軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5話 診眼の発現と、庶民のための薬局構想

「杖がどうとかもはや関係ないわ! あなた、神力どうなってるの? ていうか、体大丈夫!?」

エレンはバッグを取ってくると、中から金属製の棍棒状の道具を取り出す。温度計のような表示のついている簡易神力計で、握るだけで能力と神力の量に対応する色が出る。

人が一度に使える神力は決まっていて、神力計を見ながら訓練をする。大神術を繰り出したファルマが、力を使い果たして倒れてしまうかもしれない。と、エレンは心配だった。心配しているのだろう、涙目になっていた。

「私がついていながらっ……両手を出して! ファルマ君。あなた一生分の神力を使ってしまったかもしれないわ! あんなの無理よ!」

「これは?」

「いいから。説明はあとよ、握って!」

ファルマが両手でそれを握ると、白く柔らかな光を放ちはじめた。中央の窪みについている水銀温度計に似たゲージが凄まじい勢いで上昇し、一瞬で振り切れた。

「無色の、限界突破……!」

エレンは驚いて後ずさったものだから、メガネが地に落ちてそれを踏んでしまった。高価なレンズが悲しく砕け散ったが、エレンはそれは気にとめなかった。

「あの、メガネ割れたよ」

「それどころじゃないわ」

ファルマはレンズのなくなった眼鏡のフレームを拾った。

「限界突破って、どういうこと?」

要領を得ないファルマに、エレンは戸惑う。

「こっちが聞きたい……ちなみに神力計を振り切った神術使いは過去にはいないわ、一人としてね」

エレンはファルマの腕をまくり、そこに走る雷のあとをしげしげと見つめていた。ファルマは長袖のチュニックで隠していたのだが、服ごしに明らかに発光していたので、ばれたのだ。エレンは見れば見るほど気になるようだ。

「この痣、どうみても薬神の聖紋だし」

「それさ。ロッテにも言われたんだけど、気のせいだよ。誰でもこうなるんだって」

薬神の聖紋がどんなものかは、ファルマは書物で調べて知った。たしかに酷似していたが、ファルマとしては「だから雷の痕でできるリヒテンベルグ図形だよ」という持論から離れられない。

「神術を使うとき、体の奥が熱くなる感じ、ある? 息切れや動悸とかしない?」

「そんな感じはなくて、別世界から力が流れ込んできている感じかな。だから疲れたりはしないかな」

「だと思った……まるで別世界の術だわ。普通はあんな神力を放ったら倒れるか死ぬもの、なのにまだ神力計が振り切れるほど力が残ってるだなんて」

どういうことなのかしら、とエレンは悩ましそうに腕組みをした。

「ファルマ君。今後は絶対に人前で神力計を握ってはだめよ。お父様にも見せてはだめ。あと、神術を全力で使ってもだめよ」

彼女は考え込んだ。眼鏡を割ってしまったので、本を舐めるほどの至近距離で書物を調べ上げ、属性の定義を確認し、とりあえずの感想を述べた。

「あなたは無属性の、正と負の属性みたいだわ」

属性は神力計の色で簡易的にわかるらしい。白い光を放ったので、無属性だとのこと。

「無属性って、珍しいんだっけ」

ここ数百年、無属性の使い手は出ていないという話を先ほど聞いたばかりである。

「珍しいなんてもんじゃない。未知の能力なうえに、皇帝よりはるかに強い神力を持っているっていう、ね。あなたってもしかして帝位に興味ある? そういう話になっちゃうのよ」

「でも、ド・メディシス家は薬師の家系なんだろ?」

何でいきなり帝位の話になるのだろう、とファルマは眼鏡を持ったまま立ちすくむ。

「それは関係ないわ」

サン・フルーヴ帝国皇帝の、帝位継承制度。

それは家格や守護神を考慮され神力の強く、能力に秀でた大貴族の嫡子が、神殿の合議によって選定されるものだった。ファルマが皇帝の神力を凌駕してしまった場合、ド・メディシス家は家格からいっても十分で、皇帝の資質に足る。しかしそれでは現皇帝にとっては都合が悪く、現皇帝に暗殺されるかもしれない、という話だった。

「で、興味ある?」

「全然。そもそも、政治とか苦手だし。俺に政治任せたらひどいことになるよ」

根っからの理系人間である彼は、文系的なことはからきしなのだ。慣れないことはするものではない。

「なら、黙っておいたほうがいいわね。今日の授業はここまでにしましょ。後半、授業じゃなかったけど」

エレンはファルマに野心がないと知り、安堵したようだった。

「じゃ、ありがとう。俺はこれで。これ眼鏡、忘れないで持って帰って。またレンズ入れたら使えると思うから」

しかし、エレンはその場を動こうとしない。

「帰らないの?」

「眼鏡がないと私、何も見えないの。お屋敷には予備の眼鏡があるけれど」

「家まで連れて行こうか?」

ファルマはエレンの手を引いて、薬草園から屋敷へ戻る橋を渡る。エレンの視力はどれほどなのかは分からないが、かなり見えないようだ。

「そこ段差あるから、気をつけて」

彼より背の高い彼女の手を引き、ファルマが彼女を薬草園のある川の中州から、橋を渡って屋敷までエスコートしている。エレンの華奢で繊細な手は、ひんやりとしていた。冷え症なのではないようだ。

「手、震えてるけど大丈夫?」

「そ、そう?」

暫しの沈黙が続き、気まずい空気が流れる。

「ねえ、ファルマ君、落雷を境に力が備わったのよね?」

ファルマは身構える。エレンいわく、昨日は薬神の影響がもっとも強くなる星位だった、とのこと。

「さっきの神術、やっぱり人間のできることじゃないわ」

ファルマははっきりと告げられて不安にかられ、足を止めた。

「あなたの守護神である薬神が、のりうつったのかもしれない。落雷で確か脈が止まったし、人格も変わってるみたいだし」

(ああ、そういうことなのか)

ファルマにもその畏れは分かる気がした。強すぎる力を具えた人間はもはや人間扱いされなくなる、神がかりとして畏れられるということだった。

「前のままのファルマ君だと信じたいけれどね。全然違うもの」

その気になれば、あるいは神術の加減を間違えただけで瞬殺されてしまう相手の至近距離にいるかと思うと、手が勝手に震えてしまったのだという。

「その力、完全に制御できる? 暴走したりしない?」

「どうか分からないけど、制御できるようにするよ」

力を授かったとしても、それをむやみに振りかざしたいとはファルマは思わない。

(俺は、人を傷つけるより治すほうが得意なつもりだ)

彼は魂というものを信じてはいないが、転生したとしても性質は同じだ。

「そうだ、眼鏡を落としたときは、こうやるといいよ」

ファルマは思いついてエレンの手をほどくと、両手の親指と人差し指で二つ輪っかをつくり、眼鏡のように自分の目に当てた。場の空気がほどけて、思わず笑いころげるエレン。

「ぷっ、何、それ面白い」

「この穴を、細く細くするんだ。騙されたと思ってやってみて」

仕方なく付き合ったエレンは、顔の前で眼鏡の形をつくる。

「もっともっと細く、針穴ぐらいにしていって」

「え? え、え? 待って、ええーっ!?」

言うとおりにしたとき、エレンは絶叫した。そして嬉しそうに目を細めた。

「見える! 遠くまで見える! どうしてこんなことを知っているの!?」

逆に、何で知らないんだ、とファルマは肩をすぼめる。

「視界は狭いけど、とてもよく見える!」

眼鏡ごっこをしながら、二人向かい合って話す。

「あれ?」

(何だ、これ)

不思議がるエレンを眺めながら、ファルマは別のことで驚いていた。輪っかごしにエレンを見ると、エレンの眼と左手の指先が青白く光って見えている。

「私の顔に何かついている?」

エレンは自分の頬のあたりを指で撫でた。思わず彼女の手を取る。

「あっ!」

「何?」

ファルマの指の輪っかを通してエレンを見ると、彼女の左手中指の第二関節が、青白く光って見えたのだ。輪っかをどけると、見えなくなる。左手で作った輪っかだけが、見える。

ファルマはエレンの指の光る部分に軽く触れてみた。

「痛い痛い! 何するの!?」

エレンは悲鳴を上げて涙目になる。

「え? そんな強くしてないけど」

「そこ、今朝指を突いて痛いの。どうして突き指してるってわかったの? 包帯もしていないのに!」

「"捻挫?"」

ファルマがそう言った途端、青白い光は白い光へと色調を転じた。

ファルマが色々試した結果、神力の通じた左手で輪っかを作って覗いてみると、患者の患部が青く光って見え、病名を当てると光の色が変わるのだった。

「驚いたなぁ」

「それって薬神の神眼みたい。やっぱりファルマ君って、あっ」

薬神は、すべての病を見透かしその症状に応じたあらゆる薬を授けるという言い伝えがある。エレンは恐ろしいものを見たように口をパクパクさせながら、ファルマの足元を指す。

「ないわ、ない……あなたの影が!」

彼女に正対して立つファルマの足の下に、影はなかった。

「うわあああああああーーーーーー!?」

ファルマはこれにはさすがに絶叫してしまった。

「い、言わないわ。誰にも言わないから、あなたが薬神様の化身か、化け物か何かだなんて言わないから、だから……助けてーーーーっ!」

エレンはとうとう身の危険を感じたらしく、時折躓きながら、走って逃げ去っていった。恐ろしかったのだろう、眼鏡のフレームをまたぶん投げて。

「どうすればいいんだ」

ファルマは本格的に窮した。薄暗い屋敷では影が多いのでバレないだろうが、明るい屋外でファルマにだけ影がないのは相当に目立つ。

エレンの口の堅さを信じるしかなかった。

それでもいつか、影がないことがバレて迫害にでも逢うんじゃないか。

そう思うと頭痛がしてきた。

橋を渡り切ったところの段差で、ドテッと盛大に転ぶエレンの姿が遠目に見えた。

言葉を尽くして誤解を解くには、しばらくの時間がかかりそうだ。

…━━…━━…━━…

「おかえりなさいませー!」

「ただいまー」

夕方になるまで時間を潰してから屋敷に戻ったファルマは、部屋で世話をやいてくれるロッテを「神眼」で眺めてみた。すると、洗濯などの水仕事をしている働き者の彼女の手がぼんやりと青く光っている、手をよく見せてもらうと、無数のあかぎれを発見した。

「”あかぎれ”」

彼女の手を包んでいた青い光が白色に変わる。正解だったようだ。

彼はすぐに保湿剤を中心としたローションをこしらえ、花の香りをつけて、女子の好きそうなかわいらしいリボンを小瓶にかけ、彼女に手渡した。

「わあ! 何ですか、これ?」

「ロッテにはお世話になっているから、プレゼント。寝る前に手に塗り込んで。しばらくすると皮膚が滑らかになるから。顔に塗ってもいいよ」

「やった、嬉しい!」

ロッテはこれ以上ないといっていいほど喜んだ。小躍りしそうだった。

「母も使っていいですか? 母も手がガサガサなんです」

ロッテは小瓶を高々と掲げてくるりとターンをして、はちきれんばかりの笑顔で無邪気に喜んでいる。

「もちろん」

翌日、ロッテと母親はつるつるになった手を、嬉しそうにファルマに見せにきた。

「すごいですこれ! 皆が買いたいと思います!」

これまで、ハンドケアというと、高価な油や軟膏しかなかったのだという。それらの高価な薬は、薬師ギルドが販売を独占している。

「母には奥様が時々お薬をくれますが、お薬って平民には手が届かないほど高いんです」

嬉しそうに挨拶をして屋根裏部屋に戻っていったロッテの背を眺めながら、庶民が安心して薬を買える、庶民のために低価格の薬を提供すると人々が喜ぶかもしれない、彼はそう思った。

彼はもともと、人々を癒すことと創薬に人生を賭けた、奉仕精神の強い薬学者だった。今生の生でも持てる技能と知識を尽くして、彼らを助けたいと考えていた。

それに、ファルマは影が薄いどころか影のない、どう考えてもただの人間ではない異端者である。化け物と畏れられたり迫害されて殺されたりしないためにも、いや、最悪バレても周囲の人々に受け入れてもらえるように、彼らに必要とされる存在にならなければならない、という危機感も強く働いた。

貴族相手の家業は兄に任せ、物質創造で資金を得て、ゆくゆくは独立して薬局でも開いて、この世界の人々のために医薬の普及と奉仕をするかな。

ファルマはそんな、将来の展望を考え始めたのだった。