軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Another Story:狼少女の王国散歩(5)

オルファンスさんに手を引かれながら進む中庭の世界は、私にとっては眩いものだった。

そんな風景に視線を向けてしまうと自然と進む速度はゆっくりになってしまう。そんな中でオルファンスさんが私に声をかけてきた。

「随分と熱心と中庭を見ているね」

「あ、すいません……とても綺麗でして」

「それは嬉しいな。庭師たちも喜んでくれるだろう。王城の者にとっても、この中庭が憩いの場になっているよ」

「……えぇ、ここはとても美しい場所だと思います」

パレッティア王国に来てから縁遠かった緑の匂いを胸いっぱいに感じられる。それだけでも私の心は安らぐのに、整えられた中庭の景色は私の価値観を大きく揺るがせた。

自然の美しさを私は知っているつもりだったし、この中庭の景色が自然そのものの在り方だとは思えない。だけど、だからこその美しさがある。

例えるなら、まるで御伽話の中に迷い込んでしまったような感覚だった。よく知るもので作られている景色の筈なのに、それが私にとってはまったく見覚えも体感したこともない世界になっている感動が胸に広がっていく。

「気に入って貰えたならありがたい。多少、私も手を出しているものだからね。褒められると嬉しい」

「オルファンスさんがこちらの中庭を?」

「流石に全てではないし、私が主に手を加えているのはここよりもっと先だが」

「そうなんですね。パレッティア王国に来て一番、驚いたと思います」

「む? そ、そうか?」

私の言葉にオルファンスさんは不思議そうに首を傾げる。どこか釈然としない様子に手を繋いだままオルファンスさんを見上げる。

「驚くものと言えば、どちらかと言えばアニスフィアの魔道具だとか、そういったものの方が驚くのではないかと思ったのだがな」

「あぁ……驚きの質が違うといいますか、あれは元々私が知らなかった未知そのものです。でも、この庭園は違います。私の知っているもので、私の知らない世界が広がっている。だからこその驚きだったんです」

よく観察してみればわかる。この庭園の自然は人の手が加えられているからこその美があり、そして調和があるのだと。

森は生きている。同じ場所に見えても、毎日同じ状態とは限らない。その些細な変化を見落とすような慢心をしてしまえば、私たちはいつ森に飲まれてもおかしくはなかった。

だからこそ自然の変化には敏感でなければならない。だからこそ、この中庭が静寂と調和の秩序によって満ちているのを実感出来る。

生きているのに造り物。それこそがこの中庭の在り方。不要な枝葉を落としたり、花を選り分けたり、それを不自然にならないように手を加えている。

それこそが私には不自然にも思える。けれど、だからこそ美しくて夢を見ているかのような感覚が沸き上がってしまう。

「人と自然の調和の在り方は、ただ共にある訳ではないのだと教えられているように思います」

「君のように自然と共に生きることが当たり前だった人にそこまで言わせるのであれば、私たちの行いも無駄ではないと思っても良いだろうか?」

「無駄かと言われれば無駄です。ですが、価値があるものを無駄とは言わないと思います。ここは私が帰りたいと思える故郷ではありません。けれど、夢を見ることは出来ます」

私がそう言うと、オルファンスさんが少し目を見開かせて私を見た。その仕草に首を傾げていると、オルファンスさんが小さく咳払いをして視線を逸らしてしまった。

「どうかされましたか?」

「……気恥ずかしくなってしまっただけだ。君は何も取り繕わないから、その言葉が尚、真実だとわかってしまう。わかってしまうからこそ、表情を取り繕えなくなりそうでな」

「……ごめんなさい?」

「謝ることではないのだが……そうだな、そこまで褒められたことがなかったのだよ。あくまで見栄のためだと言われれば否定出来ないからね」

「それなら、このドレスや宝石だって見栄のためじゃありませんか? 飾るのが人か自然か、それだけの違いだと思います。それなら私はドレスや宝石より、この中庭の方に価値があると思ってしまいます」

だって、こっちの方が綺麗だし、何より自分が着飾らなくて済む。ただ見ることを楽しむことが出来る。

そんなことを思っているとオルファンスさんが空いた片手で視線を覆い隠すように手を当てて天を仰いでしまった。

「……オルファンスさん?」

「私には、君の言葉は少し刺激的すぎる」

「はぁ……」

その仕草がなんとなくアルを思わせるので、何も言えなくなってしまった。

アルも凄いと思って褒めると、それ以上褒めないでくれって恥ずかしがっちゃうし。やっぱり親子だから似ている所があるんだな、って思ってしまう。

そんな事を思いながら歩いていると少し開けた場所へと出た。今まで歩いていた道は変わりゆく景色を楽しませるような印象を受けたけど、こちらは違う。

色鮮やかな緑の賑わいが視界いっぱいに広がって、圧倒されるような景観に思わず足を止めそうになる。

不思議な世界に迷い混む道の先には、神秘の世界が広がっていた。まるで、そんな例えが浮かんでしまいそうだった。

その景色の中に、アルのお母さんであるシルフィーヌさんが座って待っていた。私とオルファンスさんに気付いたのか、その視線をこちらに向けてくる。

「いらっしゃい、アクリルさん」

「どうも、シルフィーヌさん。えっと、お招き頂いてありがとうございます」

「そんなに堅苦しくしなくていいわ。今日はアルガルドの母親としてここにいるつもりです。身分のことは少しだけ横に置いて貰えると助かるわ」

オルファンスさんは穏やかな緑の気配にも似た印象を受けるけれど、一方でシルフィーヌさんに感じる気配はあのアニスフィアを思わせる気配がある。

アニスフィアと比べるともっと強烈で凄みを感じるけれど。でも、アニスフィアに対して抱くようなひっかかりはない。その違いが何なのか掴み取れないけれど、好感を抱けそうなのはシルフィーヌさんの方だ。

オルファンスさんが椅子を引いてくれたので腰をかける。私が椅子に座ったのを確認してからオルファンスさんがシルフィーヌさんの隣に座る。

テーブルの上には紅茶とお菓子が用意されている。その紅茶をオルファンスさんが手慣れたように淹れてくれて、私の前に置いてくれた。

「今日は来てくれてありがとう、アクリルさん」

「私もお二人とは一度、お話したいと思っていましたから。それにお礼もちゃんと伝えられていませんでしたし……」

「……お礼? 私たちは貴方にお礼されるようなことはしてないと思うのだけれど?」

シルフィーヌさんは心当たりがない、と言うようにオルファンスさんと顔を見合わせている。オルファンスさんも同じような表情だ。

私は居住まいを正して二人へと改めて向き直る。椅子に座ったまま、テーブルに額をつけそうなぐらいに頭を下げる。

「順番が前後してしまいましたが、私は貴方たちの息子であるアルをお慕いしています。アルとはこれから将来、ずっと一緒にいてお互いに支えて行きたいと思っています」

「……え、えぇ」

「ですが私はこの国の人間ではありません。里から連れ出され、今の里がどうなっているかもわからず、この国ではアルの身分と釣り合うようなものは何一つ持ち合わせていません。なので私が示せるのはアルのこれからの人生を支えたいという覚悟だけです」

そこまで言ってから私は顔を上げて、アルの両親である二人を見つめる。

「私はこれからの先の人生、多くの幸福をアルと分かち合いたいと思っています。二人で思いを交わすこと、家族として共にあること。でも、アルはこの国では大きな罪を犯している身です。それで自分の幸せをどこか遠ざけています」

アルと思いを交わし合ってから年が巡るほどに時間を過ごした。思いを交わした男女の行き着く先を見れば番となって伴侶になることを望むのは自然なことだと思う。

だけどアルはヴァンパイアだし、自分が罪人だから子供を儲ける訳にはいかないと言った。自分が子供を作れば新たな問題を生み出しかねないと。

その言い分に理解は示せても納得は出来ない。何度か話し合ったけど、アルは頑固なまでに拒絶していたから私だけではアルの考えを変えられなかった。

「だからアルには許しが必要だった。自分が自分を許して、他人が自分を許す。そんな機会を与えてくれたのはお二人です。アルのやった事を思えば色々と思う所もあったと思いますし、その許しのために大変な思いをしているのはアルを見ていればわかります。それでもアルを説得してくれて、本当にありがとうございます」

私がまず先にしておかないといけないだろうと思って、自分の思いと感謝を伝えるために言った。

……言ったんだけど、何故かオルファンスさんとシルフィーヌさんはぽかんと口を開けて私を呆けて見ていた。

「……オルファンスさん? シルフィーヌさん?」

声をかけてみても二人は呆けたような表情のまま戻らない。別に怒っている訳でもなさそうだけど、固まったまま動かない二人に少しオロオロしてしまう。

するとシルフィーヌさんが大きく息を吐いて、そのまま項垂れるようにテーブルに肘をついて顔を抑えた。

「……アクリルさん」

「は、はい」

「……今日はね、貴方がアルのことをどう思っているのか、それを聞こうと思っていたの」

「はい」

「まさか、聞く前に全部答えられるとは思ってもなかったわ……しかも、その、アクリルさん、貴方もしかして素なの……?」

「素……?」

「これは素ね……そう……そう……」

まるで何かを噛みしめるようにシルフィーヌさんは呟いて顔を隠したまま震えていた。

何か粗相をしてしまったのかと困惑を深めていると、肩を下げて気が抜けたような姿勢で苦笑をしていたオルファンスさんと目が合った。

「文化の違いなのか、それとも君の個性なのか。どちらかはわからないが……君の言動は刺激的過ぎるな」