軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第274話 ズルタン

2031年12月22日 22時

甘く華やかな匂いで目が覚めると、目の前は真っ暗だった。この媚香の正体を俺は知っている。間違いなくクラリスの匂いだ。

両頬は柔らかい感触で包まれ、俺の頭を愛おしむかのようにすべすべの細い腕で抱いてくれている。

間違いない。今俺はクラリスの胸の間に挟まれている。

睡眠中息苦しかったのか、その分深く呼吸をしていたようで、俺の体にはクラリス成分がいきわたっており、すこぶる体調は良い。

俺よりも先に相棒は起きていたようで、クラリスの右膝に何度も挨拶をしていた。こいつは俺以上に絶好調らしい。

ずっとここに埋もれていたかったがそうはいかない。

最後に思いっきり深呼吸をして媚香を吸い込むと

「あ……ん……」

クラリスが悩ましげな声を漏らす。どうやら起きたようだ。

「クラリス、おはよう。体調はどうだ?」

楽園から顔を離し、頭の高さをクラリスの所までもっていくと

「うん、だいぶ楽にはなったわね」

少し眠そうにはしていたがいつものクラリスになっていた。

クラリスを鑑定するとMPは1000を超えていたのでまぁ十分だろう。

カレン、アリス、そしてミーシャを起こすとちょうどサーシャたちがブラッドたちの部屋を通って部屋に入ってきた。

「あら、もうみんな起きていたのね。で、どうする、マルス? あいつらはこっちにバレないように見ていたからもうそろそろ襲ってくるかもしれないわね」

「容赦をするつもりはありませんので、一番確実な方法を取ろうと思います。魔法使いによる一斉攻撃をしようかなと。こっちには僕、クラリス、カレン、ミーシャ、アイク兄、義姉さん、サーシャ先生、バロン、ミネルバ、コディと魔法が得意な者が多いです。加減はするつもりですが殺してしまっても構わないかと思っております。責任は僕が取りますので」

サーシャの言葉に答えると

「ゲドーだけは絶対に捕えたいの。どうにかならないかしら?」

やはりサーシャはゲドーに拘っている。まぁ当然だよな。俺だってゲドーには死よりも重い刑……それこそ 百獄刑(ロンド) を科したいくらいだ。執行する時は絶対に見ないけどな。

「分かりました。それに関しては少し考えがありますが……」

作戦の内容を伝えるとクラリスが

「ちょっとマルス、それはマルスが危険すぎない? 1人で敵の所にずっと潜伏しているのはさすがに……」

「でもそれくらいの価値はあるだろう? ゲドーさえ捕えてしまえばこっちは全力で魔法戦を仕掛けることができる」

「そうだけど……」

クラリスが渋ると

「……マルス大丈夫……」

エリーがクラリスを説得するように言う。

「分かったわ。私もエリーと同じようにマルスを信じる事にするわ」

クラリスも納得してくれて、他のみんなも俺の作戦を理解してくれた。

ブラッドとコディにはこの作戦は伝えていないが、まぁ何とかなるだろう。作戦と言っても俺がゲドーを攫うだけだからな。

「ごめんなさいね。マルスにはいつも迷惑ばかりかけてしまって。まだミーシャを救ってくれたお礼すら出来ていないのに、これだけ借りを作ってしまうと、もうどうやっても返しきれないわね」

「サーシャ先生は義母さんになる人ですから貸し借りなんてありませんよ。なぁミーシャ?」

起きてからまだ一言も発していないミーシャに話を振るが、ぎこちない笑顔を向けてくれるだけで何も答えてはくれなかった。

いつものミーシャを取り戻すためにも早くゲドーを捕えて、【鬼哭】を倒さなければな。

「では作戦を決行します。ライナー先生、扉を開けてブラッドに水か何か渡してもらっていいですか? 僕はその隙にゲドーたちの所に向かいます」

ライナーが俺の言葉に頷き、早速扉を開けると作戦通り俺は安全地帯の反対側に設置してある今年の初めに俺が作ったベッドの所まで走って隠れる。

え? さすがに見つかるはずだろうって? みんな忘れていないか? 男のロマンを。

女湯か着替えを覗くためだけの装備だと思ったやつは南極でペンギンと一緒に海に飛びこんでくるといいだろう。きっと身も心も相棒も? 引き締まると思うぞ。

ベッドの陰に隠れてステルス状態を解除する。さすがにMPをバカ食いしすぎるからな。

様子を窺ってもしもバレそうだったらまたステルス状態になればいいだけの事だ。

ベッドの陰からズルタンたちを見ているとやはりブラッドとコディの方をバレないようにチラチラ見ている。

なにやらズルタンが小声で話し、その後に急に大声で

「さぁみんな! 寝る準備をするか!」

ブラッドとコディに聞こえるように叫ぶ。まさかこれで騙せると思ってないよな? 表情も固いし、セリフも棒読みだ。大根役者を絵にかいたようだ

ズルタンの言葉に皆が呼応するように散らばる。どう考えても寝る時に武器なんていらないと思うが全員真っ先に武器を取りに行くなんてどう考えてもおかしいだろう……

どこか満足そうで勝ち誇った表情のゲドーが1人だけ俺の隠れているベッドの方に向かってくる。

もしかしたらバレたのか? だとしたら非戦闘要員のゲドーが1人でこっちに来るわけが無い……が考えても仕方ない! 今がチャンスなのは確かだ!

ステルスを発動してベッドに歩いてくるゲドーの後ろに回る。

どうやら本当に気づいていないだけだった。

ズルタンたちの方を見ても誰も俺に気づいてない。

ゲドーの首根っこを捕まえて持ち上げると、ゲドーは驚いたような顔でこちらを見るがやはり俺の事は見えていないようだ。

「ブラッド! 受け取れ!」

叫ぶのと同時にゲドーをブラッドの方に投げ、さらに風魔法でゲドーを加速させる。

ゲドーは何が起きたか分かっていないらしく、混乱しており、ブラッドにしっかりと受け取ってもらえないと受け身が取れずに部屋の壁に激突してそのまま死んでしまうかもしれない。

慌ててブラッドがゲドーを受け取ろうとするが、俺の言葉にブラッドよりも速く反応した者がいた。

ズルタンが俺の声とほぼ同時に腰にぶら下げていた、柄から刃に向けて湾曲したフランキスカを持ち、ゲトーを受け止めようとしているブラッドに物凄いスピードで投げつけた。

「よけろ! ブラッド!」

ブラッドは自分に向かってものすごい勢いで飛んできているフランキスカを認識したようだが避けることはしなかった。

視線はずっと自分に向かって飛んでくるゲドーだった。

隣にいたコディが苦手な風魔法で、ブラッドの左胸に向け、空気を切り裂く音を発しながら飛ぶフランキスカの軌道をなんとかずらしたが、その狂刃はブラッドの左肩に突き刺さった。

「っぐっっっぅぅっぅ!!!」

フランキスカが左肩に刺さった瞬間、ブラッドの左腕はまるでブラッドのものではないようにだらんとするが、未だブラッドの視線はゲドーを捉えている。

飛んでくるゲドーの衝撃を和らげるために自らも後ろにジャンプし、さらに右腕と体でうまくゲドーを抱え込むが、ゲドーの勢いを殺しきれず、後ろの壁にゲドーを抱え込みながら激しく打ち付けられた。

ブラッドがクッション代わりになったおかげですぐにゲドーは立ち上がるが、コディに捕えられた、

しかし全ての勢いを吸収して後頭部から壁にぶつかったブラッドはピクリとも動かない。

その衝撃からブラッドの左肩に深く刺さっていたフランキスカはおびただしいほどの血をまき散らし地面に落ちると

「ブラ!」

俺が最初にブラッド受け取れと言ってからここまで数秒の出来事で、今部屋から出てきたクラリスたちはすぐ状況を把握しろというのは難しいかもしれないが、クラリスは迷わずブラッドの下に駆け寄る。他のみんなもクラリスの後を追いブラッドを囲むようにして集まる。

ライナーとブラムはコディからゲドーを引き受けるとすぐにミネルバにゲドーを渡し、あっという間にゲドーが縛られて地面に転がされる。

それをバロンが羨ましい様子で見ていたのはみんなも分かるよな?

ステルスを解除、 風纏衣(シルフィード) を展開し、すぐに【鬼哭】とは反対の【暁】がいる方に戻る。

「どういうつもりだ! 覚悟はできているんだろうな!」

ズルタンが右手にブレイブアックス、左手にトマホークを構えて怒鳴る。

「こいつは俺たちの仲間を攫った前科があるから裁かせてもらう!」

【鬼哭】相手に敬語を使う必要なんてないから俺も大声で言うと

「三下には聞いてねぇ! ぶっ殺すぞ!?」

ズルタンは相当苛ついているようで、今にもトマホークを投げてこようとしている。

「俺がこのクラン【暁】のクランマスターでAランクパーティ【黎明】のリーダー、そしてA級冒険者のマルスだ!」

【鬼哭】のメンバーはみんな信じていないようで、ズルタンは問答無用でトマホークを力いっぱい俺に投げてきた。

(ウィンドインパルス!)

無詠唱で俺を目掛けて飛んできたトマホークを弾くと、ウィンドインパルスの風の勢いは収まらず、ズルタンを襲う。

ズルタンはしっかりと踏ん張り堪えたが、頭の装備品は堪えきれなかったようで一瞬おかっぱヘアーが頭から浮いた。

吹っ飛ぶ頭装備をギリギリで抑えたが、おかっぱヘアーの下から元気なく生える3本の髪の毛が見えた。