軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おっさん、寄付する

三人の男達はアジトとして使っている廃屋に戻り、自国に戻る準備を進めていた。

戦力の増強のために利用しようとした【邪神石】、この危険性を知らせる必要性があったためである。

邪神石の力を確かめるべく傭兵を利用して調べていたが、四人の傭兵達はいずれも化け物に変貌を遂げ、生ける物を片っ端から喰らい尽す驚異的存在と化したのだ。

これでは戦力増強どころか、国が滅び兼ねない事態に陥ってしまうだろう。

そんな彼等のアジトに、目深目にフードを被った一人の魔導士が姿を現した。

彼等は一瞬武器を抜きかけ、見知った姿であったためにその手を剣から離す。

「おや、どうしました? こんなに急いで……ひょっとして、バレましたか?」

「いや、我等の動きは察知されてはいないだろう。だが、どうしても国に報告せねばならない事態が起きた」

「それはどのような? 研究者である私にも話せない内容ですか」

「例の石だ。アレは人間を化け物に変える……危険すぎる物だった」

それを聞くと、魔導士のフードから見える口元に喜色の笑みが浮かぶ。

「想定内ですね。ですが……そうですか、化け物に……」

「な、何がおかしい!」

「いえ、あの石だけでそれ程の効果なら、少量を粉末にして与えれば効果も期待できましょう?」

「アレをまだ利用する気なのかっ?!」

「当然でしょう? 逆に聞きますが、アレを無くして小国である貴方方が他国に勝てるとでも?」

彼等の国は貧困である。

目ぼしい商業も工業も、ましてや自慢できる特産品も無い国であった。

彼等が生き延びる為には、嘗て侵略戦争を引き起こしたように他国を掌握するしかない。

しかし、邪神石を使うのはあまりにリスクが高過ぎた。

「何も、あなた方が使う必要は無いんですよ。他の国にバラ撒けば良いだけです」

「なに?」

「あんな物が世間にバラ撒かれたら、我等とて只では済まんぞ!」

「正気か?!」

「敵国に混乱を与えるだけで良い。他の国が自滅するまでは、ですがね」

危険な物をばら撒くなど正気では無いが、彼等の国では今も貧困に喘いでいる民がいる。

ここで打開しなければ、彼等の国もやがて消える事になるのだ。

「裏の組織を使いましょう。そう……彼等が甘い汁を啜れるようにね」

「犯罪者共を富ませてどうするのだ! 仮に出来たして、我等で抑えられるとは思えん」

「大丈夫ですよ。その辺りは私が旨くやりましょう。後は貴方方が力を貸してくれるのならば、万事旨く事が運びます」

「そう都合よく事が運ぶとは思えんが……」

「金に執着する者達は、他人の命など何とも思いませんからね。期待以上に動いてくれますよ……フフフ…」

彼等には選択肢が残されていない。

どこかで決定打を打たねば国が滅びてしまうからだ。

「仕方があるまい。だが、陛下にはお伝えせなばならぬだろう……独断で動く訳には行かぬ」

「その辺りはお任せします。私は下準備をしますので、良いご報告を期待していますよ?」

そう言い残すと、魔導士アジトから出て行った。

「胡散臭い男だ」

「だが、奴のおかげで我が国が多少持ち直したのは確かだ。不本意だがな……」

「頭はキレるが、信用に置けん。奴は危険な気がする」

裏に属する諜報員だが、彼等は黒衣の魔導士を信用はしていない。

何を企んでいるのかが分からず、かと言って野心を剥き出しにする様子が無い。

今はまだ、彼等は静観するしか無い。

それ程までに魔導士の知識が有用だったからである。

彼等は二手に別れ、一人が国に報告をする任に着く。

国の命運を抱えているゆえに、彼等には選択肢が無いのだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「毟れども毟れども、我が暮らし楽にならざり。じっと手を見る」

農民姿で草刈りをしていたゼロスは、流石に辟易していた。

二週間近く橋の建設にアルバイトに行き、戻った来た時にはそこは草が生い茂る草原状態。

辛うじて作物は判別できたので、そこを中心に草を刈り始め、今は周囲を何とか綺麗に雑草を引き抜いている最中だった。

土木魔法【ガイア・コントロール】も使用したが、細かい所はどうしても人の手で作業を行わなくてはならず、しかも一日たてば別の草が生えて来るのだから切りが無い。

たった一人では人手が足りない有様である。

先端が三角形に形をした万能鎌を使い丹念に草を間引くも、一日たてば小さな芽を出し、三日後にはそれなりの高さにまで成長する雑草。

その雑草を細かく切り刻み腐葉土を作ろうとするも、肥料よりも早く雑草が生い茂るのが速い。

どこに種や根があるかは分からないが、隙を見せれば草原と化し、一月もあれば原生林になる勢いがあった。

「どんだけ逞しいんでしょうかねぇ……この植物達は…」

農作業は好きだが、こうも毎日新たに雑草の芽が出て来るとウンザリして来る。

とても一人で作業をこなすには無理であった。

煙草をふかしながら家の方角を見ると、数人の騎士と老人の姿が目に留まる。

クレストン老と護衛の騎士数人であった。

「これはクレストンさん、お久しぶりです。どうしたんですか?」

「久しぶりじゃな、ゼロス殿。お主に届け物と、様子を見に来ただけじゃ」

「届け物? 何でしょうね?」

「孫のクロイサスからお主にレポートが届いておる。以前に渡した魔法触媒の指輪のな」

「あぁ~! そんな事もありましたね」

今の今まですっかり忘れていた。

元より試作で作った魔法触媒の指輪と腕輪。

どうせ使わないのだからと腕輪をセレスティーナに、指輪二つをツヴェイトとその弟に譲った物で、できるなら使い心地を試して欲しいとレポートを頼んだ。

期待はしていなかったが、まさか本当にレポートが送られてくるとは思わなかったようだ。

「読ませて頂いても宜しいですか?」

「うむ、近況報告のような手紙が無いのがあ奴らしい。レポートしか送られてこんかったわい」

「根っからの研究肌なのですか? どれどれ……」

レポートは詳細に記録が綴られていた。

魔法運用効率から自身の魔力消費状態。そこから導き出される運用面での負荷の低さから、魔法の威力がどれほど上がったかまでと、細やかなまでに文字で埋め尽くされていた。

最終的に訳すると、『気に入りました。これから愛用させていただきます』の一言であった。

試作品は概ね好評の様である。

「ふむ……どうやら気に入って貰えたようですね。製作者の冥利の尽きます」

「儂も作って貰おうかのぅ。近い内に必要になりそうじゃからな……」

「どこかと戦でもするんですか?」

「いや……虫を退治するだけじゃよ。そう、花に集る汚らわしい虫をな……ククク…」

クレストンは子飼いの密偵をそこかしこに配備していた。

例えばイストール魔法学院とかだが、彼は離れた土地でも詳細に情報を得られる、特殊な能力を保有した者達を配下に持っているのだ。

当然だが、最愛の孫娘の情報も得ていたりする。

そう、セレスティーナに思いを寄せる学院生の事も……。

その頃、イストール魔法学院の講堂で、一人の学生が悪寒を感じた事をここに記しておく。

ゼロスは何か不穏な物を感じたが、敢えて言葉に出さない事にした。

禄でも無い事に間違いはないと判断したのだろう。

現に、背後に控えている騎士達がドン引きしていたからだ。

彼等も苦労が絶えない様である。

「それくらいなら、お安い御用ですよ。わざわざお越しいただかなくとも、ご連絡してくれれば、僕からお伺いしたのですが?」

「野暮用もあったからのう」

「野暮用ですか? それは一体……」

「お主がセレスティーナに教えた魔法文字の解読方法、それを使わせて欲しいのじゃよ」

解読方法はセレスティーナとツヴェイトにしか教えてはいない。

そうなると新たな人を教育する事になる。

「僕に、もう一度誰かを教えて欲しいと?」

「いや、儂も多少なりとも魔法文字が読めるようになった。ティーナは物を教えるのが上手いようじゃて」

爺馬鹿全開で良い笑顔を向けている爺さん。

だが、それだと何故自分に許可を求めるのかが分からない。

「あのぉ~、それって僕に許可を取る必要性があるのでしょうか?」

「当然じゃ! お主はこの世界で唯一人の賢者じゃて。お主の意見も聞かねば、おいそれと広める訳にも行くまい?」

「そんなモンですかね? 僕が使っている魔法式ならともかく、普通の魔法式程度なら構いませんよ」

「ほぅ、本当に良いのか?」

「悪用されなければ、ですがね。情報なんていずれは他人に漏れる物ですし、そもそも隠し立てできる物では無いですよ。

例えば、夫が妻を自殺に追い込んだ事を秘密にしても、妻の友人や家族、それに職場の人の口から世間に漏れて、いずれは周囲の人々に知られる事になります。

人の口に戸口が建てられない以上、魔法文字の解読法はいずれ世間に広まる事でしょう」

「なんか、随分と具体的な内容じゃな?」

「あくまでも例えですよ。まぁ、世間で良くあるゴシップネタですがね」

機密情報と云う物は、いずれ時が経つにつれてれバレる物である。

確かにどうでも良い内容は一瞬で広がるが一過性のもので、人の倫理観に基づく物はどう云う訳か一生涯世間に伝わり続けたりもする。

ましてや魔法文字の解読法などは、今のこの世界には重要な意味を為し、誰もが喉から手が出るほど欲しがる物であった。

当然スパイ活動をする者も出て来るだろうし、それを取り締まり始めても、その内に内部から情報が洩れるであろう事は想像にし難く無いだろう。

「確かに、国家機密もいつの間にか他国に知られるだろうからのぅ。お主は魔法文字の解読法を知られても問題は無いという事かな?」

「僕の01魔法式は危険ですが、魔法式を圧縮できない旧時代の物であれば、問題は無いかと思いますがねぇ? 遥か昔に在った物ですから」

「お主の独自製作の魔法式は良く解らん。ティーナから覚えている限りの魔法式を書いて見せて貰ったが、何がどうなっておるのか理解できん」

「知らない方が良いですよ。まだ早過ぎる物ですからね、いずれは誰かが解き明かす事でしょう。それよりも、セレスティーナさんは、一部とは言えアレを記憶していたんですか?」

「あの子は優秀じゃからのぅ。それにしても、敢えて謎だけを残すか…」

「教えるのが面倒なだけです。恐らく誰も理解できないでしょうし、理解できるのは数百年先の話でしょう」

五十六音の魔法文字は、どうやっても魔法式の圧縮には無理が出て来る。

決して不可能では無いのだが、魔法自体の威力や魔力運用に伴い、膨大な魔法文字を書き綴らねばならなくなる。

現象や特殊な反応を言葉で言い表す事は難しく、時には言葉にできない情報を書き努めなければならないのが旧時代の魔法式であった。

01魔法式はその工程を0と1の羅列で示せばいいのだが、問題はこの世界で理解できる者が居ない事であろう。だが、それはある意味では幸運なのかもしれない。

仮に出来たとしても、この世界にはそのような術式を組み込み作り上げる端末は存在せず、もし行えば相当な時間と労力が必要となるからだ。

おっさんはその工程を半分に減らす事は出来るが、二度に渡る広範囲殲滅魔法の危険性を、身をもって知った為に、今のところ端末を作る様子が無い。

まぁ、必要と感じれば作るのだろうが……。

「他にも話したい事があるのじゃが、此処ではのぉ」

「これは失礼しました。では、中に行きましょう。冷たい飲み物でも用意しますから」

「ほぅ? 冷たい飲み物とな?」

「大したおもてなしは出来ませんが、話をするなら中でする方が良いですからね。特に難しい話は聞かれたくありませんし」

「そうじゃな。話と言っても金銭の話じゃしのぅ」

ゼロスは護衛の騎士達も含めて自宅に招き入れる。

彼の家は思っているよりも広く、空き部屋が七部屋ほど残されている。

主に使っているのが二回東側の部屋とキッチン、そしてリビングだけである。

部屋があっても使い道が無く、将来的には奥さんや子供のために二部屋ほど残すとして、最低でも四部屋は使い道が無い。

後は地下室しか使用していないのだ。

因みに良く使うのが物置で、現在は乾燥機や農機具などが其処に収められていた。

まだ米が無いので乾燥機は使われていない。今は只の置物化しているのが悲しい。

「少し待っていてください。今飲み物を出しますから」

ゼロスはキッチンに向かうと、幾つかコップを持ち出し、お手製ビアサーバーから冷えたエール酒を注ぎ込んだ。

やや黒い色合いのエール酒が、白い泡立ちと共にフルーティーな香りを醸し出す。

このエール酒はドワーフ達から話を聞き、できるだけラガーに近い味わいの物を選んだのだ。

仕事の合間に一杯飲むのが格別なのである。

他にも 蜂蜜酒(ミード) もあるが、高い酒なので冷蔵庫の中に冷やしてあった。

この世界はこの二つの酒以外にワインが主流で、日本酒や焼酎の様に穀物を酒にする事は滅多に無かった。

主に酒好きのドワーフが作るのだが、実はあまり人気が無い。

余談だが、この世界にも芋などの作物は存在する。

これで酒を造る場合、茹でた芋を一度口に入れて唾液と混ぜ、吐き出した後に暫く発酵させるといった手法が使われる。

どこかの原住民がこの様な酒作りをしているが、現場を見てしまうと飲む気が失せる物であった。

この世界では山岳部のドワーフ達が、こうした酒造りを行っていた。

エルフは主にワインか蜂蜜酒、果実酒が主流である。

農作業や仕事の合間に少しずつ飲むのが楽しみで、意外に酒豪な種族なのだ。

どちらも仕事と酒、お祭り騒ぎが大好きな種族なのであった。

「昼間から酒じゃと? 嗜む程度なら良いじゃろうが……ぬっ? これは冷えておるのか」

「温いエール酒は気持ち悪いので、こうして冷やす事で爽やかにしています。暑い時に飲むと、意外に美味いですよ?」

「ふむ……これは初めての経験じゃな。興味深い」

「そちらの騎士さん達の分もありますので、どうぞ味わってみてください」

クレストンも冷えたエール酒を飲むのは初めての経験だった。

そもそもこの世界は、魔法の存在がありながらも技術水準が比較的に低い。

魔法はあくまで攻撃と防衛の手段であり、魔法自体を一般生活に使うなどという考えが浮かばなかった。

騎士達は互いに顔を見合わせ困惑する。

「……良いのか?」

「一応勤務中だぞ。これは拙くないか?」

「だが、もてなされている訳だし、飲まねば失礼に当たるのではないだろうか?」

彼等は職務に忠実だった。

休憩中に酒を多少嗜む事はあっても、勤務時間中に飲む事は無い。

それ故に彼等は戸惑っている。

「かまわぬよ。ここで断るのは失礼じゃろうし、何よりも貴重な体験じゃからな」

「……では、お言葉に甘えて」

「おぉ……良く冷えてる」

「冷えたエール酒か、初めてだな」

クレストン達は冷えたエール酒を口にする。

「「「「!?」」」」

今までに味わった事の無い清涼感が彼等を包み込む。

果実のような甘い味わいが、冷やされる事により炭酸と合わさる事で、これまで体感した事の無い清涼感となって体に染み渡った。

実に爽やかで喉越しが良い。

「美味い! ただ冷やされただけなのに、この味わい……」

「これを味わったら、今まで飲んでいたエール酒が飲めなくなるぞ!」

「あぁ、このまま温いエール酒を飲んだら、ただの甘ったるい酒にしか思えなくなる」

「素晴らしい。エール酒は安酒じゃと思っておったが、冷やされるだけでこの味わい……何という爽やかさじゃ!」

魔法や魔導具は戦いや身を守るための道具で、この様に魔法を利用しようとは思ってもみなかった。

彼等の常識は崩れ去り、新たな世界を垣間見たのである。

「これは魔導具によって冷やされたのか?儂も欲しくなってしまうぞ」

「技術自体は単純ですよ。単に冷やす事で食材などの傷みを遅らせる過程ですからね、誰でも出来るものです」

「確かに、技術自体は単純かも知れん。しかし、誰も思いつかなかったのは何故じゃ?」

「魔法が戦いの道具と言う認識があるからじゃないですか? 使い様によって生活に便利なのですが、前提が戦争に勝つためですから、こうした技術を研究する事が無かったのでしょうかねぇ?」

「生活を豊かにする魔法の研究……いや、魔道具か! これは良い案が出来たのぉ」

クレストンが中心となって作り出した派閥もまた、戦争を前提とした騎士団との融和を前提とする戦闘集団である。

だが、ここに民の生活を支える研究が入ると、その利益は莫大な物に繋がり、一気に他の派閥を追い抜く事が可能となる。

設計そのものが単純な物でも、それが広く普及されれば利益は増すのである。

同時に派閥事態に不満を持つ魔導士も引き入れる事が可能になり、更に魔法技術の研究は加速する事に繋がるだろう。

「しかし、どうやって冷やしておるのじゃ? 氷は直ぐに解けるじゃろうし」

「金属の箱の中に水を入れるタンクを置きまして、それを凍らせる事により冷気で物を冷やすんですよ。必要な魔力は水を凍らせる程度ですからさほど多く無くとも問題は無いですし、小さな魔石でも十分に対応は可能です」

「じゃが、魔石に魔力を溜めるには、魔導士で無ければいかんじゃろう。民達にはちとキツイのではないか?」

「凍らせるだけの魔法式なら魔石に刻む事は出来ますし、魔導士でなくとも魔力を補充させる事は誰だって出来ますよ。それほど難しくないのでは?」

魔導士でなくとも魔力だけなら込める事は出来る。

これは、この世界全ての生命に関して言える事なのだが、生まれながらに魔力を扱う事が本能的に備わっているからだ。

野生の動物でも、瞬間的に身体能力を上げる魔法を使用しているのだから、この程度の事が人間に出来ない訳では無い。

「確かにそうじゃな。問題はどれだけの魔力が必要になるかじゃが……」

「『アイス』の魔法が使える程度の魔力があれば、数日は持ちますね。冷蔵庫の大きさにもよりますが」

「お主はどれほどの大きさの物を使っておるのじゃ? 参考までに見てみたいのじゃが」

「キッチンに置いてありますよ。案内しましょう」

クレストンを連れ立ってキッチンに行くと、ゼロスは柱の角に無造作に置かれた冷蔵庫を指さす。

周りを煉瓦で覆われた、金属製の扉だけの簡素の物であった。

内部も簡単な構造で、一番上に水を入れるタンクが設置されており、段に合わせて貯蔵する物の種類が別けられてある。

冷気の一番当たる真上に肉が置かれ、中央にはエール酒のビア樽。一番下が野菜などであった。

「これですよ。意外に小さいでしょう?」

「確かに……これほどの大きさなら問題は無いか。後で部下達に教えてやろう」

「いずれは大規模な物も作れるでしょうが、今はまだこのサイズが丁度良いですね」

「大規模な物? なるほど、倉庫か! 遠距離から河で運ぶ物には、時間の経過で腐敗する物もある。それを防ぐのじゃな?」

「船にも設置できますが、耐寒処理をしておかないと、船が凍りつきそうですね」

「面白い! じゃが、何にしても魔導士の数を揃えねばな」

クレストンの派閥ソリステア派は、現在魔法スクロール製作で他の事業に手が出せないでいる。

一般の魔導士は知識量も低く、雇い入れても魔法式の改良等といった真似は出来ない。

傭兵活動で腕のある魔導士は戦闘に置ける重要な存在であり、他の傭兵達からも引く手数多である為に軍に引き入れる事は出来ず、育成する事で人員を補充するしかない。

そうなるとイストール魔法学院の卒業生を集め、新たに別の組織を作り出した方が早いのだが、騎士団と連携の取れる魔導士など中々にいるものでは無い。

生産職と戦闘職、両方が不足しているために、クレストンは人員の確保で難儀していた。

「魔導士って、腕が悪いと無職になりがちになるんですか?」

「せっかく学院を卒業しても、戦闘でも生産でも中途半端な者が多いのじゃよ。殆どが錬金術師に転向するのじゃが、薬草の類も高価じゃから手に入れ難く、普通に働くようになってしまうんじゃ」

「魔道具製作の方はどうなんですか? 結構需要がありそうですが」

「値段が高いから下位ランクの傭兵は魔道具を購入できず、作っても売れる訳では無い。中級からの傭兵が購入するようになるのじゃが、使い捨ての上に高価じゃから買わなくなる。実状は儲からんのよ」

魔導士には世知辛い世の中だった。

「何で一般人向けの魔導具を作らないんですかねぇ? それが不思議ですよ」

「イストール魔法学院でも魔導士は戦闘職の認識が根強い。魔法研究の派閥であるサンジェルマン派も、魔法による防衛や攻撃手段を研究してばかりで、こうした役立つ道具を作ろうとは思わんのじゃ」

「まぁ、派閥自体が貴族が運営しているらしいですからねぇ~……。庶民的な道具なんて眼中に無いのかもしれませんね」

派閥関係者も戦闘脳で満たされているようだ。

派閥自体が貴族運営のために、どうしても国防関係に研究や権力掌握に目が向けられる。

だが、ある意味でクレストンには好機とも言える。

ここで民衆に支持される派閥を作り上げれば、他の派閥を一蹴できる権力を得る事が出来る。

元より公爵家なので権力は左程意味も無いのだが、魔導士の間で絶大な権威を得られれば改革も進めやすくなるのだ。

問題は人員が不足している事であり、落ちぶれた魔導士でも良いから此方側に来て欲しいのである。

「それで、冷蔵庫の販売ですか。魔石もクズの物で充分流用できますし、低コストですからね。更に金属加工を行うドワーフや設置工事をする業者を加えれば、大規模な組織運営が必要になりますよ?」

「そこで魔導士の組合を作り、依頼された者の所に派遣する形にするのじゃよ。その為にも人材を求めておるが、中々旨く行かん」

「やはり給料じゃないですかね? 誰も良い生活が送りたいでしょうし」

「その為にも、この冷蔵庫を作らせたいのじゃが……いかほどの値が付くのじゃ?」

「さぁ? かなり安くできますが……自作ですので正式な値段は分かりませんよ」

元より魔道具の流通の値段なんて興味は無い。

必要なら自作すれば良いし、他人に売る気は全くないのだ。

その為か、ゼロスは金銭に関しては無頓着であった。

「仕方がない。デルに相談するか……奴の方が物の値段には詳しいからのぅ」

「ところで、金銭の話があるとか言ってましたが……どのような内容なのでしょうか?」

「魔法スクロールの売上金を、一部お主に渡さなければならんのじゃが、些か法外でな。こうして訪ねた訳じゃよ」

「売上金? あぁ……印税ですか。法外て、いくらほどなんですか?」

「この紙に書いてある。気をしっかり持って見ると良いぞ」

クレストンに手渡された紙を広げ、その金額に彼の目が点になる。

今まで見た事が無いほどに、ゼロの数が多かった。

ソリステア商会は魔導士を総動員してスクロールを製作し、それを各地で売捌いている。

スクロール製作を担当している魔導士は、地獄を見ている事だろう。

「……あの…ゼロの数が凄く多いんですけど? 僕は、学院の魔法を最適化しただけですよね?」

「それがその金額じゃよ。お主はそれだけの事をしたのじゃて」

「何か、一生遊んで暮らせそうな金額なんですけど……正直に言って怖いですよ。この金額は……」

「じゃが、受け取ってもらわねば困る。それは正当な報酬金額じゃ」

ゼロスは目の前の金額の多さに眩暈を覚えた。

地道に働いて生活しようと考えていたのに、何故か遊んで暮らせるだけの金額が転がり込んで来てしまった。

これでは人として駄目な方向に行きそうな予感がする。

「因みにじゃが、まだまだ増えると思うぞ? お主の作る物は素晴らし過ぎるからのぉ」

「こんなに金持ったら、人として堕落しそうですよ。第一、使い道が無い」

「しかし、お主は受け取らねばならぬぞ? これは正当な報酬なのじゃからな。もし断れば、デルサシスの奴が罪に問われる事になる」

「ohー……Jesus。なんてこった」

正直に言えば、稼ごうと思えばいくらでも稼げる。

だが平穏な生活に余計な金は要らないし、大量に金があっても使い道が無い。

何とか使い道を模索しようとした時、不意に教会の屋根が窓から見えた。

そして妙案が閃く。

「この金を寄付する事は出来ますか?」

「寄付じゃと? いったい何処へじゃ?」

「孤児院ですよ。この金で孤児たちを雇い慈善事業をさせてお金を渡す、子供達は働く意味を知る事が出来ますし、何よりも細やかですがお金が手に入る」

「ぬっ?!」

流石のクレストンもこれには驚愕した。

これは言わば救済措置であり、犯罪予備軍になり兼ねない孤児達を働かせる事で、真っ当な生活を送らせる事が出来る。

本来なら領主が行う事業なのだが税金は有限であり、デルサシスの商会も儲けた資金は支払いなどに回す為に、迂闊に福祉事業に回す事が出来ない上に、寄付に廻すのも時間が掛かる。

だが、ゼロスが受け取る筈だった報酬金は違う。

元が個人の金である故に、何の障害も無く孤児達の救済に廻せるのだ。

「何なら、働けなくなった御老人達の小遣い稼ぎも加えて良いですし、そこはお任せします」

「ふむ……じゃが、子供達に何をさせる気じゃ?」

「そうですね……地区事に分かれて掃除させ、街のゴミを回収するのはどうでしょう? 空き瓶などはリサイクルして硝子として使えますし、燃える塵は焼いて灰にすれば、畑の肥料になるのでは?」

「なるほど……孤児院に入れて、ただ教育させるだけでは無いという事か」

「孤児院を嫌がる子供もいますし、年長者は馬車に乗せて近くの農村で草刈りでもさせれば、それなりの稼ぎになるのではないでしょうか?」

孤児院は確かに孤児達の為の施設だが、それでも身寄りの無い子供達は街に溢れている。

親に捨てられたり、船に密航してきたりと、その数を増やし旧市街に居付いていた。

稀に路地裏で餓死している子供も発見され、無縁墓地に埋葬される事もある。

その悲劇が大夫軽減される事になるのだ。

「全てを救うなんて事は言いませんよ。所詮は偽善者なので……ですが、使わないお金は有効活用しないといけません」

「充分じゃろ。人は神では無いのだからな、できる事をすればそれで良い」

「あっ、ウチの畑の草むしりを優先させてください。人手がなくて困っていたんですよ」

「それが目的か……まぁ、良いじゃろう。此方としてもありがたい話じゃからのぅ」

こうして急遽に決まった報酬金の利用法。

後にマーリン基金と呼ばれる事になる、福祉厚生基金設立の瞬間であった。

思い付きで始まったこの救済活動は、後に多くの貴族や商人達の手によって国中に広がる事になる。

その裏には、どこか思考が変な方向に偏ったおっさんの姿がある事を、今は誰も知らない。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「……と、言う話があってのぅ」

「ほう……子供達に対しての寄付ですか。しかも働かせる事で給料を与える…面白い事業ですな」

昼間のゼロスとのやり取りを息子であるデルサシスに話し、領主であるデルサシスは感嘆の息を吐く。

ゼロスに支払われた報酬は、それこそ人が一生涯では使え切れ無い程の額である。

それだけ魔法スクロールが売れている事になるのだが、その売り上げの一部を寄付すると言う行為は実に豪気で、賢者と云う人種が欲が無い存在である事を改めて知った。

実際は欲まみれなのだが、その欲が些細なものである為に誰も強欲だと思わないのだ。

「だが実に良い金の使い方だ。しかも、必要な金以外は要らぬと言う考えが素晴らしい」

「本当に平穏を望んでおる様じゃな。自給自足を優先しておるわい」

「しかし、冷蔵庫ですか?これは面白い。簡単に作れるのが素晴らしい。必要なのは氷結系の魔法が込められた魔石のみで、酒場や飲食店でも重宝するでしょう」

「商品の値段はどうするのじゃ?」

「物の大きさにもよって魔石の大きさも変わりますから、極端に値段が変わるでしょう。先ずは小型の物を売り出して様子見ですな」

魔導士の派閥を潰す動きは既に始まっていた。

誰もが権力に目を向けている間に、狡猾に素早く行動を移していたのである。

その第一弾が魔法スクロール。そして、第二段が冷蔵庫だ。

しかも特許申請もその日の内に出しており、誰かが作るにしてもソリステア商会に許可を求めなければならない。

迂闊にコピーして販売すれば、裁判になる事は間違いない。

しかも、公爵家が相手では敵に回す事すら出来ない鉄壁の布陣であった。

「この冷蔵庫の売り上げの一部も寄付ですか?」

「そう、ゼロス殿は言っておったぞ?」

「益々欲しい人材ですが、手出しは無用ですな。敵に廻し兼ねない」

「うむ、それで……そちらの首尾はどうなっておる?」

「上々ですよ。ヨクブケーノ伯爵は近い内に更迭されるでしょう。これでウィースラー派の資金源の一つが潰せます」

王命を偽り、無断で橋の建築を行った伯爵は、民から絞り上げた税金の殆どをウィースラー派の派閥に流していた。

つまりは、国に納める税金すら偽っていたために極刑は免れない。

この国での貴族の扱いは世襲制だが、実際は公務員並みに立場が脆い。

国の法律に違反する行為は、爵位剥奪の上に極刑に値する。

だが、この伯爵の弟が民には支持率が高く、デルサシスは現在彼を次の伯爵にするべく暗躍をしている。

「マーシナーじゃったな。奴の弟の名は……使える人材か?」

「彼は魔法が使えません。つまり騎士団に属する者ですので、こちらの計画に力を貸してくれるでしょう」

「ティーナと同じか……じゃが、味方になれば心強いのぅ」

「えぇ。彼は騎士団に置いて顔が広く、ウィースラー派の動きを危険視している人物ですからね」

ウィースラー派は最近なにかと活発に動き出し、民達にすこぶる評判が悪かった。

犯罪行為は勿論の事、窃盗や無銭飲食と云った情けないものまで幅広く騒ぎを起こしている。

「サンジェルマン派はなんと言っておる?」

「興味ないそうです。まぁ、暫くは静観する積もりなのでしょう。どちらに就けば利があるかと……」

「敵対しないだけマシか……第二段はいつ頃始めるのじゃ?」

「早ければ来週にでも動けますよ。彼女にも手伝って貰いましょう」

国を憂う侯爵二人は、静かに暗躍している。

気付いた時には手遅れになる様に、深く静かに確実に手を伸ばしていた。

「キャンディは手伝ってくれるかのぅ……」

「その名は出さない方が良いですよ、父上。拗ねて暫く部屋から出て来なくなりますから」

「何で毒草の名前なんじゃ? 趣味が悪いと思うのだが……」

「さぁ、それは私も謎ですがね。さて……今日の仕事はこれで終わりだ。急がなくては……」

「今度は何処の女じゃ? いったい何度刺されれば気が済むんじゃ、お前は……」

「これが私の生き様です。女に殺されるならば本望」

クレストンは溜息を吐くと、『どこで教育を間違えたのかのぅ』と嘆く。

記憶を辿っても、間違った教育を施した覚えは無い。

デキる漢は親をも泣かす。

計画が成就する前に、息子が刺殺されない事を祈るばかりであった。