軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9章3話 華燭

1152年6月20日。

ファルマとエレン、ロッテはクラシカルな正装で、いつもと違った賑わいを見せる帝都神殿へと馬車を乗り付けた。

バラの花で飾られた神殿入口の案内板にはエメリッヒ・バウアーとジョセフィーヌ・バリエの結婚式と書いてある。

「お天気がよくてよかったですね。お空もお二人を祝福しているかのようですよ」

ロッテが嬉しそうにはしゃいでいる。

「そうだね」

ちょうど挙式時に雨が降りそうだったので、幸先が悪くてはいけないと気をまわしたファルマが周囲の天候を変えておいた。

「まさかこの二人が結婚するとはね……感慨深いものがあるわ」

彼らの指導教官でもあったエレンは感動して涙ぐんでいる。

「ここに漕ぎつけるまで大変だったよね」

ファルマは彼らの歩んできた道のりを思い出す。

「そうね。艱難辛苦の末に結ばれたのよね。駆け落ちにならなくてよかったわ」

「出席してくださるようでよかった。そのうち、ご両親とも和解できるといいんだけどね」

彼らはどちらからということもなく、同じ研究室で時間を重ねるうち自然とよきパートナーとして一緒になろうという話になっていたようだ。

四年前には「他人と暮らすのが嫌い。結婚は全く考えていない」、と話してていたジョセフィーヌだが、その気持ちも少しずつ変わったらしい。ラボメイトとは朝から晩まで一緒なので、相手の良いところも悪いところも見えて、彼となら一緒に暮らしてもいいかも、とイメージがついたようだ。

二人が医薬大卒業と博士課程一年生になったタイミングで、入籍する計画を立てていた。

二人の婚約の意向を聞いた時にはファルマもエレンも驚いたものだ。

本人たちがそう言っていても、貴族社会においては両親の同意と結婚証明書への署名は必須だ。

二人がジョセフィーヌの両親に結婚の許しをもらうまでが大変だった。

エメリッヒはこれまでの功績により個人でサン・フルーヴ帝国の男爵位を持っており、なおかつ元をたどればスパイン王国の大貴族という歴史ある家柄であって、メザリアンス(身分違いの結婚)ではなく身分もつりあうものではあったが、エメリッヒの遺伝病のことでジョセフィーヌの親族からの反対が根強かった。

エメリッヒの父親は既に遺伝病によって亡くなっていたし、母親は行方知れず。

脛をかじってくるかもしれない弟妹が五人もいる。

エメリッヒとジョセフィーヌの間に子孫は必要だが、遺伝病の子では困る、というのだ。

これにはファルマも驚いて説得に入ったが、ゴリゴリの貴族社会での立ち回りを要求する両親の反対は根強く、一筋縄ではいかなかった。

両親からは致死性家族性不眠症に対する治療法と、子孫に遺伝しない方法を打ち立てたなら結婚を認める、という条件を突き付けられ、話し合いは平行線を辿った。

致死性家族性不眠症は、常染色体顕性遺伝病だ。両親から受け継いだ常染色体の遺伝子のうちどちらかが正常でも、片方に異常があれば50%の確率で遺伝する。

一回の妊娠において子供が致死性家族性不眠症を発症する確率も50%だ。

子孫に遺伝する可能性があり、治療は可能であったとしても、子が発症した場合治療には大きな負担を伴う。さらにそれは彼らの孫にも遺伝する。

エメリッヒは、人工授精で胚盤胞まで培養した受精卵の着床前診断を行いPrP遺伝子の変異の有無を選別して、染色体異常を持つ子の出生率を下げることができると気づいた。

ファルマは、診眼を使えば遺伝子異常を持つ胚を回避することは簡単だったが、今後の遺伝子技術の波及を考慮して、遺伝子検査での診断方法を確立するよう促した。

これらの検討を重ねている間に、ジョセフィーヌは両親の画策により、外国貴族に誘拐されてしまった。

このころ、男性が女性を誘拐して強引に結婚してしまう誘拐婚の因習があったものだが、聖帝エリザベスの法整備により、多くの国で両性の合意のない結婚は無効となり、神殿は二者の合意のない婚姻を認めないとされていた。

それで、まだ法の適用されていない外国に拉致されてしまったのだ。

エメリッヒから話を聞いたファルマが、驚いて一晩で見つけて救出してきた。

大神殿の諜報ネットワークを使えるファルマが、ジョセフィーヌを探しだすのは簡単だった。ジョセフィーヌの両親が外国貴族と結託して誘拐婚を企てたことを黙っておく代わりに、「二人の結婚を検討する」という言葉を引き出した。

そしてほどなく、エメリッヒは致死性家族性不眠症を克服する方法を自力で見出した。

彼が最初に言っていたように、異常のあるプリオンを分解する遺伝子治療ユニットを脳神経細胞の特定の場所に組込む遺伝子治療ウイルスを作成し、細胞実験、動物実験での検討において成功をおさめた。

あとは、発症の兆候がみられたらそれを自身に投与すればいい。

治療のめどがたったことで、ジョセフィーヌの両親らも一転、結婚を認めた。

サン・フルーヴ帝国における結婚式は、宗教的側面を大切にする場合は神殿、宗教色を出したくない場合はシビルウェディングとして市庁舎、裁判所で行うことができる。

二人は敢えて希望して神殿での挙式を選んだ。

その理由をファルマははっきりとは教えてもらっていない。

かつて呪われた血族と忌まれていたエメリッヒが悲壮な運命と試練を克服したと先祖や守護神に報告したかったから。かもしれないし、彼らがことさらに結婚を急いだのは、まだ確実にファルマがこの世にいるうちに、と考えたからかもしれない。ファルマは二人のそんな思いも汲んだ。

ファルマとしてもせっかくなら、教え子が幸せになるところを目に収めてもおきたかった。

定刻より随分早く着いたので、ファルマたちは神殿の控室で新郎のエメリッヒに会うことができた。ジョセフィーヌの装いも気になるが、新婦のドレスは誰も当日まで見ることができないのだそうだ。

ファルマはそわそわとした様子のエメリッヒに声をかける。

「今日はおめでとう、よく似合ってるよ」

エメリッヒは新郎らしい純白の正装に身を包んでいた。

いつもは研究室で白衣を羽織ってざっくりとした格好をしているが、今日ばかりはばっちりと決めている。エメリッヒの傍にはカメラマンが一人帯同していた。

最近のサン・フルーヴの結婚式では、ファルマのもたらした写真技術の普及により、ウェディングフォトを撮るのが流行っている。

ウェディングフォトをまとめたアルバムなども作るそうだから、どの世界もやることは同じだな、とファルマは感心したものだ。

「ありがとうございます。今日この日を迎えられたのは教授のおかげです。エレオノール先生も」

「いろいろあったけど、君自身の努力の比率がとても大きいよ」

それはファルマの本心でもある。

「とんでもないことです……時々、思い出すんです。あの、私が入学した時、教授が俺を引き留めてくださらなければ、私も家族も今はどうなっていたかわかりません。妻に会うこともなかったでしょうし、ゆくゆくは私の命もありませんでした」

(妻かあ……ジョセフィーヌさんのことか。感慨深いな)

思えば、ファルマにとってエメリッヒとの出会いは印象的だった。

ファルマはスピリチュアルな意味での運命のようなものを信じてはいない。

難病を患った人たちが、助けを求めてファルマの周りに集まってくるのは自然なことだ。

それでも、彼との出会いは殊に、縁のようなものを感じる数奇なものだった。

着任早々いきなり敵意満々で挑発されて、退学届けをたたきつけ、試合を申し込まれたのには驚いたものだ。ファルマが大人げもなく試合を受けて大学の設備を破壊して、日本円に概算して6億程度の修理費が発生し、まるごとかぶる羽目になったのも今となってみればいい思い出だ。

「あの時、黙って退学せず最後に一発、教員をぶちのめそうと思ってよかったよね」

「まったく、とんだ失礼を……でも、結果的には最善のものとなりました」

「あなた、退学させろって乗り込んできたものね。びっくりしたわよ」

あの時、その場にいたエレンも苦笑している。

エレンやロッテたちも、口々に祝福の言葉を述べ、祝儀を渡していた。

サン・フルーヴには日本のようにご祝儀を包むというものがなく、リスト・ドゥ・マリアージュという、現代風に言うとほしいものリストが事前に提示される。贈る人は、予算に合わせてプレゼントする品を選んで贈るという仕組みだ。

高額商品が残ってしまった場合も、複数人で購入することもできる。

エレンは「お皿」という項目を見つけて有名窯の銘品のカトラリー、ロッテは「絵画」という項目を選んだらしく、エメリッヒとジョセフィーヌをモデルにした華やかな印象画を贈っていた。

ファルマは「筆記用具」という項目を選んで、豪華な装飾のついたボールペンをペアで贈った。

ボールペンは、重要な契約書類にインクのしみを作って作り直しになってしまったファルマが恨めしく思って、最近技術局に登録したものだ。

「すごい! これ、世界で教授しか使ってるの見たことないやつです」

「世界で二本目と三本目だよ。インクも充填できるようになっているから」

「嬉しいです、妻と実験ノートの記載時に使います」

「それがいいね。書いた直後にこすっても後をひかないよ」

「嬉しいです!」

エメリッヒは実用的なものを貰ったからか、素直に喜んでいた。

ファルマはその様子を見届けて、懐から厳封した手紙を手渡す。

「それから、これはお祝いとは別なんだけど、実は君に渡そうと思っていた手紙がある。重大な内容だからあとで読んでもいいよ」

「はい……わかりました。気になるので今拝読しますね」

エメリッヒは緊張しながら開封して、ファルマからの手紙に目を通す。

ファルマがエメリッヒに送ったのは、エメリッヒ自身の致死性家族性遺伝病の治療記録だ。

「まさかこれは……」

ファルマは、エメリッヒが自力で難病の治療法を見つけられなかった場合、ファルマがこの世界にいないというケースに備えて、先手を打っていた。

彼は既に、エメリッヒに気づかれないように遺伝子治療を施していたのだった。

「教授が治してくださっていたのですか……」

「君の意思は知っていた。自力で治すだろうとも信じていたけど、確実な手をうっておきたかった」

「いつだったんですか……全然気づきませんでした」

エメリッヒはいつ治療されたのかと動揺している。

「治療を施したのは二年前で、徹夜明けで研究室のソファで転がっていたときにしたからね。気づくわけがないよ」

「えーっ……そうだったのですね」

エメリッヒには治療への強い意思があって、ファルマは安全な治療法を提供できる。

それを知っていて、知らないふりはできなかった。

エメリッヒは悔しそうにぐっと唇をかみしめる。

「……教授、薬師としてはあるまじき行為ですね。患者の意思決定の権利を奪うのは重大な医療法違反行為であり、患者の人権を踏みにじる暴挙です。あなたが教えてくださったことですが」

エメリッヒは糾弾するようにファルマに向き直る。

「そうだね。手が後ろに回るかな」

「……ですが。結果は同じです。生殖系列まで修復してくださったなら、文句のつけようもありません」

「二年前ということは、私がさっさとしなかったから……今にも発症しないか、きっと見るに見かねてだったんですよね。不本意ではありますが、本当にありがとうございました」

「不義理なことをしてごめんね」

顛末を聞いたあとエメリッヒは、安堵とも落胆ともつかない大きなため息をついた。

達成感は半減したが、ファルマの気持ちも汲んでくれたのだろう。

「私だけ治さないでください、治療法の開発には手を貸さないでくださいと申し上げたのは、私の我儘でしたから。もし何年ももたついているようなら、教授が黙っておかないだろうなとは思っていました」

「いや、それも君自身の意思決定だよ。それに、君が開発した治療法は無駄にはならない」

エレンも横でうんうんと頷いている。

ファルマもエレンも、彼とジョセフィーヌの血のにじむような努力を知っている。

エメリッヒは暫く考えこんでいたが、自分を納得させたようだ。

「そうですね。意味がなかったわけではないですね。教授の治療法は高度な神術を使うので、平民には使えないし後世に残りませんからね。私が開発した方法なら誰でも使えます、この技術は次の人のために生かしますね」

「そうしてほしい、薬師として君が正しいよ」

「妻も、妻の家族も、もちろん私の弟妹たちも喜んでくれると思います」

定刻となり、ファルマたち参列者は帝都の守護神殿内の最も大きな儀式用聖堂に移動して、神殿式の結婚式が執り行われた。

結婚式は市民の礼拝の邪魔にならないよう、神殿の一角のみ借り切りになる。

夫婦となる者はまず、役所に行って出生証明書を提出し、親族の許諾の有無の記載欄を含む婚姻証書を作成して身分吏(officier de l’état civil)に結婚をする旨を伝え、八日間結婚予告の告示を行ってもらう。

新郎新婦はこの日のために、数か月前から神官長の結婚講座を聞いていたはずだ。

司式者は帝都神殿神官長のコームだ。

一時はファルマと敵対していた彼もすっかり丸くなって、街の顔役となっている。

新婦側の参列者の中にナタリー・ブロンデルを見つけて、ファルマは会釈をする。

四年半前、膠芽腫を摘出したナタリー・ブロンデルは、まだ再発なく日常生活を送っている。彼女もまた、一級薬師として免許を取得し、母にして宮廷薬師のフランソワーズの顧客を引き継ぎ、自宅で開業する見込みだ。

ナタリー・ブロンデルの隣にはジョセフィーヌの親友であるステファニー・バルベも座っている。彼女もまた一級薬師を取得することができた。

現在、帝国では平民であっても、今年度より新規課程を卒業した場合は一級薬師となれる仕組みができた。

秘書のゾエ、教員らの大学関係者、学友たち。

エメリッヒの弟妹たち。遠い親族ということでロッテも呼ばれた。

ジョセフィーヌの獣医仲間も駆けつけている。

エメリッヒに続いて聖堂入口から入堂したジョセフィーヌは、真珠とダイヤのあしらわれた純白のシルクサテンのドレスに身を包んでいた。

ドレスの後ろには大きな扇状の長いトレーンを引いた意匠になっている。

長いレースのベールをダウンして、少し涙ぐんだ父親にエスコートしてもらっている。

ウェディングドレスの歴史にも変遷があり、かつてはサン・フルーヴでも白だけではなく様々な色が着られており、赤は人気が高かった。

地球においては、19世紀の大英帝国ヴィクトリア女王が白いウェディングドレスに白いベールというスタイルだったことで、以降は白がトレンドになったとされる。

この世界において、ウェディングドレスに白を流行らせたのはエリザベート二世だった。

彼女は同時に、黒い喪服も流行らせた。

ジョセフィーヌの表情が少し硬いのは、緊張でガチガチになっているからだろう。

ファルマは彼女がゆっくりと自席の横を通り過ぎてゆくのを、複雑な思いで見送った。

数日前に研究室で進捗報告を聞きがてら彼女と雑談したときには、新居の準備で疲れた様子でもあったが、結婚生活を楽しみにしていると言っていた。

ジョセフィーヌはブランクなく研究に専念したいという気持ちは変わらず、自身のキャリアを大切にしたいという思いをエメリッヒとよく話し合ったようだ。

結婚後も女性が仕事を続けるというキャリアプランやロールモデルが存在しなかったこの世界において、かつて失業した既婚の女性薬師ばかりを雇い入れ、柔軟な働き方を提示し異世界薬局二号店であるメディークを立ち上げたファルマは、夫婦のどちらもが我慢したり諦めることなく、自己実現の一環としてのキャリアを積み重ねてゆくことの意義を、時間をかけて夫婦に説いた。

エメリッヒも彼女と切磋琢磨してゆくことを望んでおり、そのための家庭の負担は平等となるように配慮すると話していたことから、よい研究者夫婦になりそうだ。

コームによる聖典朗読後、参列者全員でのアンセムの歌唱と続く。

アンセムはパイプオルガンの伴奏で、荘厳な響きが堂内に広がる。

「それでは、誓いの言葉を」

貴族同士の結婚の場合、新郎と新婦の守護神が異なる場合、それぞれの守護神に対する誓約となる。エメリッヒは薬神に、ジョセフィーヌは風神に、力強く誓いを立てた。

コームがちらりとファルマのほうに視線をくれたが、ファルマは気づかないふりをした。

次に、定番の結婚指輪の交換を行う。

新郎から新婦には金の指輪を、新婦から新郎には銀の指輪を贈るのが一般的で、ジョセフィーヌと親交のあったメロディ尊爵が指輪を作ってくれたそうだ。

この指輪をうまくはめることができないと結婚生活に暗雲がたちこめるとの言い伝えがあり、二人は緊張しながらもスムーズに通していた。

指輪は結婚を証明するもので、生涯外してはならない。

ベールアップをしてウェディングキスをするのかと思いきや、しないのでファルマはじれったく思うなどした。

コームからの祝福と説教を受けたあと、署名室で神殿原簿にサインをする。

ファルマも証人としてサインをする。

神殿の教義では基本的に離婚は認められていないが、不仲にならないことを祈る。

退堂後の祝福の鐘は三度鳴らされる。

一回目は新郎新婦自身のために、二回目は両親のために、三回目は参列者のためにだ。

真っ赤なバラのフラワーシャワーを浴びながら神殿から退堂し、ジョセフィーヌは幸せそうにエメリッヒに寄り添って記念写真を撮ってもらっている。

エメリッヒの弟妹たちもジョセフィーヌの両親と何か言葉を交わしている。わだかまりはそのうち解けてゆくといい。

大学関係者で一枚ということで、ファルマも集合写真に加わった。

ファルマもウェディングアルバムに加わるのだろう。

ファルマは幸せそうな二人を目に収めながら、ほほえましく思う。

ちゆの結婚式に披露宴も、こんなふうだったんだろうか。

などと、ほろ苦い感情を胸の内におさめる。

「ジョセフィーヌさん、ご結婚おめでとう」

ファルマはこの日初めてジョセフィーヌと言葉を交わす。

純白のドレスを纏い、ティアラをつけた彼女は、今日は一段と輝いて見える。

「教授、本当に色々とありがとうございました。たくさん相談にも乗っていただいて」

「幸せな一日になってよかったね」

「これからもご指導お願いいたしますね」

「それはもちろん。でも、暫くは新婚旅行に行ってゆっくりしておいでよ」

サン・フルーヴ帝国貴族は、結婚後一か月ほど、家事をせず働かずに結婚式に来ることのできなかった縁戚のもとを訪れる旅をする、という習慣がある。

「お土産買ってきます! 二週間ほどお休みをいただいてよろしいですか」

「そんなに早く帰ってこようと思わなくていいよ。必要な実験は私がやっておくから」

「ありがとうございます!」

祝福も一通り終わったところで、未婚の女性が集められてブーケトスが行われていた。

ファルマは少し離れたところから、割と必死にキャッチしようとしているエレンとロッテをほほえましく見つめる。

この世界にもブーケトスがあるのかと思っていたが、以前は花嫁が身に着けているものは縁起物だとして、神殿から出たなりベールやらアクセサリーやら取られそうになって、ブーケをあげてしまおうという話になった点は、地球の歴史とよく似ている。

ブーケを獲得したのはエレンだ。

ヒールのある靴を脱いで参加してところをみると、ガチな競争だったと思われる。

「すごい、あれだけ女性の貴族客いたのに取れたの?」

ファルマが尋ねると、エレンは一仕事終えたような顔をしていた。

「そりゃもう、私を誰だと思ってるのよ、体幹の鍛え方と瞬発力が違うんだから。大学関係者にだって負けるわけにはいかないわ」

「エレオノール様、さすがでした。私も結構頑張ったんですが」

ロッテは身長とジャンプ力の差でエレンに完敗を喫していた。

「とってはみたものの、縁起にあやかれるかしら」

エレンはブーケを持ってポーズをとりながら、一人でつっこんでいた。

「素敵だったわね、ジョセフィーヌさん」

「はい! もともとお綺麗ですが! 今日はとても幸せそうなお顔をしておられて。結婚かあ……いいものですねえ。結婚式に参列すると、結婚したいなって気持ちが高まります」

このたびの結婚をもって、ロッテとジョセフィーヌは遠い親戚になる。

おめでたい席なので笑顔は絶やさないが、ロッテの声はしんみりとして少し切なげでもあった。うつむき加減になったロッテの背中を、エレンが励ますように優しくぽんとたたく。

「あるある。花嫁さんを自分に置き換えてしまうんでしょ!」

「えっ、私はそんな具体的には! だ、だいたい夫となる人の想像もつきませんし、私は平民なのでこんな豪華なお式にはならないですし」

ロッテは顔を真っ赤にして照れている。

「ロッテちゃん、彼氏いるの?」

「んっ、全然いないです。いないんですが、ゆくゆくは綺麗なドレス着たいなとか色々。あ、でも母が作ってくれるって言ってました」

友人の結婚式やブライダルフェアに参加していると段々結婚したくなるというあれかな、とファルマは耳をそばだてている。

「ロッテちゃん、今日は朝までパーティーよ。踊り明かすでしょ?」

サン・フルーヴ帝国の披露宴は夜通し行われ、挙式から解散までほぼまる一日費やす。眠気との闘い、体力のいるパーティーだ。

「はい! ダンスも練習していますので披露するときですね!」

「いい人に会えるかもよ!」

「そうだといいんですけど」

「クロカンブッシュも食べなきゃだし」

「あれすごく楽しみです! いただくのは初めてです」

「飴細工のパリパリがおいしいのよね」

披露宴は神殿にほど近い新しくできたばかりのレストランで行われる。

結婚式場というものはまだない。

最初にふるまわれる料理は立食式の、ブッフェ形式で、手でつまめるアペタイザーやドリンクをいただく。

ファルマも参列者たちと話し込んだり、会話を楽しんだ。

披露宴には高砂のようなものはなく、エメリッヒとジョセフィーヌも各テーブルを回って話に花を咲かせる。立食パーティーが終わった後、そこから着席して、二、三時間かけて本格的なディナーとなり、余興などを見ながらゆっくりゆっくりと食事をする。

ディナーが終わると、伝統行事として新郎新婦が最初に社交ダンスを披露する。

絵になる新郎新婦が、実に優雅に、なおかつ情熱的に踊りを披露してみせる。

「やだ、二人ともダンスうますぎ。もっと練習してくればよかった」

エレンが密かに感心している。

その後、ゲストも交えて、参加者全員が総当たりで一通り踊るまで続く社交ダンスが始まる。

宴もたけなわというところで、ダンスフロアにピエスモンテの一つであるクロカンブッシュが運び込まれてくる。

側面には、カスタードクリームを入れた小さなシューが、煮詰めた飴で接着されている、サン・フルーヴ帝国の結婚式の際に、ウェディングケーキとしてよくふるまわれる伝統的な祝い菓子だ。

シューは子孫繁栄と豊穣を表しているという。

このシューを割りながら外して新郎新婦が踊りつかれた列席者に配る。ロッテほか、エメリッヒの妹たちはしれっと三回ほどおかわりに行っていた。甘党一族なのは相変わらずである。

レストランの中庭に設置されたシャンパンタワーのようなものも豪勢にふるまわれた。

(今日は少しだけなら飲んでもいいかなあ)

こちらの世界に来て以来、久しぶりのアルコールを解禁して嗜むことにした。

宴は朝まで続いて、ファルマは少し飲みすぎて翌朝起こされるまで休憩室に運ばれて寝てしまっていた。

エレンは眼鏡をなくしていた。