軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第21話:帝国からの報せ

プリシラやファルガーナの話を伝えた数日後、私はお忍びで冒険者ギルドを訪れていた。目的は冒険者ギルドにいると思われるファルガーナと接触する為だ。

目的のファルガーナはギルドにいたので、難なく接触する事が出来た。無事ファルガーナと会えた私は伝えるべき事を話した。

「……という訳で、こちらから伝える事はこれで以上だよ。帝国の動き次第だけど、こちらは対話をするつもりで用意しておくから」

「なるほどね。俺はこっちの国も好きだからな、争わずに済むならそれに越した事は無い」

「争いたくないというのは私も同じ気持ちだよ。プリシラが復帰次第、あなたとの繋ぎを取って貰う事になるけど……」

プリシラの名前を出すと、ファルガーナは少しだけホッとしたような顔を浮かべた。

それからすぐに表情を引き締めた後、ファルガーナは深々と私に対して頭を下げた。

「今更だが、アニスフィア王姉殿下。貴方には感謝している」

「……突然、何?」

「帝国に対しての姿勢ばかりじゃない、プリシラに関してもだ。貴方を信用しきれず、曖昧な態度を取っていたが……改めて感謝と共に謝罪させてくれ。俺個人の願いとしてはパレッティア王国とは敵対国ではなく、友好国として今後も縁を結んで行けたらと思っている。その為に尽力する事を改めて誓う」

ファルガーナの真摯さを感じさせる言葉に私は何とも言えない顔になってしまう。ただの個人の付き合いならまだ話がわかる相手だと思うけど、立場が許さないからどうにも反応に困ってしまう。

「……プリシラの事、ファルガーナ様はどう思ってるの?」

何も言えない空気が居たたまれなくなって、話題を変えるようにプリシラについて尋ねてしまう。すると、ファルガーナは何とも言いがたい表情を浮かべながら答えた。

「……最初はその出自もあって憐れに思ってたよ。頭はキレる奴だと思っていたが、環境のせいで他人の気持ちを推し量る余裕や考えを持たない奴だったからな。正直、心配はしていた。ただ、アニスフィア王姉殿下が引き取ってくれるなら杞憂になりそうだ」

「そっか。私は一度懐に入れたら出来るだけ面倒を見るよ。……まぁ、私の話はこれでおしまい。あまり長居も出来ないから戻るね」

「あぁ、何かあればギルドを通じて連絡してくれ。また会える日を楽しみにしているよ、アニスフィア王姉殿下」

笑みを浮かべてからファルガーナは席を立った。私もファルガーナと話しておきたい事は伝え終わった。何か急な連絡が必要であれば、お互い冒険者ギルドを通じてという認識も取れたし、今できる事はこれで全部だ。

ファルガーナが去っていったのを見送って、私も顔を隠すようにフードを被って、そのまま冒険者ギルドを後にした。

* * *

「プリシラ、入るよ?」

離宮に戻ってきた私は、そのまま離宮のプリシラに宛がわれた部屋へと向かった。ノックをしてから入室の許可を待ち、プリシラが返事をしたのを確認してから中へと入る。

私服姿のプリシラは侍女をしている時とはやはり印象が違う。ベッドに上半身だけ起こした状態で本を眺めていたプリシラは私を見て柔らかく微笑を浮かべた。

「わざわざご足労頂きありがとうございます、王姉殿下」

「いいよ、好きで来てるだけだから。……どう? 調子は?」

「長年かかっていたモヤが晴れたような、そんな感じですね」

本を閉じて、備え付けのテーブルに置く。本を持っていた両手を握り合わせるように組むプリシラは凄くリラックスしたように見える。

レイニのヴァンパイアの能力を活かしてのカウンセリングが始まってから、プリシラはこういった表情を見せる事が多くなった。始まった当初はまだ気落ちした顔を見せる事も多かったのだけれど、最近は随分と落ち着いたようだ。

私がプリシラの様子を窺っているのに気付いたのか、プリシラは微笑を浮かべながら呟いた。

「レイニの力は凄いですよね」

「レイニの名前を呼び捨てにするようになったんだ?」

「私が年上で、家の格も同じなのだからと押し切られまして……」

「あぁ、なるほど。レイニは元々が平民だからね、敬われるのは苦手みたいなんだよね」

「敬われる程の事をしているとは思うのですが……」

カウンセリングをするに当たってプリシラにはレイニの正体がヴァンパイアである事は告げてある。最初はプリシラも驚いていたけれど、それで特にレイニを過剰に恐ろしく感じたりはしていないのが幸いだった。

カウンセリングで会話する事も増えただろうし、レイニも自分の正体を知った上で話が出来る人が増えたのは喜ばしい事だと思う。どうしてもその点ばかりはレイニに負担をかけてしまう。

「レイニのお陰で本当に気が楽になりました。……自分が思っていたよりも、私は恨み辛みで凝り固まっていたのだと思えるようになりましたから」

「そっか。なかなか自分の痛み、特に心の痛みっていうのは把握出来ないからね。形がはっきりと見えるものじゃないし、他人からも見えにくいものだから」

「……そうですね」

小さく頷くプリシラを見て、カウンセリングが上手く行ってるようで、ホッとしてしまう。

「聞いても良いならだけど、実際にどんな内容のカウンセリングを受けたの?」

「そうですね。最初は夢を見せてもらう事が多くて、それから夢の内容を伝えて私が何を思ってるのか一緒に紐解いていく事を繰り返しましたね」

「……どんな夢を見た?」

私の問いかけにプリシラは私から視線を逸らして、窓の方へと視線を向けた。

遠くを見つめるプリシラの瞳は、ここじゃないどこかを見つめている。今、眼に映る世界ではなく、きっと夢の内容や心の中に浮かんでいるのだろう景色を。

「母と、一緒に旅をする夢です」

「……お母様と」

「えぇ。あの家を飛び出して、母を故郷に帰してあげたかった。母と共に故郷へ行ってみたかった。私はずっと、あの家から逃げたかったんです。逃げる、という発想そのものがなかったのでこの願いも心の底に沈んだままでしたが」

穏やかにプリシラは語っているけれども、その思いを自覚した時は酷く苦しかったんじゃないかと思う。私だって聞いてるだけで胸が痛い、当事者であるプリシラがどう思っているのかなんて、私には量りかねるけど。

「母が自分の生みの親だと確信が持てた頃には、既に母は亡くなっていました。私が母の故郷で死にたかったのは、そんな思いが歪んだ結果なのでしょう。でも、それは本当に叶えたい願いじゃないから、燻ったまま心の底に沈んでいたのだと。レイニはそう言っていました」

「……そっか」

「認めたらかなり楽になりました。同じぐらい、遠回りをしてしまったと力が抜けてしまうのですが」

苦笑交じりに微笑んでからプリシラはそう言った。以前の微笑を浮かべた表情は本当に仮面だったんだな、と思ってしまう程に今のプリシラの表情はくるくると変わる。

「ソーサラー家に、自分の父親に復讐したいと思う?」

私の問いにプリシラは笑顔を消して、思案するような表情を浮かべる。一度、瞳を伏せる様は考えを纏めているようにも見える。プリシラが目を開くのと同時に、彼女はそっと答えを口にした。

「憎いには憎いのですが、もういいのです」

「……もう良い?」

「えぇ。叶うならば、もうこのまま距離を取ってしまいたいです。父と夫人とは二度と関わり合いにならず、私の目が届かぬ所で野垂れ死んで欲しいです」

「そ、そう……」

「もう、あの人達に振り回されて人生が狂うのはご免ですから……」

目を細めた微笑を浮かべるプリシラ。それは以前から浮かべていた笑みに似ているけれど、確かな温かみを感じるものだった。この温かみはプリシラが長年のトラウマを解きほぐされたからなのか、或いは私のただの思い込みか。

ただ、どちらでも構わない。私が満足出来るならそれで良いんだ。プリシラは過去よりも今や未来に目を向けているように見える。私にはそれで十分だ。

「ファルガーナ様とも話せたよ。連絡を取る分には構わないけれど、検閲はさせてもらうからね?」

「はい。改めて、なにからなにまでありがとうございます」

「いいよ。プリシラは私の従者なんだからさ」

「……普通は迷惑をかけた従者を重用するのはおかしいと思いますが」

「悪意があった訳じゃないなら良いよ。仕方ない事なら、それは仕方ないんだから」

「……貴方様らしい」

クスクスと笑うプリシラ。けれど、不意にプリシラの表情が憂いを帯びたものへと変わる。視線を遠くに向けながらぽつりと呟いた。

「……生きるという事は、生きようとする事は、とても怖い事なのですね。王姉殿下」

その言葉にどう返すのが正しかったのか。私は答えられないまま、プリシラの横顔を眺める事しか出来なかった。

* * *

私が魔学都市へと赴かず、離宮で生活をするようになって穏やかな日々が続いた。

離宮から出なければ暗殺などの心配はまずない。警備も徹底されたようだし、帝国だってそう簡単に迂闊に動く事は出来ない筈。

穏やかな日常が過ぎていたけれども、動きがあったと知らせてくれたのはユフィだった。

「アーイレン帝国の皇帝と会談する事になりました」

「会談かぁ。場所はどこで?」

「カルリーゼですね。こちらが抗議したアニスの暗殺に関しての釈明、及び今後の国交についての会談となる予定です」

ユフィが手に持っている手紙は帝国から届けられた封書なのだろう。私も手に取ってみると貴族らしい、けれどどことなくパレッティア王国の貴族の文面と比べると堅苦しい印象を受ける。

内容は特に謝罪などは書かれておらず、会談の場において互いの認識を摺り合わせたいといった内容だ。会談の場となるのはカルリーゼという名前の都市だ。

「カルリーゼかぁ」

「アニスはカルリーゼに行った事が?」

「冒険者時代に何度かね」

カルリーゼ。それはパレッティア王国とアーイレン帝国との国境を守る都市の名前だ。城塞都市と呼ばれる由縁は堅牢な城塞に囲まれている都市だからだ。私も冒険者時代に何度か足を運んだ事がある。

ただ、好んで行くかと言われたら行かない場所なんだよね。国境が近いから防衛の為に開発が進んでいるものだから、自然が減って精霊資源の獲得が少ない。だから冒険者時代でも依頼でもなければ足を運ばなかった。

「勿論、私もだよね?」

「えぇ、いつものメンバーに加えてという事になるかと思います」

「わかったよ、ナヴル達にも話は行ってると思うけど私からも一応伝えておくね」

「はい。……アニス」

「ん?」

「早く落ち着かせて、また魔学都市に戻れるように頑張りますから」

ユフィは少し引き締めた表情でそう言った。それに私は苦笑してしまう。魔学都市には戻れなかったけれども、現場の指揮はドラグス伯になんとかして貰ってる。

それにまだまだ都市作りも道半ば、私が本格的に魔学の研究に手を付けるのはもうちょっと後になる。そこまで気を張る事はないと思うんだけどね。

「起きてしまった事はなかった事には出来ない、だから次がないようにしよう。逆にチャンスだって考えようよ、ここで帝国との関係をしっかりさせておけば横槍も減らせるかもしれない」

「……穏便に済めば良いのですけどね」

「済ませてみせるよ。私は魔学を戦争に使わせる為に研究してる訳じゃないんだからね」

ユフィの傍まで歩み寄って肩を叩く。安心させるように微笑めば、ユフィも表情を和らげてくれた。

それにしても帝国の皇帝、か。一体どんな人なんだろうな。私はそんな思いを抱きつつ、窓の外へと視線を向けながら思いを馳せるのだった。