軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5章6話 親子鑑定

「おっ、やるのか親子鑑定。こりゃ勉強になる、ゲノム情報を見るんだろう?」

パッレが身を乗り出してきた。

ファルマは異界の研究室から持ち帰った試薬をもとにバイオテクノロジーを利用した創薬、検査を確立しつつある段階であるが、まだ、親子鑑定を引き受けたことは無い。実際の検査をどのようにするのかは、パッレにも興味があるのだろう。

「一応、手持ちの設備と試薬でできる。兄上、そういうわけで」

ファルマはパッレに向き直る。

「親子鑑定の準備をしようと思うんだけど、今日はバイトの薬師さんたちに往診や研修に行ってもらっていて俺とエレンしかいないんだ。人手が足りない、店の方を手伝ってくれないか」

「じゃあ俺が手伝ってやる」

パッレが親指をぐっと自分に向けた。ファルマはあっけらかんとしたもので、パッレにカルテを渡す。

「ええっ、私が一人でやるわよ」

エレンがのけぞる。

「エレン一人じゃ大変だから、兄上頼む」

ファルマはセドリックに指示をして、薬局の壁の本日の担当薬師を掲げているコーナーに「一級薬師 パッレ・ド・メディシス」の札を新たにかけてもらった。そして、胸につける名札を渡す。それに待ったをかけたのがエレンだ。

「待って、パッレ君がこの店にある新薬扱えるの? まず教科書ぐらい読まないと、いくら一級薬師だからって適当に処方されたんじゃ困るわ。用法用量も、間違えると危ないし」

「その教科書を書いたの、どーこの誰だと思ってんだぁ?」

パッレが嫌味たっぷりに言う。

「俺と兄上の共著だな。心配いらないよエレン、兄上は新人薬師だけど診療をしてもらっても調剤を頼んでも大丈夫だ」

ファルマが相槌をうつ。エレンは薬学のバイブルの著者の一人がパッレだと思い出し、渋々引き下がった。

「あ、そうだ。エレン、ソフィを呼んできてくれない?」

「いいけど、どうして?」

エレンが首をかしげる。

「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」

ファルマは、できればこの手を使いたくはなかったが、一部の実験をソフィに頼むしかないと説明した。エレンはボヌフォワ家に使いをやって、ソフィを呼んでこさせた。

そして……。

「診療が遅いぞエレオノール。診療と調剤を代われ」

ファルマが実験室と調剤室を往復しながら準備をし、エレンが診療をし、調剤をパッレに依頼していると、調剤室のパッレから苦情が飛んだ。パッレは早く患者を終えて、ファルマの作業を見たいのだ。

「なんですって? そんなに早くできるもんならやってみなさいよ」

エレンはぴくりと眉を上げる。パッレは黒いコートを脱いで調剤室から患者たちの前に出た。パッレの診療スタイルは白衣ではなく私服である。

「早さはどうでもいいから、二人で丁寧にやってよ」

ファルマが作業の手を止めず調剤室から苦言を呈す。

「んなもん当然だ。一級薬師に診てもらえるなんざ有難く思えよ平民ども?」

ファルマたちの腰の低い接客に慣れていた患者たちは、見慣れない青年薬師の登場と横柄な態度に戸惑う。

「いきなり何言ってくれてんのよ、パッレ君ってほんっと接客態度が悪いわね……すみません皆様、今日入ったばかりの新人で、緊張しているようで」

「ああ? 文句があるのかエレオノール? 表でろ表!」

「望むところよ!」

二人が杖を持って表に出て行こうとしたのでファルマがげんなりした。

「何やってるんだよ二人とも! 患者さんほったらかしてたら俺準備できないじゃないかよ」

脳筋過ぎる兄を持つと困るな、とファルマは嘆かわしい。

「ごめんなさい、うちの兄が失礼をして。これでも、腕は確かです。ノバルート医大を首席で卒業していまして、少し自信過剰なところもありますが」

ファルマは患者たちに謝罪がてら紹介した。

「店主さんの兄上か」

「なら、安心だ」

仕切り直しとなり、パッレは視診、触診、聴診おまけにポーションと患者の唾液を混ぜ、反応後のポーションの色と沈殿物、濁り、におい、粘りなどで疾患のタイプを見抜く鑑別神術と、現代医薬品の処方を組み合わせたスピード診療を行ってゆく。

「あんな速さで診て、やっつけ仕事して……ちょっとファルマ君、いいのあれ」

「エレン」

ファルマが調剤室のエレンにメモ用紙を渡す。ファルマがざっと診眼で見た患者の病名と、パッレが神術で鑑定した病名が一致しているか見ていろというのだ。

「すご……合ってる」

パッレの診断は、ファルマの診断とまったく一致していた。そして、パッレが手に負えない、薬では治らないものだと分かると、迷わずファルマに投げた。自分の能力を把握していて、客観視できているということだ。

「悔しいけどさすが、血筋ね。診断能力に長けているところ」

お師匠様の息子だけあるわ、とエレンは悔しそうだ。パッレの守護神が薬神であることも、薬師の能力を左右する。パッレ、そしてブリュノはファルマの聖域の中にいると加護を受けるらしく、神力もろもろの能力が上がる。高速診断能力もその一つだ、ファルマが側にいると勘が冴えわたり、集中力も高まる。

「エレンは正確で丁寧な仕事をしてくれるから、俺は助かるけどね。接客態度もエレンは丁寧だし」

「態度はともかく、パッレ君、速くても間違えないじゃない。新人薬師なのに」

エレンは自信喪失気味だ。

「血筋って凄いわぁ」

(血筋だけじゃないよ)

パッレが、薬学にしかり神術にしかり、血のにじむような努力をしているというのは、ファルマは知っている。ファルマが白血病を治癒してからというもの、パッレは現代薬学の有効性をその身で思い知り、より一層薬学の勉強に取り組むようになった。

薬学の教科書をほぼ覚えつつあるエレンも努力家だが、どちらかというと天才肌だ。

「なんだ、こんなところに呼びつけて」

大勢の従者を引き連れて、公爵が不機嫌そうに薬局にやってきた。その後に、公爵夫人が入ってくる。ファルマは起立し調剤室から出て公爵を迎える。

「よくぞいらっしゃいました、公爵様。私は宮廷薬師ファルマと申します、この店の店主です」

互いに会釈をする。

「奥様のご依頼により、これからあなたと、奥様と、お子様の三者間で親子鑑定を行います。鑑定は公平に行います、証人もおいでですか?」

「む、……あなたは、尊爵のご令息で、皇帝陛下の主治薬師の……」

こんなところ、と言ってしまったからか、公爵の言葉の歯切れが悪くなる。論功行賞の場で、ファルマの名前と顔は知れ渡っている、ファルマとも面識があった。

一行を、カーテンで仕切ったカウンセリングブースに案内し座らせる。

「親と子、その外見というものは、主観的なものでしかありません。だから、人体の設計図がどうなっているかを調べましょう」

「設計図?」

「頬の内側を、この綿棒で二本分こすってください。力はいりません。赤ちゃんは、証人の方が行ってください」

ファルマは三者から綿棒で採取した口腔粘膜の細胞を、誰のものか分かるようにはっきり名前を書いたスライドグラスに載せ、顕微鏡のステージにセットし、細胞を見せた。

「丸い、部屋のようなものがある」

「それが細胞(小部屋の意味)です。全ての動物の体は、これら一つ一つの細胞からできています。生物の最小単位です」

「ほう……」

「その細胞の中には核という部分があり、中には色素に浸すと染まる、 染色体(クロモソーム) と言うものが入っています。染色体はデオキシリボ核酸、DNAという物質でできています」

ファルマは、細胞を破裂させて細胞核の中をむき出しにする処理を施し、処理にしばし時間がかかったので、その間にロッテがお茶とお菓子をふるまう。気まずい空気になっていた。ファルマはプレパラートを彼らに見せる。

「なんだ……この、紐のようなものは、こんなものが、私の体の中に」

「それが染色体です」

顕微鏡を覗き込んだ公爵は、紫色に染まった、X型の染色体を見て、舌を巻いていた。

夫人は赤子とともに不安そうになりゆきを見守っている。

「染色体は大きい順に並べ、それを番号順で呼んで、何番染色体というように区別します」

人間には22対の男女共通の染色体があり、そして性別を決定する2本の性染色体がありますね、とファルマは補足する。

「全部で46本ある……」

公爵は律儀に数えたようだった。

「そうです。この染色体に刻まれた人体の設計図、つまり全ての遺伝情報を、ゲノムと言います」

「情報はどうやって読む」

公爵がファルマのペースに乗ってきたので、ファルマはにこりと芝居掛かった笑顔を見せた。

「それでは私と一緒に、ゲノム情報を読み解いてゆきましょう」

そこでファルマは教科書を見せた。ロッテのイラストつきのファルマの教科書は、説明にも便利だ。

「この染色体のゲノム情報は人間ならば個人間で殆ど同じですが、僅かに違う部分があります。その違いを父に由来するもの、母に由来するものを子供が併せ持っているかを調べます」

「どんな違いがあるんだね」

「ゲノムの中には、同じ暗号を数回~数十回と繰り返している、反復配列と呼ばれる場所があります。その暗号の反復回数を調べます」

そこで、と言いながらファルマは準備してきたものを取り出す。

「ここに、ゲノムを複写してくれる酵素があります」

ファルマは、神術で氷漬けにした、指先ほどの小さなチューブを示す。

異界の研究室から持ち帰った酵素、DNA合成酵素(DNAポリメラーゼ)だ。バイオテクノロジーの技術の基本となる酵素である。

「この酵素はゲノムの二か所に短い核酸断片の配列をはめると、その範囲の配列を複製してくれる働き者です。核酸断片はゲノム情報のごく一部で、こちらに数種類用意しています」

ファルマは現代ではプライマーと呼ばれるDNA断片の入ったチューブを見せる。説明はかなりかいつまんで話した。本当は色々と話しておかなければならない前提があるのだが、一般人に話すには難易度が高い。

「酵素、核酸断片、そしてゲノム。これらを一緒に混ぜ、反応温度を制御することによって、DNAは指数関数的に増幅してゆきます。これを、ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)、PCRと言います」

「何のために増幅させる?」

「一本では見えなくても、量があればDNAが見えるようになるからですよ、肉眼で」

「肉眼で!」

夫人はまあ、と口を押さえた。

「さて、個人の特徴である反復配列をPCR法で増幅させます。しかる後に、その回数を見ましょう。反応に時間がかかるのでお時間をいただきますね、散歩でもされますか」

ファルマは、二時間をかけPCR反応を行った。薬局の門番が腕の良い火属性の神術使いだったので、ファルマの指示のもと、サンプルに対して加熱と冷却の厳密な温度調節を行ってもらい、反応を進行させた。

「できました。ここに、PCR反応によって特定領域のみ複製された配列があります」

ファルマは、反応の終わったチューブを見せる。公爵たちは軽い食事をして戻ってきた。

「回数はどうやって調べる」

待ちかねた公爵一家は、早く結果を見たいようだ。

「長さで比べます。さて、ここで問題。巨漢と小さな子供がいたとします。この二人が人込みの中を通り抜けるとすると、どちらが先に人込みを抜けられるでしょう」

「子供だ。巨漢は人にぶつかって遅くなる」

夫人もそうだと頷く。

「はい。ではそういう状況を作りましょう」

用意しておいた長方形の寒天を、バットの中に張った溶液中に沈め、寒天の一辺に反応後のDNA溶液を埋め込む。そして、バットに電極と配線をセットする。

「ソフィ、手伝ってくれ」

ファルマはソフィを呼んできて、両手に電極を握らせお気に入りのおもちゃであやした。すると、寒天全体に、一方向に電気が流れる。

「この寒天の中は網目状になっていて、目には見えないサイズの人ごみが再現されています。あとは、こちらの端から電気をかけますと、DNAは負に帯電していますので-極から+極へ引っ張られ、サイズの小さいDNAから順にゴールへ向かいます。これは電気泳動という方法です」

「うん? うん」

公爵は電気の話が出た頃から少し混乱してきたようだが、何度か説明すると飲み込めたようだった。ソフィが電気をかけ、DNAの分離が始まった。DNAが帯状になって、寒天の中をゴールへ向けて移動してゆく、とファルマは言う。

「何も動いている様子が見えないぞ? というか、DNAが見えない」

肉眼で見えるようにするために、PCR反応を行った筈なのに、見えないじゃないかと公爵はうったえる。

「DNAは透明で、まだ色がついていませんからね。さあ、結果が出ました、私たちにも見えるようにDNAに色をつけてみましょう、どうなっているかな」

25分経過したのち、DNAを肉眼で見えるように染色を行う。ファルマは可視光で色が見える染色試薬を使った。父、母、子供のそれぞれのDNAの結果を比較する。DNAの移動距離を比べるのだ。染めてみると、最初にDNAを埋め込んだ部分から随分離れた場所に、帯状の線が移動していた。

「このDNAの塊、帯状になっているのでバンドと言います、サイズごとに電気によって引っ張られて移動したものです。これが公爵様由来のもの、そしてこのバンドが、奥様のもの」

ファルマは三つの試料の、DNAの帯の移動距離を比較する。

「この二つのバンドと同じ移動距離のバンドを、お子様は二つとも持っています。今回、DNAの大きさごとに分離していますので、移動距離が同じであればDNAは同じ大きさである、つまり同じ繰り返し回数の配列を持っている、ということを示します。このパターンを持つのは、10人に1人ぐらいです」

「ふむ……」

DNAの移動距離が一致しているというのは公爵にも夫人にも分かる。

「10人にひとりでは偶然の一致、かもしれませんよね?」

ファルマは先手を打つ。

「なので、今回は数か所調べてあります。そうですね……全部一致しているようです。なので、この場合の累積確率を計算してみると、3万人に1人です」

帝都の貴族は、3万人もいない。

「つまり、帝都の中ではたったひとりですね」

ファルマは公爵の顔を見る。公爵は、ぽかんと口を開けていた。

「御納得いただけないなら、調べる場所を増やしますか?」

ファルマがちらりと夫人にも視線を向ける。

「い……いや、いい……済まなかった。お前、……酷いことを言ってすまなかった」

公爵は、夫人にかけた疑いと心無い言葉をわびた。夫人はファルマの鮮やかな証明に救われて、涙ぐんでいた。

「あなたの子よ。間違いないわ、抱いてやって」

赤子を一度も抱こうとしなかった公爵に、妻が赤子を近づける。

「私もそう思います。確率的には、あなたの子である可能性が高い」

ファルマは断定を避けながらも、公爵を諭すように言った。

「名前をつけてやろうな……」

公爵はぎこちない手つきで、しかしいとおしそうに我が子を抱き上げた。

寄り添って薬局を出ていく三人を見送る。夫人は高額の報酬をファルマに支払った。ファルマはありがたく受け取ることにした。

「今回もまた、借りを作ったな」

パッレは全ての診療を済ませ、薬も出し終えていた。何人か、パッレを気に入って主治薬師としての往診の契約をした貴族の患者もいたという。多くの患者を抱えるファルマ的には患者の横取りは有難くこそあれ気にしないが、ちゃっかりしているな、とファルマは笑った。

「それにしても、遺伝子は正直なのね」

エレンが安堵したようにファルマに声をかける。

「万能ではないけれどね。太古からの生命の記録が刻まれているんだ」

そう言ってファルマも頷く。

「上手くいくといいわね、あの家族」

「いってくれないとな」

遺伝子検査によって、一つの家族の絆が守られたのだった。