女が美少女を……なんて眼福。これだけでも十分な誕生日プレゼントだ。

アリスはMPが枯渇するまでずっとミーシャをマッサージし続け、ミーシャはもう既に涎を垂らしながら寝ている。

アリスがMPを枯渇するのを見届けた俺は決戦の地へ準備を始めた。

2031年1月1日23時

大分遅くなってしまったが、みんな待たせたな。今からようやくみんながお待ちかねの時間だ。

歯も磨いたし、パンツも新しいのに履き替えた。眼鏡っ子先輩から貰った鞘も持ったし、一応バロンからのプレゼントも持ったしな。完全に準備万端だ!

指をポキポキ鳴らし、手の準備も完了。俺のこの手が真っ赤に燃える……!

そして相棒もしっかりと準備運動している。俺の相棒が光って唸る……!

だけどクラリスになんと言って会いに行こうか?

狼さんが襲いに来ましたガォーではカッコ悪い。

誕生日プレゼントを受け取ってくださいだとなんかいやらしい。

やはりここは2人で新しい合体魔法の練習をしようというのが1番だな。

合体魔法の名前? そんなものはもう決まっている。石破ラブラブ……

誰にも気づかれないように足音を殺して、クラリスがいるであろう部屋の前まで忍び足で向かう。

よし、あの角を曲がればもうすぐだ。

そう思って角を曲がると、部屋の扉の前には人影があった。

一瞬クラリスかなと思ったが、クラリスにしては背が低い……いや低すぎる。

「誰! お前が狼さんか!?」

「なんで……お前……リーナがここにいるんだ?」

なんとクラリスが待つであろう部屋の前にはリーナが扉の前に立っており、リーナの手には杖が握られていた。

「エーディンがさっき言っていたのを聞いた! 金色の狼が襲ってくるって!」

そうか……あの時の会話をリーナも聞いていたのか、そして俺は隠語を理解できたがリーナは理解できなかったのか。

「狼さんはおばあちゃんにしか変装しないってクラリスが昔言っていたけど、マルスお兄ちゃんにまで変装できるのか!?」

そういえば、まだ俺たちがアルメリアに住んでいる頃、クラリスがリーナの寝かしつけに赤ずきんちゃんを聞かせしていたな。

もちろん、こっちの世界に日本の絵本とかないのでクラリスの記憶をもとに聞かせていたのだが……

「リーナ? 俺は本当のお兄ちゃんだよ?」

優しい声でリーナに話しかけるが

「狼さんは絶対にそうやって言うから信じちゃ駄目だって昔クラリスが言ってた! 間違いない! お前はマルスお兄ちゃんに変装した狼さんだ!」

リーナがどんどん興奮して大声で騒ぐので俺の今までの苦労の全てが水泡に帰す。

そしてリーナの目からは大量の涙が溢れていた。

「お兄ちゃんを、マルスお兄ちゃんを返せ!」

赤ずきんちゃんの話を基にするのであれば、今ここに居る俺は狼で狼のお腹の中にマルス、つまり俺がいると思っているのか。

どうやったら俺はこの先に進めるのだろうかと必死に考える事よりも先に、俺はリーナを愛おしく思ってしまった。

愛おしいという意味を誤解しないでくれよな。赤ちゃんを見て愛おしいと思うような気持ちだ。好きとかではないからな。

なんでリーナを愛おしく思うかだって? リーナは今一生懸命俺の為に泣いてくれていて、必死にクラリスを守ろうとしている。リーナはリーナなりに頑張っているからだ。

「ありがとう、リーナ。俺の為に泣いてくれて。もう俺はリーナに来ていいと言われるまでここから先には行かない。だけどこれだけは頼まれてくれ。部屋の扉を少しだけ開けて欲しいんだ。中にいるクラリスに俺がここに居るという事だけでも伝えたい」

俺の言葉に最初リーナは絶対に首を縦に振らなかったが、何度も何度も説得をしてついにリーナが部屋の扉を少しだけ開けてくれることになった。

多分今言った言葉、俺が狼だったらクラリスと2人で戦った方がいいだろう? に心が動いたのかもしれない。

リーナは俺の事を警戒しながらクラリスがいる部屋のドアを少し開ける。

部屋の中を見ることは出来ないが、確かにそこにクラリスが居る事だけは何故か分かった。

「ありがとう、リーナ」

少し大きい声でリーナにお礼を言うと部屋の中から

「リーナ、誰かそこにいるの?」

クラリスの声が聞こえた。

「マルスお兄ちゃんに変装した狼がいる!」

リーナの言葉にクラリスがクスっと笑い

「リーナ、マルスに変装できる人なんていないわよ。あんなにかっこよくて、頼りがいがあって優しくて、そして誰よりも強いでしょ? 狼がマルスに勝てると思う? マルスはあなたのお兄ちゃんよ?」

「本当? 本当にマルスお兄ちゃん?」

「そうだよ。そっちに行っていいか?」

「うん……ごめんね、マルスお兄ちゃん。お父さんに言ってもお母さんに言っても、誰もクラリスを守ろうとしてくれなくて、私が頑張んなきゃって思ったの……本当にごめんなさい」

ジークとマリアにまで言ったのか。まさか2人もリーナがここまでするとは思っていなかったんだろうな。

「リーナ、1人で部屋に戻れるか?」

リーナは頷いて、そのまま俺の脇を通り過ぎようとしたので、リーナの正面に立ち両脇を抱えて抱っこすると恥ずかしそうに泣き笑った。

「ありがとう、リーナ。クラリスを守ってくれていて。本物の狼さんはリーナが怖くてもう帰っちゃったのかもな」

リーナは嬉しそうに首を縦に振り、抱きかかえられながら俺の頬にキスをすると自分の部屋に戻っていった。

リーナの後姿を見届けてから部屋に入ると月明りを背に受けて扇情的な格好をしているクラリスがいた。下着の上に俺のワイシャツに腕を通しているだけで、ボタンは閉じられていなかった。

「すっぽかされたかと思っちゃった」

どこか悲しそうな表情のクラリスの下にすぐに駆け寄り

「ゴメン! クラリス!」

細い体を抱きしめ、クラリスの目をしっかり見ながら言うと

「嘘よ。なんかあったんだろうなとは思ったけど、まさかリーナだとは思わなかったな。ミーシャがとんでもない事を言い出したのかなと思っちゃった」

クラリスが俺の背中に手をまわし、じっと俺の事を見つめながら言うと更に続ける。

「マルスはずるいわよ。1度マルスと目が合うともう離せなくなってしまうの。今日の朝からずっと目を合わせないようにしていたのよ。ずっと胸が苦しくて、心臓の鼓動も聞いたことがないくらい大きくて、速くなるの。聞こえる?」

「俺もクラリスから目を離すことが出来ない。俺の心臓の音と速さも凄いからクラリスの音が分からないや。でもクラリスとこうやって見つめあっていると胸が締め付けられるけどなんかこう……気持ちいいんだ」

クラリスは俺の胸に耳を寄せどうやら心臓の音を聞いている。

「本当だ……マルスも凄い音と速さね。ずっと私だけこんなに辛い思いしていると思っていたから少し安心したわ」

抱きしめていた手をクラリスの肩に乗せ少しクラリスと距離を取り、月明りに照らされた肢体を見る。

シミやほくろが一切ない白い体はミーシャの言う通りクラリスのクラリスそのものであった。

だが俺はその時ある物を見てしまった。そしてクラリスも俺の視線の先を悲しそうに見る。

「マルス、私の魔法はあと5分で解けちゃう。だから早くしないと」

俺とクラリスの視線の先には時計があった。そしてその時計の短針はもうそろそろ12を指そうとしている。

あと5分で事を済ませるのは簡単だと思う。経験したことないが3分でも時間を持て余すかもしれない。だが……

「クラリスはどうなんだ? いいのか?」

クラリスは可愛く首を傾げるだけで何も答えない。

「俺は今日をずっと心待ちにしてきた。でもあと何分でとかそういうのを考えながらするのは違う。もっとクラリスをしっかり感じて、言い方が悪いかもしれないけど堪能したいんだ」

「うん。私もマルスを心行くまで……時間なんて気にせず感じていたいわ」

潤んだ瞳で真っ直ぐ俺を見ながらクラリスが言う。

「俺は無理に今する必要はないと思っている。これは俺にとって間違いなく人生最高の体験……プレゼントだ。それをなんでもない日に受け取るなんて……」

「いいの? だってあんなに楽しみにしていたじゃない?」

「振り返ってみてどちらが後悔するかを考えてみた。今年の1月2日にするのか来年の1月1日にするのか。絶対に明日した方が後悔すると思う。これだけは最高の思い出にしたい。何か少しでも後ろ髪を引かれるような思いではしたくないんだ」

バカだな、カッコつけすぎだろって思うだろ? 俺だってそう思うさ。

だけど今言ったことは本心だ。そりゃあ今したいさ。でも来年の1月1日にした方が絶対に後悔しない。それは俺だけに言えることではない。クラリスにも言えることだ。

「私もマルスと全く同じ気持ちよ。でもずっとマルスを待たせちゃっていたから、また1年待たせるとなると嫌われちゃうんじゃないかって不安だったの。私の気持ちをわかってくれて本当にありがとう。大好き……愛しているわ」

クラリスの目からは綺麗な滴が流れる。

良かった……俺のほうこそ嫌われるかと思ったがしっかり心は繋がっていた。

「じゃあクラリス、今年の誕生日プレゼント貰ってもいいかな?」

クラリスの返事を待たずクラリスと唇を重ねた。

短針が12を指すその時まで。