軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

87.モブ王女と王弟

ひとまず、食べられてしまった分だけエダマメを収穫し直し、ロイ兄様の宮に行くことにした。

危うく国同士の問題に発展しかけたのだ。

ちょっとくらい文句を言っても許される気がする。私の心臓に負担がかかった分ぐらいは、だが。

「それにしてもだいぶ枝豆ができたね」

隣を歩くコンラッド様はエダマメとライチの入ったカゴを背負い、緑一面のエダマメ畑を見ながら感慨深そうに呟いた。

「アリシアがどうしてもミソー?とショーユー?を作りたいんですって」

「そうなんです。それには大豆が欠かせなくって……」

「ミソーとショーユーかあ。ショーユーは魚醤とは違うのかな?」

「大豆から作る醤油はまず魚醤と香りが違います!」

「香り……」

「そうです。魚醤は魚介類を塩漬けして発酵させたものなので、特有の匂いがありますよね?」

そうアリシアが言うと、コンラッド様も頷く。ギョショーと言うものは独特な匂いがあって、苦手な人も多いのだとか。あとしょっぱいらしい。

「醤油と魚醤はとてもよく似てるんですが、味が全く違います。どちらも塩漬けしてしょっぱいんですけど……植物性の大豆と動物性の魚醤ではこう、味わいが!!繊細な味が違うんです!!どちらも長所、短所はあるんですけど、私は醤油が!!普通の醤油が!!」

アリシアの熱弁を聞きながら、さっきのことを考える。

どうしてコンラッド様は私の手をゴシゴシ拭いたのだろうか?しかもその後にちゅ、ちゅーするし……

今までも挨拶としてのやりとりはあったけど、さっきのは何だか違う気がするのだ。

何が違うのかと言われるとちょっと困るのだけど。

歳の差を考えれば、私とコンラッド様は兄妹のような関係なのではなかろうか?そりゃあランカナ女王陛下にはコンラッド様と婚約しないかと言われてるけども。

特別と言えば特別だけど、その特別がどの特別なのかいまいちよくわからない。

もちろん好きか嫌いかで聞かれたら、大好きな方なのだけどね。とても良い方だし。

この感情に名前があるのかないのかよくわからないけど……

「————…そんなわけなんですよ!ルティア様!!」

「うん!ごめんなさい、聞いていなかったわ!!」

考えごとをしていて聞いていなかったと正直に伝えると、アリシアはそんなあとしょんぼりした顔をした。

「……トラット帝国の皇太子のことかな?」

「え、えーっと……はい」

本当はコンラッド様のことですよ、と言いたいけど恥ずかしさが先にきてしまってコンラッド様の言葉に頷く。

「トラット帝国の皇太子は第三皇子なんですね」

「戦で功績を挙げた、と聞いている」

アリシアの言葉にコンラッド様が眉間に皺を寄せながら教えてくれた。

トラット帝国のことをあまりよく思っていないのがわかる。それもそうだろう。コンラッド様はラステア国の龍騎士隊の一部隊を率いているのだ。

有事の際は皆、戦士であると言われているラステア国。それでも一番最初に戦争に向かうのは騎士たちになるはず。

好んで戦をする国と、戦争をふっかけられたから仕方なく対応する国とでは戦争に対する思いも違う。

コンラッド様がレナルド皇太子殿下をよく思わないのもわかる気がする。

「トラット帝国の皇帝は後宮に侵略した国の姫を囲っているとも聞いている。だから下手に決起することもできないようだ」

「それは……姫様が大事だからですか?」

「————アリシア、多分違うわ」

「え?」

「そうだね。後宮に囲われるということは、自国の姫が皇帝の子供を産む可能性があるということだ」

「……それってつまり、自国の姫の子供が帝位につくのを待ってるってことですか?」

嫌な話だが、多分その考えは当たっている。

だからこそレナルド皇太子殿下はエダマメを持っていくことを断った。

毒を入れられる、と言っていたがきっと日常的にそんなことが起こっているのだろう。

自国の姫が皇帝の母となる。

そうなれば、併合された国をまた独立させることができるかもしれない。

併合された国は帝国に逆らうだけの力がもうないのだ。ならば、後宮という閉鎖された空間で戦うしかない。

「あの国の後宮はまるで蠱毒のような場所なんだよ」

「蠱毒って……呪いとかに使うアレですか?」

「アリシア、よく知ってるわね」

「ま、前に本で読んだことが……」

焦って答えるアリシアに、きっと生まれる前の世界での話なのだなと察する。

この世界でそんな本を貴族令嬢が読むことはまずないからだ。

私は王城の図書館で手当たり次第に色んな本を読んだ結果、蠱毒のことを知っていたのだけど。

「甕の中に虫とか蛇とか入れて、最後に残ったモノを呪物として使うんでしたっけ?」

「そう。きちんと養えれば、富を産むけど、養うことを怠れば喰われてしまう。憎い相手に金銀財宝と一緒に贈る、と言うやつだね」

「贈られた相手は意味がわからず、養うことをしないから喰われてしまうんですよね」

「虫が入ってた時点で私、捨てそうです……」

「それはいいね!」

ははは、とコンラッド様が笑う。逆に私だと育ててしまいそうだと言われ、そんなことはないと言いたいが……変わった虫なら育てそうだなあと思い直す。

「つまりはトラット帝国の後宮はそれほど酷い、と言うことですか?」

「そう聞いている。まあ征服した国の姫をどう扱おうが皇帝の自由ではあるんだろうけどね。奴隷にされないだけマシ、ってところかな」

「それもそれで……」

「そんなわけで、第三皇子なのに皇太子になったのは本人がかなり慎重で計算高い人間なのかもしれない」

「私に近づいたのも理由がある、と?」

「そう」

レナルド皇太子殿下の目的……一番の目的は魔力過多の畑を作ることだろう。

戦争で疲弊した国はいくら属国にしたところで税収は見込めない。そもそも戦争を一番早く終わらせる方法は、食料を断つことだ。

畑を焼き、食料庫から食料を略奪する。

それだけで戦争する期間は短くなるだろう。

焼かれた畑はその年の収穫は見込めない。収穫が見込めなければ……属国になった国に訪れる冬はかなり厳しいものとなる。

人が死に絶えた場所にまたもう一度、畑を耕し、食料を生産できるだけの人を増やすのは難しいのだ。

領土が増えても、帝国が裕福にならない理由はそれだろう。

まあ、首都に住み派手な暮らしをしている皇帝や貴族たちには、関係のないことなのかもしれないが。

「ポーションも大事だけど、帝国が侵略している国は元々痩せている土地が多くてね。ファティシアの魔力過多の畑はかなり魅力的だと思うよ」

「自分たちで作ればいいのに……」

「魔力を持っているのは貴族だけですものね」

「その辺はうちやファティシアと帝国との決定的な違いだね」

ファティシアの貴族だって率先してやっているわけではない。私たち王族が率先してやっているから、仕方なくやっている人もいるだろう。

でもやるだけマシなのだな、と感じる瞬間だ。

できる力があるのにやらないなんて、何のために魔力を保持しているのだか……

「……多分、どこからか情報が漏れているんです」

「それはどういった……?」

「私が魔力過多の畑を作ったとか、ポーションを安定供給するのに一役買ったとか、そんな情報です。表向きは義弟のライルが発案したことになってるんですけどね」

「それもそれでどうなのかと思うが」

「別に良いんです。それで身の安全が買えるなら安いものですし」

私の言葉にコンラッド様が難しい顔をした。

トラット帝国の後宮もかなり問題があるようだけど、ファティシアにだって色々と問題はある。

未だに解決に至らない原因は、相手が尻尾を出さないから。

「ルティア姫、いっそのことラステアに留学に来ませんか?」

「留学、ですか?」

「国内の問題が落ち着くまでの間、ラステアにいれば心安く過ごせるのでは?」

「うーん……でも、私はこの国でやりたいことがまだあるんです。だから行くとしたら、全部が終わってからですね」

とっても魅力的な申し出ではあるけれど、これからファティシアで起こることを知っている身としては自分だけ安全な場所にいるなんてできない。

それに王族が率先して新しい作物を育てている、ということが新しい作物を広める一番の近道なのだ!あと、レシピ付きにすると尚良い。

「……ちなみに、それが全部終わるのはいつぐらいの予定です?」

「えーっと……順調にいけば五年後?かな、と」

「五年、か……」

「五年なんてあっという間ですよ。私がラステア国に行って五年経ってるでしょう?」

「五年も経ったらルティア姫は素敵なレディになってるでしょうね」

「なってたらいいなあ」

ちょっと自信はない、と言うとコンラッド様が首を傾げた。

「だって五年経っても畑を耕すのやめられそうにないですもん」

「それもルティア姫の長所だと思いますよ?」

長所と言われてちょっとだけ嬉しくなる。

「……五年経ったら三十かあ」

「どうかしましたか?」

「いや、五年後はおじさんとか言われたらどうしようかと」

「コンラッド様はおじ様になっても素敵だと思いますけど……」

そう言うと、コンラッド様はにこりと笑ってくれた。