軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

207.後悔する人 1

「――――後悔、というならただ一つ」

彼は 訥々(とつとつ) と話しだした。

今の立場に不満があったわけではないこと。

ただただ、ラステアの魔術をもっと洗練されたものに変えたかったこと。

昔、ファティシア王国からの留学生に、魔術式の有用性を聞いてからずっと考えていたそうだ。そして、そのうちの一つに聖属性があったことも。

魔術式は数あれど、聖属性に関しては一つしか存在しない。

でもその術式はとても高度で複雑。彼は、オルヘスタル魔術師長はそこに、今では失われつつある古の魔術をみたのだという。

「古の魔術は、その術式が書かれている書物すらほとんど残っていない。幾度もの戦禍で徐々に失われてしまったのです」

そして失われても、ラステアの民は困らなかった。魔力量が少なければ、ファティシア王国のように魔術式が発展したのだろうけれど……

「カーバニルさん、貴方がたが来られてからは夢のような日々でした。新しい知識をこれほどたくさん得られるなんて……」

オルヘスタル魔術師長は嬉しそうに、とても嬉しそうに微笑んだ。そしてもう、知識を得ることができないことに涙をこぼす。

彼は――――これから罪人として裁かれるからだ。

シュゲール・ハッサンが持ち込んだ呪具の存在に気がついていながら放置した罪。

サリュー様の人形に古の術が施され、それが危険なものだと知っていながら何も告げなかった罪。

そして、王太子妃とファティシア王国の第一王女の命を危ぶませた罪。

私たちは牢屋の中と外。

命を狙われた者と危ぶませた者として対峙している。

どうしても彼と話がしたかったから、無理をいってコンラッド様とカーバニル先生にお願いしたのだ。

「後悔……後悔というならただ一つ。レイランの術者と直接対峙できなかったことでしょうか」

「意味がわからないんだけど?アンタ、レイランの術者と通じてたんじゃ……」

「私は、レイランの術者と内通していたわけではありません。見逃したにすぎないのです。レイランの術者は顔も知らない。それを内通というなら、そうなのでしょう」

「見逃しただけでも重罪だが?」

低い、唸るような声色に私は隣を見上げた。

コンラッド様は私の視線に気がつき、少しだけ困ったような笑いを浮かべる。

「姫君の、力なら……なんとかなると思ったのです。ウィズ殿下の呪いを解呪された姫君なら。そしてその見込み通り、呪具は機能しなかった」

「そうなの?」

カーバニル先生が私に視線をよこす。私は少し迷ったが、素直に頷いた。

「私が、というより……デュシスの鱗に力を入れていたでしょう?それが守ってくれていたの。シュゲール・ハッサンがいなくなったら鱗が破れていたわ」

「そう!そうなんですか!!」

「ええ。だから、たまたま持っていなかったら危険だったと思う」

そう告げると、檻に縋り付いたオルヘスタル魔術師長の顔色がサッと青ざめる。

古の術。ラステア国では失われつつあるもの。正しく対峙できる者はほとんどいない。呪具がどんな事態を引き起こすのか、思い至らなかったのだろうか?

彼にとってみれば私も研究対象に過ぎないのかもしれない。古の術と同じ、聖属性を使える者。自分とは違う、もの。

カーバニル先生はオルヘスタル魔術師長を見ながら深いため息を吐く。

「聖属性の力というのは、常に発動してるもんじゃないのよ。アタシたちファティシアの人間は魔術式がなければ上手く自分の力を使えないの」

「だからこそ、魔術式や魔法石がどんどん発展したのよ?」

「我々が……力業で熟している部分ですね」

「そーね。でもそれが悪いわけじゃない。魔力を身にまとい、攻撃に生かすことができる。だからこそこの国の人間は誰しもが戦士なんでしょ?」

魔力を攻撃に転換する。それはファティシア王国の人々にはできない。それだけの魔力量がないから。

「でもそれだけではダメなんです。トラット帝国は必ず、ラステア国へ戦争を仕掛けるでしょう。それは確実なのです」

「……今の皇帝は、穏健派とアタシは聞いてるけど?」

「穏健……穏健と言えば、そうなのでしょうね。レイランの術者を雇い、気に入らないものは古の術を使って殺しているので」

古の術を使って、殺す?それはつまり、五年前のウィズ殿下のときのことを言っているのだろうか?

つまり、おおっぴらに戦争を仕掛けずに内側から徐々に……?それってものすごく嫌なやり方だ。

「ならばなおさら、お前には……こんなことになってほしくなかったよ。オルヘスタル」

「本当に、好奇心からだったのです。姫君ならきっと大丈夫だと……」

「本人ですらまだきちんと使いこなせていない力に夢を見すぎよ。アンタ」

「そう、なんですね……」

「万能な力じゃない。古の術に詳しくないアタシたちには、今後この子がどんな目に遭うかもわからない」

「どういう意味です?」

私はカーバニル先生の視線を受けて右袖を捲る。オルヘスタル魔術師長に見えやすいように、膝をついて右手首の内側を見せた。

オルヘスタル魔術師長は私の右手首をそっとなぞり、眉をひそめる。

そこにはアイゼンによって付けられた印があった。

花のような印。それはまるで血のような紅い色。

「これは、夢の中でレイランの術者に付けられたの。印だって」

「しる、し……?これは……呪いの一種です。これと似た印が書かれた本を読んだことがあります」

「オルヘスタル!その本は君の家にあるのか?それとも研究室のどちらだ!?」

「け、研究室です。ですが、その……この手の呪いは術者に解かせるしかありません」

「この手の呪いって、どんな呪いなのよ?」

「徐々に、自我を奪う呪いです。この術を使って操るのです」

その状態を私はよく知っている。サティ嬢だ。彼女もそうだった。

彼女の視点で見る世界。それが徐々におかしくなっていった。そして誰もサティ嬢がおかしいことに気がつかない。

もしかして、レイティア侯爵家自体が乗っ取られていたり……?

いや、それよりもサティ嬢は大丈夫なのだろうか?オルヘスタル魔術師長が部屋に術を張り巡らせていると聞いているが、自我を奪う術ならば関係ないのでは?

私が倒れて目が覚めるまで半日ほど。命を奪うには十分すぎる時間だ。

「オルヘスタル魔術師長、サティ嬢にもこれと同じ印はついていませんでしたか?」

「え?」

「彼女も自我を奪われて操られていたということは?」

「それ、は……触れてみないことには」

「ルティア姫、さすがに罪を犯したとはいえ令嬢においそれと触れたりはしない」

「じゃあ、彼女の体のどこかに印があるかもしれないんですね?」

オルヘスタル魔術師長は小さく頷く。私は隣にいたコンラッド様に、急いでサティ嬢の元へ連れて行ってほしいとお願いした。

「ま、待って下さい。あの部屋は私が術を施してあります。簡単に中へは入れません。手順があるのです」

「え、じゃあどうすれば……」

「女王陛下と、ルシアン・ネイトには入室の手順を教えてあります」

「じゃあネイトさんにお願いすればいいのね」

すぐに幽閉されている部屋へ向かおうとして腕を惹かれる。私の腕を掴んだのはコンラッド様だった。

「オルヘスタル、その手順は時間がかかるのか?」

「順調にいって入室までに三十分ほどは……」

「お前が術を解くのは?」

「五分程度ですみます」

それを聞いたコンラッド様は、衛兵に牢屋を開けるように指示をする。扉を開けられ、オルヘスタル魔術師長は困惑した表情を浮かべた。

「人命優先だ。今は、お前の言葉を信じる。レイランの術者、そしてトラット帝国と繋がっていないことを」

「承知いたしました。もし、私の言葉が嘘だと感じたそのときは……その場で私を殺して下さい」

「そうならないことを祈るよ」

オルヘスタル魔術師長は牢屋から出て、再び私たちと同じ場所に立つ。そして私に深々と頭を下げるのだった。