作品タイトル不明
232.悪役令嬢vs悪役令嬢 3
二人の対決は、背景に雷が落ちたかのようだった。
私とシャンテ、そしてファラはハラハラしながら二人の様子を伺うしかない。
「……いくら帝国からいらしたとはいえ、常識が欠けているのでは?」
「面白いことを、仰るのね? 彼らは帝国を賛美していただけ。別によろしいじゃありませんか。事実ですもの」
「ファティシア王国の貴族が、自国を卑下し他国を賛美し持ち上げるというのはあまりにも品位にかけます。それを咎めて何か問題が?」
「自国に賛美すべき場所がない方が問題なのでは?」
「生憎と我が国の賛美すべき場所もわからない彼らが、正しく帝国を認識しているとは思えませんね」
アリシアとイザベラ嬢は真っ向から対立している。
イザベラ嬢的には望むところ、な展開なのだろう。
本来なら私がすべきことかとは思うのだが……珍しくアリシアが私の前に立ったのだ。
そしてイザベラ嬢の後ろには、ファティシア王国がどれほど愚鈍な国であるかとつらつら語っていたフィルタード派の生徒たちがいる。
二人が言い合いをはじめてしまったことにより、彼らの顔色はとてつもなく悪い。
アリシアに注意されたときは大きな顔をしていたにも関わらず、だ。
こうして見ていると、フィルタード派の生徒たちはイザベラ嬢を持ち上げたいわけではないようだ。
自分たちの発言のせいで始まってしまった対立に、どうしていいのかわからないといった感じに見受けられる。
トラット帝国すごい! といっていても、そこから来たイザベラ嬢がすごいわけではない。勝手に喧嘩を始められて全員がオロオロとしているのだから、なんとも情けない人たちだ。自分たちの意見を貫き通せばいいのに。
「それにしても……ファティシア王国は他の国に比べて豊かであるにも関わらず、愚鈍という言葉が出てくるなんて授業聞いてないんですかね?」
「そうよね。清潔で、食べ物にも困らない。病気になれば直ぐに治せる環境にあるって、とても貴重なことよね」
「トラットだと食べるのも困るのに……」
「食糧援助してるのも知らないのかもしれないわね。ここは授業では習ってないけど……それでも知ってる人は知っているのに」
「情報がすごーく遅いんでしょうね」
ファラがこそっと耳打ちしてきた言葉に私は頷いた。
そして私たちの話が聞こえたのか、私とファラの前に立っているシャンテから「ぐっ……」と何かを堪える声がする。
「帝国が素晴らしい国であることを賛辞するのは当然のこと、ですよね? みなさん」
「そ、そうです……帝国はとても、素晴らしくて……その……」
「素晴らしいという国の、素晴らしいところもまともに出てこないのですか? 本当に素晴らしい国というのは、戦争を続けるために国民から税を搾取し続けることはしませんよ?」
「いや、だって……平民なんていくらでも……」
「いくらでも? あなた方の服がどうやってできているかご存じない? 食事がどんな過程を持って、目の前に並ぶかも? 民が減るということは、そういったことをしてくれる人も減るということです。皆さんが飢えずにきちんと生活ができる。それがどれだけ恵まれてるかおわかりですか? それでよく自国を貶すことを言えますね」
「そ、そんなの知らなくても!!」
「知らなくても? 領地を運営していけると思っていらっしゃる? それほど楽な仕事だと思ってらっしゃるのかしら? 皆さんのご両親はずいぶんと楽をなさっておいでなのですね」
珍しくアリシアが怒涛の勢いで話している。
アリシアは作物の収穫や、調理、そして美味しい食べ物を広げることに並々ならぬ熱量を注いでいるから彼らの発言が余計許せないのかもしれない。
それにしても自分たちの親がどんな風に領地を運営しているのか知らないのだろうか? 跡継ぎでなくとも、継承権があるなら政治学や領地学といったものを学ぶ必要がある。
よほど子供の数が多くて、絶対に継承権が回ってこない……というのであれば別だけど。
それでも領地とは小さな国と同じ。その運営が上手くいかなければ、一気に困窮する。
国に納める税と、領主に納める税。その両方を上手く考えなければいけない。下手をすれば直ぐに領民にそっぽを向かれるだろう。
なにせ、ファティシア王国では正当な理由があれば移住が認められている。
農業や、酪農といった広い土地を使う人たちは少し大変だけど……それでも国内に限れば複雑な手続きを踏まなくてもできるのだ。
他領と自領で行き来する商売人は多い。
困窮するほどの重い税をかけられたら、直ぐに彼らは情報を集めるだろう。
「……ファティシア王国の識字率、舐めてますね」
「そうですね。よほど地方の小さな農村とかでもない限り、そこそこ識字率高いですよ」
「みんなが学べるって大事だもの。学べれば、未来は選べるし」
シャンテとファラと一緒に、ボソボソと話していると「ゴホン」とイザベラ嬢が咳払いをした。イザベラ嬢に視線を移すと、扇を顔の前に開きにこりと微笑んでいる。
あ、ちゃんと聞きなさいだ……思わずユリアナを思い浮かべ、私は小さく頷いた。
真面目に言い合いをしてるのに、こちらだけで話していてはダメよね。うん。
「あら、ファーマン侯爵令嬢様。彼らは自分の手で何かしなくても、周りがなんとかしてくれると思っているのですよ」
「そ、そうだ! 使用人に任せれば、上手く回してくれる!! それが上に立つ人間のやることだ!!」
「その使用人が善人だったら良いですわね? 騙されても気がつかない。そんな愚かな人たちに領地を任せるだなんて、子供でも恐ろしいことだと気がつきますよ」
「な、お・愚かだと!!」
「愚かでなければ何なのです? 碌に学びもせずに、人の上に立てるとでも?」
イザベラ嬢は上手い具合に、フィルタード派の生徒たちを矢面に立たせている。
今までは徒党を組んで、悪口をいっているだけだったけど……自我が出てくると、フィルタード派の生徒ってこんなに愚かだったのか、となってしまう。
そもそも噂なんて直ぐに広がる。私の噂がそうであったように。彼らが上に立つに値しない貴族であることはすぐに広がる。あんなの商人からすれば良いカモだ。
平民からカレッジに通っている子たちは顕著だろう。
あ、こんな程度なんだ、と。
表だって批判はしなくとも、フィルタード派の生徒たちにいわせればカレッジは平等である。こうしてフィルタード派の生徒に立ち向かう貴族がいれば、何かあれば相談ができるのではなかろうか? そういう意識が生まれるだろう。
もちろん相談があれば私たちだって話を聞く。
今やファラという平民出身の生徒が私の側にいるのだし。前よりは話しやすくなった、そう思ってもらえたら嬉しい。
そんなことを考えていると、人ごみをかき分けて彼がやってきた。
エスト・フィルタードが――――……
「一体何事です!?」
「あら、別に私は問題を起こしたわけではありませんのよ? 彼らが帝国を賛美していたので擁護しただけです」
「帝国を……?」
「ええ。我が国が大変素晴らしく、自国は凡庸でつまらない。愚鈍な者が多いと仰ってましたわねぇ」
「……そんなことを?」
エスト・フィルタードはイザベラ嬢の後ろにいるフィルタード派の生徒たちに視線を向けた。すると彼らは一様にビクリと肩を竦める。
この場において、エスト・フィルタードは彼らの味方にはならない。
……敵にもならないだろうが。
「……私は、自国を蔑む発言をした彼らを咎めただけです。ファティシアの素晴らしいところをまともに学びもせず、戦争で自国民を苦しめている他国を賞賛していたので」
「それは……ですが、発言には気をつけられた方が良いのでは?」
「事実です」
「事実だとしても、です」
事実だ、と認めた上でアリシアに発言を気をつけるよう咎める。そろそろこの話にケリをつけねばならない。アリシアが悪いと言われないように。
私は二人の会話に割って入った。
「たしかに、事実だとしても発言には気をつけるべきだったわね。止められなかった私にも責任はあります」
「……姫殿下」
「謝罪、しましょうか?」
ぱらりと扇を広げて口元を隠す。ジッとエスト・フィルタードを見てみれば、彼はフィルタード派の生徒を振り返り、軽く睨みつけ首を振った。
「いえ。いいえ……元を正せば彼らが碌でもない発言をしたことが原因です。イザベラ嬢も、自国を褒められただけにすぎません」
「そうね。自分たちの国がどういう国なのか、そして他国がどういう成り立ちでできた国なのかも知らない。無知は罪ではないけれど、恵まれた環境で学ぼうとしないのは問題があるのでは?」
「それは……そう、思われても仕方ないですね」
暗に、ちゃんと面倒を見ていないそちらが悪い。そういう言い方をしてみる。
するとエスト・フィルタードは驚いたのか軽く目を見開いた。それは普段とは違う、小さな変化。彼は意外と表情を変えない。
驚いた、ということはまあまあ上手い具合に言えてるのではなかろうか? なにせ今までの私ならイザベラ嬢に謝ることを優先させただろうから。
アリシアとイザベラ嬢。二人の言い合いは下手を打つと、国際問題になってしまう。そう考えたはずだ。
もっともイザベラ嬢は彼らから発言を引き出していただけ。なにも知らない状態で見ていたら、きっと今までのように謝っていたかもしれない。だけど今は違う。
だからこその「謝罪をするか?」と問いかけたわけだが……
エスト・フィルタードはフィルタード派の生徒のように愚かではなかった。