軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

200.その少女は夢想する

その日、少女の元にある話が舞い込んだ。

父親は喜び、粗相のないようにと少女に言い含める。人形を腕に抱きしめていた少女は、父親と母親の喜ぶ様を何処か他人事のように眺めていた。

ああ、とうとう自分の番なのか。

感想としてはその程度。だってずっと慕っていた彼の方ではないのだもの。それ以外は誰でも一緒。

「――――…いつ、いらっしゃるの?」

「殿下のお体が空いた時に、とのことだったが数日中にはいらっしゃるだろう」

「そうね。他の家は王宮に呼び出していたもの。でも貴女のために王弟殿下は我が家にいらっしゃるのよ!すぐに会いに来てくださるに決まっているわ」

こんなに美しい娘なのだから、王弟殿下の心を射止めて当然ね。そう言いながら母親は少女の頭を撫でる。

いやだわ、お母様……そう言いながら、少女の心はここに在らずと言った状態だった。

恋ならしている。もうずっと。

大好きな姉。いつも、いつもお願いすれば何でも譲ってくれた姉。その姉が嫁いだ相手。きっと今回もお願いすれば譲ってくれるって信じていたのに。

少女の心の中は荒れ狂う嵐のように波立っていた。しかし表面上は何でもない風を装って、ただただ両親に忠実な素直な娘を演じる。

「新しい衣装を誂えましょう!」

「しかし間に合うかな?」

「この際既製品でも……いえダメね。優秀な針子をすぐさま集めましょう。それに間に合わなくても、新しい衣装は必要よ」

王太子妃の実家なのだから、面子というものがある。それぐらいできるでしょう?と母親は捲し立てた。

そんな両親の姿を少女はぼんやりと見ている。

「……お母様、わたくし少し休むわ」

「あら嫌だ。何処か具合でも悪くなったの?」

「そうではないの。どうせまだ、針子は来ないのでしょう?」

「そうだな。人がくれば疲れもでる。今のうちに休んでおきなさい」

「ありがとう、お父様」

少女は盛り上がる両親を尻目に部屋へと戻り、寝台へとその身を投げ出した。

「どうしてわたくしの願いごとは叶わないのかしら?こんなにお願いしているのに」

腕の中にいる人形に視線を向ける。その人形は姉を模した、姉の形代ともいうべき人形。

本当は、少女は自分自身の人形が欲しかった。だから姉が持っていた時に「良いな」と言ったのだ。

しかし父親にそれは伝わらなかった。姉のお下がりを少女に渡し、それで終わり。姉は何か言いたげな視線を少女に投げかけたが、父親に何か訴えてくれることはしなかった。

「ねえ、お姉様……どうして譲ってくれないの?こんなにお願いしているのに」

「それは願いの力が弱いんですよ」

少女の声に、男とも女とも取れる声の主が応える。少女はその声の主に反応して、ノロノロと寝台から体を起こした。

「……アイゼン」

「お教えしたでしょう?願う力が強ければ強いほど、形代は役目を果たしてくれる」

「でもお姉様は何も言ってこないわ」

「それは後宮にいるからですよ。後宮は管理が複雑で、家に手紙を届けてもらうのにも検閲がはいる」

それじゃあ、言いたいことも言えないでしょう?そう問いかけられ、少女はそんなものかと納得する。

王太子妃を辞めたいだなんて、確かに手紙には書きづらい。責任感の強い、真面目な姉だ。そう簡単に弱音を吐くとも考えにくい。

「じゃあ、どうすれば……この間、王宮に行った時は会えなかったわ」

「今度この屋敷に王宮から誰か来るのでしょう?」

「ええ。王弟殿下がいらっしゃるわ。わたくしに会いに」

「ならその時にお願いすれば良いじゃないですか。姉に会いたい、とね?」

「叶えてくれるかしら?」

「他の令嬢は城に招き、貴女様にだけ直接会いに来られるのでしょう?可愛くおねだりしてごらんなさいな」

おねだり、と言われ少女は困惑する。

家族は、自分が欲しいと言ったものは揃えてくれた。でもそれは、この家の中だけのこと。そのぐらいは少女にも理解できている。

少女の体が人より弱いから。か弱い少女の願いを聞いてくれるのだ。

でも訪ねて来るのは王弟殿下であり、家族ではない。いや、家族と言えなくはないが……

考え込む少女にアイゼンと呼ばれた者はさらに言葉を重ねた。

「恋を、しているのでしょう?もうずーっと」

「ええ、しているわ。ウィズ様に……あの日、初めてお会いして……わたくしの番だと思ったの」

「つがい、番……ええ、良い言葉ですね。お互いが唯一無二の存在」

「そうよ。だからお姉様がウィズ様のお側にいるのは間違っているの」

「間違いは正さねばなりませんね?」

「ええ、そうよ。 間(・) 違(・) い(・) は(・) 正(・) さ(・) な(・) い(・) と(・) 」

アイゼンの言葉に少女は素直に頷く。そう、間違い。間違いなのだ。少女は強く、強く願う。

間違いなのだから、

「その場所を譲って、サリューお姉様――――」

***

その日はとても晴れていた。

新しく誂えた衣装は結局間に合わなくて、それでも簪や小物類は新しいものを身につけて相手を待つ。

両親は揃ってソワソワして、少女の冷めた視線に気が付かなかった。

「もうそろそろだな。先ぶれが来た。お前たち、王弟殿下に粗相のないように!」

主人の声に、屋敷中の使用人に緊張が走る。

お美しいお嬢様ならきっと王弟殿下のお心を射止めますね、と側付きの侍女たちが少女に話しかけた。その言葉に少女は曖昧な笑みを浮かべる。

恋している相手はただ一人。愛してほしいのもただ一人。

たとえ王弟殿下が相手でもそれは揺るがない。だって番なのだから。でもきっと彼の方は気がついていない。

番であることに、番がこんな側にいることに。気がついて、いない。

少女が気がつけたのだ。もっと長い間一緒にいれば気がついてくれるはず。間違いは正さないといけない。

「王弟殿下のご到着です!」

使用人の声に父親が少女の手を取る。どうやら出迎えに行かねばならないようだ。

豪奢な衣装に包まれた少女は、使用人たちの中にアイゼンを探した。不思議と使用人たちの中に紛れると見つけられない人物をキョロキョロと探す。

その視線に気がついた母親が少女を咎めた。余所見をしていると転ぶから、と。

少女はその言葉に素直に従い、探すのを諦めた。きっと何処からか見ているだろう。アイゼンだけは自分の味方なのだから。

いつからいたのかも覚えていない、でも、少女の気持ちに寄り添ってくれた使用人。

女の衣装を身につけながら、その声は男のようでもある。でも容姿はどちらとも取れて、少女には未だに判別がつかない。

とはいえ、屋敷には大勢の人が働いていて、少女にしてみれば名前と顔が一致する相手の方が少ないのだ。

姉が、彼の方と結婚した夜――――泣いていた少女を慰めてくれた。それだけで味方と認識するには十分な要素。

「出迎え、感謝するレイティア侯爵、そして夫人」

「お忙しい中、我が家にいらしていただけて望外の喜びです。王弟殿下」

「構わないよ。かわいい甥の妻、サリュー妃の妹君に会うためだからね」

その言葉に母親が少女の背中を押した。

「妹のサティですわ」

「サティと申します。王弟殿下」

豪奢な衣装はそれだけで重い。少女は覚束ない手つきで臣下の礼をとる。

「顔を上げて。サティ嬢。君と会うのは……確か初めてかな?姉君の婚姻の儀の時にはまだ社交界に出ていなかったから」

「ええ、その通りです。今年、社交界に出たばかりで……まだ至らぬ点も多うございますの」

「努力家のサリュー妃の妹君だ。きっとサティ嬢もそうなのでしょう?」

「いえ、その……娘は妃殿下と違って体が弱くて。甘やかしてばかりいたので」

母親は聞かれもしないことをつらつらと話し続けた。少女を売り込みたいがため、であろうが。

少女は自分が居なくとも、両親がいれば良いのではなかろうか?そんな考えが頭を過る。だが今のままでは後宮に行くことはできない。王弟殿下にお願いしなければ、後宮を訪ねることは許されないのだから。

少女がすべきことは後宮に行き、姉に会うこと。そして姉を王太子妃という重圧から解放して、番として彼の方に見つけてもらわねばならない。

大事で、大好きな姉だから――――姉にはこの家をあげれば良いのだ。そのために生きてきたのだから否やはないだろう。

でもどう声をかける?少女は戸惑いつつ、視線を彷徨わせる。

すると王弟殿下の後ろに控えていた、ヒョロリとした男と目が合った。男はニコリと人好きのする笑みを浮かべる。

「侯爵夫妻、お嬢様とコンラッド様のお二人でお話をさせてあげてください。せっかくの機会なのにお話しできないのでは気の毒です」

「あ、あら……」

男の言葉に母親はそうですわね、と頷くと少女の背中をもう一度押してさらに前に出す。

少女は彷徨わせていた視線を王弟殿下の顔に合わせる。その顔は、愛しい彼の方に何処か似ていた。