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作品タイトル不明

After Days:女王陛下は忙しい

ユフィリア・フェズ・パレッティア女王陛下は忙しい。

パレッティア王国は今、変革の時を迎えている。その変革に伴う変化は良くも悪くも様々な影響を生み出す。

女王としてのユフィリアの最初の仕事は、この変革に伴う荒波を乗り切る事だった。

「精霊石の価格の高騰は避けられそうにありませんね……」

「今まで以上に精霊石の需要が高まっておるからな」

眉を寄せながら呟いたユフィリアに言葉を返すのは、今は女王補佐として公務を助ける先王のオルファンスだ。

「魔法省時代に国庫に溜め込んでいた分はありますが、今後の採掘がどうなるかですね」

「騎士団にも魔道具の普及が進めば、今よりも安定して供給を見込めるかもしれんがな」

「……やはり精霊石は採掘以外の入手方法を検討するべきですね。魔学省に通達を出しておきます」

「先の話だが、布石は打っておいて良かろう」

魔学による変革の影響を最も受けたのは、パレッティア王国の特産品である精霊石だ。今までも貿易を支える要でもあり、民の生活を助ける一助となっていた精霊石だが、ここに魔学という需要も追加された。

既存の魔道具で、生活の助けとなる日用品の魔道具であれば、今まで生活で消費していた分と差し替えるという事も出来る。

けれど、それは将来的な話だ。魔学が日常の中で当たり前の存在となるまで旧来の生活は変わらない。

更に魔道具は新たな開発も将来的には行われる事となるだろう。精霊石の需要が減る事はない。その将来を見越して精霊石の安定供給の方策を模索しておくべきだとユフィリアは考える。

「貴族学院の教育方針の見直しについては、概要を書面に起こして各貴族の家へ届けましょう。特に変更点が大きいものに関しては資料の作成を」

「うむ。これも魔学省か?」

「はい、これはハルフィスに回します。彼女を責任者として、各省からの責任者を選出して貰い、協議して貰いましょう」

「あいわかった。そのように仕上げておこう」

貴族学院の教育もハルフィスが魔法を中心に見直しているが、特に魔法省が推し進めていた精霊信仰と道徳に関しての内容も大幅の変更が加えられる事が予想される。

そこに精霊省へ籍を移した者の中から代表者を選出してバランスを取る。そしてそこには今まで国政から身を退いていた国防省も加わる事だろう。

「しかし、わかってはいたが魔学省に負担が集中するの……」

「今後、大きくなっていくだろう魔学の影響に対応する為の省ですからね。わかっていた事ですが、人員の補充は早めに手を打ちたいですね……」

「来期の貴族学院の生徒に魔学省に入る為の特別授業を盛り込むのはどうじゃ? 今も騎士志望の者や、元魔法省の志望の者向けの授業があっただろう?」

「……採用しないという選択肢はないですね。ただ、どうしても時間がかかります。それに、その人材を育てる人材も足りません。ついハルフィスに負担をかけてしまいそうで……」

「悩ましいのぅ……しかし、アレの理論や思想を落とし込むのにはハルフィス嬢ほどの才女が望ましいというのも頭が痛い……」

「マリオンが補佐してくれているとはいえ、ハルフィスを含め魔学省に皺寄せが行き過ぎるのは避けたいです。彼女達を使い潰す訳には行きません」

ユフィリアが今、最も頭を悩ませているのは人材の不足だ。魔学の教えが広まりつつある中、その教えを広く知らしめて行く為の人材が不足しているのが頭痛の種だ。

魔学の普及は急務ではあるが、その普及を行えるレベルに達している者が少ない。必然的にユフィリアの秘書を務めていたハルフィスに仕事を割り振ってしまいそうなのだが、彼女は既に魔法授業の見直しで手を取られてしまっている。

延長線にあるからこそ教育関係にも関わって貰うつもりだが、そこに人材の育成まで入れてしまえば流石にオーバーワークだ。それでも真っ先にハルフィスやマリオンが浮かんでしまう辺り、ユフィリアの悩みも深い。

「いっそ提唱者のアニスになんとかせよ、と言うても、アレの影響を受けて型破りが増えても困るからのぅ……」

「アニスは奔放過ぎますからね」

「やれやれ、まだまだ私もこの席から降りられんようじゃな。ユフィには魔学関係の政策に対応して貰わんとな」

「将来的には義父上の業務を引き継ぎますが、その間に仕事を振れる人材を確保したいですね……」

暫くはゆっくりとする時間は無さそうだ、とユフィリアは静かに溜息を吐いた。

* * *

(国防省周りの仕事は義父様が調整してくれていますから、それは助かりますね……)

増え続ける激務を終えたユフィリアはそっと息を吐きながら、離宮へと戻る道を進む。

すっかり日は暮れて、朝から出て夜に戻るという生活を繰り返している。その間に一息程度の休みはあれども、休んでばかりでは仕事の山は減らない。

知っていたつもりになっても、実際に体感してみると王というのは過酷なものだとしみじみ思ってしまう。

「ただいま戻りました」

離宮までの護衛を帰してから、離宮の中へと入るユフィリア。

執務を終えてユフィリアが真っ先に向かうのは談話室だ。談話室の扉を開ければ、部屋に配置されたソファーに座っていたアニスフィアが目に入る。

「あ、おかえり。ユフィ」

「はい、ただいまです。……イリアは?」

「夕食の準備。レイニもそっちに行ってる」

「そうですか」

離宮の他の住人であるイリアとレイニがこの場にいない事を聞いて、ユフィリアはアニスフィアの隣に座り、そのままアニスフィアの肩に頭を預けるように体重をかける。

ユフィリアが寄りかかってきた事でアニスフィアは少しだけ口元を緩めて、ユフィの髪を梳くように頭を撫でた。

「今日もお疲れ様」

「はい」

アニスフィアの指の感触に目を細めながらユフィリアは頬をすり寄せる。

女王になってからというもの、充実感を覚える生活を送っているユフィリアだが、同じぐらいの疲労感も感じている。だからアニスフィアの顔を見ると気が緩んでしまう。

アニスフィアも甘えられるのは慣れて来たのか、ユフィリアの頭を撫でながら微笑ましそうに微笑を浮かべて、髪を梳き続ける。

「夕食にはもう少し時間がかかるから、ちょっと寝る?」

「……そうします」

「ん。レイニかイリアが来たら起こすよ」

「はい」

アニスフィアに促されるままにユフィリアは目を閉じて、完全にアニスフィアに身を預ける。

疲労感を感じる体にアニスフィアの指の感触は心地良い。体温も、鼓動の音も、親しんだ香りもユフィリアの意識に船を漕がせた。

静かに寝息を立て始めたユフィリアに、アニスフィアは満足そうに息を吐くのだった。

* * *

夕食と夜の湯浴みを終えれば一日の疲労感が洗い流されるようだった。

凝り固まった体を解すようにゆっくりと湯船に浸かり、髪の水分を拭って貰った。浴場に入る時はレイニかイリア、どちらかが一緒に入浴して世話をしてくれる。

火照った体を冷まさない内に寝室へと戻れば、先に湯浴みを終えていたアニスフィアが本を読んで待っていた。

女王に即位後、ユフィリアとアニスフィアの寝室は一緒の部屋になっている。それはアニスフィアからの魔力摂取がある為、ユフィリアが強い希望を出して実現した事だ。

「アニス」

「ん、ユフィ。上がった?」

「はい」

椅子に座っていたアニスフィアに歩み寄って、ユフィリアはアニスフィアの顔を覗き込むようにして触れるだけの口付けを交わす。

くすぐったそうにしながらもアニスフィアは拒む事はない。読みかけの本に栞を挟んで閉じて、立ち上がる。

「おいで」

アニスフィアが差し出した手に自分の手を重ねるユフィリア。そのまま手を繋いだままベッドに向かって、アニスフィアが手を引くままにベッドの中に入る。

二人で横になれば、ユフィリアがアニスフィアを抱え込むように抱き締める。しがみつくようなユフィリアに少しだけ困ったように頬を緩めながらアニスフィアが背中を撫でる。

アニスフィアを抱きかかえるようにして収めたユフィリアは首や髪に手を伸ばして、足を絡めるように身動ぎをする。唇は露出した肩口や頬に寄せられ、なるべく密着しようと抱き心地を確かめる。

「くすぐったいよ、ユフィ。すっかり甘えん坊さんだ」

「頑張ったご褒美ですから」

「……そっか。女王はやっぱり大変?」

「はい。凄く大変です」

「そっか」

アニスフィアはユフィリアの頭を撫でながら、少しだけ憂うような表情を浮かべる。大方、自分が特に何もしてない現状に落ち着かないのだろうとユフィリアは思う。

「私に出来る事ってある?」

「今は、まだ。こうして癒しになってくれれば、今は望みません」

「……うぅん、もどかしいな。大変なのは事実なんでしょ?」

「アニスが絡むと悪化しそうなのでダメです」

「そうは言うけどさ……」

まだ言葉を重ねようとしたアニスフィアの頬に手を添えて、ユフィリアはアニスフィアの言葉を閉ざさせるように口付けを交わす。

何度か繰り返すように啄むと、アニスフィアはふにゃりとした顔で黙り込んでしまう。潤んだ目は頼りなさそうに揺れて、ユフィリアは満足げに自分の唇を舐めた。

「いいですから、ね?」

「…………ずるいと思う」

「甘えるのが下手だからですよ」

「ユフィの方が絶対甘えるのが下手だと思ってたのに……!」

「私は甘えないだけで、甘える時は甘えますよ?」

特に貴方には、と耳元で囁けば完全に無力化が終わる。すっかり黙り込んだアニスフィアの頭をよしよしと撫でながらユフィリアは微笑む。

「焦らなくて良いんですよ」

「……落ち着かないんだよ」

「病気ですよ、それは」

「そうかな……」

「えぇ。だから私は貴方がそんな思いを抱かないようにする為に女王になったのですから」

女王にもならず、名目上の役職だけあるアニスフィアの仕事は少ない。完全に何もない訳ではないけれど、日々忙しくしている人をみれば焦りが浮かんでいるように見える。

でも、だからこそユフィリアはアニスフィアに休んで欲しかった。ここまで飛び続けた彼女は、飛び続けるあまりに他人や世界との距離感がおかしい。

「……それに」

「? それに?」

「……アニスが大変になって疲れるようになったら、魔力貰えなくなっちゃうじゃないですか」

「ひぅ」

ユフィリアの指がアニスフィアの背筋をなぞるように降りていく。その指の感触にアニスフィアの背筋にぞわぞわと悪寒にも似た感覚が奔り、口から変な声が漏れた。

恨めしげにアニスフィアはユフィリアを睨むも、ユフィリアは悪戯っぽく笑うだけで堪えた様子はない。

「今日も、頂きたいです」

「……程々に、だよ」

「努力します」

今は、まだ。

まだ羞恥心からの抵抗があるのか、啄む程度だけど。いつかは、と。

そう願いながらユフィリアはアニスフィアの唇に自分の唇を重ねた。