軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第63話:不明の国

「〝殺させてたもの〟……? それは一体、どういうことですか?」

アクリルの口にした言葉の意味を測りかねて、私はそう問いかけました。殺させていたとは、一体どういう事なのでしょうか?

どうにも不穏な空気に自然と表情を険しくしていました。そんな私の表情を見たからなのか、アクリルが少し身を震わせました。

けれど、彼女は一度大きく息を吐いてから口を開いてくれました。

「私たち、リカントは自分たちの里で暮らしていた。さっき話したタウルスのような他の魔物を祖とした一族の存在は知っていたけど、基本的に何か起きない限りは互いに不干渉だった。だから原則、自分の里に迫るような人間は追い払ってた。でも、私はその人間に捕まってしまった」

「捕まった……?」

「何が目的だったのかはわからない。ただ私たちは戦うことを強要され続けた。人を殺したこともあるし、あと、さっき貴方が言っていた奇妙な魔物みたいなのを殺したこともあった。ただ、小山みたいな馬鹿デカイ奴は流石に見たことないけど」

アクリルが険しい表情を浮かべながら、言いにくいだろう自分の事情を話してくれました。アルは先に聞いていたのか、少しだけ不愉快そうに眉を寄せています。

「……アクリルが見たことがある魔物の大きさはどれぐらいでしたか?」

「バラバラだよ。小さいのから、私より大きいのとか。ただ、特徴として色んな生き物を混ぜたような奇形と、魔眼を持っていること。あとは再生能力が高かったかな? だから核の魔石を潰して殺すのが手っ取り早かった」

「特徴は一致していますね……」

では、アニスが遭遇した奇妙な魔物はカンバス王国で発生した魔物ということですか? そして、その魔物の駆除をアクリルのような亜人を捕らえて処理させていた? でも、一体何故そんなことを?

ただ単に駆除させるための力を求めていたのでしょうか? そもそも、その奇妙な魔物は自然発生したものなのでしょうか? ヴァンパイアの特性があるということは人為的に生み出された魔物である可能性も高いです。

その裏で手を引いているのがカンバス王国ということ? どうしてもヴァンパイアの影がちらつくのが、嫌な予感と想像を膨らませてしまいます。

「……だから、そのタウルスの人もその魔物を憎んでいたのかもしれない。殺されるようなこともあったから、仲間も殺されて、パレッティア王国まで逃げながらも復讐しようとしてたのかも」

「……成る程」

「でも、その人は最後は報われたんだと思う。魔石を託すのは、それだけ私たちにとって特別なことだから」

「特別ですか?」

私の問いかけにアクリルは強く頷きました。彼女の表情に浮かぶのは真剣そのもの、それだけ彼女にとって大事なことなのだと感じさせてくれます。

「魔石は私たちにとって心臓や魂、もしかしたらもっとそれ以上に大事なもの。だからそれを捧げるということは、捧げた人への敬意を表しての行いなんだ。例えば寿命を迎えた者が次に託すために、病に倒れた者が自分の志を継がせるために。あとは、命をかけた決闘で相手を認めた時、とか。その時には自分の魔石を捧げるんだ」

アクリルは自分の胸に手を当てて、目を閉じながら噛みしめるようにそう言いました。魔石を持つ種族にとって、自分の存在の核である魔石を捧げるということは大きな意味を持つのでしょう。

ならば最後の最後で、ガークに魔石を捧げた彼も託せる人に出会うことが出来たということです。それを聞いて、私はアニスが彼の遺体を丁重に弔ったのは正解だと思いました。

弔わずにこの話を聞いてしまえば、きっとアニスもガークも後悔していたでしょうから。

「……私にとってはただ縁があった一族ってだけだから思い入れはないけれど、魔石を捧げても良い人と思える人が身内にいたっていう貴方たちのことは、信じてあげても良いかもしれない」

「……ありがとうございます、アクリル。話しにくいことも話させてしまいましたね」

「いいよ。別に気にしてない」

そう言ってアクリルは再びアルの背中に隠れてしまいました。ただアクリルの尻尾が少しだけ上機嫌になったように揺れていたので、警戒は少し解けたのかもしれません。これもアニスとガークのお陰かもしれませんね。

「しかし……となると、まだアニスの言っていた怪物はいるかもしれない、ということですか。厄介ですね」

「あぁ。それにカンバス王国が関わっているとなると、な。あの国は得体が知れなさすぎる」

「正式な国同士の国交がある訳でもありませんからね。今は警戒をするぐらいしか出来ませんが……」

それでも何も知らないままでいるよりはずっとマシだと、私はそう考えることにしました。胸に浮かび上がってきた嫌な予感を押し隠すように。

「積もる話はあるが、長旅で疲れただろう。一度、食事や休息を取ってくれ」

「……それもそうですね」

アルの提案に私は頷きました。少しばかり衝撃的な話を聞いてしまったのも理由の一つでしょう。

カンバス王国。やはり、このまま静観を決める訳にはいかなさそうですね。

* * *

「そもそも、カンバス王国ってどういう国なんでしょうね?」

食事と湯浴みを終えて、髪をレイニに乾かして貰っていると、レイニがそんな風に聞いてきました。

「アクリルちゃんもカンバス王国の民っていうよりは、リカントの一族っていう民族の一人みたいな印象だったんですけど、だったら〝カンバス王国〟って言うのはどんな国なんでしょう?」

「……カンバス王国の資料は少ないですからね。資料に残る最初の接触は辺境の開拓に乗り出した頃、その調査で奥地に行っていた時に接触したのが最初だと言うことです。およそ百五十年ほど前でしょうか」

百五十年ほど前、パレッティア王国の東部の開拓は一段落を終えていました。もっと正確に言えば、開拓のための拠点作りに成功したと言うべきですね。

今、私たちがいる洋館が建てられた地もそうして開拓地を広げようとした結果に出来た場所でもあります。

その時、初めてカンバス王国の民を名乗る者が現れた、というのが資料に残る最初の接触でした。

「カンバス王国は山を越えた先が自分達の領土であり、立ち入ることは許さないと言ったそうです。その代わり、山の向こう側であるパレッティア王国側の土地は好きにすれば良いと。一部の行商人たちがやり取りしているのは、この境界線を監視する者たちだと言う話です」

「はい。そこまでは私も資料で調べました。行商人のやり取りも細工品や食料、あちらが提供しているのはパレッティア王国では珍しい魔物の素材が主でしたね。……でも、カンバス王国の内情とかは教えてくれる訳ではないんですよね」

「はい。だからカンバス王国は謎に包まれています。……可能性の話ではありますが、ただ彼等はカンバス王国を自称しているだけで、実際にはカンバス王国というのは存在しない可能性すらもあります」

「存在しない、ですか……?」

私の仮説にレイニはキョトンとした声を上げて、首を傾げているようでした。

我ながら突拍子もない考えだとは思うのですが、アクリルの話を聞いてそんな想像図が浮かんでしまったのも事実なので、レイニには私の仮説を説明することにしました。

「私たちが思うような国の枠組みをしていない、と言うのが正しいのかもしれません。アクリルの一族であるリカントや、アニスが遭遇したというタウルスは一族として独立し、排他的なように思えました。それはカンバス王国の特徴と一致しています。ですがレイニが言う通り、彼女達があくまで帰属しているのは自分の一族であり、カンバス王国ではありません」

「……やっぱり、そうですよね?」

「はい。そもそも、私たちは使っている言語が異なっています。あくまでこちらがわかるような形で警告するのに使ったのが〝王国〟という言葉なのかもしれません」

国とは指導者となる王がいて、その王の下に仕える貴族がいて、そして民がいることで成り立っています。そして、幾ら排他的でも国という枠の中にいる以上、まったく交流がないままでいられるというのは不可能に近いと考えられます。

それだけ力を有している、無視せざるを得ないと言う特殊な状況でもなければ完全に繋がりを断つことは出来ません。だからこそ、アクリルの言う一族が、互いに独立したまま交流がないというのは些か不思議に思えるのです。

「でも、アクリルちゃんたちのような亜人を集めている人がいるんですよね? その人たちがカンバス王国の人たちなんじゃないですか?」

「その可能性も捨てきれません。あくまでアクリルのような一族が閉鎖的なだけで、その外ではちゃんと国という形が成立していた可能性だってあります。その者たちがアクリルたちの力を何かに利用しようとしていた、というのも想像できますが……」

結局の所、正確な実態が掴めていないので判断のしようがないのです。

互いの国境線は険しい山脈で隔てられている上、比較的山を越えやすいポイントはカンバス王国に見張りを立てられています。なので入国して調べると言っても非常に厳しいと言わざるを得ません。実態は不明で、その不明を解明する手段が難しいのです。

「歯痒いですね……」

「やはり、見張りに交渉すべきなのでしょうか?」

「……その見張りも確実にいるという訳ではないそうです。ですので、線引きされた向こう側に足を踏み入れた時、あちらがどんな対応をしてくるのかはわかりません。一応、働きかけてみますが……」

とてもじゃありませんが、良い方向に転がるとはとても思えません。

必要であれば、事を荒立てるしかないのでしょうか? ですが、そうなれば嫌でも人は傷つくでしょう。それで一番、腹を立てて傷つくのはアニスでしょう。

アーイレン帝国との争いを回避したというのに、また次から次へと問題が降ってわいてくる現状に嫌でも苛立ちが湧いて来そうなります。

「……それでも地道にやっていくしかありませんね。ただ、アクリルから話を聞けたのは僥倖でした。もう少しリカントについても聞いてみたい所ですね」

「そうですね。……さぁ、そろそろ寝ましょう。身体を休めないとダメですよ?」

レイニが私の肩を叩いて、優しくそう言ってくれました。つい考え込んだり、仕事を抱え込んでいると身体を酷使してしまう私ですが、そんな私の管理をレイニがしてくれているので助かっています。

「……本当に立派になりましたね、レイニ」

「え? 何ですか、急に」

アルが言っていたからでしょうか。改めてレイニの働きを思えば、最初に出会った頃のレイニと比べると雲泥の差があります。

これも彼女が頑張ってきた成果なのでしょう。まるで我が事のように嬉しくなってしまって、私はクスクスと笑い声を零してしまうのでした。

「――ユフィリア、レイニ! まだ起きているか!」

そんな穏やかな空気は、扉の外からノックと同時に聞こえてきたアルの声によって打ち破られてしまいました。

ただ事ではない空気に私とレイニは顔を見合わせて、互いに表情を引き締めました。

「アル、何事ですか?」

「魔物が出た。少々規模が大きいみたいでな、念のため支度はしておいてくれ」

「魔物ですか?」

「俺は出る。何かあればクライヴに言ってくれ!」

それだけ言うと、アルの気配が扉の傍から離れていくのを感じました。

レイニに視線を向けると、レイニは既に私に着替えをさせる為の準備を整えていました。私は無言で頷いて、寝間着に手をかけます。

(このタイミングで魔物の襲撃……何やら嫌な予感がします。杞憂なら良いのですが……)