軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

243.騎士の襲来 1

紺碧の髪に、黒い瞳。もう少しつり目にすると、イザベラ嬢にそっくりだ。

いや逆か。イザベラ嬢がシュルツ卿とそっくりなのだ。男女差があるとはいえ、血の繋がった兄妹だものね。似ていてもおかしくはない。私とロイ兄様もそうだし。

それにしても―――― なぜ、今?

シュルツ卿がファティシア王国に来る理由は何だろうか? そりゃあ、表向きの理由はあるのだけど。彼がそれだけでファティシア王国に来るとは思えない。

トラット帝国からの留学生としてカレッジに通うイザベラ嬢。

その兄のギルベルト・シュルツ卿。

だから彼がファティシア王国にいるのは問題ない。

私の知らないところで通達があったのだろうし。私にその知らせがないことも別に不思議ではないし。

けれども!! シュルツ卿は、レナルド殿下の腹心。

ラステア国での件もあるし、彼がただイザベラ嬢に会うだけに来たとはどうしても思えないのだ。

私は彼に向き直ると、にこりと笑いかけた。

「シュルツ卿、お客様が無闇矢鱈に出歩くのはいかがかと思いましてよ?」

「おや、僕とルティア姫の仲ではありませんか」

「どんな仲なのかしら? まっったく身に覚えがございませんわ」

「あんなに親しくしていただいたのに……」

親しくした覚えはないのだけど、シュルツ卿の悲しそうな演技にライルたちからの視線が痛い。唯一、シャンテだけは同情的な視線を送ってくる。

なにせラステア国でのアレコレを知っているものね。ライルたちには伝えていないだけに、今の状態だと私の態度がちょっとだけ冷たく見えるだろう。ベルはなにか不穏な空気を察したのか、こそっと四阿を離れたのが視界のすみに見えた。

そうよね。私たちは気にしないけど、シュルツ卿は帝国の人だもの。ベル的には居てはいけないと思うわよね。シュルツ卿はその辺も折り込みずみのはずだ。

だからこそライルたちの前でこんな茶番を繰り広げている。そうすれば私が折れると思っているのだ。

見透かされているようでなんとも腹が立つ。しかしシュルツ卿が私を利用しようとするならば、私だって彼を利用して良いはずだ。

私は大きな吐息を吐くと、開いてる席を一つ勧めた。

彼はにこりと笑うと遠慮なく座る。それが当たり前とでも言うように。

「イザベラ嬢のご様子でも見にいらしたのかしら?」

ササッと、ユリアナがシュルツ卿のお茶の準備をする。

シュルツ卿は優雅な仕草でカップを手に取った。

「ええ。たまには顔を見にと思いまして」

「そうなんですね。でしたら、イザベラ嬢の元にいなくてよろしいのですか?」

暗に、イザベラ嬢の側にいたら? と言ってみたが、今日は出かけていていないのだ。と言われてしまう。暇だからといって、ほいほい王城に来るのはどうなのか……? 思わずジトッとした目で見てしまった。

「なにも暇だからここに来たというわけではないのですよ?」

「そうなのですか?」

「ええ。もちろん。ルティア姫にお会いしたかったので」

「まあ、ご冗談を!」

うふふふふ、ははははは、と笑いながら応戦し合う。とはいえ、彼にしてみれば大した敵ではないだろう。

レナルド殿下の側にいる人間が、そう易々と負かされてくれるわけがない。

そんな人ならトラット帝国で生き残れないだろうし、ラステア国で秘密裏に動き回ることもできないだろう。

「まあ、妹のことはあとでまた……ということで。それよりも先ほどの話の続き、知りたくはないですか?」

「先ほどの……って聖なる乙女一行のことですか?」

「ええ。同じ年代の話なので、同じ一行だと思うんですよ」

そういわれると興味がわいてくる。同じ年代に何人も聖なる乙女の一行がいるとも考えづらいし。ファティシア王国を救った彼女たちが一体どうなったのか? 一緒に旅をしていた恋人と結ばれたのか? その辺も気になる。

だって幸せになってもらいたいじゃない? ファティシア王国を助けてくれた人たちだもの。そんな風に思っていたが、シュルツ卿が教えてくれた話は私の期待を裏切るものだった。

***

「え……?」

「これはトラット帝国の王室図書庫にしまわれてる本に書かれているんですよ。ただし禁書なので持ち出し禁止ですが。読める人間も限られているので、知ってる人間も少ないはずです」

「それを……私たちに話してしまって大丈夫なの?」

「大丈夫かどうかと言われるとまあ……ですが、知っている人間自体が少ないので。トラット帝国の者に聞いても知っている者はほぼいないですね。たぶん、レナルド様ならご存じでしょうけど」

「そう。でもなぜその話を?」

「だって酷いでしょう?」

シュルツ卿が語った聖なる乙女一行の、その後の話。

それはファティシア王国で語られるように、沢山の人々を助け、感謝され、でも最後は……想像していた物語のようにはならなかった。

悲しい、結末。

「聖なる乙女一行は、トラット帝国の前身となるトラット王国を助けたのです。病に冒された人々を助け、とても感謝された。国王も、彼女に大変感謝したのです」

「それなのに、殺したのか?」

「不思議でしょう? でもね、聖なる乙女を手に入れるために国王は必死だったんですよ」

「聖なる乙女は拒絶、したのか?」

「はい」

ライルの言葉をシュルツ卿が肯定する。

愛する人を奪われた。しかも奪ったのは善意で助けた人々。陽動したのは国王だとしても、聖なる乙女の絶望はどれほど深かっただろう。

自ら命を絶つほどに――――

「そんな酷いことをなんでトラットの国王はしたんだ?」

「一つは王家に求心力を取り戻すため、でしょうね」

「求心力?」

「その当時は疫病が流行ったのもあるんですが、魔物も多く出没していて……国力が低下していたそうです。本来なら魔物から国民を守るのは騎士の役目。その騎士を指揮するのは国王の役目ですからね」

「それができなかった?」

「疫病でそれどころではなかったのでしょう。貴族にも多くの死者が出ていますから」

それなら聖なる乙女一行の力はとても助かったはずだ。

聖属性の力は、人の病を癒やすだけではない。魔物にも有効で、スタンピードで汚染された土地も浄化できる。

それに聖なる乙女と一緒に旅をしていた人たちは、彼女を助けるために奮闘したはずだ。

トラット王国の国民たちは、自国の騎士たちよりも彼らに感謝してもおかしくはない。

「……彼らは、きっとトラット王国の民にとって英雄的な存在になったのね」

「そうですね。頼りにならない王。騎士、それに偉ぶるだけの貴族。民にとってみれば、聖なる乙女一行は王よりも頼りになる存在だったでしょう」

「だから逆に利用した?」

「ええ。聖なる乙女一行は……いえ、聖なる乙女はトラット王国を見捨てて別の国へ行こうとしている。そう国民に告げれば、民は動揺するでしょうね」

「動揺ったって……そもそも聖なる乙女の一行はトラット王国の国民じゃないだろ?」

ライルはもっともな意見を口にする。たしかにそうだ。聖なる乙女一行は旅をしていた。

その旅の途中でトラット王国に立ち寄ったに過ぎない。

「そこはアレですよ。褒美として爵位を与える、とか……色々言い含めて国に留めようとしたけど断られた。彼らはまたどこかへ旅立つつもりだ、とね」

「でも元々旅をしていて、その途中で寄ったのであればそれは当然では?」

「普通なら、そうだったんだろうね」

ジルはシュルツ卿の言葉に首を傾げた。私はシュルツ卿の言葉の意味を考える。

普通なら、トラット王国の人々は納得した。でも普通じゃないから、納得しなかった? では普通じゃない状態とは?

「……国が荒れているから? 聖なる乙女に、国を豊かにしてもらいたかったのかしら?」

「でしょうね」

「でも……聖なる乙女にそこまでの力があったとは思えないわ」

「そうですね。伝承として残っている話や、こちらのファティシア王国の聖なる乙女や守護者の話を調べても同じでした。傷や病を癒やす、魔物の脅威を退けるだけです」

「そうね。私たちもその認識だもの」

「でも当時の人々は疲弊していました。疲弊して、そこに聖なる乙女一行が現れた。まさに暗闇の中の光です」

だからこそ、惨劇が起こったのだとシュルツ卿は静かに告げた。