軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

224.兄の憂い、妹知らず(ロイ視点)

イザベラ・シュルツ。彼女と接触を図ったのは、彼女が留学してきてすぐだ。

少し話しただけで、非情に聡明なことがわかった。

そして何より、所作に隙がない。綺麗な所作というのは武器になる。

逆にいえば、所作が悪いと侮られやすい。

彼女としばらく話をして、問題ないと僕は判断した。

どうしたってみんなルティアに甘くなる。それはルティアが他者に対して甘すぎるから。嫌なことをされても、仕方ないと我慢してしまうところがある。

だからみんな何となく甘くなってしまうんだよね。

それにルティアはきっと彼女と友達になろうと思うはず。頼まれたのもあるだろうけど、お人好しだからね。あの子は。

アリシア嬢だけでは補えない部分を彼女が担ってくれるなら……僕が手を貸す分にはやぶさかではない。

「ひとつ、聞きたいのだけど……いいかな?」

「なんなりと。第一王子殿下」

「ありがとう。少し失礼な質問ではあるのだけど、君の所作のレベルは帝国では標準なのかな? それとも上のレベル?」

「まあ、お褒めいただきありがとうございます。私の所作のレベルがどうか、というのであれば帝国では上の中程度でしょうか? 王太子妃ともなればもっと上のレベルが求められます」

「なるほど。それは素晴らしいね」

「なにか悪いことをお考えですわね?」

「この短時間でよくわかったね?」

悪巧みをするときの兄によく似ている、そういわれて少し笑ってしまった。同じ兄であるから、共通する部分もあるのかもしれない。

「……腹の探り合いはおやめになって? 私は、皆様と友好関係を結びに参ったのです」

「そういわれて、わかりました。といえるほど僕は幼くはないし、帝国が脅威になるとも思っていないよ?」

「まあ! まあ!! ふふふ。そうですわね。今のファティシア王国は、飛ぶ鳥落とす勢いで国が豊かになっておりますもの。でも――――一枚岩ではない」

「そうだね。君の国と仲良くなりたい……いや、利用したい者もいる」

「傷口は綺麗にして、膿は出し切らねばなりません。必要ならば切り落とすことも」

「君の主、レナルド殿下はそれを望んでいるのかな?」

僕の質問にイザベラ嬢はにこりと微笑むと、手に持っていた扇子をパチンと閉じた。

「ここだけの話ですが、殿下はトラット帝国を元に戻したいのです」

「元に……?」

「ええ。今のまま、荒れた土地や先細りしかない土地を抱えていても先は見えていますでしょう?」

「そのために魔力過多の畑がほしいんじゃないのかな?」

「そうですわね。魔力過多の畑はとても魅力的です。第一王女殿下の魔力量も……でもそれだけでは足りない」

「足りないから、周りの国や部族を併合していたんだろ?」

「そのツケが回ってきたのですわ」

そういってイザベラ嬢は今のトラット帝国の状況を話しだす。

病や飢えで亡くなる民の多いこと。豊かな土地はすぐに食い潰されて、疲弊の一途を辿っていること。トラット帝国の皇帝が、ファティシアの豊かな土地を狙っていること。

それらはファティシアにいるだけでは入手できない情報だ。もちろん、イザベラ嬢が本当のことを話している前提だけど。

「そんなに情報を提供して大丈夫なの?」

「問題ありませんわ。殿下は、ファティシアとは良い関係を築きたいのです。奪うのではなく、現状維持を望んでいます」

「つまり……食料を買い取りつつ、戦争はなくしたい。そしていずれは国内で生産体制も整えたい?」

「ええ。肥大しすぎた国はいずれ弾けます。ですが、助けられるのであれば助けたい。そうお思いなのです」

「確かに話を聞く限り、トラット帝国は斜陽の一途をたどるだろうね」

「みーんなお馬鹿さんばかりなのです。自分たちは大丈夫、なんとかなるだろう。そればかり。現実からもう何十年と目を反らし続けている」

「戦争をしている間は、軍事産業で栄えるし……奴隷がいれば自分たちは常に上に立つ人間なんだと思っていられるからね」

イザベラ嬢は肯定するように頷いた。

さすがレナルド殿下が送り込んできただけあるのかな。そんな印象を受ける。

彼女はきっとトラット帝国では異質な存在だ。年頃の女の子が喜ぶ話しより、自国の現状を憂い、何とかしようと単身乗り込んできている。

本来なら、彼女一人で乗り込んでこれるような案件ではない。

それでもイザベラ・シュルツという女の子を一人送り込んできた。それだけレナルド殿下が彼女を信頼している証だろう。

「イザベラ嬢、君は……この国で何を見たい?」

「私は、この国の豊かさの 元(・) をみたいですわ。それを持ち帰り、殿下のために役立てます。あの方であれば、ある程度は救えるでしょうから」

「ある程度、なんだね」

「神様ではありませんもの。全てを救うなんて不可能です。それに救う意味のない者に恩情をかける必要はありませんでしょう?」

「でも君たちが踏みにじり、併合した国や部族はどう思うかな?」

「彼らには今一度、自治権を戻すおつもりです」

「自治権を渡したら、襲ってくるかもしれないよ?」

「そのときはそのときです。全て滅ぼすか、赤子のように最後まで面倒を見るか、その違いでしょう? 現状は奪うだけですもの」

それに、とイザベラ嬢は呟く。

「私たちの国に併合されると、必ず魔力持ちは減るのです。まるで何かの呪いのように」

「呪い?」

「ええ……昔々、トラット帝国が平凡な国だった頃のお話です」

今よりもずっと小さく、平和で穏やかな国だった。

でもその穏やかな暮らしも長くは続かず、疫病が流行りはじめる。疫病はすぐに国中に広まり、国は荒廃していった。

そこに色々な場所を旅していた聖なる乙女が現れる。

「聖なる乙女が?」

「今でいう、聖属性の持ち主なのでしょうね」

彼女は自らの力を余すことなく民のために使い、疲弊していた国は持ち直した。

そして次の国へ行こうとしたとき、国王は聖なる乙女と無理矢理婚姻をなし城の奥に閉じ込めてしまったのだ。

誰にも連れ去れないように――――

「それは、抵抗されたんじゃないかな?」

「ええもちろん。それに聖なる乙女には、恋人がいたのです。一緒に旅をしていた仲間の中に」

「それなら尚更……」

「……国王の言葉に呼応したのですわ」

「呼応した?」

「トラットの民は恩ある人々を、国王の声に応えて打ち殺したのです。聖なる乙女を奪われないために」

殺せ! 殺せ! 殺せ!!

広間に何百もの民衆が集まる。

殺せ! 殺せ! 殺せ!!

聖女を除いた一行は、助けた者たちに囲まれていた。

円を成すように、彼らの周りに民衆が詰めかけている。

ドンドン、ドンドン、と彼らは各々が手に持っていた武器で地面を叩く。

言い知れぬ恐怖を、一行は感じただろう。昨日まで、普通に会話を交わしていた人々の変貌に。そしてその円は徐々に、徐々に縮まり……誰かが、石を投げた。

それは彼らの足下に転がる。

そこからは坂を頃がるように――――

石が投げつけられ、植木鉢が投げ込まれる。

魔術で守りを固めても、それを貫く弓矢が放たれた。

このままでは死んでしまう。彼らは仕方なく、剣を構えた。

何もせずに死ぬわけにはいかない。それに取り返さねばならない。

愛する人を。

「残念ながら、彼らは肉の塊になるまで打ち据えられました。そしてそれを聖なる乙女に見せつけたのです」

「……酷いな」

「本当に……しかも彼らが死んだのは、聖なる乙女のせいだと責任転嫁したのです」

この国に留まらないから死んだのだ。

お前が、お前が悪い! お前のせいだ!!

憎悪に満ちた声が聖なる乙女を責め立てる。

聖なる乙女は、国王から剣を奪いその場で絶命した。

それは、一瞬のことだったという。

「それから、国王は国中から聖なる乙女と同じ力を持つ者を血眼になって探し出そうとしました」

「それはまたどうして? 聖なる乙女と同じ力を持っていても、アレは血筋で受け継がれるわけじゃない」

「これは推測なのですけど、魔力を失ったのではないかと思います」

「魔力を失う……?」

「お伝えしたように、トラット帝国は魔力持ちが減少の一途を辿っています」

「そうみたいだね」

「ですがその始まりこそが、聖なる乙女とその一行を殺害したことなのではないかと」

「つまり失った魔力を取り戻そうとしている?」

「今は……どうかはわかりませんが、当時はそうだったはずです。そうでなければ理由もなく他国を侵略なんてしません」

小さな国が、他国を侵略し併合し続け――――それでも聖なる乙女は手に入らなかった。

そして不思議なことに、魔力持ちが多くいる国もトラット帝国に併合されてしまうと減っていくのだという。

「それは……」

「不思議でございましょう?」

「なるほど。だから呪い、なんだね?」

「はい。ですので、殿下はトラット帝国を元の状態に戻したいのです。そうすれば併合されていた国も併合される前に戻るのでは? と」

「そしてその状態で魔力過多の畑の作り方を教えれば、自分たちで暮らしていける……かな? 先立つものこそ、民のためだしね。戦争をするよりずっといい」

「こちらで面倒を見なくてすむ、とのことですが 大凡(おおよそ) はそうであるかと」

レナルド殿下たちだけで、それらをまかなえるとは思えない。

手助けとなるもう一手が必用だ。

たとえば、聖なる乙女の力とか?

――――知らないはずなんだけどな、とルティアの顔を思い浮かべる。

しかしどこに目と耳があるかなんてあの子が気がつくわけもない。

僕はイザベラ嬢に笑いかける。

「君に、一つお願いしたいことがあるんだけど」

そちらが利用するつもりなら、こちらも利用させてもらわなければいけない。