作品タイトル不明
260.そこそこの畑 1
翌日―――― ロビンにお願いして、クアドをファーマン侯爵の元へ飛ばしてもらう。
クアドくらい大きな魔鳥だと、鱗を一緒に持っていっても大丈夫。といわれて安心した。そしてそのままロイ兄様に、カーバニル先生と話した内容を伝える。
「そう……たしかに、シュルツ卿を最初から巻き込むのはありかもね」
「それと……イザベラ嬢のことなんだけど……彼女にもお願いしたいから、先生たちには話してしまったわ」
「それは仕方ないね。それにシュルツ卿も、イザベラ嬢のことは心配だろうし……ルティアと仲良くしてる様子を見れば安心するんじゃないかな」
「安心?」
「そう。だってほら、彼は情報収集が得意だからね」
そう言われて、たしかにと頷く。カーバニル先生やランドリック団長までも噂を知っていたわけだし、こちらからの協力要請だとしても大事な妹さんだもの。心配なはず。
「あ、でも姫さん……」
「なあに?」
「イザベラ嬢の手にミミーをのせちゃあダメですよ?」
「もう! のせないわよ!!」
ぷくりと頬を膨らませれば、その頬を指で突っつかれた。相変わらず小さい子扱いだ。
もう十三になるのに! ロビンの中ではまだ八歳ぐらいにみえるのだろうか? そんな私たちのやり取りを見て、ロイ兄様は小さくため息を吐く。
「淑女はそんな風に頬を膨らませないんだよ。ルティア?」
「そんなことわかってるもの。兄様たちの前だからするの!」
「仕方ないね……とはいえ、イザベラ嬢も参加させるなら、イザベラ嬢には姿を変える魔法石を渡さないとダメかな。髪の色が変わるだけでも印象は変わるだろうし」
「あ、そうか。そうよね。王城でのお茶会は、人目に付かない場所でしてるけど……試しに使う畑は私の畑になるものね」
私の畑にわざわざ来る物好きなんてそういないはず。だけどイザベラ嬢が男の子のような服装をしていたらとても目立つはず。なにせ彼女はトラット帝国の令嬢だもの。
彼女の努力を無駄にしないためにも、不用意に目立つ姿は避けるべきだ。ロイ兄様の言うとおり、髪や瞳の色を変える魔法石を用意してもらった方がいいだろう。
「カタージュでお母様の魔石をいただいたから、それに魔術式を入れてもらうわ。今日早速、カーバニル先生に頼んでみる」
「俺も一緒に行きましょうか?」
「大丈夫よ。リーナもいるし」
「いや、単純にどんな魔石を持ってるかの確認をですね?」
「さすがに変な魔石はないと思うわよ? お母様がカタージュとレイラン王国の間の森で討伐した魔物の魔石だし」
「いやあ……だってねぇ……」
そういってロビンはロイ兄様に視線を向ける。兄様も「うーん……」と微妙な表情を浮かべた。私がもらってきた魔石は何か不味いものがあるのだろうか? さすがに今この場に持ってきていないからちょっと不安になる。
「まあ、お祖父様が管理していたものだし。そう変な物は混ざっていないだろうけど、もしかしたら魔術式研究機関からすると凄いものが入ってる可能性もあるよね?」
「そうなの?」
「ルティアはその辺詳しくないから、念のためロビンにも一緒に行ってもらうといいよ。リーナだけだと、言いくるめて持っていかれちゃう可能性もあるからね」
「もしかして……魔術式研究機関に盗られちゃうかもしれないってこと?」
そんな心配をなぜ? と聞き返すと、悪い人間はどこにでもいると言われた。だけど魔術式研究機関の、しかもカーバニル先生の研究棟の人たちは大半が顔見知りだ。そんなことをするような人はいないと思う。
「もしもだよ? その魔石があることで研究が進むんです。といわれたら?」
「そりゃあ譲るわよ。だってそれで研究が進むのでしょう?」
「それがダメなんですよ」
「どうして!?」
「必要なら経費として申請しないとダメなんですよ。他の人から「じゃあ自分も」って言われたらどうするんです? みんなに配って歩くんですか??」
「それは……」
「中にはルティアの行動を施し、と受け取る人もいるかもしれないね」
「施しだなんて……」
単純にその魔石があることで研究が進むならいいなって思っただけなのに。そんな風にとられてしまうんじゃ、何も渡すことなんてできない。その人にとって良いことなのに、ダメだなんて……
「あのね、ルティア。誰かに何かを渡す、それを無償でやるということはその後も継続できることを前提としないとダメだよ」
「どうして?」
「不平等になるから。その人にはあげて、別の人にはあげない。それは平等じゃないよね? 平等にするなら、別の人にも同等の物を渡す必要がある。これはわかる?」
「それは、わかるけど……」
「対価もないのに渡すことは、後々災いを産むんだよ。もしもその魔石を欲しいと言う人が、いくらで買います。と言うのであれば交渉の余地がある。魔石に対してお金という対価を払うのだからね」
「でも私の魔石は私が捕ってきた物ではないわ!」
「そうだね。でも僕たちは母様の血が流れている。そしてその魔石は遺産としてルティアに渡された。受け取る資格のあるものだよ」
遺産、そういわれて考えてしまう。お母様が自分の力で討伐して得た魔石。それを私は受け継いだ。受け継いだのだから、その使い道は私に任されている。
ロイ兄様に魔石の話をしたときも、私の物だから好きに使いなさいといわれたけど……でも今は、他者に簡単に渡してはいけないと言う。
「でも……そしたらイザベラ嬢は? 彼女に渡すのは良いのでしょう?」
「彼女は協力者だからね。というか……あげるつもりだったの? 貸すだけで良いんだよ??」
「え?」
「どうしてあげるの?」
「協力してくれるから……?」
「何でもあげる必要はないんだよ?? 畑に行くときだけ貸せば良いんだから」
「でも……」
「でも?」
「い、息抜きとか?」
「姫さん、みんながみんな姫さんみたいにどこでも出没するわけじゃないんですよ? そもそも出没されたら困るでしょうよ! 彼女はトラット帝国の! 令嬢ですよ!?」
「それはそうだけど……」
お友達だし……といえば、友達といえども線引きは必要だよ。とロイ兄様に窘められた。お友達だから何でも許可してはいけない。ある程度の線引きはきちんとしないと、何かあったときに困るのは自分だと。
「姫さんはどーしてこう、お友達になると警戒心がザルになるんです?」
「仲良くなれたら、嬉しいじゃない……」
「仲良くなったら、欲しいといわれた物をあげてしまうの? そうしないと仲良くできないの??」
「そんなことないけど……」
「こういっちゃなんですけどね、姫さんの新しいお友達は商家の子が多いでしょう? 彼女たちも姫さんとお友達になることは利になると思ってるんですよ」
「私と友達になって利益になることなんてないわよ?」
「ありますよ。姫さんが身につけてるリボンはうちの物だ。って歩く広告塔にできるんですからね」
「そういうもの?」
「そういうものです」
学園でできる友達というのはある程度、したたかな部分もある。だからこそ社交界の縮図と言われているのだ。そうロビンに言われて、昔の自分を思い出した。
そういえば、お友達を作るお茶会を主催したとき……アリシアと始めて会ったときにロイ兄様に言ったわね「王女に本当のお友達なんてできない」って。
お友達や顔見知りが増えて、人の役に立ててる実感ができて……少しずつ、警戒することを蔑ろにしてきたのかもしれない。きっと大丈夫、って。
でもロイ兄様もロビンもそれではダメだという。
「ルティア、僕だって人によって態度を変えることはある。誰にでも平等はできないからね。でも物に関しては別だよ。渡せてしまうから、気をつけなければいけない」
「……渡すことで、不平等になるから?」
「そう。価値ある物を安売りしてはいけない。それは自分自身も含めてだよ」
「困っていても?」
「困っていても。ルティアがその困っている人を一生面倒見続けられるのなら別だけど」
「そんなの、無理だわ……」
「そう思うのなら、線引きはきっちりしなさい」
これは王族だから、ではなく人付き合いの基本なのだと言われてしまった。仲良くするのは良いけれど、そこにつけ込んでくる悪い人間もいる。そういった人間は自分が悪だと、見えないように振る舞う。
「ルティアの罪悪感につけ込む可能性があるからね。子供の頃は大した力がないから見過ごされていても、今のルティアはデビュタントも済んでいる。気をつけなさい」
「わかったわ……」
私は小さく頷いて、ロビンと一緒に魔術式研究機関に行くことにした。