作品タイトル不明
第179話 ヒス
「ヒスー!!!」
教皇が崩れ落ちるヒスを抱きしめる。ヒスの口からは血が溢れていた。
ヒスの顔は穏やかだったが、教皇の言葉にはもう反応することはない……ずっと教皇はヒスを抱きかかえたままだ。
まだウピオルは教皇を狙っている。教皇はウピオルに気づいているのかもしれないがヒスをずっと抱きしめている。
俺からウピオルまで50m以上ある……ウィンドでなんとか間に合うか間に合わないか……と考える前に体が勝手にウィンドを放っていた。
そして間に合わないと思っていても俺は 風纏衣(シルフィード) と鳴神の法衣の力でウピオルの首を狙いに行く。
が、俺のウィンドよりも先にある者の攻撃がウピオルを襲った。ドミニクだ。
ドミニクは先ほど教皇の手と一緒に焼かれたクラレントをいつの間にか両手で握りしめていた。
教皇の手は灰になってしまったがクラレントには傷1つついていなかった。ドミニクは完全に教皇しか見えていないウピオルの右腕を斬ると、ウピオルは先ほどドミニクとヒスに斬られた時とは別のリアクションを見せた。
「ぐぁぁぁあああ!!!」
さっきは両腕斬られても全く痛がる素振りを見せなかったが、ウピオルは声をあげ、左手で斬られた右腕を抑えてうずくまっている。
クラレントで斬られたからだろう。あと1回再生できるMPが残っているはずだが、やはりクラレントで斬られた箇所は再生しなかった。立ち上がると物凄い殺気をドミニクに飛ばしドミニクに襲い掛かる。
俺はもう2人の間に割って入れる距離にいた。そしてこの戦いに参加することに当然躊躇はしない。ウピオルの首を雷鳴剣で刎ねようとするとドミニクが
「マルス! こいつだけは俺にやらせてくれ! こいつは師匠の仇! そしてヒスの仇だ!」
……確かにドミニクのいう事も分かる。だが、はい、そうですかと言って仲間を危険にさらすわけにもいかない。
「分かった! でもこれくらいはさせてくれ!」
俺は標的をウピオルの首からウピオルの左腕に変更し、雷鳴剣に雷魔法をエンチャントしてから左腕を斬った。
少しでも再生速度を遅くするために感電(小)の状態異常をウピオルに与えたかったのだ。
そしてその剣でウピオルの腹を突き刺して身動きが取れないようにした。俺の雷鳴剣はずっとウピオルの腹を貫通している。もうウピオルのHPは一桁だった。
「やめろぉぉぉおおお!」
必死にウピオルが抵抗するが、ドミニクは何も言わずにウピオルの首を刎ねた。ドミニクの目には涙が溢れていた。
ウピオルの頭をドミニクが刎ねるのを確認してから俺は急いで教皇の所に向かった。教皇はずっとヒスを抱いて泣いている。もうヒスは死んでしまった。神聖魔法でも治すことは出来ない。
「教皇様……右手を見せてください」
俺が言っても教皇はひたすら悲しみに暮れている。
なので俺は勝手に教皇の右手にハイヒールをかけて止血した。もちろん50m以上離れた冒険者達には見えないようにだ。
今は教皇の部位欠損を治すことは出来ないだろう。右腕はフレアで焼かれてしまったから消滅してしまっている。
だが神聖魔法のレベルが上がれば治せるかもしれない。だってヴァンパイアたちが再生出来たのだから、俺にも可能性はある。
教皇の傷の手当てが終わると俺はすぐにドミニクの所に向かった。クラレントはフレアで焼かれても傷1つなかったが、凄い熱を帯びておりそれをずっとドミニクは握っていた。
恐らく両手で握っているのは、もうドミニクの手の肉が焼けてしまってクラレントから剥がれない状態になっているのだろう。
ドミニクをみんなから少し離してから、ハイヒールと水魔法で治療する。
「無茶しやがって……」
俺が治療しながらドミニクに言うと
「……ありがとう……マルス……悔しいよ……俺……」
ドミニクは自分の涙を隠すことは無かった。ドミニクの手の治療を終えると、ドミニクは教皇とヒスの所に歩いて行く。ドミニクが教皇に2、3声をかけると2人はさらに泣いた。
他の冒険者たちの怪我の状態を見ると、他の冒険者たちはそこまでの重傷を負っていなかったが、冒険者全員の目からは大粒の涙がこぼれていた。
外傷はなくてもみんな心に大きな傷を負っていた。先ほどまでずっと俺たちから50m以上離れた冒険者たちが次々と教皇とヒス、ドミニクの所にやってきてみんなで一緒に泣いている。
セラフも気絶しているだけで特に異常はないようだ……ホッとしてしまったのか俺の目から涙がこぼれてくる。いつの間にか俺もみんなの輪の中にいて一緒になって泣いていた。
2031年4月3日 19時
暗くなってからも俺たちはみんな外にいた。ヒスの話を教皇と冒険者たちが楽しそうにしているのを俺はただただずっと聞いていた。
すると賑やかな一団が俺たちの所にやって来た。クラリス達だ。
きっとみんながクラリスを元気づけてくれたのであろう。クラリスはもうだいぶ立ち直ったように見えたが、ヒスの死を聞くと泣き崩れた。
クラリスだけではない……ここに戻ってきた【暁】全員だ。クラリスたちが泣き始めると、教皇や冒険者たちもまた泣き始める。当然俺もだ。
色々な報告はまた明日にすることにして全員エルハガンの街に入った。ヒスの遺体は大聖堂に安置された。
宿に戻り風呂に入ってから、【黎明】【創成】のみんなで遅い食事をとり、その席で俺が先ほどのウピオルとの戦いをみんなに話した。
ドミニクはずっと黙っている。さっきも教皇のそばでずっと黙っているだけだった。クラリスもクラリスでずっと物思いにふけっている。重苦しい空気の中、ミーシャが
「これでもうヴァンパイアに襲われることはないのかな?」
ぼそっと言う。
「ウピイルの話ではヴァンパイアは100人くらいいるらしい……もしかしたらまだ被害はあるかもしれないが、少なくともドミニクの師匠を殺し、ヒスも殺した奴はドミニクが倒したから、被害は減るかもしれないな」
俺が言うと
「でもヒスが死んでしまって、この街の冒険者たちはどうするのかしら? ヒスを中心に纏まっていた感じがしたのだけれど……全てを教皇様に頼るというのも酷な話よね……」
カレンの言葉にみんな黙り込んでしまった。
結局重い空気のままそれぞれの部屋に戻ろうとするとエリーが俺の所にやってきて
「……マルス……今日は……クラリスと……一緒に……ダメ?」
エリーが聞いてきた。
「そうだな……今日はみんなで寝るか」
俺の言葉を聞いてホッとしたのか暗かったエリーの顔に花が咲いた。すると俺の所にもう1人……アリスが来た。
「あのぉ……私も今日は皆さんとご一緒させて頂けませんか!?」
アリスが顔を真っ赤にしながら、かなり大きい声で聞いてきた。
「え……? ソフィアは?」
俺がアリスに聞くと
「お姉ちゃんは……今日はドミニクを励ますって……だから私はマルス先輩の所に行ってきなさいって……」
……ソフィアいい奴だな。
「分かった。じゃあ今日はアリスもおいで。今からバロンに事情を説明してくるから」
俺は部屋に戻ってバロンに説明すると、バロンもミネルバと一緒に過ごすという事になった。
ミネルバにも伝えると、ミネルバは少し嬉しそうな顔をして大きな荷物をもってバロンが待つ部屋に向かった。
何の荷物だ……? と思っていると鎖や縄が少しだけバッグから顔を出していた……何も見なかったことにしよう。
クラリスたちがいる部屋に行くとすでにアリスも来ており、6人で話すことにした。6人と言うのは【黎明】のメンバー全員だ。ミーシャが開口一番、
「クラリスもヴァンパイアを倒せたって言う事はクラリスもA級冒険者クラスかなぁ? 2人もA級冒険者クラスがいるパーティなんて聞いたことないよ……」
その話題今言うのか……するとカレンも乗っかり
「まぁこのパーティは特殊よね……普通クラリスくらい強いと絶対にパーティを抜けるから」
気になる事を言う。
「なんでクラリスくらい強いとパーティを抜けるんだ?」
俺の言葉にカレンが呆れながら
「パーティリーダーがクエスト報酬の取り分を決められるのよ? クエスト報酬だけではなく、迷宮で万が一宝箱を発見しても全てパーティリーダーが独り占めできるの。だからある程度強くなったらパーティを抜けて新しくパーティを作って自分がリーダーになるのよ。きっと【氷帝】はそろそろ新メンバーを募集すると思うわ」
言われてみれば、【氷帝】や【明星】のメンバーはあまり強くなかったな。うーん……俺の環境はあまりにも恵まれすぎているな……この話を聞いていたアリスが女性陣に
「先輩たちは【黎明】から抜ける予定ありますか?」
恐る恐る聞くと
「クラリスとエリーは当然抜けないと思うけど私も抜ける気ないよ。マルスの事好きだし、何より楽しいし」
ミーシャが珍しくいいことを言うと、カレンも
「前にも言ったけど、お父様に言われなくても私はマルスと一緒に居るつもりよ? アリスはどうなの?」
逆にアリスにカレンが質問した。
「私も抜ける気はないです!」
嬉しいことを言ってくれた。雰囲気が少し明るくなったところで
「マルス。今日はもう疲れちゃったからもう寝ましょう」
クラリスが言ったので、寝ることにした。それぞれの寝る場所はエリーが決めた。
この部屋のベッドはキングサイズクラスのベッドが2つある。
今日は俺とクラリス、そしてなんと左隣にはアリスとなった。これにはカレンとミーシャ、そしてアリス自身も驚いたが、エリーが決めたことだから、反対する者はいなかった。
ベッドに入るとまずアリスがとても緊張していた。
「アリス……今日は誰かと代わってもらうかい?」
「い、いえ! 初めてですがよろしくお願いします!」
声を震わせながら言ってきた。そんなこと言われると俺まで緊張してしまう。
俺の腕枕にアリスの頭が乗っかる。緊張が俺の左腕ごしに伝わってくる。だがこの世界のいいところはいくら緊張していようが、興奮していようがMPを枯渇させてしまえば寝られるという事だ。
「マルス先輩……おやすみなさい……」
と言ってアリスはMPを枯渇させてすぐに寝てしまった。アリスは寝る前に俺に抱き着くと言うよりかはしがみついてきた。絶対に離さないという意思の表れだろうか?
アリスが寝たのを確認すると反対側のクラリスを見る。
クラリスもずっと俺の事を見ていた。そしてクラリスもかなり強めに抱きついてきた。クラリスの体は震えていた。俺はクラリスの震える唇にそっと口づけをして
「おやすみなさい」
俺の声を聞いて安心したのかクラリスも
「おやすみなさい」
と可愛い声で返事をするが、クラリスの目からは涙がこぼれていた。