妹の策略で、公爵に嫁ぐことになった私は、妹に感謝する
作者: ダス・ゲマイネ
本文
妹は私にいつもライバル心を持っていた。何をするにも私と競いたがり、勝手に喜んだり悔しがったりする。私は妹と競う気なんてみじんもないのに。
そんな妹が私を陥れるために、私に無断で釣書をある公爵へ送った。
その公爵はゴリラ公爵と陰で言われている人で、顔がゴリラに似ていて、そのせいで結婚適齢期になっても結婚相手がいない状態だった。領地の運営もあまりうまくいってないという噂だ。
「勝手なことをしないでよ」と私は妹に苦情を言った。
「わたくしはお姉さまのためを思ってやったのですわ」
妹はそう主張したがもちろん嘘である。私を困らせるためにやったのだ。
私も両親も困り果てた。一度送ったものを取りやめにすることはできない。妹は叔父を仲介者にしていたから、取りやめにするのは叔父の顔をつぶすことになってしまうのだ。
とりあえずお見合いだけはしようということになった。
両親は妹を叱ったが、妹は泣きながら「お姉さまのためを思ってやったのです」と主張したために、許された。
彼女は水道の蛇口みたいに自由自在に涙を出したり止めたりすることができる得意技を持っているのだ。役者にでもなればいいのに。
そういうわけで私はゴリラ公爵ことピーターとお見合いをした。
噂通り、彼はゴリラに少し似ていた。が、ぶ男と言うほどではなかった。愛嬌がある顔と言ってもいい。きっと優れた彼のことを妬んだ者たちがそのような不名誉なあだ名を彼につけたのだろう。
話してみると繊細で優しく、気遣いのできる人だった。知性もある。ただ、自分に自信がないみたいな感じで、おどおどしている印象があった。
お見合いのあとでぜひとも結婚して欲しいと先方から言われ、私はその申し出を受け入れた。なかなか悪くない結婚のように私には思われた。
結婚を承諾したことで家族や周りの人たちは驚いた。自分で言うのも変だけど、私は結構もてるのだ。美形な男性と結婚するチャンスは私にはいくらでもあった。しかし、お見合いで会った彼と結婚しようと私は決めた。
特に明確な理由があるわけではない。ただ直感的に感じたのだ。この人と結婚するべきだ、と。
式が行われ、私はピーターと結婚した。
彼の親は早くに他界していて、若いピーターが公爵家を継いでいる。公爵家の仕事というのは領地の運営だが、彼はそれがあまりうまくできてはいなかった。優しすぎるのだ。人の上に立つ人間はやさしさと厳しさの両方を兼ね備えてなくてはいけない。
彼が人に対して強気に出れないのは、自信のなさからくるものだった。
ピーターの妻になった私は彼を支え、どうにか自信をつけさせたいと思っていた。
しかし、結婚から半月も経たないうちに、私は突然離縁を言い渡された。私と離婚するというのだ。
寝耳に水だ。当然私は彼を問い詰めた。
「なぜ離縁なの? 私が気に入らなかったの?」
「逆だよアリス」と彼は言った。「君は素晴らしい妻だ。僕にはもったいないぐらいに」
「じゃあなぜ?」
「知ってしまったんだ。君と僕の結婚は、君の妹が勝手に僕に釣書を送ったことで、仕方なく結ばれた結婚なのだと」
「それは・・・」
「変だと思ってたんだ。僕のような不細工な男に君のような美人が結婚を申し込んでくるなんてね。たちの悪い冗談かとも疑ったよ。それなのに本当に君と結婚することができた。僕は舞い上がったさ」
「私のことを愛してないの?」
「まさか、心から愛している。だから離婚するんだ。君は僕に気を使って結婚していたんだろう? もちろん君と別れるのは胸が張り裂けそうにつらい。けど、君を縛り付けた状態で結婚生活を続けてもむなしいだけだ。それは本当の愛ではない」
ピーターは涙を流した。
「あなたはとてもやさしいのね」と私は言った。「では、実家に帰ります」
×××
美しい妻アリスは出て行ってしまった。
僕は浴びるほど酒を飲みながら、泣いた。世界の終わりみたいな気持ちだ。いっそこのまま消えてなくなりたい。
それからの僕の生活は実に味気ないものだった。短い間だったが、アリスとの結婚生活はとても楽しかった。幸せに満ち溢れていた。人生も悪くないと思えた。
しかしそのアリスはもういない。
一度絶頂を味わった後でそれを失った者は、深い無力感に襲われる。
アリスと結婚する前の状態に戻っただけのはずなのに、今僕は深い絶望を感じている。涙が自分の意志とは関係なく流れる。
仕事をしようにも、何も手につかない。食事ものどを通らないし、うまく眠ることもできない。ほとんど一日中泣いている。泣きすぎて頭が割れるように痛いし、肩こりが激しい。
お酒をたくさん飲めば少しだけ気がまぎれるが、次の日には激しい二日酔いが待っている。普通に生活している人々に対して憎しみを感じる。なぜ僕がこれほどつらい思いをしているのに彼らはのんきに笑っていられるんだ。
アリスが出て行ってから5日が経過した。ほとんど何も手につかず、食欲もなく、睡眠時間も短かったから、僕は病人みたいな見た目になった。体重もずいぶん減った。頬がこけ、目の下にくまができて、フラフラ状態でゾンビみたいになった。
このままでは生きていけない。死ぬしかないと思い、ひも状のものを首に巻き付けてみたが、勇気がなくて死ぬことができなかった。
死ぬこともできず、もうどうしたらいいかわからなくなった時、突然ドアが開いてアリスが帰ってきた。
僕は幻を見ているのかと思った。幻覚が見えてもおかしくない精神状態だったのだ。発狂する一歩手前と言ってもいいだろう。
しかしそれは幻覚ではなかった。本物のアリスだった。
「アリス! なぜ・・・?」
驚愕する僕を見て、アリスの方も驚いていた。
「ピーター、いったいどうしたっていうの? まるで病人みたいよ」
「君は実家に帰ったんじゃなかったのか?」
「帰ったわ。実家で用事を済ませてまた来たのよ」
「わけがわからない。もう戻ってこないと思ってた」
「だって私はあなたの妻ですもの」
アリスは一時的に実家に行って来ただけであって、離婚する気はなかったのだ。ほっとした僕はまた泣き出した。
「あなた、私の妹から言われたんでしょう? 私があなたと離婚したがってるって」
「そうだ。君の妹のドロシーが僕のところにきて、泣きながら言ったんだ。姉を解放してくれと。自分が勝手に釣書を送ったことで姉はやむなく結婚した、これは自分の責任だって。だから君と別れてくれと懇願された」
「ピーター、女の涙なんて信じちゃだめよ。ドロシーは水道の蛇口みたいに自由自在に涙を出したり止めたりできるんだから」
「そ、そうなのか?」
「あの子は、私を不幸にするために勝手にあなたに釣書を送った。けど、こっそり見に来てみたら私が意外にも幸せそうだったから、今度はこの結婚を壊そうとしてきたの。それであなたにあんなことを言ったのよ」
「そんなふうには全然見えなかった」
「実家に帰ったのは、妹をぶん殴るためよ。私は今まであの子に甘くし過ぎていたと反省したの。優しいだけじゃだめなのよ。時には厳しさも必要なの。その事を、あなたを見ていて実感した。私たちは似た者同士なの」
アリスの妹のドロシーは、普段は優しいアリスが烈火のごとく怒ったことで心底おびえて、今度は本当の涙を流し謝ったらしい。
その後、アリスと僕はうまくいっている。僕は自分に自信がなかった。見た目を揶揄されてゴリラ公爵なんて言われていることも知っていた。しかしアリスはこんな僕のことを「私はあなたの顔、好きよ。愛嬌があっていいわ」と言ってくれる。
徐々に自信をつけた僕は、人に対して、時には断固とした態度をとることも必要であると学び、それができるようになっていった。
すると僕を見くびっていた人たちの、僕への接し方が変わっていった。
以前よりも断然仕事がやりやすくなった。
「あなたに勝手に釣書を送った妹に、今ではとても感謝しているわ」とアリスは言った。
「ああ、本当にそうだ。君の妹はもしかしたら天使なのかもしれない」
「まさか」
僕たちは、笑った。