軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おっさん、大いに困る

ゼロスとアドは困っていた。

それはもう、これ以上にないくらいの真剣な表情で顔をつきあわせ、今から危険な仕事を始めようとするどこかの売人のようにマジであった。

この二人がここまで悩むほどのその理由とは……。

「どうする……。俺達が女の子の下着を買いに行くのは、些か問題があるぞ」

「そうだねぇ……。服の理由付けは何とでもなるが、問題は下着だ。邪神とはいえ仮にも女神だぞ? さすがにショボイ下着を着せるなど恐れ多い……」

「だが、男の俺達には難易度が高すぎる。子供下着ならゼロスさんでも買えるだろうが、黒レースのフリル付きとなると……」

「待て、アド君……。なぜ黒に拘るんだ? 別に赤でも良いだろ。そんなことより問題は、そんな下着を会計するときだ」

「あぁ……男が女の子の下着を手にして店員の前に持っていく。これはさすがに恥ずかしい」

……どうやって女の子物の下着を買うかであった。

この世界にレジという機械はないが、料金を支払う会計のカウンターは存在する。大抵は女性店員が控えていることが多い

いい歳をした青年とおっさんが、女性下着を手にカウンターに向かうには難易度があまりに高すぎる。

いっそのこと殺してくれと頼みたいほど勇気が要るだろう。

二人は変態のそしりを受けたいわけではない。

「の~ぅ、お主等よ……。いつまで我をこのままにしておくつもりじゃ? 別に寒くはないのじゃが、待たされるのは些か退屈なんじゃが……」

「女性の下着を買うのに、それほど気を遣うものかのぅ? 儂の屋敷には贔屓にしている商人が売りに来るのじゃがな」

「「金持ちと貧乏人を一緒にしないでくれぇ、普通は売り込みに来る商人なんていない!!」」

貴族と一般人の格差が存在していた。

ガールフレンドはいても恋人関係にまで進展しなかった過去を持つゼロスと、奥さん持ちだが女性下着売り場を倦厭していたアドでは、このミッションはかなり難しい。

男的にはピンク色の下着売り場など誰も行くことはなく、百歩譲って女性同伴だったとしても長居したい空間ではない。むしろさっさと戦線離脱するだろう。

精神的なストレスが半端ではないのだ。

「せめて、ユイさんが妊娠してなければなぁ……」

「ルーセリスさんに頼めば良いんじゃないのか? お金を渡せば下着くらい買ってきてくれるだろ」

「なんて言えば良いんだ? アド君は『女神が女性下着を所望しているから、お金渡すので買ってきて欲しい』と言うつもりかね?」

「あ~……さすがに巻き込むには気が引けるか。神の存在なんて教えて良いことじゃねぇしな。老い先短い老人なら墓穴まで秘密を持って行ってくれるが……」

「アド殿……何気に儂を愚弄しておらぬか? まぁ、確かに迂闊に伝えて良い話ではないが……」

男衆がかなり真剣な表情で話し合う傍で、アルフィアは退屈げに欠伸をしていた。

幼女のときよりも成長しており、出ているところは出ている姿を惜しげもなく晒しながら、それでいて彼女はまったく気にしている様子が見えない。

この辺りが人間と超次元生命体との感性の差なのであろう。

そもそもアルフィアにとって姿形など意味はない。

元は高次元の超エネルギー生命体なのだ。その気になれば姿など自在に変えることが可能であり、人間の姿に固執する意味など皆無なのである。

ただ、汎用性の面において人型は便利であり、元のホムンクルスが人型であるため、今の姿を維持しているだけに過ぎない。

その気になれば初期の巨大な肉塊頭部形態になることも可能だった。

『まぁ、さすがにあの姿は我もどうかと思うがのぅ……。どう計算してもあれほど壊れた生物形態になるのは謎ではあるが……。創造主は何処を間違えたのやら』

自身が生み出されたとき、前任者がどんな改良してあのようなおぞましい姿に創られたのか、アルフィアが逆算してもまったく分らなかった。

どのような計算をしたのかは人間では解明不可能なのであえて語らぬが、超次元生命体であっても原因が判明しないとなると、前任者でもある観測者は彼女よりも遙かに高位の存在ということになる。

アルフィアにとっては腹立たしいがこればかりはどうしようもない。

「あっ……ゼロスさんが娘のものだと言って買えば良いんじゃね? あの年頃の娘がいてもおかしくはないんだからさ」

「だが、この街で買う以上、知人に出くわす可能性もある。少女の衣服を買う姿を見られでもすれば、僕は社会的に死ぬことになるだろう」

「確かに……ルーセリスさんとジャーネさんにみられるのはマズイか。結局アレのことを説明しなくちゃならなくなるしなぁ~」

「こんな時にアンズさんがいてくれればねぇ~……。あの子はイストール魔法学院にいるし」

「えっ? 彼女、こっちに来てんの? うっわ、マジで敵対しなくて良かった……。ゼロスさん相手でも勝てねぇのに、あの子まで加わったら洒落にならん」

所々話が脱線していた。

「……暇じゃな。のぅ……我には分らぬことなのだが、女物の衣服を買うことがそれほど恥ずかしいことなのか?」

「儂にも分らぬよ。そもそも、女物の服を作る職人は男が多い。別に恥ずかしいとは思わんぞ?」

「尚更わからぬな。男が作る衣服なら、別に買いに行くことを恥ずかしがることもあるまい。たかが服じゃぞ?」

「街で注文することはあっても、支払いは直接屋敷まで職人が来るしのぉ~。儂も何が問題なのかさっぱりじゃわい」

人外と金持ちは一般人との価値観に大きなズレがあった。

例え職人の多くが男性でも、店で販売する下着や衣服の類いは別の売り場となっている。女性しかいない売り場に男が入るのは冒険と言っても過言ではない。

ましてや下着ともなると、かなり奇異な目で見られることだろう。

中には娼婦に下着を貢ぐ男性もいるが、この場合は職人か商人との間に伝があるか、あるいは自身が職人か商人だった場合である。

「そもそも、この神さんのサイズがわからんだろ。適当に買ってきてサイズが合わなかったらどうすんだ?」

「あっ……それもありましたか。このまま店に連れて行くわけにも行かないし、やったらマジで社会的に死ぬねぇ……」

「そう言えば、ツヴェイト達は今、イーサ・ランテにおるぞ? アンズじゃったか、護衛の娘も一緒に随行しているはずじゃが?」

「マジ? OK、今からちょっと買いに行ってくる。アド君、留守番を頼んだ」

意外なところから情報を得て、直ぐさま行動に移すおっさん。

だが、残されるアドにとっては心境穏やかではない。

「待てや! 俺に全裸娘と一緒にいろと? 社会的に死ねと!?」

「良いじゃないか。別に手を出すつもりもないんだろ? それに、バレてもユイさんに刺されるだけだ」

「それが一番ヤバいんだろ! 真っ裸なお子様と一緒にいると知られただけでも、俺は明日にも惨殺死体となって森の中だぁ!」

「独身中年男と全裸少女が一緒にいるだけでも問題だろ? 今すぐ憲兵を呼ばれてもおかしくはない」

「俺なら良いのかよ!?」

「我は変態か何かか? 些か不愉快なのじゃが……」

互いに保身に走る二人。

対して裸族扱いを受けているアルフィアは少し不機嫌になる。

「だいたい仮にも神なんだから、物質を構築して自分で服を作れないの……か…あっ?」

「それだぁ、なんで僕達は今まで思いつかなかったんだ! 無駄な議論をしていたなぁ……」

ゼロスとアドの視線がアルフィアに集中した。どうでもいいが二人の男の視線が全裸少女に集中する光景は、絵面的に見てかなりヤバイ。

当然だがアルフィアに原子レベルでの物質で創造構築を行うことは可能である。

だが――。

「物質を無からの創造か……可能じゃぞ? じゃが、この場合は無から有を生み出すことになるワケじゃが、周辺の原子を集め物体を構築するとなると、瞬間的に数億度の熱量が発生する……それをやるのか? 成功してもこの街が消し飛ぶぞ? 魔力でも似たようなものじゃし」

「「思ったよりもヤバかったぁ!?」」

本質が高次元生命体である彼女の力は、服を構築するだけで謎のエネルギーにより街一つが消滅する危険性を秘めていた。

そもそも彼女の力の根源は別次元世界の高エネルギーなのだ。魔力など表面上の飾りでしかない

高位次元からこの物質世界のエネルギーが流入している状態になるので、物質の過剰反応によって核爆発級の熱量と衝撃波が発生してしまう。

まして原子から構築することになるので、放出される放射線量もどれほどのものになるか計り知れない。神様は意外に不便だった。

「……下手をすると、この周辺数百キロ圏内が、生物の生息できない状況になりかねないな」

「その計算はどこから出てきたんだよ、ゼロスさん……」

「サントールが消し飛ぶと言ったんだぞ? これは少なく見積もってもって話だ。数億度の熱量ともなると、当然だが高熱量となってクレーターが作れるほどだ。なら、発生した衝撃波は原爆の数百倍の威力ということに……」

「うむ。今計算したのじゃが、加減に失敗すると大陸一つが消滅してもおかしくはないのぅ。発生する放射能濃度も含めると人類は死滅するな。どうじゃ? 我は凄いじゃろ♪」

「「服のためだけに大陸が消滅だとぉ!? そして、なぜ自慢する!!」」

「失敗すればの話じゃ。成功させれば良い」

「「成功しても大陸が消し飛ぶじゃん!!」」

二人の想像以上に危険だった。

神と呼ばれる存在は、物質世界に顕現した時点で物騒極まりない。

昔の勇者がよく封印できたものだと思ったが、それは神器の効果によるものが大きいだろう。でなければ人間なんかに太刀打ちできる存在ではない。

非常識の権化、それが【神】の一面でもある。

「やはり買いに行くのが無難か……。こんなところルーセリスさん達に見られたりでもすれば……」

「そのルーセリスとやらは、今お主達の後ろで硬直している娘のことかのぅ。先ほどから見ていたが、気付かなかったのか?」

「「なんですとぉ!?」」

二人が同時に振り向くと、そこにはルーセリスが硬直した状態で石像のように微動だせず、死んだ魚のような虚ろな目でゼロス達を見つめていた。

「儂も気付いておったが、二人がえらく真剣に話しておったゆえにな、なかなか伝えられるタイミングではなかった。教えた方が良かったかのぉ?」

「そう言うことは早く言ってくれぇ、最悪の事態だぁ!!」

「ルーセリスさん、誤解だから! 僕らはけしてやましいことは……ルーセリスさん?」

焦りながらも何とか事情を説明しようとするゼロスであったが、ルーセリスは硬直したままおかしな状態になっていた。

無表情のままブツブツと何かを呟いている。耳を澄ませて聞いてみると――。

「ゼ、ゼロスさんとアドさんが………クレストン様を巻き込んで、いたいけな少女に悪戯を……。こんなことが許されるのでしょうか……アドさんは奥さんもいるのに。クレストン様に至っても社会的に立場というものが……。それよりも、まさか三人が少女性愛趣味だったなんて……紳士協定は何処へ消えたのですか? そもそも『イエス、ロリータ。ノータッチ』が世界の常識だったはずです。百歩譲ってアドさんとクレストン様が少女愛好者だったとして、まさかゼロスさんも……。こんなことなら私から襲って……いえ、今からでも遅くないのではないでしょうか? でも、こんな昼間から……駄目、逃げちゃ駄目よルーセリス! ここは体を張ってゼロスさんを正常な道に戻さないと……。あぁ……こんな犯罪に手を染める前に、私がもっと早く勇気を出していれば……」

「「何か、とんでもない壮絶な勘違いをされてるぅ!?」」

「何気に儂も共犯者に仕立て上げられているようじゃのぉ……。何とか誤解を解かんと、儂ら三人は牢獄送りになりかねん」

誤魔化しが利かない最悪な勘違いをしていた。

必死で誤解を解こうとするも、ルーセリスにゼロス達の言葉すら耳には届いておらず、口では語ることのできない妄想を現実のものとして受け止め、自己完結で三人が犯罪に手を染めたと思い込んでいるようである。

だが、全裸の少女の前に男三人(一人は老人)がいれば、さすがに言い訳のできない状況であるのも確かである。

この後、ゼロス達がルーセリスを説得するのに一時間近く掛り、その間アルフィアが全裸であったことは言うまでもない。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「ホ、ホモンクルス……ですか?」

「いや、ホムンクルスです……。同性愛者ではありませんからね?」

必死の説得の末に、アルフィアはゼロスが作りだしたホムンクルスということで話は落ち着きを見せていた。ゼロスも魔導士なので一応の納得はできる答えではある。

しかし、ホムンクルスの創造も魔導士国家では違法とされており、これまた大っぴらに話してはならない内容であった。

結果だけを見るならゼロスは爆弾を抱えたことになる。

「僕も魔導士ですからねぇ……。人造生命を試してみたくなったんですよ。結果は見ての通りの大成功だったわけですが、少し出来が良すぎまして人間と変わりないみたいなんですよねぇ~。これは計算外」

「あの、違法なんですよね? これは命に対する冒涜なのでは……」

「我がどのようにして生まれたかなど、お主らにはさほど意味はあるまい? 如何なる生まれであろうと、意思がある以上は自由に生きる権利がある。過程はどうあれ、お主は我という存在を抹消するつもりなのかえ? それこそ命の冒涜であろう。その辺りは神官としてどう思うのじゃ?」

「うっ……正論です。確かに生まれはどうあれ、命がある以上は祝福されるべき。ですが……アルフィアさんは少し優秀すぎる気がします。本当に生まれたばかりなのですか? 実はゼロスさんの隠し子というわけでは……」

「うむ。我は確かに生まれたばかりじゃ。我の知能が高いのは魔導の秘術ゆえに、多くを語ることはできん。何しろ禁忌になるからのぅ。まぁ、こやつの娘と言えば、あながち間違いではないな。なにしろ、我を創造したのはこやつじゃからのぅ。のぉ、マスター?」

「都合の良いときだけ主人扱いですか? まぁ、別に良いですけどね……」

アルフィアの不遜な態度は、でっち上げた信憑性を揺るがしかねない。

しかし、そこはリーマン時代で培ってきた詐術と、神の口裏合わせで何とか誤魔化しきった。

「素材にかなり凄いのを使っていますからねぇ~……。予想外でしたが面白い結果が出たので満足してますよ。はっはっは」

「どうして全裸なんですか? 女の子だということは分っていたはずでは?」

完全に誤魔化しきれるわけではないようであった。

だが、そこは想定内の詰問だった。

「成長が早すぎたんですよ。まさか、ここまで自我を形成したホムンクルスに成長するとは思ってもいなかったからなぁ~。本当なら命令を聞くだけの人形と変わらない存在のはずだったんですがねぇ」

真実を混ぜることで更に信憑性を上げる言葉を用意する。

悪い大人である。

「……予想外のことばかりですね」

「だから、ホムンクルスの培養は禁忌扱いなんですよ。場合によっては人間を遙かに超える生物が生まれてしまいますし、最悪世界を滅ぼしかねない化物ができあがる可能性もありましたから。まぁ、失敗しても始末すれば良いだけですし、結果も出たのでこれ以上はホムンクルスを作る気はないですけどね」

「なぜ禁忌に手を染めたんですかぁ! 命の創造なんて、摂理に背く命に対しての冒涜行為じゃないですか! この国でも違法になるのですよね?」

「うむ……。一応、我がソリステア魔法王国でも禁忌扱いじゃぞ? 儂も昔にその手の学術論書を読んだのじゃが、どれも眉唾物で信憑性の欠片もないものばかりだったがのぅ」

「ぶっちゃけ、草毟り要員のつもりで作ったんですよ。今じゃコッコや子供達も手伝ってくれますし、無駄になっちゃったねぇ……」

「禁忌を犯した理由が、まさかの人手不足解消!?」

叡智の探求者による暴挙に、ルーセリスは頭を抱えた。

しかし、生まれてきた命には罪はなく、ましては少女の姿をした知性体となると、彼女にはどうして良いのか判断できない。

倫理観や宗教的な問題から、命を命題にした研究の線引きは難しいのである。

「技術なんてそんなものですよ。便利だから作りだし、失敗すれば経験を元に改良する。そもそも僕は、知性のある生命体を作る気はなかったんですから。

まぁ、人に知られると彼女も解剖されかねないので、他言無用でお願いします。新たに誕生した生命を学術目的で殺したとなれば、それこそ命の冒涜ですからねぇ」

ルーセリスはゼロスの身を心配してくれているのだろう。

その善意は嬉しいが、ここはあえて嘘を吐き通さなければならない。

良心が痛むが真実を伝えるわけにはいかなかった。

そのためにもあえてマッドな魔導士を演じ、口から出任せでたたみかける。

「ゼロスさんはまだマシな方だぞ? 俺達の知り合いには、もっと凄いヤツがいたけどな……」

「あぁ~……ケモさんね。あのケモケモハーレムダンジョン、恐ろしく強い獣人型ホムンクルスが接客業をして、入り込んだ人達から金品をぼったくる……」

「あれ、普通に考えて違法風俗店だよな? お触りしただけで半殺しにあって、有り金全部奪われた奴らもいたぞ?」

「ケモさん、ケモ耳をこよなく愛してたからなぁ~……。そこで、なぜかダンジョンをぼったくり酒場に改造するのか意味不明だったけど」

「ダンジョンを攻略した者を盛大に祝うけど、調子に乗った馬鹿からヤクザまがいに金品と装備を巻き上げてたな。取り戻すには最初から攻略をやり直さなくちゃならなくて、しかも一度攻略したら難易度が倍に跳ね上がるエゲツなさ……。俺はドン引きしたぞ」

「僕もさすがにアレはどうかと思った……。ブロス君も偶に一緒になってやってたねぇ~」

「それは初耳だぞ、ゼロスさん……」

二人は懐かしき思い出に浸っているが、それを聞いている人達には正気を疑うような内容であった。

『ゼ、ゼロスさんの知り合いは、禁忌にすら踏み込む危険な人達ばかり何でしょうか?』

『……想像を絶するのぅ。良識があるだけゼロス殿がマシなのか?』

【殲滅者】の一人であるケモさんを直訳すると、『ダンジョンを占拠して大量の獣人型ホムンクルスを生み出し、深奥部で酒場を開いて攻略者から装備品を強奪する』ということになる。しかもホムンクルスはハーレム要員だ。

例えそれが『この世界に存在しないダンジョン』であったとしても、真偽を知らないルーセリスとクレストンは、話から自然の流れで『どこかのダンジョンを今も占拠している』という解釈を持ってしまった。

虚構と現実世界の差はあれ、非常識な真似をしでかしているのは事実なので、ゼロス達も訂正するつもりはなかった。

「どうでも良いが、我はいつまで裸のままでおれば良いのだ? 別に困るわけではないのじゃが、お主等はそうではなかろう?」

「「「「……あっ?」」」」

そして、事の発端である問題は何一つ解決しているわけではなかった。

アルフィアは今も全裸である。

「ふむ……仕方がないのぅ。セレスティーナの古着で良ければ儂が提供しよう。確か、屋敷のどこかに保管されておったはずじゃ」

「それは助かります。正直、女の子の服に関してはさっぱりですからね。特注品なら古着でも相応の値段で僕が買い取りますよ」

「構わぬよ。着られない服など哀れなものじゃて、必要とする者が使ってくれた方が良い」

「ありがとうございます。ここはクレストンさんのお言葉に甘えるとしましょう」

「少し待っておるとよい。アド殿、一度屋敷に戻るとしようかのぅ」

どこかの時代劇にいたご隠居の如く、クレストンはアドを連れ立って屋敷に戻っていった。

「僕も女性用の装備を作る練習でもしようか……。強化はしたことがあるけど、自作したことはないんだよなぁ~」

「それは、女性用下着も作るということですか?」

「……正直、作りたくないですねぇ。広い部屋で男が一人、女性用の下着を必死で作る姿なんて痛すぎますよ。そもそも作ったことがないし」

「なら、試作で私の下着を作ってみますか?」

「そうなると、サイズを測らなくちゃならないんですよねぇ~……」

「「……えっ?」」

とんでもないことを言っていることに気付いてしまった。

ゼロスはあくまでも副職の一つとして職人業をやってみようと思っただけなのだが、ルーセリスの場合はこの世界の女性下着事情から、ゼロスに作って貰った方が良いと考えた。

だが、この世界で女性下着は男性職人が作るわけであり、個人のからの注文となると当然サイズを計測しなくてはならない。

要は二人きりの部屋で、ルーセリスがあられもない姿を見せることになるわけで……。

「「…………」」

そのシチュエーションを思わず想像してしまった二人は、気恥ずかしさから会話が途切れてしまった。

意識してしまったのか、お互いに態度がよそよそしい。

この場にイリスでもいれば、『中坊か!』とツッコミを入れることだろう。

「いい加減にくっつけば良いものを……。見ている我の方が気まずいぞ」

一人この空気の外に取り残されていたアルフィアは、率直な感想を呟く。

今なら砂糖を大量に作れそうな気がした。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ファーフラン大深緑地帯。

ここは広大な大自然の中で異常進化した生物が弱肉強食の連鎖を繰り広げる、力だけが正義の野生の世界だ。

数多くの肉食魔獣が互いを食い合い、過酷な生存競争を繰り広げている。

その中の魔獣の中に、ひときわ異様な姿を持った黒い獣が存在した。

獣にしては異常なほど体が大きく、その姿をあえて例えるならドラゴンに近い。

ワニのような顎を開き、貪欲なまでの食欲で倒した魔獣の肉を食い散らかし、生々しい咀嚼音が深緑地帯に流れ消えてゆく。

体は常に脈動し、肉を食らうたびにその姿は変化していた。

なによりも異様なのは、その体には人面が浮かび上がっていることだろう。

老若男女問わず無数の顔が肉を食らうたびに不気味な笑みを浮かべ、あるいは悲鳴を上げ泣き叫び、また別の顔は馬鹿みたいに狂ったような哄笑していた。

それぞれの顔に意思があるかのようである。

この無数の顔は意識の深いところで一つに統合されており、獲物を食らいながらも、それぞれが深層意識下で絶えず会話を繰り返していた。

『……ソロソロ、イイノデハナイカ?』

『力モダイブツイタ。イマコソ復讐ヲ果ストキ……』

『モンスターモ大夫取リ込ンダワ。コノ恨ミヲ今コソ晴ラスノヨォオオオォォォォォ!!』

彼等はかつて邪神を倒すべく異界から召喚された者達であり、それ以降も権威拡大のために勇者としてこの世界に呼ばれ、利用され殺されてきた者達のなれの果てだった。

異世界の魂ゆえに輪廻転生の円環にすら戻れず、この世界を漂い自分達を召喚したメーティス聖法神国を恨み続けている。

死しても安息が訪れないのだから、その怨念はかなり強力なものであった。

だが、所詮は魂だけの存在であり、個々の力で行える復讐はせいぜい嫌がらせ程度のものでしかない。

そもそも怨念ではホラー映画のような真似はできても、直接相手を攻撃する手段は限られてしまう。個の力では除霊されて力を弱められてしまうのだ。

そこで彼等は自分達の同類と協力し、 群霊(レギュオン) となることで強力な【魔】となることにした。幸いと言って良いかわからないが、召喚されたときに植え付けられた勇者システムが起動し、連動させることによって憑依した生物の肉体を変質させることが可能となった。

今までは他人に憑依しても、エクソシスト的に除霊されて終わりだったのだ。

恨みに支配された彼等はこの力は歓喜し、幾度となく他生物に憑依しては災厄を招こうと暗躍を始めたのだが、ここで大きな誤算が生じることになる。

人間に憑依するのに最低でも五人分の魂が必要だが、この程度では簡単に倒されてしまう。せいぜいオーク程度の力しか出せなかった。

これでは暴れたところで敗北するハメになり、より強力になるには更に多くの同胞の魂と繋がる必要がある。

哀れな魂達は長い時間をかけて勇者達の魂を集め、念願叶いやっと強い肉体を用意することに成功したのだ。

『……イクカ。コノ日ヲ何度夢見タコトカ』

『今コソ復讐ヲ果タスノダ!』

『『『『『『四神、滅ブベシ!!!!!!』』』』』

漆黒のドラゴンは翼を拡げた。

怨霊――彼等の恨みは深い。

今はメーティス聖法神国を滅ぼすために動いてはいるが、いずれその憎悪をこの世界に向けてもおかしくないほどである。

怨霊達は協力し合い、醜悪なドラゴンの翼を拡げ、空を舞う………ことはなかった。

魔力を集め、幾度も翼を動かすがその場から空に上がることはない。無様な光景である。

『『『『『ナゼ、飛バナイ?』』』』』

『ドウヤラ………太リスギタヨウダ……重イ………』

『『『『『……………』』』』』

居たたまれない重い沈黙。

『『『『『ナ、ナンダッテェ―――――――――――――ッ!?』』』』』

ドラゴンは元来地上の生物だが、捕食活動を優位にするため、空をも自在に飛べるように肉体を進化させた。長い時間をかけ環境に適応したのである。

しかし、見た目がドラゴンでもまったく異なるこの魔物の肉体は、空を飛ぶには少々――いや、たいぶ太りすぎてしまっていた。

通常のドラゴンをスマートなイケメン俳優と例えるなら、今の彼等の姿は関取を遙かに超えるおデブちゃんだ。ギネス級なまでに太りすぎてベッドから起きることが出来ない思えば良いだろう。

空を飛ぶには痩せる必要があるが、取り込んだ生物の因子が暴走し、彼等の制御を受け付けない。他生物の因子を完全に制御できるわけではないのだ。

『走レ! 痩セルマデ走リ続ケロォ、ダイエットダ!!』

『馬鹿ミタイニ食べ続ケルカラヨ……』

『今サラ言ッテモ遅イダロ、何モ考エズニ走レ!!』

『ミンナ、馬鹿バッカ………』

『『『『『『 ナンデコウナッタァ――――――――ッ!! 』』』』』』

意思は無数にあれど、体は一つ。

ファーフラン大深緑地帯を漆黒の巨体を揺らしながらひたすら走る。

木々をなぎ倒し、地響きを立て、時に躓いて転がりながらもメーティス聖法神国を目指す。

見ようによっては実にシュールで健気な姿だった。

怨霊達が【邪神の爪痕】を通り、メーティス聖法神国へ辿り着くまで、まだしばらく時間がかかりそうである。