軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おっさん、アドと朝食中 ~勇者君のお仕事~

集団覗きを実行した、エロムラを含むイストール魔法学院ウィースラー派の学院し一行。

こってり厳重注意された後一晩拘留され、翌朝無事に釈放された。

「おつとめご苦労だったな。これからは馬鹿な真似するんじゃねぇぞ」

『『『『『………………………』』』』』

半ば呆れた目を向けて彼等を迎えたツヴェイトだったが、どうも彼等の様子がおかしい事に気づく。

男のロマンを求めて実行した女湯の覗きは、しょっ引かれるのを覚悟の上だったはず。

その割に刑罰が牢で一泊の厳重注意だけで済まされたのだから、運が良かったと言えよう。しかし彼等の目に拘留から解かれた喜びはなかった。

むしろ彼等はかなり憔悴しきっており、昨日までの精気が全くなかった。

彼等の姿をあえて例えるのであれば『、悪夢を必死で忘れようとしている者』であろうか。

まるで地獄から生還した者のように、彼等は全員が両手で頭を押さえ、聞き取れない声で何かを呟きその場で蹲っている。

『そんなに怯えるほど絞られたのか? まぁ、あれほどの馬鹿騒ぎを引き起こしたのだから、納得はできるが……』

彼等の様子が変な事に腑に落ちないツヴェイトだったが、これも自業自得なので聞かないことにした。

そんな時に偶然彼はクリスティン一行の姿を見つけた。

「クリスティン、それとサーガス師。街の散策ですか?」

「むん? なんじゃ、ツヴェイトではないか。何をして……あぁ、昨日の覗き魔共はお主の連れもいたのか。大変じゃのぅ」

「自業自得ですよ。馬鹿にはいい薬です」

「ほっほっほっ、真面目じゃのぉ。そんなところはクレストンのヤツに似ておる。まぁ、あまり気張らず肩の力を抜いていけ。気軽な方がお主にちょうど良い」

「そんなに硬っ苦しいですか? 俺は普通にしているつもりなんですが……」

「昔のクレストンよりはマシじゃな。あやつは何かにつけて儂に文句を言ってきおったし、そのたびに殴り合いよ。懐かしいのぅ」

ツヴェイトに若かりし頃のクレストンの面影を見たのか、楽しげに過去を語るサーガス老。

この老魔導士の昔話に興味があるツヴェイトだった。

「クリスティン、近いうちに俺達の研究の意見をサーガス師に聞きに行くから、子爵夫人にも伝えておいてくれないか?」

「は、はい! 僕も騎士を目指す身として、ツヴェイト様の話に興味があります。母には伝えておきますから、いつでもいらしてください」

「まぁ、学院が休暇の時だけだけどな。あまり楽しい話でもないし」

「昨日お伺いした戦術の話は面白かったですよ? 今の学院生達がどんなことを学んでいるのか参考にできますし、サーガス先生の意見も聞けるのでとても勉強になります」

「そうか? それなら良いんだが……。あっ、引き留めて悪かったな。今日は土産を買う予定だとか言ってだろ」

「ここのワインは美味しいらしいので、お世話になっている方達に買っていこうかと。ツヴェイト様もどうですか?」

「う~む……自分が飲む分でも買っていくか。うちの母上達はちょっとなぁ~、高いやつしか飲まんし……。言いたくはないが俗物だからな」

「家族にそんなことを言っては駄目ですよ。それではツヴェイト様、僕達はこの辺りで失礼しますね」

クリスティン達が人混みの中へと消えていくのを見送るツヴェイト。

だが、そんな彼は背中に殺気のようなものを感じた。

振り返ると、そこには血の涙を流し嫉妬の炎に身を焦がす、覗き魔達の姿があった。

「……同志、裏切ったなぁ!! 俺達が豚箱に入っている間、なにお前は女の子を引っかけてやがんだぁ!!」

「ツヴェイト……君さ、セレスティーナさんとの仲は取り持ってくれないのに、自分だけ可愛い女の子を見つけていたんだね? 随分と手が早いじゃないのさ。さすが、デルサシス公爵の血を引いていることだけはあるよ」

「ズルいぞぉ~………俺達はただでさえ女っ気がないのに、自分だけ……」

「やっちまったのか? もうやっちまったのか?」

「………リア充、殺すべし」

それは理不尽な怒りだろう。

そもそも牢屋に入ったのは彼等(正確にはエロムラだが)の行動が悪いわけで、ツヴェイトになんの落ち度はない。完全な逆恨みだ。

しかし、一人だけ幸せに(少なくとも彼等の目にはそう映る)なっているところを見ると、たとえ間違っていとと分かっていても、心の底から血の涙を流すほど妬ましくて仕方がない。

「いや、牢送りになったのは自業自得だろ。なんで俺が恨まれるんだよ」

「……同志は、俺達が味わったあの恐怖を知らねぇから」

「そう……俺達は、危うく大事なものを無くし掛けたんだよ。ツヴェイト……」

「ヤツは…………散々怒られて、牢の冷たい石畳に寝かされているときに現れた……」

「そして……そして、クッ! 恐ろしい……これ以上は」

「俺が代わりに言う。ヤツは……いきなり服を脱ぎだすと、牢の中に一つだけある寝台に座り……」

「「「「「『お前等、俺のコイツを見てどう思う?』って、いい声で聞いてきやがったんだぁ!!」」」」」

魂に響く凄まじい恐怖を味わった者の、嘆きの叫びだった。

どうやら、後からガチの方が彼等のいる牢に入ってきたようだ。

覗き魔達は身の危険にさらされていた怯えと、そこから解放された安堵が入り交じった涙を、それはもう滝のように流していた。

「良くわからんが、それのどこが怖いんだ? 変質者が全裸になっただけだろ。殴って気絶させるとか、魔法を使って眠らせるなり手段があったろ? なんでやらなかったんだ?」

「クッ……同志には伝わらないか、この恐怖を!」

「ヤツの笑みが忘れられないよ……。俺達は狙われていたんだ。その場にいなかったツヴェイトにはわかるはずがない」

「蛇に睨まれた蛙の気持ちを初めて味わった……」

「動けなかった……。ヤツは微笑んでいただけだったが、アレは獲物を狙う狩人の目だ! 今朝方に収監されてきたことだけが救いだった……」

「見た目は女にモテそうなのに……なぜヤツはガチ………」

何を言っているのか良くわからない。

ツヴェイトからしてみれば、裸の男などどうにでもできると思っている。しかも数ではエロムラ達の方が多いのだ。全員でかかれば取り押さえることなど簡単にできるはず。

それなのにここまで怯える彼等の心情が理解できない。

「それより、なんでそんなに怯えてんだ? 男一人にどうこうされるほど、お前等は柔な訓練を積んでいないだろ?」

「「「「「「お前に、恐怖のあまり『す、凄く……大きいです』と言ってしまった俺達の気持ちがわかるかぁ!!」」」」」

「素朴な疑問だが……そいつ、なんで牢に入れられたんだ?」

「「「「「「ノンケまで食っちまったヤツだからだろぉ!!」」」」」」

やはりツヴェイトには理解できない。

いや、牢に後から入れられた男が『ガチでそっち系』の人物ということは分かった。

しかし、厳しい訓練で格闘術などを学んできたディーオを含む学院生や、この中で一番レベルの高いエロムラが負けるとは思えない。

その男は牢に入れられた時点で武器の類いは所持していないからだ。

別の意味の武器は持っているが……。

「そ、それで……その後はどうなったんですの?」

「まさか、皆さんはその人に一方的に組み伏せられて……それで」

「続きが凄く聞きたいですね、お嬢様」

「饅頭、ウマー!」

「……大人の階段、昇った? 逝ったの?」

いつの間にか、セレスティーナ達が傍にいた。

しかも、めっちゃ期待の込められた目をエロムラ達に向けている。

「その方は受けも責めも自在と見るべきですね、お嬢様」

「薄い本ではない本物……世界は広いです」

「それで、皆さんはその……もう、その方に凄いことをされてしまったんですの? わたくし、気になりますわ!」

「アンズも饅頭食べる?」

「いらない。それより、向こうの脂マシマシのラーメンみたいなのが気になる……」

期待の込められた純粋で無垢なる瞳を向けるセレスティーナ達。

対してこの場にいる全員は一斉に顔を青ざめさせた。女子に聞かれていたということが問題なのである。

今回は危ういところで未遂で終わったが、学院の女子に聞かれた時点で変な噂が広がりでもすれば、やがては『掘られた』という話に発展しかねない。

休暇で先に帰った連中は、リザグルの街に来ているメンバーのことを知っているのだ。噂を聞いて『アイツらじゃね?』と話した時点で彼等の人生が終わる。

そう、彼等にとって最悪の展開にとは、『女湯を覗こうとして失敗し、牢屋に送られた挙げ句に掘られし者』と呼ばれてしまうことだった。

その不等式ができあがったことで、彼等の感情は崩壊した。

「「「「「「 うわぁ~~~~~~~~~~~~~~~~ん!! 」」」」」」

彼等は泣いた。人生の無常さに……。

彼等は慟哭した。連鎖して引き寄せられるであろう不幸と、自身の不運に……。

彼等は絶望した。これから我が身に向けられるであろう、謂われなき疑惑の目に……。

彼等はマイナス方向に想像を膨らませ、涙を流して走り去っていった。

一番ショックを受けたのはディーオであったという。

「皆さん、どうしたんでしょう?」

「俺が知るわけないだろ。なぜ聞く……」

「兄様のお友達ですよね?」

「………奴等とは、本気で縁を切った方がいい気がしてきた」

この日、覗き魔達は宿から一歩も出ることはなかった。

そして翌日、彼等は失意のままサントールへと帰ることになる。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「ジャーネさん、このラーメンみたいなの美味しいね」

「油ギタギタだがな。ところで、ラーメンってなんだ? この料理はミーチンとか言うらしいが」

ミーチンとは、ファングボアの背脂で香草を煮詰めたものを、胡椒のような香辛料を練り込んだ麺にぶっかけて食べる料理だ。油そばを想像すると良いだろう。

唯一異なるのは、その脂がスープのようになみなみと器に注がれているところだ。

脂でくどそうに見えるが、意外なほどさっぱりした味わいで人気がある。

もっとも、冷めるとただの脂の塊になってしまうが。

「そうなの? どうでもいいや、美味しいし」

「適当だな……。しかしこの脂、癖になるな」

「コラーゲンたっぷりで肌に良いかも。脂自体も甘みがあって、しつこくないのが良いよね」

「あ~美味い」

ジャーネ達は、まったりと温泉旅行を楽しんでいた。

その後もなんの騒ぎにも巻き込まれることなく、ジャーネとイリスは翌日、満足してサントールの帰路についたのだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ちょうどツヴェイトが衛兵に捕らえられたエロムラ達を迎えに行っていた頃、ゼロス達は森の中で朝食の準備をしていた。

小ぶりの鍋の中に煮込まれた野菜と僅かな干し肉のスープ、固めのパンが彼等の朝食だ。

昨日は街に辿り着くことはできず、結局野宿することになった。冬のキャンプは少々キツかったようである。

その証拠に……。

「寒い……山から吹き降りてくる北風が寒い……」

「テントがあるだけマシだけどね。寝袋なんかで寝たら魔物が襲ってきたときに対処できないし、場合によっては山賊ということも……」

「俺の軽ワゴンで寝たら良かったんじゃね?」

「窓は普通のガラスでしょ? 強化ガラスでも防弾ガラスでもないんだから、ハンマーで叩かれたら割れる。それに車内は狭いから剣が抜けない」

「魔法で応戦すれば良いじゃん」

凍死することはなかったが、代わりに酷い寝不足である。

彼等は少々機嫌が悪い。

「ふむ、煮えたかな? これで温まってから移動しよう。ミイラを作りだしている原因を探らなくちゃならんからね」

「あぁ~……なんでこんな依頼を受けちまったかなぁ~」

「アド君……。君、即行で依頼を引き受けたよね? 家欲しさに……」

「いいじゃん! ゼロスさんはあんなデカい家を持ってんだからさぁ~。俺もユイのヤツと暮らす家が欲しいんだよぉ!!」

「リサさんとシャクティさんはどうすんの? 一緒に暮らすわけにもいかんでしょうに……。そんなことになったら、あの二人は殺されるよ? 主にユイさんにだけど……」

「……あっ」

アドはユイと暮らす新居を求めた。

だが、そうなると彼の仲間である二人は自活しなくてはならなくなる。

今はクレストンの元でメイドとして職を得てはいるが、いつまでもそれが続けられるとは限らない。一応三人はイサラス王国側にも属している立場だからだ。

実のところはイサラス王国もアドに帰ってきて貰いたいのだが、ソリステア公爵家の客人という名目を使い、自由に行動していた。

しかしアドは兵器開発の援助のような真似もしている。

現時点でイサラス王国は、アドが制作した他国に知られたくないブツをメーティス聖法神国に横流し処分しており、彼が口を滑らせるのを酷く恐れている。

特に戦争を推進している者達は、バレたら他国の非難を浴びるどころか、処刑を要請されてもおかしくない微妙な立場だったのである。

もっとも、それはアドも同じ立場だけに、むやみに口を滑らせることはないだろう。

一応保身くらいは考えていた。

「ときに、ゼロスさん……。この茸、どこのだ? 街で売ってるの見たことないぞ?」

「……考えるのを放棄したか。その茸は、その辺に生えていたヤツだけど? こんな寒いのに生えてくるんだから、この世界の動植物は生命力がどんだけ強いんだか……」

「これ、食えるのか?」

「知らん。マッシュルームみたいで美味そうだったから、なんとなく入れてみただけだし」

「ブフッ!?」

かなり行き当たりばったりな行動だった。

おっさんは大概の状態異常は無効化するので、毒物などは効果が無い。かなり凶悪な毒物でも効果は薄い。それはアドも同じである。

どこぞの大深緑地帯でのサバイバルで状態異常無効スキルは役に立ったわけだが、山菜ぽいものや茸などに含まれる毒物の効果も無視できてしまう。

つまり、生き延びるためになんでも食べたわけだ。いつぞやの天丼もこうした事情から作り出されたわけなのだが、食わされる側になってみれば堪ったものではない。

「だから、なんつーもん食わせんだよぉ!! 毒があったらどうすんだぁ!!」

「安心しろ、アド君……。僕らに状態異常は効果がない」

「そうだけど、確かにそうだけど、なにもこんな時に冒険する必要はねぇだろ!? 不意打ちする前に一言聞けよぉ!!」

「人は……いつ食えなくなるか分からないんだ。だったら食える食材くらい覚えておこうよ。身を以て……」

「俺達が無事でも、他の連中が無事である保証はどこにあんだよ!」

「マジで食えるものがないとき、君はそんなことを言えるのかい? それは飢えたことの無い者が言えるセリフだよ。アド君……」

この時、アドはおっさん目の奥底に、酷く濁りきった闇を見た気がした。

そして、『飢えたことの無い者が言えるセリフだよ』と言う言葉に、ゼロスが飢えに苦しんだことがあるという事実に気づく。

『この人……ソード・アンド・ソーサリスのときよりヤバくなってね?』

その後は無言で朝食を食べた。

出立するまでの間、重苦しい沈黙が支配していたという……。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

【 八坂(やさか) 学(まなぶ) 】は勇者である。

メーティス聖法神国が行った勇者召喚で召喚された者の一人で、【岩田 定満】【姫島 佳乃】【笹木 大地】【川本 龍臣】五人が、聖騎士団の五将と呼ばれていた。

だが、岩田はルーダ・イルルゥ平原での戦いで負った傷が元で死去し(余計なことを知ったが為に始末された)、姫島佳乃はアトルム皇国への破壊工作任務後、他の勇者達と共に消息不明。笹木大地は火縄銃増産のため工房を仕切っている。

現在の勇者達は、各地で起こる様々な問題解決に従事させられ、川本龍臣と八坂学は盗賊などの犯罪者討伐の任についていた。

そんな彼は指名手配の盗賊団を追い、現在ソリステア魔法王国に近い国境付近で陣を張っていた。

彼は今テントの中で、テーブルの上に置かれた報告書に目を通し、かなり鬱になっている。

「ハァ~……なんでこんな事になっちゃったのかな。神薙も坂本もいなくなっちまうし、やっぱ死んだのかなぁ~」

正直、学は勇者という立場があまり好きではなかった。

ただ、姫島佳乃のように真っ向からメーティス聖法神国を否定しなかっただけで、心の中では勇者という立場を押し付けてくる司祭達を懐疑的に見ている。

四神を崇め、四神に尽し、全ての理想のために魔族を倒す。教義を簡単に言えばこんな感じだが、要はメーティス聖法神国で全ての国々を統一する人間至上主義国家だ。

ここまでは【風間 卓実】と同じ考えだが、内に芽生えた疑問を晴らすこともなく、しかし国家権力に逆らうほど度胸もない。

長いものには巻かれる彼は、今日も惰性で生きていた。

「マナブ様、これも正義をなすためです。四神様方は今も見ているのですよ? もっと覇気を出してくれなくては困ります。他の方々に示しがつきません」

「リナリーさん、俺だってこんな陰鬱な気分にはなりたくないよ。けど、召喚された勇者達は四分の一にまで数を減らしているんだよ? 戦いに向かない奴等を入れても事実上は壊滅じゃん」

「情けないですよ。少しはタツオミ様を見習ってください」

「アイツは聖女様に熱を上げてるだけじゃん。できるか分からない理想論を振り回しても、結果が伴わなければ無駄になるしさ」

「愚痴を言わずに仕事をしてください」

リナリー司祭は学がこの異世界に召喚されたとき、身の回りの世話する役割を与えられた。物事を淡々の喋る彼女は、今も事務仕事などの補佐をしてくれる。

無論、同じ役目を与えられた司祭や神官は大勢いる。勇者の数だけ副官として常に傍にいる彼女達神官は、召喚されたばかりの頃の右も左も我からに状況下では、とても頼りになる側近だった。

中には男女の関係になる者達もいたが、唯一【風間 卓実】だけが側近を与えられなかった。理由は彼が魔導士だったからだ。

そんな彼を学は、『うっわ、悲惨だなぁ~。魔導士じゃなくて良かった』と、まるで他人事のように見ていていた。

だが、長いものに巻かれる学も、かつての同級生達が次々といなくなっていくことに対し、少なからず不安というストレスを感じている。

メーティス聖法神国に使い潰されていることを気づいており、いつ捨てられるかも分からない。そんな怯えと不安感が彼の口をいつもより軽くしていた。

「あっ、姫島達……もしかして裏切ってたりして」

「マナブ様、思ってもそんなことは言わないでください。勇者に選ばれたのですから、四神の信仰を広く伝え示すことで、神に報いることができるのですよ?」

「どうだろうねぇ~、姫島なら躊躇いなく裏切るさ。それより俺は、転生者とかいう奴等がなんのためにこの世界に来たのか、そっちが知りたいよ。神々の事情なんて人間に分かるわけがないんだしさ」

「邪神達の事情など私は知りたくもありませんね」

「邪神ねぇ、それ……異世界で生まれた俺達も邪教の徒ってやつじゃないの? 許可無く俺達を勝手に召喚したから、周辺の世界を司る神々が怒ったんじゃない?」

「………」

リナリー司祭は口をつぐんだ。

殆どの神官がこうした質問に答えることはできない。学の言ったとおり神々の事情なんて人間にわかるはずもなく、四神も答えることはないからだ。

「だいたいさぁ~、異世界から召喚できるんだから、逆に送り込むことだってできるでしょ? 四神が至高の神だなんてどうやって判別するのさ。下手したら異界の神々が格上の可能性だってある。それに三十年ごとに召喚してたんでしょ? これって召喚しすぎだよね? もし俺の言っている憶測が事実だった場合、この世界って実はヤバイんじゃない?」

「私に言われても困ります」

「だよねぇ~、けど世界を渡った当事者の立場から言うと、四神の立場ってワリと微妙な感じだと思うんだよねぇ~。だって、転生者をこの世界に受け入れてんじゃん。普通ならあやしいと思うよね? それ、断わることができなかったからじゃね? 岩田達もその転生者にボロ負けしたってことは、俺達勇者よりも強いってことだよね? 俺、やだよ。そんな連中とは戦いたくなぁ~い!」

ルーダ・イルルゥ平原で起きた戦いは、獣人族の認識を大きく変えることとなった。

敵に肉体で戦う誇りを捨て、魔導士の力を借りただけでなく、敵を殲滅するためだけの処刑要塞を造りだした。

獣人達はよく神聖騎士団の騎士達に向けて『貴様等には戦士としての誇りはないのか!』と言う。しかし騎士達は『獣に礼儀なんて必要ないだろ』と、正々 堂々真っ向勝負を挑んでくる彼等に対し、卑劣な罠や一騎打ちに見せかけた騙し討ちを平然と行っていた。

その結果、彼等は神聖騎士団を【魔物】と認識し、同じような卑劣な手段で多くの砦を陥落させていった。奴隷から解放された獣人もその列に加わり、今では手に負えない大勢力となっている。

「平和な世界にするためには、もっと獣人族を理解するべきだったよね。今さら手遅れだけど」

「私達が間違っていたというのですか? 彼等は野生の獣と同じですよ」

「目の前で自分の家族を殺されるところを見ても、リナリーさんはそんなことを言えるの? 彼等の立場で言えば、勝手な理屈で平穏な生活を奪った側なんだよ、メーティス聖法神国は……」

「野蛮な者達に文明の素晴らしさを伝えるためです。それで、マナブ様はどうするつもりなんですか?」

「俺に何ができるって言うのさ。一個人で国を潰せるような力なんて無いよ、転生者と違ってね。獣人達と和解するために奴隷にしている連中を解放してみる?」

「………」

転生者の存在は脅威だった。

たった二人だけで優位だった戦局が逆転し、そこに獣人族が加わることで恐ろしいまでに組織的な行動を執るようになった。

神聖騎士団すら魔法の一発で壊滅させたのだから、彼等にとってはまさに救世主であろう。なにより獣人族は強者に敬意を示す種族だ。そんな転生者に率いられた獣人族は、憎悪を隠そうとすらせず牙を剥き、守りから一転して攻めの体勢に移った。

メーティス聖法神国は、アトルム皇国のルーフェイル族以外に強大な敵を生み出してしまったことを、今になってようやく気づいたのである。

「外交って大事だよね。もし話し合いや相手を知ろうとする態度で接していれば、今頃はこんな事になっていなかったのに。そこに大魔法をぶっ放す転生者……もう、やだぁ~」

「平原に巨大な穴ができたとか……」

「ソリステア魔法王国と同盟でもしなよ。もう、魔導士が~とか、神官が~とか言っていられない状況なんだけど?」

「向こうはもう、神官の神聖魔法を頼る気は無いようですね。回復魔法とやらを開発して、各国が一斉に売り出したようですから」

「どんだけ周辺国を怒らせたの!? これ、立場が逆転するよ? しかもメーティス聖法神国は内陸の国だし、塩の輸入貿易とかどうすんの? 海がないんですけど?」

「その辺りを勇者様方に期待しているのですが?」

「困ったときの勇者頼みはやめてよ。俺達に政治なんて無理じゃん! 外交なんてやったことすらないのにぃ~! 詰んだよ、これ……。もうオワター!!」

学にとって、勇者という理由から過度の期待を掛けられるのは困る。

そもそも召喚されたときはただの中学生だったのだ。ファンタジー世界は確かに憧れてもいたが、現実と空想は大きく異なる。

ゲームとは異なり死んだら終わり。神聖魔法でも死者蘇生などできず、魔法国家とは敵対しているので回復薬などこの国には存在しない。死ぬ危険度がかなり高いのだ。

安全な場所でのんびりしていたいのである。

「だいたいさぁ~、なんで俺に内政の書類を大量に送ってくるのさ。無理だよ、俺になに期待してんの!? 俺は戦闘職だよ!?」

「少しでも参考になる意見が欲しいのでは? 異世界での政治はどのようなものだったのか、今後のため勇者様方の知識に期待しているのでしょう」

「だから、もう詰んでるよ! どうしようもないよ!! この国の周りは全部敵だよ!? 今さら友好的な態度を取っても信用されるわけ無いじゃん。そうなるような態度を取ってきたんでしょ? 上の連中を何人処刑しても手遅れだよ」

「国力では我が国がまだ上です。何か方策があると思いますが……」

「ソリステア魔法王国で車が作られてんじゃん! 技術革命が起きるよ。戦争の形が一気に変わると思うし、笹木の火縄銃なんて意味が無くなるさ! 装甲車なんて造られたら、豆鉄砲がなんの役にたつって言うんだ。これ、裏に転生者が絶対にいるよねぇ!?」

止まっていた時代が一気に動き出した予感に、学は焦りしか感じない。

自動車――正確には動力という存在は、停滞していた時代を一気に跳ね上げる力を秘めている。例えば工作機械に組み込むとか、船舶の動力として利用すれば経済効果は計り知れない。もし【ライト・フライヤー号】のレプリカでも造られれば、航空機開発の研究が進められることも疑いようがない。しかも魔法動力だ。蒸気機関から研究する必要がない。

何しろ、魔力というクリーンエネルギーが存在しており、わざわざ可燃性燃料を精製し使う必要性がどこにもないのである。

火縄銃という技術を得てしまえば大砲や機関銃、応用で手榴弾やロケットランチャーも可能だ。それすら飛び越えてレーザー兵器や電磁投射砲も作り出せる。

事実それに近い魔法が存在していた。

騎士が戦う時代から、銃弾が飛び交う現代戦に進む可能性がかなり高い。神聖魔法の障壁も、戦車すら貫く徹甲弾の前には何の意味もなさなくなるだろう。

魔物から街を防ぐ防壁すら圧倒的な火力の前では無意味だ。

「なんで技術大国を敵に回してんだよ! 馬鹿なの!? 教皇の爺さんの周りは馬鹿ばっかりなの!? 戦車でも造られたりしたら、それこそこの国は滅びるさ!」

「そ、そんなことが起こりえるはずが……」

「リナリーさん……その考えは甘いよ。俺達の世界は既に剣で戦う騎士なんていないぞ。敵をいかに効率よく倒すかに焦点が置かれているから、多大な損害を与える兵器が大量に造られている。ソリステア魔法王国はそれができる国なんだよ。火縄銃を見たら、さぞ効率の良い兵器に改造されるだろうね。戦争にでもなれば一方的に駆逐されるさ。だから詰んだって言ったんだ」

「つまり……それができる転生者がいると?」

「いなくても時間の問題だろうね、今後の身の振り方を考えた方が建設的だよ。そう遠くないうちに、この国は戦場になる。俺の知っている歴史がそれを教えてくれているよ」

テントの中が冷たい静寂に包まれた。

時代が変わるのは人心と技術の変化だ。その時代の裁縫技術がファッションに反映されるように、車という技術が戦争のあり方を変化させる。

便利な物を利用すれば、今度は性能を上げる研究がなされ、数年ごとに技術は跳ね上がり効率化されていく。生産ラインも各地に建設され、経済効果は他国を圧倒していくだろう。

豊富な資金は軍事にも繁栄され、車はトラックに変わり兵力や物資を迅速に戦場へ送れるようになる。これだけでも驚異的なのに、戦場では機動力での攪乱、多勢を少数で相手にできる武器が生み出され、旧時代の戦略は一新されてしまう。

中世の騎士団と現代の機甲師団とでは、戦力に圧倒的な差があるのだ。

「ハァ~……こん資料、読むんじゃなかった。神聖魔法だけではどうにもならないよ。鬱だ……今は盗賊退治に尽力を尽そう。それが本来の仕事なんだし、こんなのは全部上の奴等に押し付けちゃえ」

「送り返すの間違いだと思うのですが……。そこまで分かっていながら何もしないのですか? 無責任ですね」

「どうしようもないじゃん! 魔導士達を毛嫌いしてるからこの差が生まれたんだよ? 俺の責任じゃないやい」

勇者と言われていようとも、学はごく普通の青少年なのだ。

多くの人命を背負う覚悟もなければ、義侠心から玉砕覚悟で突っ込むつもりもない。危なくなれば逃げ出すつもりである。

「近くに街があったよね? 今日、盗賊が見つからなければ拠点を街に移そう。みんな疲れているだろうから、ゆっくり羽を伸ばす時間が必要だし」

「仕方がありませんね。羽目を外さないように注意勧告も出しておきましょう」

「お願い……」

その後、盗賊を見つけられなかった学の率いる部隊は、兵士達を休ませるべく近場の街へと撤退した。