軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おっさん、またもやらかす

古き時代の街に、再び光が照らされた。

四日の時間を置き、デルサシス公爵の命によりイルマナス地下大遺跡には一個中隊が送られてきた。

彼らと同行した歴史学者は入念に街を調べ、街中に多くの白骨遺体が転がっていた事から、この街は外部から完全に隔絶され住民が飢え死にした事が判明する。

おそらくは落盤により地下に閉じ込められ、救援を待っていたが食糧が不足。やがて暴動を起こして領主は殺されたのだろう。

飢えた人々は死体すら食わねば生き残れない状況に陥り、やがては民同士で殺し合いが始まる。

結局は全員が死に絶え、後は屍が転がるだけの死の街と化した。瘴気が満ち溢れ、やがて住民はアンデッドに変わり果てる。学者達はそう結論付けたがおそらくは間違いではないだろう。

ゼロス自身もそう思っていた。

時は一週間ほど経ち、騎士達は魔道具や宝飾品を集め、土木職人達はイーサ・ランテ反対側の北門から街道工事を始めている。遅れた地下街道の工事の時間を取り戻す気なのだ。

この街で発見された宝石の類は殆どが呪われ、売る事すらできないほど瘴気に汚染されていた。

また、発見された魔道具の類も同様であり、これでは魔導士たちが研究できず、調べるようにするには神官の手を借り浄化せねばならない。

もっとも、いくら優秀な神官でも山のように積み重ねられた装飾品や魔道具を浄化するなどできないだろう。しかも現時点で神官達の手を借りるのは政治的にマズい。

何とも頭の痛い状況である。その事を視察に来たクレストンは相談してきた。

「……と、いう訳なのじゃが、何とかならぬか、ゼロス殿」

「できない事もありませんが、これまた随分と集めてきましたねぇ。しかし、まさかクレストンさんが直々に来るとは予想外ですよ」

「何しろ、生きた古代都市じゃからな。わしも興味が尽きんわい。思わず仕事を放り出して……ゲフン!」

『意外にフットワークが軽いな、この爺さん……』

クレストンは隠居した身とは言えど公爵家としての仕事はある。

それを放り出してまでこの地に足を向けるという事は、それだけ重要な拠点として見ているか、或いは単に好奇心の赴くままに行動したかのどちらかであろう。

それは別として、このまま呪われた物を浄化せねば、その負債は公爵家が受け持つ事になってしまう。政治的なことを抜きにして呪われた道具の数が多すぎ、浄化を行う神官を雇うにしてもかなりの金額を要求される事になる。

また、一部の宝飾品の類は国家事業に貢献した傭兵に褒賞として与えるのだが、浄化しなくては彼らに与える事が出来ず、今後の公共事業にも支障をきたしかねない。

こうした浄化作業が得意な神官なのだが、資金稼ぎには目の色を変える。しかし生きた遺跡であるイーサ・ランテに神官達を連れてくる訳にも行かず、調査は暗礁に乗り上げていた。

消去法で頼みの綱は大賢者しかいなかった。そんな訳で、ゼロスが興味本位で調べている管制室には大量の魔道具が持ち込まれ、【鑑定】を含めてゼロスに依頼を持ってきたのだ。

だが、さすがのおっさんも大量の道具類を調べる気にはなれなかった。心をくすぐる素敵アイテムがなかったからである。

「これを使ってみますか?【浄解結晶】」

「聞いた事もない水晶……【魔晶石】の類かのぉ?」

「まぁ、そんなところです。一回限りの使い捨てですが、アンデッドに集団で囲まれた時の護身アイテムで、強力な浄化魔法が封じ込められていますね。解放して数秒後にドカン、人的被害は全くないので安全ですよ」

「ふむ、どちらかと言えばその魔道具の方が興味深いのじゃが、使わせてもらうかのぉ」

インベントリーから複数の結晶石を取り出し、クレストンに手渡す。

クレストンが受け取ったアイテム【浄解結晶】は、元は【爆裂結晶】と言われる素材アイテムを人為的に作り出した時の失敗作から生まれた。

【爆破結晶】は鉱山などで稀に発見されるが、その名の通り衝撃を受けると大爆発を起こす。この異世界でも鉱山で偶に起こる事故の原因でもあった。主に削る事で粉末状にし火薬の代りに使われる。

天然の火薬とみて間違いないのだが、数も少なく銃などの兵器に利用するには採算が合わず、普通に火薬を制作した方がマシのレベルだ。その【爆裂結晶】を意図的に作り出すべく試行錯誤したのだが、出来たのは何の属性も含まれていない脆い結晶体であった。

しかも、作成するのに必要な素材は高価なレア素材ばかりで、魔法を封じ込めて使うにしても採算が合わない使い捨てアイテムになる。

偶々アンデッド大量発生レイドが発生し、『せっかく作ったのに勿体ないから、浄化魔法を込めて手榴弾にしたほうが良いんじゃね?』と、ケモさんの発案により制作されたアイテムであった。

幸いにして魔法封入の許容量が異常に高く、高威力魔法を込める事が可能であった。逆に言えばそれだけしか利点がないと言える。しかも、作成成功率が異常なまでに低い。

「では、さっそく使わせてもらうかのぅ。ほい」

クレストンが込められた魔法を解放し、【浄解結晶】を無造作に集められた道具の数々に向けて放り投げた。山積みにされてはいるが、この場に持ち込まれたのは一部である。

結晶は砕け散り、眩い光が積み重ねられた道具類を包み込む。

――オォオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!

地獄の底から響くような苦しみと怨嗟の声が響き渡る。

とりあえずは浄化が成功したようだ。

「どんだけ怨念が込められていたんですかねぇ……」

「儂が知るわけがなかろう。まぁ、これで心置きなく魔道具類を調べる事ができるじゃろぅて。……して、ゼロス殿は先ほどから何をしておるのじゃ?」

「この街の管理機能を少し調べているんですよ。何も知らない魔導士達に弄繰り回される前に、ある程度の機能を覚えておいた方が良いでしょうからね」

地下の制御施設は複数に分けられ、今いる場所は街の防衛管理システムである。

地下都市内の環境維持システムも連動しているようで、主に気温や換気、疑似的な天候を生み出すシステムの存在も確認した。途轍もない高度な文明であったらしく、そんな超文明の街を一撃で消し飛ばした邪神の力に思わず身震いするほどだ。

だが、こうした技術に地球での知識が応用できる。コンソールを叩きながらゼロスは管制機能を少しずつ掌握していった。

「邪神……良く封印できたなぁ~。どう考えても勝つなんて無理でしょ、こんな高度文明ですら簡単に滅ぼした存在を相手にするなんて。絶対に不可能だ」

「じゃが、勇者達はその命をもってやり遂げおった。実に見事な話ではないか」

「どうですかねぇ~。脅迫されて、仕方なしに従わざるを得なかったんじゃないんですか? 『元の世界に戻るには、邪神を倒すしかない』とか言われて……。かつての勇者達にも、元の世界に家族がいたでしょうに」

「夢がない話じゃのぅ。じゃが、あの国の前身ならあり得る事だろうて。そこから勇者を頻繁に召喚するようになったのじゃからな」

勇者召喚は莫大な魔力を必要とする。

30年のも間、魔力を召喚陣に蓄え続け、その魔力で時空に穴を開ける事で特定した人物達を召喚する。

だが、時空間に穴を開けるという行為は、この世界にとっては大きな痛手となりうる。

その大きな理由が、消費される魔力が再び世界に還元されるか否かである。魔法を使えばどれだけ現象として発現しても、直ぐに元の魔力へと戻る。自然界の魔力は一定に保たれ決して消費される事はない。

だが、召喚魔法は時空に穴を開ける事により、その魔力は外世界に流れたまま戻る事はないと予想できる。特定の空間を入れ替えてしまうので、使用された魔力は異世界で失われる可能性が高いのだ。

世界に還元されない以上、魔力は30年おきに消費され続ける事になる。

「まぁ、あくまでも仮説ですが、そんな訳で勇者召喚を使えなくしたいんですよねぇ。四神なんて胡散臭い奴らに好き勝手にされるのは我慢できませんから」

「勇者召喚はそれほどまでに危険なのか? そのような話は初めて聞いたぞい」

「危険ですよ。最悪、この世界は周囲の異世界ごと消滅しかねません。あくまでも可能性ですが、事が起きてからでは遅いですからね。危険はできるだけ取り除くに限ります」

「確かにのぅ……。考えてみれば、原理の分からない謎の技術じゃ。楔を打ち込むには丁度良いかもしれん。『疑わしきは罰せよ』は基本じゃからな」

今日のおっさんはマジだった。

クレストンと話しながらも、決して古代魔法文明のモニターから目を離さない。

キーを叩きながらもシステムを入念にチェックし、モニターに流れてくる文字を目で追っては全容を解読し、確実にシステムを掌握して行く。

同時に古き魔導文明の情勢も知る事が出来た。

『スッゲー、人工衛星まであるのか!? 何なんだ、この高度文明は……。邪神戦争って、まさかの世紀末だったのか? 文明水準が高すぎる……』

情報を把握して行くたびに、その文明の高さが嫌でも理解できてしまう。

かつての魔法文明時代を地球で解釈すると、技術面で言えば21世紀以上。そこから更に先の時代に向かう途中経過で滅んだ事になる。それだけの高度文明であったはずなのに、王権国家と民主主義が融合したような国家体制で、国で言うならイギリスに近い。

宗教的な理由から亜人種との対立があったらしく、獣人族を奴隷としていたのは文明を覚えさせるための救済措置のようであった。何しろ獣人達は当時アフリカやアマゾンの原住民のような生活を送っていたのだ。

たとえ魔法に関しては劣っていたとしても、その戦闘力は兵士とみるなら優秀であり、彼らを文明に慣れさせるための教育政策として執行されたらしい。

だが、獣人族はそれに猛反発し、結果として小競り合いが続いていた。ちなみにエルフやドワーフはこの政策に協力的であった。

大きな理由は勝手に領土に侵入し、家畜を襲い畑などを荒らすからとの事だ。

未文明の蛮族というより、田畑を荒らす害獣みたいな印象を受ける。

「面白い話じゃのぅ。まさか、当時の世界情勢まで分かるとは……かなり進んだ文明だったのじゃな」

「文化水準で言えば、勇者達の世界に近いですね。いや、それ以上でしょうか。無茶な政治を行っていたのかと思えば、意外なほど人権尊重のようです……おっ?」

ゼロスはモニターに映し出される文字の中に、【龍脈】の監視システムを発見する。

何気なくそのシステムを起動させると、モニターに世界に流れる魔力の状態と地下に流れる膨大な魔力の流れまで視認できる映像が映し出された。

人工衛星から観測した世界の竜脈状況は、見た目はまるでメロンのように網の目状であった。

所々で虫食いのような穴も見受けられるのが妙に気になるが――。

「管制システム、現在の龍脈の流れはどうなんだ? 今現在、人が生息している範囲内で報告してくれ」

『了解いたしました。現在、龍脈は安定しておりますが、一部で異常な魔力の滞りを確認。人為的に操作されているもようです』

「その場所を映してくれないか? 状況を確認したい」

『了解しました。モニターに上空からの映像をお送りいたします』

「こ、これは……マハ・ルタートかっ!? 上空から、かの国が監視できるのか……凄まじい技術じゃ」

クレストンは映像を見て驚愕するが、ゼロスは別のものに目が留まる。

巨大な神殿と思しき建造物の中に、魔力が一点に集中している箇所が確認された。おそらくはこれが勇者召喚を行う施設なのだろうと仮定する。

そして気になる虫食い穴。

「この虫食いみたいな穴は何だ?」

『現在、この世界において魔力が急速に失われており、その穴は魔力濃度が著しく低下している龍穴となります。状況を分析して、おそらくは2000年以上大規模な魔力を搾取されたものと推定。魔力が枯渇するまで約1500年の時間を要すると判定』

「この魔力が集中している場所で、30年に一回膨大な魔力が消費されたと仮定する。その場合、今現在の状況に陥る可能性はあるか?」

『検索します………30年に一度の魔力消費とした場合、現在の状況下の魔力消費率と符合。この座標地点が原因かと思われる確率は83パーセント』

「仮に魔力が失われたとして、この世界の影響は?」

『魔力枯渇により、体内に魔力を持つ生物はほぼ絶滅。気候変動により自然生態系が壊滅的な打撃を受け、再生するまでの時間は460000年と予想』

「決まりだ。勇者召喚は世界に害となっているようです。この世界から、急速に魔力が失われている……」

「な、なんじゃとぉ―――――――――――っ!?」

勇者達に言っていた出まかせが、本気で危機的状況になっていた。

ゼロスの背中に嫌な汗が流れ、『これ、何の罰ゲーム? 嘘から出た誠って、どゆことよ?』と悪態をついていた。神がいたら間違いなく文句を言いたいと本気で思う。

洒落になっていない。

「な、何とかならぬのか? 魔力の枯渇が世界を滅びるなどと……」

「そう言われましてもねぇ、召喚を止めさせないと今の段階ではどうしようもないですよ。神官達が魔導士の話なんて聞くわけないですし……」

理を解き明かそうとする魔導士に、神官達は良い顔をするわけがない。

それどころか、この世界の魔力が永遠にあるとすら思いこんでいる可能性が高い。何しろ神を信仰するがゆえに融通が利かない。なまじ信仰心が強く魔導士の言葉を信用しない。

魔力はこの世界では重要な役割があり、主に植物の成長や気候バランスにも影響を与えている。

その魔力が失われた場合、悪い方向で世界の環境に劇的な変化をもたらしてしまう。この世界が全て砂漠化するなどという事態もあり得るのだ。

「この地域の魔力の流れを意図的に変える事はできるか? この施設に魔力が流れないようにする事だが……」

『検索中………可能です。この流れは人為的干渉によるものと判明、各都市機能を完全起動する事により、他の施設と連動し龍脈の流れを元の流れに戻す事が可能。竜脈機能を回復いたしますか?』

「やってくれ。ふざけた連中に手痛い打撃を与えてやる……正義は我にあり!」

『了解いたしました。コマンド検索……コード『ジャッジメント』を起動……。セーフティーロック、解除します。防衛システム起動、敵勢力目標D143125地点。座標軸を固定、攻撃衛星【メタトロン】起動します』

「「はぁあっ!?」」

何気に言ったおっさんのセリフは、何らかのシステムを作動させてしまった。

何が起きているのかも分からず、おっさんとクレストンは茫然と成り行きを見守る。

『全魔導都市のシステムリンクを開始。ERROR、中央管制システムの接続不可……これより、メインシステムをこちらに移行します。魔導動力炉、強制リンクを開始……【竜の心臓】平行励起、シンクロを開始……龍脈の同調と移動を開始します。魔力同調を開始、龍脈への干渉シークエンスに入ります……5・4・3・2・1……」

――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォ……。

突然襲う大規模な揺れ。

震度で言うならマグ二チュード6・5はありそうだった。

その揺れは余震も入れ20分以上続く。

『龍脈の移動と安定を確認いたしました。同調を解除、これより最終攻撃兵器【セラフィム・バースト】を起動します。発射態勢に移行、プログラムの始動を確認。発射シークエンス、スタンバイ』

「な、何か……危険な事になっているような気が……」

「うむ……マズい事態が起きているは間違いない」

不穏な空気が流れていた。

正直、嫌な予感しかしてこない。

「管制システム、【セラフィム・バースト】ってなんだ!?」

『【セラフィム・バースト】。対地上決戦兵器、衛星軌道より太陽光を収束、高出力のエネルギーを放射するレーザー兵器です。予想される着弾被害予測は周囲……』

「待て待て、停止させろ! ヤバイ、これはヤバイ!!」

『起動した以上、途中停止は不可能。威力の出力制御は可能ですが、いかがいたしますか?』

「出力を最小限、あの建物を撃ち抜くだけにとどめてくれぇ!!」

『了解、出力を10パーセントに抑えます。エネルギーチャージを開始……重力歪曲場を形成、太陽光の収束を確認、発射準備完了。照準を固定、カウントダウン……5・4・3・2・1・0、発射』

二人が覗くモニターに、大神殿が光に包まれた光景が映る。

蒼褪めた顔で、呆然と見守るしかできなかったおっさんと爺。言葉が見つからない。

『【セラフィム・バースト】着弾を確認。これより、再び待機モードに移行します……』

無感情で告げる機械の声と、もたらされた被害の大きさに何も言えない。言う言葉すら思いつかない。

あるのは、どうしようもなく重く圧し掛かる酷い罪悪感だけである。

モニターに映し出された地獄絵図を、二人はただ無言で見続けていた。何にしても勇者召喚を行う事は不可能になり、物理的にも大打撃を与えた事となった。

おっさんが望んだ方向とは些か異なる結果となったが……。偶然とは恐ろしいものである。

古代魔法文明は、ゼロスが想像していた以上の技術力を保有していたのであった。

「イ、インディ・ペンデンス・デイ……」

かろうじて出た言葉は、ただの感想の一言であった。どこかの映画のように、上空から攻撃を受けてビルが吹き飛ぶ瞬間と酷似していたのである。

宗教国家がこの日、独立記念日になるかは定かではない。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

【メーティス聖法神国】国都【マハ・ルタート】。

この地のほぼ中央に、四神教の総本山であるマルトハンデル大神殿が存在する。

様々な建築様式を取り入れた美しい神殿で、神の教えを伝える聖域であり、同時に国を維持するための行政機関中枢としての役割がある。

だが、この神殿はそれ以外にも役割が存在した。

神殿の更に中央にある大聖堂の真下、地下に築かれた空間にソレは存在していた。

魔法文字とは異なる系統の術式が天井や壁一面に所狭しと刻まれ、そこには莫大な魔力が徐々に蓄えられて行く。30年の時間を費やす事により、この空間は本来の役割を果たす。

そう、【勇者召喚】である。

「魔力は安定しているか?」

「前回の記録と照らし合わせているが、問題はない。正常に召喚陣は魔力を集めている」

「時間が掛かり過ぎるな。また生贄を使うか? 微々たる程度だが魔力は集まるだろう」

「最近は異端者が少ない。獣人族も確保できない以上、無茶な魔力を集める事はできない。下手をすれば、ここにどんな被害が出るか想像もつかんぞ」

召喚魔法陣は酷く不安定なものであった。

魔力を蓄えるにもムラがあり、時には突然魔力を集める事をやめてしまう。

精密な魔法式ゆえに、僅かにでも魔力が逆流しただけで機能を停止してしまう欠陥を持っていた。それでも多くの神官達はこの場所を管理し、魔力を蓄えるために心血を注いでいる。

この部屋の床には黒ずんだ染みが残されており、かつては勇者召喚のために贄にされた者達が存在した証として残されていた。大半は罪を犯した犯罪者が生贄に選ばれていたが、時代と共に獣人達がここで数多く殺される事となった。その大きな理由が魔力供給が原因である。

勇者召喚には途方もない魔力が必要となる。その魔力を少しでも補うため、多くの人々の血液でそれを賄おうとしたのが始まりである。血液内には魔力も流れており、血液こそが魔力を生み出す源と信じられていた。それは今でも変わりがない。

だが、どれだけ膨大な魔力を持つ魔導士でも、時空に穴を開けるような魔力を必要とする召喚陣では大した事はない。集められる魔力も微々たるものだ。

それでもこの行いが続けられるのは、際限なく続けられる権威の拡大と神の威光を知らしめるためだ。

勇者はそのためだけに召喚される。

「調子はどうですか? アヴォ―ナル神官長」

「エルトーカ大司教様!? それが、やはり魔力が蓄えられない事が問題ですね。贄を与えたところで微々たるものでしょう」

「これ、物騒な事を言ってはいけませんよ。彼らは信仰に準じたのです……全ては神への御許に逝かれた敬虔なる信徒たちですよ? そのようなおぞましき言葉を言うものではありません」

「も、申し訳ありません。しかし、現時点での召喚は無理でしょう」

「それは由々しき問題です。現在勇者達は半数しか残されてはいません。しかも、何やら暗躍している者達がいるようでして、余計な事を彼らに吹き込んでいるようなのです」

【賢者】。その存在が動き出し、今正にこの国を貶めようとしている。

所詮は魔導士なので神の裁きにいずれは掛ける気ではあるが、その強さは勇者を遥かに圧倒する。敵に回せば、こちらもただでは済まないだろうと彼等は思っている。

だが、信仰を貶める存在はたとえ賢者でも認める訳には行かない。

「いざとなれば、強制的に魔力を集める事ができるのでしょう? 最悪の事を踏まえて検討する必要があるかもしれませんね」

「そ、それは……」

召喚陣は、いざという時のために強制的に魔力を蓄える事ができる。

しかしその影響は大きく、一度そのシステムを使えばこの辺りは魔力を失う事になる。

生きとし生ける者が住めなくなる不毛の地になり兼ねない危険性があった。

「そう、あくまで最後の手段です。ですが、検討しておく必要があるでしょう」

「強制魔力簒奪……街の住民も死ぬ事になりますが?」

「仕方がないですね。これも、勇者達が不甲斐ない事が原因ですから」

勝手に召喚して酷い言い草だが、彼ら自身は神の名の下にあらゆる行為が許されている。

勇者すらも使い捨てにしたとて、彼等には罪になる事はないと本気で思っていた。

あくまでもこの時までは、だが……。

――ゴォゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォ!!

突如として襲う地震。

元より地震に縁のない領域に住んでいた神官達は、突然起こった激しい揺れに対応できず、制御室で倒れこむ。自身という災害を経験した事がないので、それは神の怒りかに思えた。

「なっ、何ですか、この揺れは……」

「これは、神の御意志なのでしょうか? 最悪の手段を執ってはならないという……」

「馬鹿な事を……我らは神の使徒ですよ? その我らを誰が……」

「待ってください! 召喚陣の機能が停止しました。魔力がどこかへ流れて行っているみたいです。これは、こんな事は記録にありません!」

「馬鹿なっ、早く原因を究明しなさい!! 勇者を召喚しなくては、我らの未来は……」

大慌てで動き出す神官達。

だが、その原因を調べようとするにも、この召喚陣の構造が分からない。

何しろ古い時代の物であり、魔導士でもない彼らは原因を究明するにも知識がない。これでは全員が咎人として粛清を受けかねない事態である。

その直後、焦る彼らの目の前に、一条の光が天井を貫き召喚陣に突き刺さった。

「わ、我らが間違っていたというのですか、四神……おあぁああああぁぁぁ………」

そして、彼らは光に呑みこまれる。

後から来た衝撃波により、マルトハンデル大神殿は大崩壊したのであった。

こうして召喚陣は地上から姿を消した。多くの犠牲者を出して……。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

【メーティス聖法神国】のミハイルロフ法皇はその日、公務でマルトハンデル大神殿を離れていた。

荘厳な装飾が施された重厚な馬車の中で、ミハイルロフは二人の少女と共に淫靡な睦み事の真っ最中。詐術と金で今の地位を得た彼は、神の教えなどどうでも良いと思っていた。

四神はこんな彼ですら受け入れ、更に自由な采配で物事の決定をする権限を与え容認している。彼にとって四神が神であろうが邪神であろうが、自分の利益になるなら何でも良かった。

表向きは清廉潔白な聖職者を演じ、裏では随分と血生臭い事に手を染めている。

「快楽に溺れるとは、そなた達はそれでも聖女なのかね? まったくく、嘆かわしい」

「……あっ……んぅ♡ 法皇様ぁ~……そこは……」

「狡いですぅ~……私にも、もっとぉ~……あっ、んぅ……アァ!」

初老を迎えてるとは思えない性欲の強さ。

老いてもなお権威に固執し、その欲望は留まる事を知らない。

ありとあらゆる行いが四神に容認され、神の名の下に彼は表と裏から権威拡大のために動いてきた。それも自分が歴史に名を残し、最も偉大な存在と崇められる事を望んでいる。

人は誰しも老いて死ぬ。これは自然の摂理であり、変えようのない絶対的な理だ。

だからこそ彼は権力に執着し、未来永劫にその名を残す事を強く望んでいた。富など死んだら意味がなくなる。その無常さが、老いたからこそ尚その欲望が激しく燃え滾らせる。

だが、その強い野望にも小さな影が迫っていた。【賢者】の存在である。

「……【賢者】だと、今更なぜ……。いや、誰にも邪魔はさせぬ。たとえ相手が賢者でもだぁ!」

「んぁあっ! 法皇様……そんな、激しぃ♡」

「いやぁ……私にもォぉ~」

少女達の体を貪りながら、ミハイルロフは激しいまでの欲望を八つ当たり気にぶつけていた。

【賢者】は誰もが知る英雄譚で【勇者】を導く存在として語られている。

権威的に言うのであれば、法皇よりも遥かに知名度が高いともとれる。その【賢者】が全てを見透かし、四信教の前に敵として立ち塞がった。

こうなると【賢者】と【法皇】どちらの行いが正しいのか世論が割れ、自分の行いの全ては多くの人々の目で常に監視される事となる。今までのように裏の仕事を行う者達と接触する事ができない。

【四神教血連同盟】。ミハイルロフが与えた免罪符を手に、神の名の下に血を流し続ける狂信者達。

行き過ぎた信仰から来る彼らの行いは、多くの神官達から苦情を受けてはいるが、彼にとっては使い勝手の良い駒である。何しろ死をも恐れぬ狂った連中なのだから。

だが、【賢者】の存在が彼等への接触を限定させてしまう。【賢者】は四神教を世界の敵と断定し、その上で種族問わず戦いの場に現れた。

対抗するには更に【勇者】を召喚せねばならない事態になったのである。

だが、勇者召喚をおこなうための魔力は三十年の時間が必要となる。このままでは聖法神国が邪教国と呼ばれるようになるのも時間の問題であった。

「何が賢者だぁ、薄汚い魔導士がぁ! させん、邪魔をさせんぞ! 私が聖人となるのだぁ!!」

そこに法皇としての威厳など微塵もない。あるのは妄執に捉われた強欲な男の、業火の如き野望だけである。

その激しいまでの渇望を成人を迎えたばかりの少女の体を捌け口とし、猛り狂わんばかりの狂気で責め立てた。それほどまで彼は世界に名を残す事に執着している。

見方を変えれば人の浅ましさを映しているとも言えよう。

そして、彼の運命を決定づける事態が起こる。ちょうどマルトハンデル大神殿の門が見えたころだ。

――ズゥズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズッ!!

「な、なんじゃ!?」

「きゃぁああああああああああああっ!?」

「じ、地震……!?」

突如として起こった横揺れの大地震。

ミハイルロフの乗る馬車も馬の暴走で制御を失い、瓦礫で横転する事で止まった。

情事の真っ最中であったので乱れた法衣を整えるのに時間が掛かり、何とか横転した馬車から這い出てみれば、美しかった町並みは見事なまでに瓦礫と化している。

元よりレンガを周囲に積みながら囲い、内部に木の柱を立てて階層を作る建築様式なので、地震などの天災には弱い構造であった。そのため街の建物の殆どが崩壊し、多くの民がその瓦礫の下に埋もれてしまう事になる。前代未聞の壊滅的な被害となった。

「なっ……何という。何が起きたのだ……」

今まで、この国で地震などの被害は起きた事がない。

そのため、この領域に住むの人間は地震という災害に対しての知識を持ち合わせてなどいない。

いや、地震という自然現象の知識は知っているのだが、実際に大地震が起きた時にもたらされる被害の大きさを知らなかった。

更に問題は、ミハイルロフがマハ・ルタートに住む民に顔を覚えられている事であった。法皇の姿を見た民衆は、救いを求めて彼の傍に殺到する事になる。

「法皇様! 妻を……まだあの瓦礫の中に……」

「助けてください! 子供が……子供がぁ!!」

「助けてくれよぉ……腕が、俺の腕がぁ!!」

「ま、待ちなさい……順番に、全てを助けるなど私には……」

「あんた、治療ができんだろぉ! 親父が死にそうなんだよぉ、早くしてくれぇ!!」

混乱した民を鎮めるなど彼にはできない。

押し寄せた民衆に囲まれ、身動きが取れない有様になった。

そして、最後のダメ押しがやってくる。

「な、なんだ……アレはっ!?」

一人の男が空を指さす。

天空の彼方に、昼間だというのに眩い光点が輝いていた。

やがてそれは、地上に向けて光の矢となって放たれる。

――シュドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

雲を切り裂き、一条の光の矢がマルトハンデル大神殿を貫いた。

地上に着弾した直後に発生した衝撃波により、神殿は左右の建物を残して爆発と共に消し飛んだのである。いや、残された建物の被害も尋常ではない。

更に爆発による衝撃波が街を襲い、マハ・ルタートの街は神殿を起点に大被害をうけた。

おそらく神殿として再び利用するなど不可能だろう。それほどまでの威力で四信教の象徴はは無残に瓦解した。

「さ、裁きの矢……。馬鹿な、四神よ……なぜ……」

ミハイルロフの行いは四神によって認められているはずであった。

しかし、今起きた事は神が自分を裏切ったか、あるいは自分が神の怒りに触れる何かを行ったか。

どちらにしても、彼は今の状況を打開する手立てがない。

「あぁ……神が怒っておられる……」

「な、なぜですか……四神よ……。我らはあなた様方の教えを守っていたというのに……」

「敬虔なる我らにこのような仕打ち……。これが試練だと言うのであれば、この仕打ちはむごすぎる……」

この街の民全てが四神の敬虔な信徒である。

だが、今彼らの目の前で起きた事は、神の試練というにはあまりに酷い。

これでは確実に信仰は失われる。

『待て、信仰が失われるだとぉ!?』

ミハイルロフが法皇となるとき、先代の法皇からある真実を告げられる。

その真実は生涯において誰にも語る事をしてはならず、下手をすれば四神教が消え去るほどの意味を持っていた。それは【四神】は正式な神ではなく【代行神】であるという真実である。

四神が代行神であるとすれば、当然本来この世界を管理する神がいる事になる。

仮に賢者がこの真実を知り、その上で四神教を敵と判断したのだとすれば、そこには当然【新たなる神】の存在がある可能性も充分にあり得た。

四神教を倒すという事は、同時に四神を倒すという事に繋がるからだ。

『アレが……新たなる神の力だとすれば、我らは……。私の願いは……』

【裁きの矢】による痛烈な攻撃を受け、四神教の中枢は大打撃を受けた。

それが新たなる神の裁きというのであれば、代行神ごときでは対抗する事はできない。

長き時の沈黙を破り賢者が動き出し、その上で四神教の象徴が崩れ去った。これを偶然で済まされる事ではない。内心で激しい焦りを覚えるミハイルロフ法皇。

『倒さねば……新たなる神と賢者を! 今直ぐにでも勇者を召喚しなければ!!』

四信教の象徴であったマルトハンデル大神殿が崩壊し、その身に抱いた野望に陰りが見え、焦りに駆られながらもミハイルロフは民の治療を施しながらも、必死に大神殿の下へと辿り着いた。

しかし、そこで彼が見たものは、神殺しの兵器である【勇者】を召喚するための召喚陣が無残なまでに破壊し尽された光景であった。

この日、四神教は勇者召喚という切り札を失ったのである。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

モニター越しに衛星軌道上から神殿が破壊されるところを見て、ゼロスとクレストンは開いた口が塞がらない。

あまりにも凄まじい威力に意識が追い付いていなかった。

『な、何で邪神に壊滅させられたんだ? これほどの威力があれば、勝てる要素もあったんじゃないか?』

軽い現実逃避をしながら、ゼロスはそんなどうでも良い事を考えていた。

だが、衛星軌道から見られる龍脈の移動や軍事衛星の攻撃の威力により、その被害を考えると頭が痛くなる思いである。

「と、とりあえず……世界の危機は回避できましたね。勇者召喚は防げそうですよ……ははは」

「……そ、そうじゃな。しかし、こんな事は他人には言えぬぞ……。被害が大きすぎる」

たった10パーセントの出力で、巨大都市の中枢が吹き飛んだ。個人で所有してよい権限ではないだろう。同時に旧文明が『何で邪神に敗北したんだ?』と疑問を覚えずにはいられない。

それはともかく、問題は仮にこの事が発覚し追及され、『勇者召喚を阻止しようとして、うっかり国の中枢を潰しちゃった。てへ♡』なんて言えるはずもない。それこそ戦争である。

下手をしたら他国とも戦争に勃発し、多くの国がこのイーサ・ランテの街を確保しようと襲ってくる。

どう考えても戦争の火種である。

「コレ……ヤバイですね」

「うむ……調査の最中にうっかり動かしでもすれば、取り返しのつかぬ事になるのぅ」

衛星軌道上から送られてくる映像をモニター越しに眺め、おっさんと爺さんは半ば放心状態でに呟く。

太古の魔導兵器の威力は凄まじく、僅か10パーセントの威力でとんでもない事態を招いた。下手をすればこの兵器をめぐり、凄惨な戦いに発展する事は確実。

それこそ世界規模での戦争である。洒落にならない。

『警告。軌道攻撃衛星【メタトロン】にシステム異常を確認。動力部に多大な負荷があり、老朽化によるものと推定されます。現時刻を以て【メタトロン】を廃棄。機密保持を優先し爆破します』

「よかった……どうやら、この兵器を巡っての戦争は回避されそうですよ?」

「なら良いのじゃが、同じような兵器が幾つもあるのではないか?」

『【メタトロン】の防衛任務を【サンダルフォン】に移行。随時警戒態勢に当たります。なお、【サンダルフォン】には【セラフィム・バースト】は搭載されていません……』

「普通の軍事衛星だったか、ヤバイ物が搭載されていなくて助かった……」

「あの国の不利益は我らの利益じゃが、古代兵器なぞ手に余るわい。これでようやくイーサ・ランテを安心して利用できる。一時はどうなるかと思ったわ」

ゼロスとクレストンは胸を撫で下ろす。

危険な兵器がないと分かり、厄介なものを背負い込まずにすんだと安心した。だが……

『現時刻を以て、対地上攻撃兵器による監視任務は【グングニール】に変更いたします。発動コードキーは【ラグナロクの始まりだぁ!!】になりますので、ご了承ください』

「「なぁにぃ――――――――っ!?」」

まさかの不意打ち、古代の防衛システムは遠慮がなかった。

結局、厄介なものを背負い込んだ魔導士二人。

『何で、何で攻撃衛星は天使なのに……兵器の名称が北欧神話? それ以前に、このコードキーは誰が考えたんだ? つーか、こんな兵器を一般人にどうしろと?』

なぜか最高責任者の名前登録が【ゼロス】に固定されていた。

しかも、顔認証で完全登録。この街のシステムが勝手に判断したようである。

もう現実逃避するしかない。笑い話にもならない事態が起きていた。

「クレストンさんがフラグを立てるから、マジで厄介な事になってますよ?」

「……儂の所為じゃなかろう。ただの偶然じゃよ……。日頃の行いが悪いのではないか?」

手に余る武器の管理を押しつけられ、どうして良いのか分からない。出来る事なら全部投げ出したいところだ。バレたら黒服達に狙われかねない。

結局、おっさんとクレストンは相談したのち、この管制室は隔壁で完全封鎖する事で誰も入れないようにすることに決めた。無論イーサ・ランテの中枢にもだ。

この危険な兵器を人知れず闇に葬る事に決めたのだが、どうしても不安が残される。

何らかの方法で誰が侵入する事も充分に考えられるからだが、こればかりはおっさんでもどうしようもない。一生懸けて兵器の面倒を見る気はないが、他人の手にあるのも不安になる。

万が一の事を考えると、頭が痛くなった。

おっさんの心は、休まらない……。