軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

205.黒い影

サティ嬢は夢を見ている。

いつか、いつか必ずウィズ殿下が、番である自分を迎えに来てくれる日が来ることを。

でもサティ嬢がウィズ殿下の妻になるにはいくつかの障壁がある。

一つ目は自身の身体。無事に跡継ぎを産めるかわからないこと。

二つ目は姉であるサリュー様のこと。ウィズ殿下の婚約者に選ばれたのはサリュー様。

王太子妃に相応しくあれるように、サリュー様が血の滲むような努力をしていたことをサティ嬢はよく知っていた。

サティ嬢は自分が番だという自負がある。

でもそれと王太子妃を務められるかは別問題と、いうことも理解していた。王太子妃教育を今から受けてもサリュー様と同じようにはできない。

劣等感からではなく、淡々とその事実を受け入れていた。

しかし不思議なことにサリュー様も王太子妃の地位を重荷に思っていると、思い込んでいるのだ。つまり努力の人であるサリュー様ですらできないのなら、自分にもできるわけがないと思っているのだろう。

『私一人では王太子妃は務まらない』

『ならば手伝ってもらえば良いのでは?』

『……アイゼン様』

サティ嬢の視界の中で、アイゼンと呼ばれた女性がにこりと微笑む。

服の様子からして、レイティア侯爵家の使用人だろうか?それなのに、サティ嬢はその女性を様付けで呼んだ。

『一人で無理なら、二人で分担すれば良いのです。王太子妃としての表の仕事をサティ様に。実務の部分を姉君に手伝っていただければどうです?』

『表の仕事……パーティーや外交ということ?でも、私は身体が丈夫ではないから……』

『大丈夫ですよ。難しいことはウィズ殿下が担って下さるでしょう。実務はそれまで王太子妃教育を受けていた姉君が担って下されば問題ありません』

適材適所と、いうことですね。と話しているが、どこが適材適所なのだろう?面倒な仕事を全部サリュー様に丸投げしているだけじゃないか。

それに、まるでパーティーや外交の場が簡単なように言ってるのも気になる。隣でニコニコ笑っていればすむわけない。

王太子妃や正妃には主賓であれば主賓としての仕事がある。もちろん他国に行けば、失礼にならないように相手の国のことだって調べなければいけない。

すごく、ものすごく大変なのだ。私はそれを知っている。

『でも子供は?いくら番が大事な存在でも、王族に嫁ぐ以上子供は求められるわ』

『ですが子供が生まれない場合もあるでしょう?それに早逝することも珍しくはない』

『それはそうだけど……お姉様にはなんの瑕疵もないの。番だって私はわかっているけど、ウィズ様は気がついていらっしゃらないようだし』

『番だと気がついてもらえれば別だと?』

『ええ。番は何よりも特別な存在よ。それで別れることもあるぐらいに。でもお互いが番だとわかったならの話』

『では姉君には申し訳ないですが……悪い噂を流すのはどうでしょう?』

『……お姉様を貶めるの?』

悪い噂を流すと、その一言に対してサティ嬢の声色が変わった。

『瑕疵のない方に王太子妃を降りていただくにはそのぐらいやらねば』

『ダメよ……!そんなことしたって、お姉様は降りないわ。責任感の強い方だもの。それに調べれば事実でないことはすぐにわかるわ。ウィズ様ならきっと調べる』

『なかなか難しいですねぇ』

『龍は愛情深いの。王族はその血が濃いといわれていて、だからウィズ様はお姉様を大事に扱っている』

『愛情深さが徒となっているわけですね』

『そうともいえるわね……でも仕方がないわ。ウィズ様は私を番だと認識されていないんだもの』

『でもお子が生まれてしまいますよ?もうそろそろ産み月でしょう?』

そうなっても良いのか?自分の番が、自分以外と子供を成そうとしているのだぞ?とアイゼンはサティ嬢に囁く。

サティ嬢は意外にもその囁きにかまわないと頷いたのだ。

『だって大好きなお姉様とウィズ様の子供なのよ?私、ちゃんと愛せるわ!』

その言葉にアイゼンはニタリと嗤った。

***

それからしばらくサティ嬢の視点で話は進んでいく。

まるで一つの物語を見ているかのよう。いや、物語なのだ。サティ嬢が主人公の、サティ嬢のためだけの物語。

だから大好きなお姉様といいながら、サリュー様を蔑ろにすることをいえる。

サティ嬢が幸せになるための物語なら、サリュー様は脇役なのだから。脇役がどう悩んでいようとも、主人公には関係ない。ただただ自分の幸せを享受するのみ。

そこまで考えて私はアリシアが話していた、ゲームの第二部というのを思い出した。

私がただのモブ王女で、何の力もなかったら……きっとウィズ殿下はずっと苦しんだまま。そして婚約者として、サリュー様はウィズ殿下を支え続けただろう。それこそ昼夜問わず。

本来なら悪い噂が流れた時点で、サティ嬢がいったようにウィズ殿下なら調べさせる。だがそれができない状態なら?噂が手の付けられないほど広まっていたら?

サリュー様の名前は「悪役令嬢」として一人歩きしただろう。

『さあ、今日もおまじないをしましょうね』

『ええ。良い調子ですよ』

『でもお姉様から連絡が来ないの』

『まあ、お子が生まれたばかりですしね』

『お姉様……どうして会えないのかしら?』

『きっと周りに止められているんですよ』

『どうして?姉妹なのに……』

『きっと無理矢理王太子妃を続けさせようとしているんでしょうね』

『そんなの酷い……!私が助けてあげなくちゃ』

『おまじないの効果をもっと高めましょう。そうすればきっと……』

場面が何度も切り替わりつつ、アイゼンとサティ嬢の会話が続いていく。

『どうしよう……王弟殿下との婚約の話が出てるって……!私はウィズ様の番なのに!!』

『大丈夫。大丈夫ですよ。おまじないは効いています』

『でも……誰の家にも尋ねていないのに私の元には来るのよ?』

『それはサティ様がサリュー様の妹君だからですよ。王太子妃の妹君を蔑ろにするわけありませんからね』

『そう、かしら……それだけ?』

『それにサティ様のお体が弱いことも知ってらっしゃるでしょう?それよりも可愛くおねだりしてみたらどうですか?』

『おねだり?』

『お姉様に会えるように……』

サティ嬢はそうねと、頷いた。なんだか、最初と違う。

サティ嬢の視点でずっと見てきた。最初はちゃんとサティ嬢の意思があったはずなのに、今は……まるでアイゼンの言葉に従っているかのようだ。

『さ、これで見えなくなりましたよ』

『そうね。私以外、誰にも見えない』

『ナイフも人形の中に隠せばそのまま後宮まで入れます』

『そうね……』

大好きなお姉様の悪い噂を流すことに拒否感を示したサティ嬢ではない。

アイゼンはレイティア侯爵とサティ嬢が乗り込む馬車をニタリと嗤いながら見送っていた。

そして場面は変わり、サティ嬢がサリュー様とウィズ殿下と対面している。

いつにない気分の高揚を感じた。

ようやく番に会えたのだと、サティ嬢は思っているのだろう。

自分が主役の物語がこれから始まるのだと。

『お姉様、私……お願いがあるの』

『お願い?』

『預かっていただいたものを返していただきたいの』

『貴女が、ではなく…… 私(わたくし) が?』

『ええ。そうよ。でも今のままだときっとわからないから、お姉様の血を少しだけちょうだい?』

『サティ……?貴女、今なんて?』

ふらりと体が傾ぐ。そして人形の中に隠し持っていたナイフがサリュー様を傷つけようとした。だがその前にサティ嬢の体はコンラッド様に押さえられ、サリュー様を守るようにウィズ殿下が前に出る。

『何を……何を考えている!姉を傷つけようなど!!』

『だって、こうしないとウィズ様に気がついてもらえないわ』

『気がつく……?』

『私が、私がウィズ様の番なのです!だからお姉様と夫婦でいるのはおかしいの。返してもらわないと……ウィズ様は私の番なのですから』

その言葉にサリュー様の顔色がさっと変わった。青ざめ、ウィズ殿下の袖をとっさに掴んでいる。

ウィズ殿下の番はサリュー様。サティ嬢ではない。私だけでなく、コンラッド様もそれはご存じだ。あとは本人の心次第。でもそれはサリュー様も同じではないのかな。そうでなければいけない。

次の瞬間――――

混乱、怯え、恐怖、どうして?なぜ?と、中にいる私にも伝わるほど、サティ嬢は動揺していた。ウィズ殿下の怒りに。

『どう、して……?』

『お前が、私の番ではないからだ!私の番はサリューただ一人』

『嘘……うそよ……』

『いいや、嘘ではないよ。ウィズの番はサリュー妃だ。だからこそ、彼女を求めた』

静かな声が、頭上から降り注ぐ。コンラッド様の声に安堵していると、サティ嬢の意識はそこでぷつりと途切れた。

今度は真っ暗な闇の中、ぽつんと人形が一つ目の前に現れる。この人形を私は知っていた。いや、人形のモデルになった人を、と言った方がいいか。

「あなたが見せてくれたの?」

人形をそっと抱き上げる。サリュー様に似せて作った人形。

その人形が、不意にニタリと嗤ったのだ――――

「み・つ・け・た」