軽量なろうリーダー

傲慢な聖女を追放しただけなのに

作者: 福嶋莉佳

本文

アルヴェイン王国の大聖堂には、厳かな静けさが満ちていた。

「聖女は、神が王国へ授けた祝福。王国に祈り、王国を守り、王国のためにその身を捧げるものだ」

国王の声が、冷たく響く。

「それにもかかわらず、ルシア。そなたは神への奉仕を忘れ、己の欲を優先した」

大聖堂に、ざわめきが広がった。

「神に選ばれた身でありながら……」

「なんと浅ましい!」

「筆頭聖女まで騙そうとするなんて!」

国王は、玉座から私を見下ろした。

「ルシアよ。そなたを聖女の任から解き、王国より追放する。行き先は東の国境外、瘴気の森だ」

兵士が近づいてくる。

腕を取られた。

連れ出される間際、背後で誰かが呟いた。

「傲慢な聖女に、神の裁きを……!」

大聖堂の扉が、重々しく閉まる。

――休みがほしいと言っただけなのに……!

ガタガタと馬車が揺れている。

安馬車だから振動がひどい。

お尻が痛い。

でも今は、そんなことを気にしている場合ではなかった。

私はこれから、国境の向こうに捨てられる。

瘴気が濃く、魔物も出るという無法地帯。

まともな人間なら、長くは生きられない場所だ。

いや、瘴気はいい。

私は聖女だから、瘴気そのものは加護で無効化できる。

問題は、そこではない。

「嘘でしょ……」

馬車の小窓から、淀んだ森が見えた。

砂漠よりはまし、と一瞬思った。

けれど、すぐに思い直す。

いや、無理。

無理でしょ。

なんか奥のほうから、ぎゃああ、みたいな獣の声が聞こえるし。

私はただの聖女だぞ。

魔物を倒すチート能力はない。

葉っぱをパンに変える力もない。

前世持ちだからといって、火打ち石ひとつで快適キャンプ生活を始められるサバイバル能力もない。

できることといえば、せいぜい治癒と、しょぼい浄化のみ。

つまり、瘴気で死なないだけで、普通に詰む。

「……どうして、こうなった?」

私の言い分は、そんなにひどかっただろうか。

「休みをください」

言ったのは、それだけなのに。

……いや、色々言ったな?

それにしたってだ。

前世の記憶があるせいで、私はこの国の聖女制度にずっと違和感を覚えていた。

生前の私は、福利厚生が手厚い会社をわざわざ選んで就職したのだ。

ボーナスも貰えたし、長期休暇を使って海外旅行にも行った。

なのに、この国の聖女にはそれがない。

王国に生まれた聖女は、王国へ返すべき祝福だから、だそうな。

意味が分からない。

適性があると分かった瞬間、私は教会へ連れてこられた。

拒否権なんてものはない。

神に選ばれた娘として、清く、正しく、慎ましく生きろと言われ、

食事は質素。

衣服は白い聖女服のみ。

外出は許可制の制約ばかりの生活を強いられる。

聖女だからといって、恋愛まで禁じられる。

そもそも聖女の規則書を読んでも、恋愛禁止とは明記されていないのにだ。

それでも大司祭や国王や貴族たちは、口をそろえて言った。

聖女は欲を持ってはならない。

聖女は国に尽くすものだ。

聖女が休みを求めるなど、傲慢である。

いや、それ、そっちの勝手なイメージで決めただけでしょ。

それに、自分たちは聖女の力で守られた王都で、好きなものを食べて、酒を飲んで、宝石を買って、舞踏会を開いているじゃないか。

私は毎日おなかを空かせているのに。

おかげで、前世では縁のなかったほっそり体型を手に入れてしまった。

全然うれしくないんだけど。

加えて、仕事はきつい。

毎日毎日、朝から晩まで働かされる。

感謝はされる。

けれど、その端々に妙な甘えが混じる。

治癒って、こんなに時間がかかるもの?

もっと綺麗に治してよ。

痕が残らないようにしてちょうだい。

明日の夜会に間に合わせて。

うるさいわ!

こっちは少ない聖力を使って、ほぼ休憩なしでやってるんだぞ!

ニキビを聖力で治そうとするな!

潰しとけ!

……いや、ニキビは潰したら駄目だな。

うん。

残念ながら、聖女仲間たちはこんな理不尽な生活を送っているのに、誰も不満を言わない。

「国のためです」

「セレスティア様に従います」

「神のお導きです」

それどころか、私が「肉食べたい……」と口にしただけで異端児扱いされる始末。

中には、私の話を面白おかしく聞いてくれる子もいた。

けれど、それだけだ。

だから私は、筆頭聖女セレスティアのコネを使って大聖堂を借りた。

若い娘たちに分からないなら、大人に認識させるまでだ。

前世の知識をもとに、休暇制度の利点をまとめた。

聖女が健康であるほうが、長期的に見れば国益になること。

過労による聖力低下の危険性。

治癒や浄化の優先順位を決める必要性。

休息を与えたほうが、結果的に安定した奉仕ができること。

とても分かりやすく、かつ簡潔にまとめ上げた。

うん。

我ながら、ほれぼれするような提案書だった。

それを手にして、大司祭や貴族たちに向けて発表した。

その結果。

「聖女が欲を持つなど!」

「奉仕を苦と呼ぶなど、神への冒涜だ!」

「聖女のくせに待遇を求めるとは!」

大炎上である。

――聖女だって人間なんだよ! 欲を持って何が悪い!

そう叫びたかった。

けれど、あまりの糾弾に震え上がり、声が出ない。

そんな中、助けを求めて思わず振り向いた。

「あなたも分かるでしょう!? セレスティア!」

セレスティアに向かって、私は必死に声を上げた。

見習い時代、同じ釜の飯を食った仲でしょう、セレスティア!

夜にこっそり前世の童話を聞かせたら、「続きは?」と目を輝かせていたよね、セレスティア!

セレスティアなら、分かってくれる。

そう思った。

セレスティアは、静かに目を伏せた。

「……残念です」

それだけだった。

おいいいいい!!

あの見習い時代の会話は何だったんだ!

「自由はいいぞ」って、町を歩く女の子の話をしたら、何度もうなずいていたじゃん!

パンケーキの話をしたら、キラキラした顔で「まぁ、どんなお味なんでしょう」と聞いてきたじゃん!

「セレスティアまで誘惑するとは! 魔女め!」

その一言で、私はその場で処分を決められた。

うぁぁぁ。

思い出すだけで、胃が痛い。

馬車がゆっくりと止まった。

御者台のほうから、男の舌打ちが聞こえる。

「着いたぞ」

扉が乱暴に開いた。

冷たい空気と一緒に、濁った霧のようなものが流れ込んでくる。

近くで見ると、瘴気はスモッグみたいだった。

先がまったく見えない。

「降りろ」

御者の声は冷たかった。

「ひっ……」

腕を引っ張られ、馬車から降ろされる。

足元は湿っていて、靴底がぬかるみに沈んだ。

どさり、と鈍い音がした。

「恵んでもらえるだけありがたいと思え」

御者が放った布袋を、私は恐る恐る開いた。

中に入っていたのは、わずかな水。

固そうな干し肉と、黒パンが少し。

「こ、これだけ……?」

御者は鼻で笑った。

「本当の聖女なら、生き残れるだろ」

そう言い残すと、御者はさっさと御者台へ戻った。

馬車が動き出す。

「いや……無理ですって……! 置いて行かないで……!」

思わず叫んだ。

けれど馬車は止まらない。

聞こえないふりをしているのか、本当に聞こえていないのか。

車輪の音だけが遠ざかっていく。

「嘘ぉ……」

私は布袋を抱えたまま、その場に立ち尽くした。

目の前には、濃い瘴気に沈む森。

背後には、遠ざかっていく馬車の音。

「ど……どうする……」

ここから隣国へ向かうには、森を抜けるしかない。

ワンチャン、森へ入って隣国を目指すか。

いや、でも道が分からないのに?

魔物もいるし。

そもそもまっすぐ進めるのかも、まっすぐ進めば出られる保証もない。

「も……戻る? いや、だめだ……」

戻ったところで、国境警備隊に捕まるだけだ。

そしてたぶん、今度こそもっとひどい場所へ送られるか、処刑される。

「詰んだ……」

頭を垂れて、地面を見下ろした。

そのときだった。

遠くから、車輪の音が聞こえた。

私は顔を上げる。

こちらに向かって、馬車が近づいてきていた。

「だ……誰?」

まさか、さっきの御者が戻ってきたのか。

やっぱり置いていくのはまずいと思ったのか。

そんな殊勝な人間には見えなかったけれど。

馬車は私の前で止まった。

扉が開く。

そこから降りてきたのは、白い聖女服をまとった美しい女性だった。

銀糸のような髪に澄んだ青い瞳。

どこからどう見ても、絵画から抜け出してきたような聖女――

「セレスティア!?」

「間に合ってよかったですわ」

私は目を見開いた。

「な、なんで……!」

セレスティアは、にこりと微笑んだ。

「亡命しようと思いまして」

「ぼ、亡命!?」

「ええ。あなたの話を聞いて、目が覚めましたの。どうしてわたくしたちは、我慢ばかりしなければならないのかしら、と」

「あ……ああ……」

私の発表は、無駄じゃなかった!

「……まあ、本当は、あなたが見習い時代からしつこいくらい自由を語っていたからですけれど」

「あ……そっち?」

その後ろから、ぞろぞろと聖女たちが降りてきた。

しかも、ただの聖女ではない。

筆頭聖女セレスティアには及ばずとも、各部門で上位に入る実力者ばかりだった。

「見てよ、このクマ……」

癒しの聖女クララが、青い顔で目元を指さした。

「この間なんて、貴族の令嬢が酔っ払って柱にぶつかって、たんこぶができたって呼び出されたのよ……」

「ああ、それは災難だった――」

「夜中にね! 叩き起こされて! おかげで寝不足なんだけど!? いつまでたってもこのクマ取れないし! 自分の美容の時間くらい確保させてよ!!」

ご立腹である。

浄めの聖女ヴィオラも、腕を組んでため息をついた。

「あんたさぁ……覚えてない? 見習い時代、一緒の宿舎だったけど」

そうだった。

だけど、ほとんど話したことはなかった気がする。

「あんた、寝言でも自由になりたいってうるさかったんだよ」

「え……そうだったの?」

「毎晩ほんっとうにうるさかったわ。おかげでこっちまで違和感を持つようになったけどさ」

ヴィオラは自分の聖女服の袖をつまみ、不満げに眉を寄せた。

「そもそも、なんでわたくしなんだ? そんな口調、貴族じゃあるまいし。どうして強要されなきゃいけないわけ? むず痒くてたまらないんだけど」

え。

そこ?

いや、口調矯正もなかなかの苦痛だ。

その隣で、守りの聖女ミリアムが、おずおずと手を上げた。

「わ……わたくしは……セレスティア様に誘われて……」

守りの聖女ミリアムは、主に王太子の護衛を任されていた。

王太子のそばを離れず、いつも静かに控えていた子だ。

「あれ? 王太子と仲良かったんじゃないの?」

ミリアムは、びくっと肩を震わせた。

「やめてください!!」

「ひっ」

「あの方とは仲良くございません!! 意味が分かりません!! なんですか、その勘違いは!?」

「す……すみません……」

ミリアムは、はっとしたように口元を押さえた。

「失礼いたしました。少し……心が乱れました」

少しどころではなかった。

私はセレスティアを見た。

「それにしても、よく外出を許されたね……。こんな大御所たちが一気に出ようとしたら、止められたんじゃないの?」

「ええ。あなたが追放されたおかげで、最後の別れをしたいと言えば、外へ出る許可が下りましたの」

「え……私、利用された……?」

「もちろんですわ。機会は逃してはなりませんもの」

セレスティアは悪びれもせずに微笑んだ。

私は、馬車から降りてきた男たちに目をやる。

騎士らしき男、文官らしき男、商人風の男、冒険者風の男まで降りてきて、いずれもただ者ではなさそうだった。

「あの人たちは? 協力者?」

「ええ。彼らにも頼みました」

「大丈夫なの? 信用できるの?」

「ええ。……わたくし、恋人ができましたの」

「恋人!?」

セレスティアは、頬に手を当てて恥じらった。

「だから大丈夫ですわ」

私は背後の騎士や文官を見る。

「どれ?」

「え?」

「恋人って、どれ?」

セレスティアはきょとんとしたあと、花のように微笑んだ。

「全員ですわ」

「全員!?」

「ええ。分け隔てなく愛しておりますの。だって皆様、わたくしを愛してくれてますのよ?」

「いや、それにしたって……」

「わたくし……たった一人を選ぶだなんて、心が痛んでできませんわ」

「……」

「あたしらもびっくりだよ」

「羨ましい……」

「さすがセレスティア様……愛がお深いです」

大司祭よ。

傲慢な聖女なら、ここにもいるぞ。

私は森を振り返った。

「それより、どうするの? この森を抜けるなんて……」

「え?」

セレスティアが首をかしげる。

「……」

そうだった。

この人は、筆頭聖女セレスティア様だった。

歴代でもトップクラスの聖なる力を持ち、神の使徒と呼ばれる人だった。

こんな森、散歩道でしかない。

セレスティアは森へ向かって、白い指先を伸ばした。

次の瞬間、光が広がった。

濁った瘴気が、風に払われるように消えていく。

淀んだ森に光が差し込み、黒ずんでいた木々の幹が、本来の色を取り戻していく。

遠くで、魔物らしきものの悲鳴が上がった。

そして――道が開いた。

「では、参りましょうか」

セレスティアが微笑む。

聖女たちは、楽しそうに馬車へ戻り始めた。

「神よ……どうかお導きを……」

「わたくし、まずは眠りたいですわ」

「あー、分かる。三日くらい寝たい。で、肉が食べたい」

「国に残った聖女たちは大丈夫なの?」

「そのあたりは、もう手を打ってありますわ」

こうして私は、亡命者の一団と共に森へ消えた。

そのころ、王国は大混乱に陥っていた。

「セレスティア様がいない!?」

「祈祷塔にも、治癒室にもお姿がありません!」

「癒しの聖女クララ様も、浄めの聖女ヴィオラ様もおりません!」

「馬鹿な……! なぜ誰も止めなかった!」

「ミリアム!」

王太子が、血相を変えて叫んだ。

「私のミリアムはどこへ行った!?」

大司祭ザカリアスは、大聖堂の廊下で怒鳴り散らした。

「残った聖女たちを集めよ! 今すぐ祈るのだ!」

だが、残っていた聖女たちは、祈祷室の前でそろって首を振った。

「セレスティア様から、休みなさいと言われましたので」

「大司祭である私の命に逆らう気か!」

「でも……セレスティア様の言葉は神のお言葉です」

「筆頭聖女様に従えと教えられました。ですので、休みます」

大司祭は絶句した。

「お、王家の狩猟庭園に魔物が出たのだぞ!? 明日は侯爵家の狩猟会も予定されているのだ!」

「結界は、民家と診療所、井戸など、最低限の維持に努めます」

「王家の庭園を放置する気か!」

「命に関わる場所ではありませんので」

「風邪と肩こりと二日酔いは、寝てくださいとお伝えしました」

「貴族方を追い返したのか!?」

「はい。命に別状がありませんので」

「なんということを……!」

王都中が慌てふためいた。

「水が濁り始めているぞ! 浄化の儀式はどうなった!」

「国境砦から救援要請です! 警備兵が足りないとのこと!」

「では聖女を出せ!」

「セレスティア様のお告げで、お休み中です!」

「お告げなら……仕方ないのか?」

民の間に、困惑が広がった。

セレスティアは、聖女たちを従わせるために、王国自身が祭り上げてきた神の使徒だ。

今さら、その言葉だけを都合よく否定することはできなかった。

翌日、王宮の会議室は怒号に包まれていた。

「ミリアムはまだ戻らないのか?」

王太子が、机を叩いた。

「なぜ誰も捜しに行かない。私の護衛聖女だぞ!」

「それどころではない!」

国王の怒声が、会議室を震わせた。

「王都外縁の結界は薄くなり、北街道には魔物が出た。狩猟庭園は閉鎖。貴族街の井戸も浄化が間に合っておらん。国境砦からは三度目の救援要請だ!」

「ですが、ミリアムが――」

「黙れ!」

宰相が青い顔で書類を差し出した。

「陛下。残った聖女たちは、民家、診療所、井戸、避難所を優先すると宣言しております。王宮、狩猟庭園、貴族家の私的治癒については、すべて後回しにすると」

「王宮も後回しだと!?」

「命に関わる場所ではない、とのことです」

「誰がそんな判断を許した!」

「セレスティア様の方針だそうです」

会議室が静まり返った。

数日後、さらに悪い報告が届いた。

「申し上げます! 隣国グランツェル軍が、国境を越えました!」

「なに!?」

「魔物討伐を名目に、街道沿いの村々を保護しながら進軍中!」

「侵略ではないか!」

「いえ……村々は、むしろ受け入れております。姿を消した聖女様方も、隣国軍に同行しているようで……」

国王の顔から、血の気が引いた。

「他の周辺諸国からも使者が来ております!」

「なんだと……? 用件は!」

「聖女の保護と、王国による聖女制度の調査を求める、と!」

「ふざけるな……。 これは我が国の内政だ!」

国王が叫んだ直後、玉座の間の扉が開いた。

入ってきたのは、隣国の使者だった。

その後ろには、武装した騎士たちが続いている。

「アルヴェイン王国国王陛下。周辺諸国連名の通告をお持ちしました」

「無礼な! 誰が入室を許した!」

「大聖堂はすでに制圧されました。大司祭殿も拘束済みです」

「な……」

「聖女を国家の所有物として扱い、強制労働に等しい奉仕をさせ、休暇を求めた聖女を瘴気の森へ追放した件について、正式な調査を行います」

王太子が立ち上がった。

「ふざけるな! 聖女は王国のものだ! ミリアムを返せ!」

使者は、静かに王太子を見た。

「その発言も、記録いたします」

「っ……」

王太子は呆然とその場に座り込んだ。

「ミリアム……どうして私から離れた……?」

数週間後。

私は隣国の王都で、カフェの椅子に座っていた。

目の前には、ふわふわの焼き菓子と、甘い香りの紅茶。

そして、優雅にカップを持つセレスティア。

「大司祭と国王陛下たちは、拘束されたんですか?」

「ええ。わたくしの訴えを、隣国の王は信じてくださいましたから」

それはそうだ。

セレスティアの名は、大陸中に知られている。

王国が長年、自慢してきた存在だ。

そのセレスティアが、聖女たちへの扱いを訴えたのだ。

周辺諸国が黙っているはずもなかった。

「王国は聖女の結界に頼りすぎて、防衛費をかなり削っていたようです」

そう教えてくれたのは、セレスティアの恋人の一人である騎士だった。

「国境砦も老朽化していました。隣国軍が動いた時点で、まともな抵抗はできなかったようですね」

「どれだけ聖女任せだったんだ……」

私は焼き菓子をかじりながらつぶやいた。

「それにしても……まさか他国に聖女がいないとは思わなかった」

「ええ。わたくしも最近知りましたの」

セレスティアは、隣に座る文官の恋人を見た。

「彼が調べてくれましたわ。アルヴェイン王国のある土地は、そもそも聖地だったのですって。だから聖女は、あの国でしか生まれなかったそうです」

「そんな場所に国を建てて、聖女を独占してたってこと?」

「ええ。……今思えば、だから王国は、あれほどくどくどと『聖女は王国への祝福』だと言い続けていたのでしょうね」

「祝福っていうか、それ洗脳……」

「そういうことになりますわね」

「終わってる……」

「王国は周辺諸国の監視下に置かれ、これから再教育が始まるそうです」

聖女たちは、希望に応じて各国で保護されることになった。

ミリアムのように聖女として働きたい者は、正式な契約と報酬のもとで力を使う。

ヴィオラのように聖女をやめたい者は、別の仕事を探す。

学び直す者もいれば、クララみたいに、自分の時間を堪能する者もいる。

「わたくしは聖女を続けますわ」

カップを優雅に持ち上げ、セレスティアが言った。

「これまでの分まで、バンバン稼ぎますの」

「逞しすぎる」

「着てみたいウェディングドレスがありますから」

「ウェディングドレス?」

「ええ。とても高価なのですって」

セレスティアは幸せそうに微笑んだ。

私は焼き菓子をもう一口食べた。

「わたくし、明日は恋人たちと仕立て屋に行きますわ。あなたはどうしますの?」

「ん?」

私はカップを置いて、笑った。

「とりあえず、明日は休み」