軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

185.ついてない男の独白

常々ついていないと思っていた。

役職こそ憲兵隊長、なんて『隊長』と付くが、所詮はたくさんある憲兵詰め所の一つを任されているに過ぎない。

本当は、軍属になりたかった。そうすれば自分の腕ならばもっともっと上に登り詰めることができたのに。

それなのに自分にはその機会が巡って来なかったのだ。あの日、試験の日に家族が、父が怪我などしなければ……そして今も、その父の世話で俺は一憲兵のままだ。

初級ポーションで治るのはある程度の怪我。激しい損傷は治すことができない。腕や、足を切断するほどの損傷はどうにもならないのだ。その時に上級ポーションがあれば何とかなったかもしれないが、それでも……上級ポーションを買う金がなければどうにもできない。

当時の我が家には、俺に試験を受けさせる受験料を捻出するだけで精一杯。そして、その受験料もポーションを何本も買ったことで消えてしまった。命には変えられない。だが、命が助かったところで動けなければ――――!!

長い月日は、父を忌々しいものへと変えた。こんな思いを抱えたくはない、そう思ったところで給金の大半が使用人の賃金へと消えていく。たった一人の父親だ。母亡き後、男手一つで育ててくれた。

職人気質で、口数は少なかったが俺の夢を後押ししてくれたのに……それなのに、俺は足を切断し、動けなくなった父を疎ましく思っているのだ。

動けない父を介助する者は必須。手が動かせる分、介助してもらえれば仕事ができる。それがいけなかったのだろう。何もできなければ、きっとただ寝たきりでそこまで手間はかからなかったのに。

細工職人の父は、小さな髪飾りを作っていた。日がな一日、薄く伸ばした鉄を切り出し、鉄を叩いて形を整えるとヤスリをかける。小さな細工物は昔はそれなりに売れたのだろう。だが流行り廃りというものは何にでもある。

今の流行りに父の細工物は古いのだ。売れない、売れなければ材料も買えない。しかし父にもプライドがある。俺の世話にばかりなっていられないという、プライドが。

外に出歩くことがままならない体では、流行り廃りもわからない。それ故に今まで売れていた物を作り続けるしかない。焦りや苛立ち。そのせいで介助人に当たることもある。

介助人を頼む料金がそのせいで上がっていくのを父は知らない。厄介な者に付きたいと思う者は少ないのだ。ならばその分、賃金を弾むしかない。

悪循環だ。

抜け出したい息苦しさと、見捨てられない物悲しさ。

――――そんな時に男が声をかけてきた。

「うまい話があるんです。ノりませんか?」

「うまい話?」

「ええ、お互いに得になる話です」

その男はヘラリと笑い、俺の耳に囁く。ギルドで行われている不正を。そしてその手助けをしてほしいと。

「なんで俺なんだ?」

「だって、お金……必要でしょう?」

言い返そうとして思わず言い淀む。その隙を見抜かれたのだろう。

事実、金は欲しかった。もっと金があれば介助人を頼むのに何度も頭を下げずに済む。もっと金があれば、流行りの細工物を見せに連れ出せてもやれる。資料を買ったり、それに材料だって……!

そうすれば父の細工物は売れ、きっと安心するはずだ。まだ自分は大丈夫だと。介助人に当たることもなくなるだろう。金は欲しい、喉から手が出るほどに。

「――――それは、本当にこっちに害はないんだろうな?」

「大丈夫ですよ。ただ、そう。訴えに来た連中を追い返してくれればいい。どうせ貧民街の奴らです。そっちだって色々迷惑をかけられているのでしょう?」

男の言葉に俺は頷いた。確かに迷惑をかけられている。貧民街から抜け出せず、盗みを働く者は多い。だが俺とて一歩間違えばあっち側だ。今の仕事がなくなればそうなるだろう。

本当にバレないのか? バレずに金だけが入ってくるのだろうか??

不安と猜疑心が頭を擡げる。バレたらまず、職を失う。失うだけならいいが、牢に入れられたら……父の面倒は誰が見る? 今の稼ぎでは家賃を払うのは厳しい。そして誰も手を貸してくれなければ仕事なんてできやしない。

そこで待っているのは死、だけだ……

「大丈夫ですよぉ〜そういう、不正に関わるの平気な人いるでしょう? 人は綺麗事だけじゃあ生きていけませんからね」

周りの人間を同じように不正を働く人間だけにすればいい。憲兵隊長なら人事移動だってできる。男はすでに何人か目星をつけていたようで、少しずつ入れ替えていけばいいと言った。

「なんだかんだ理由はつけられるでしょ? だって最初から希望の地域に配属されるわけじゃないし」

「それは、そうだが……」

「なら簡単ですよ。ここに移動したい者がいる。代わりに移動希望はいないか? って聞けばいい」

不審に思われないように、先に希望者がいると言えば誰かしら名乗りをあげる。その言い分はわかるが、そんなに上手くいくだろうか?

そう疑心暗鬼に囚われた俺に、男は手付だと言って金の入った袋を手渡してきた。

ズシリ、とした重み。

中をのぞいたら後戻りはできない。そうわかっていたが、俺は中をのぞいてしまった。

給金の数ヶ月分。それぐらいの金が入っている。これだけあれば――――当分生活には困らない。父の介助人を探すのに頭を悩ます必要もなくなる。

コロリと、石は転がった。

転がった石が辿り着く先は、何処なのか……?

***

「――――クソックソックソッ!!」

せっかく後宮に出向いたのに、話もそこそこに追い出された俺は焦っていた。

余計なことをするんじゃなかった。犯人はわからない。見つからない。それで済ませれば良かったんだ。

ただ、そう。あの女将軍の身内だと、そう聞いたから……

女の身で最速で将軍に登り詰めたリオン・カティア。

あの炎のように赤い髪を忌々しく見ていた。俺だって、あの日、試験を受けられていたらそうなっていた。将軍になれた未来があったのだ!

だからこそ、あの少女を犯人に仕立てようと思った。

どうせこの先、臨時収入が入ることはないのだ。最後にあの女を失脚させられれば……そんな色気を出したのが拙かった。

「クソッ……! このままじゃ、俺が捕まる!!」

ゴロツキ共が死んでから、碌なことがない。連中を始末したのは俺に話しかけてきた男だ。こうしないと余計なことを喋ったら困ると言っていたが、連中がいなければ人を売り買いすることもできない。

それでも良いのか? と問えば、この街での仕事はこれ以上は無理だと言った。

「今更止めるってのか?」

「うちの上司は肝が小さくてね。これ以上は無理だ。証拠を破棄して逃げろってね」

その身勝手な言い様に腹が立つ。今まで得た金は、大っぴらに使っていないから蓄え自体はある。多少、生活にゆとりが出た程度が一番怪しまれないからだ。いつだって周りに気を張って、部下にも気付かれないように使えと指示してきた。

それはこの生活がずっと続くとは思っていなかったからだ。だがそれにしたって急過ぎる。

自分たちは証拠を破棄して逃げれば良いだろうが、こっちはそうはいかない。逃げる場所なんてないのだ。たとえ逃げたとしても、蓄えた金だけでは今後生活していくことは無理だろう。

それに、俺が捕まったら不正に得た金は取り上げられるに決まっている! その後の人生は考えたくもない。

どうする? どうすればいい? このままじゃ、本当に俺が捕まる。

あの少女に自白させることは失敗した。あの男から渡された物は何の役にも立たなかった。服の上から、ポケットの中に入っている物を確認する。

これがあれば大丈夫だと言っていたではないか……!!

俺はあの男との連絡手段として使っていた宿屋に向かう。一言文句を言わなければ気が済まない。このよくわからない道具は呪いをかけると言っていた。

そしてその呪いの影響で、俺の言うことをきくと。そうなれば好きに自白させればいい。そう言っていたのに!

とんだ眉唾物をつかまされたわけだ。呪いなんてそんな遥か昔の物が今に残っているわけがない。

宿屋に向かうと、男がいるか確認しようとした。だがその前に男が俺の前に現れる。思わず胸ぐらを掴むと、キョトンとした顔で俺を見上げてきた。

「あれぇ? どうしたんですか? そんなに慌てて」

「お前! アレは何の役にも立たなかったぞ!!」

「え、ちょっとちょっと……こんなところじゃ何ですから、ね?」

言われるがまま、俺は男の後ろをついて行く。そして裏道に入ったところで、再度同じ言葉を繰り返した。渡された物は役に立たなかった、と。

「おかしいですねぇ。効果は抜群なんですよ? それなのに、効かなかった……と?」

「逆にこっちが疑われた。どうしてくれる!」

将軍の身内を犯人扱いしたのだ。将軍自ら指揮は取らずとも、その配下が詰め所に来るのは時間の問題だろう。そしてどうやって殺されたのか? を調べ始めるはず。そしてその後は、本当に誰も気が付かなかったのかと査察が入るだろう。

アイツらはきっと自分の不利になると思えば簡単に俺を売る。

「まあ、仕方ありませんよ。仕方ありません」

「何が仕方がないだ! ――――……っあ?」

あまりにも呑気な言い方に腹が立ち、胸ぐらを掴もうとした。掴もうと、したんだ。

俺は自分の腕に自信があったし、この男の殺しの手口も見ている。だから平気だと、そう……思っていた。

「あっ、ガハッ……」

腹から溢れ出す、ソレは命を削りとっていく。霞む目で男を見上げれば、男はヘラリと笑った。

「ほらね、やっぱりちゃんと効いてるでしょう?」

「な、に……?」

「やっぱり、素人には難しかったのかなあ。要改良の余地あり」

まるで明日の天気でも言うように呟くと、男は俺に手を振り歩いて行ってしまう。俺は声を出して叫ぶことも何もできない。そのまま地面に倒れ込み、ハクハクと喘ぐだけ。

ああ、このまま俺は死ぬのか。俺が死んだら、父はどうなる?

誠実に、堅実に働いていたらこんなことにはならなかった。あの日、あの男の口車にのらなければ……!!

ああ、やはり俺はついていない。ずっと、ずっとついていない。

「あららーこれは、また……ふふ。いやあ、貴方ついてますよ」

ザリッと足音がし、頭上で誰かが話している。

ついている? どこがだ……俺はついていない男だ。ずっと、もうずっとついてない。

「いいえ、ついてますよ。僕がここに現れ、ポーションを手にしてるんですからね」

男はそう言うと、俺の口に瓶を押し当てた。