軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

探索の結果、地上は危険地帯だった

「ハァハァ……」

「ヒッヒッフゥ……」

エロムラと杏の後を追い柱内部に潜入したセレスティーナとキャロスティー。

だが、その行く道は過酷なものであった。

とにかく入り組んだ通路が多い。しかも、上の階層に行くには再び階段を探さねばならない。

異様に不親切な構造の建築物で、尾行している二人は何度もエロムラ達を見失いそうになり、或いは戻ってきた二人に見つからないよう逃げたりと、体力ばかりが消費されていく。

普通に声を掛け、一緒に行動すれば良いものだが、なぜかこの娘達は尾行することに固執していた。

「あの殿方はともかく……杏さんはなぜ疲れないんですの? ……ハァ、どう見ても……体力がありそうには、見えませんのに……」

「杏さん……エロフスキーさんよりも強いらしいですよ? ヒィ、フゥ……呼吸が……」

直線距離で階段を上るだけでなく、フロアに辿り着けば今度は反対側の階段に向かうなど、余計な体力を消費するような設計構造である。

天井部に辿り着いたところから、今度は迷路のような構造となり、この場所に初めて訪れたセレスティーナ達は迷わないようにするだけで精一杯であった。

「あのお二人は……なぜ迷わないのでしょうか?」

「もしかして、この場所の構造を知っている? まさか……この遺跡は最近発見されたばかりなのに……」

「ですが、そう思わないとお二人の行動に説明が付きませんわ。お二方は出口へ向かっているようですが、進んだ先が瓦礫で塞がれていたときは凄くガッカリしていますし」

「似た構造の遺跡に入ったことがあるんでしょうか? まるで記憶を確かめるような動きですよね」

エロムラ達は迷うことがない。

行く方向には必ず通路が存在し、確実に上層階層に辿り着く。

二人で相談し合い、意見が合えば時に瓦礫を排除しながら進んでゆく。そこに迷いが一切ないもだ。

『うっわ、また瓦礫で埋まってんよ。吹き飛ばすか?』

『見たところ、天井に張った建材が落ちただけ……。火気厳禁』

『まぁ、火事になったら洒落にならんわな。しかし、上層階とイーサ・ランテは動力が別なのか? 上に着いたとたん真っ暗じゃねぇか』

『中枢制御装置が先に壊れた。……だから全員生き埋め。餓死者続出の餓鬼地獄』

『魔導士や魔導具があっただろうに、出口を探そうと思えばいくらでも出来たんじゃね?』

『集団パニックから暴徒と化した。……冷静な判断が出来る者から先にボコられ、状況が悪化したと思う』

二人の話は、どうやらイーサ・ランテが滅んだ理由のようであった。

地下に都市が存在する以上、当然だが民を地上へ避難させる通路が存在するはずである。

しかし、その通路が使用された形跡がない。

『イーサ・ランテがシステムダウン、混乱から暴徒化。逆上から市長を含めた関係者を魔女狩りに遭う中、構造に詳しい人達は巻き込まれたくないからさっさと逃げる』

『なるほど……後に残されたのは、集団ヒステリックに罹った者達だけで、システムを整備していた連中は工事関係者用の通路から脱出した訳か』

『整備用通路はIDかパスワードが必要。動力は非常用バッテリーだから一定時間は開閉する。残された人達は出口を開けられずアーメン』

『パニックを起こさなければ、もしかしたら死ぬこともなかった訳ね。おっ、この先から明かりが点いてるぞ?』

『たぶん、先に逃げた人達がブレーカーを落とした。もし発見されたら、殺されかねなかったと思う……』

エロムラ達の推測に聞き耳を立てていても、セレスティーナ達には何を言っているかよく分らない。しかし、この遺跡都市がなぜ滅んだのかを推測していることだけは分る。

街の整備を行っていた関係者のみがこの場所から脱出し、追跡を恐れて明かりを落としたことらしい。そうでもしなければ逆上した者達の何をされるか分ったものではない。

集団心理とは数人から周囲に伝播し、冷静な判断力を失わせる。仮に家族を守るために逃げ出したとしても、暴徒と化した者達からは裏切り以外の何物でもないだろう。

自分勝手な理屈がまかり通り、押さえられない負の感情で埋め尽くされる。これほど恐ろしいものはない。他人の意見を聞かず暴れるのだから、ある意味テロと同じだ。

「なぜ、あそこまで分るんですの? 彼等はいったい何者……」

「私達の知らないことも知っているような口ぶりですよね。まるで先生みたいな……」

セレスティーナは杏達に、師と同じ何かを感じ取っていた。

その予感は正しく、杏やゼロス達の判断基準は【ソード・アンド・ソーサリス】内の設定によるものが大きい。そしてゲーム内のイベントでこの場所を何度も訪れているのだ。

多少の記憶違いはあれども、大まかな構造は記憶の片隅に残っている。

ただ、セレスティーナ達にそんな事情を知っているわけでもなく、彼等の知識と状況判断に対して、ゼロスとの共通性を持ち始めてもおかしくはない。

二人の纏う雰囲気が師とどこか似通っているのだ。

彼等とゼロスとの間に謎の繋がりがあることを、どうしても感じざるを得なかった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

蛍光灯のような明かりが灯る通路を、エロムラと杏は進んでいた。

イーサ・ランテの天井岩盤を支える柱は、二人の知識が正しければ外部から空気を換気する通気口でもあり、魔力を伝達するための巨大な回路である。

当然だが、メンテナンスのために作業員が行き来する通路が存在する。巨大なシステムの一部だけに、そうした場所が各地に点在している。

「このフロアから明かりが……。照明が生きているだけマシだな。この先も暗かったら最悪だったぞ」

「でも……エレベーターは止まっていた。めんどい」

「正確には、エレベーターを支えるワイヤーが切れて、使い物にならなくなってたんだがな。長いこと放置されてたんだから当然だろ」

柱自体がシステムなら、作業員が作業をしやすいように階段やエレベーターが設置されているのもうなずけるが、長い時を放置されていたために壊れやすい箇所から老朽化していた。

換気システムは生きているようで、天井部に近づくほど機械音が大きくなる。しかし、上に行くたびに階段を上がらねばならず、上層階に辿り着く度に階段を探さねばならない。

これは外敵の侵入やテロを防ぐための措置なのだが、探索している立場からすれば酷く面倒なのだ。ゲームのようにモンスターが出現すれば気も紛れるだろうが、どこまでも似たような光景が続くだけであった。

「杏ちゃん、俺達はどこまで来たと思う?」

「……岩盤は既に越えてる。後は地表を目指すだけ……残り、三階くらい?」

「確か、上は盆地だったはずだよな? コボルトが住み着いた洞窟があった気がするけど」

「ん……序盤はお世話になった。ツヴェイト達を鍛えるのにもちょうど良い」

二人の基準にしている情報は【ソード・アンド・ソーサリス】だが、実際にその情報が正しいとは限らない。何しろイーサ・ランテは地中に埋まっていたのだ。

しかも、この地下街道は【ファーフラン大深緑地帯】の先まで続いていたはずであったが、現実はその街道が存在していない。

「東側の大都市、【メーザ・シ・ルヴァの街】は存在していなかったのか?」

「憶測は厳禁……先に滅んだ可能性も大」

「それもあり得るか……地下で繋がる前に滅んだとしたら、今の状況も納得できるな」

「ん……。それより、気づいてる?」

「あぁ、着けられているんだろ? 多分だが、学院生の誰かだろうなぁ……」

大夫前から後ろから覗うような視線が気になっていたが、少なくとも魔物でないと判断して気にしていなかった。しかし、ここから先は未知の領域である。

下手に距離をおかれ魔物にでも教われでもしたら、自分の責任になりかねない。

ただでさえ一度奴隷落ちしたのだ。今度また犯罪奴隷にでもなれば恩賞など当てにできないだろう。

「呼ぶか? なんか、俺達の監督不行き届きにされかねんし」

「ん……それが妥当。無駄な犠牲を出さないのが忍者。にんにん」

「……杏ちゃんってさ、小学生らしくないよな?」

「よく言われる……。自分らしく誇らしく生きてるだけ」

「リアルでどんな生活してたんだか……」

「気になる? やっぱり、ペド? それともロリコン? 幼児専門系の性犯罪者?」

「それ、まだ引っ張るんだ……。もう、やめてくれないかなぁ? んじゃ……お~い、いつまで俺達の後を着いてくる気だ? とっくにバレてるぞ!」

小学生に口で負かされる自分に涙しつつ、背後につきまとう追跡者に声を掛ける。

返答が聞こえないが、おそらくは焦っていることだろう。変な場所に逃げ込まれ迷われても困るので、こちらに来るように促さなくてはならない。

「ただでさえ未踏のエリアなんだ。万が一に魔物に襲われても困るんだけどさ。いい加減に出てきてくんね?」

背後の何者かに声を掛けるが、返答はなかった。

「……返答がない。不審者?」

「かもしれん。試しに【エクスプロード】でも撃ち込んでみるか? 死んだとしても紛らわしい真似をした奴が悪いんだし、自業自得だと思うが……」

「警告した。応えない方が悪い……やっちまえ」

ロリっ子忍者は過激だった。

エロムラも魔法を放つ体勢を取ると、通路の奥から『待ってください! 今そちらに行きますから!!』、『こんな場所で【エクスプロード】は危険ですわ! おやめなさい!!』と、必死な声が返ってくる。

本気で魔法を撃ち込もうとするとは思わなかったのだろう。

まぁ、さすがにこんな場所で使う魔法ではない。誘い出すための嘘なのだ。

「……ティーナちん、キャロキャロ、ストーカー?」

「ティーナちん!?」

「キャロキャロ!?」

二人は杏に妙なあだ名をつけられた。

「どうでも良いが、興味本位で着いてくるのは感心しねぇぞ。万が一何かあったらどうすんだ?」

「武装しないで遺跡探索は無謀……。二人とも、反省」

「うっ……年下の子に説教を受けてしまいましたわ」

「でも、正しいだけに何も言えません」

二人の装備は学院指定の最低限のもので、とても危険な場所に踏み込むのは無謀な行為だ。

もし魔物が存在し教われでもすれば、致命傷になりかねないほど脆弱である。何しろ【ソード・アンド・ソーサリス】の新規プレイヤー並みの防御力しかないのだ。

この先に何が待っているのか分らないのに、防御効果の低い装備で着いてくるのは自殺行為である。

「でも、未発見の場所ですのよ? 探求者として見過ごすわけには……」

「それで死なれたら、俺達の責任になるんだけどな」

「……未開のエリアを発見したら、報告の義務があるんですけど」

「なら、報告に向かえば良かった。……着いてきた時点で命の保証は出来ない」

「「うっ……」」

セレスティーナ達は調査団の一員としてこの地に来ている。

未発見エリアを発見次第、国から派遣された調査団に報告する義務があるのだ。エロムラ達は傭兵であり、あくまで護衛なので報告の義務はなかった。

両者は立場が全く異なるのである。

「しかし、ここまできた以上は追い返すわけにもいかんよな。逆に迷われると困るし」

「ん……めんどう。エロムラ、護衛お願い」

「俺ぇ!? マジかよ……チョロチョロされると困るんだよなぁ~」

「ちょっと、失礼ではなくて? わたくし達を足手まといのように……」

「実際、足手まといだからなぁ~。杏ちゃんくらいの実力者なら問題はないんだけど」

「私から見れば、エロムラも足手まとい。弱いし……」

「酷くない!?」

杏はどこかの【大賢者】程ではないが、かなり上位レベルの忍者である。

忍者の上位職は【忍者マスター】なのだが、イベントの攻略次第では【果心居士】や【児雷也】、【飛び加藤】などの異名が職業になる場合がある。

杏は【猿飛佐助】であった。余談だが他にも【亀忍者】や【レッドシャドウ】などというのもあるが、変なマスクや甲羅の着用という縛りが存在した。

「ここまで来ちまったらしょうがねぇだろ。杏ちゃん、余分な装備はないか?」

「……魔法職じゃないから、装備はない。使い捨てアイテムならある」

「俺は杖なんかがあるが……魔導士装備はねぇな。あっても男物で、サイズも合わん」

これから地上へ上がるにも、セレスティーナ達の装備では心許ない。

現時点で地上の様子が分らないのだから、装備を調えておく必要がある。しかし杏は忍者でエロムラは【ブレイブナイト】。魔導士装備を持ち合わせてなどいないのである。

「あ~……これが【殲滅者】のおっさんなら、何かしら装備を持っているんだろうけどなぁ~」

「いない人のことを言っても仕方がない……人生は前向きに」

「あのおっさん、ヤバイ装備ばかり持ってるだろ。兵器レベルの危険なやつ……」

「生産職だから、面白半分に魔改造してる。マニアだけど、他のメンバーよりはマシ……」

文句を言いながらも、エロムラは二人に使い捨てアイテムを手渡した。

杏もまた瀕死状態から復活できる【身代わり人形】を手渡す。しかし、学院生の制服のままビスクドールを抱きしめている姿は、実にシュールであった。

「あの……これだと戦えないんですけど」

「自分の身くらい、自分で守れますわ!」

「……ラーマフの森程度だと思っているのなら、その考えは捨てた方が良い」

「だな。場所によっては高レベルの魔物が出現することもある。憶測で物を考えるのは危険だぞ?」

「うぅ……普段は頼りないのに、こんな時ばかり正論を言ってますわ」

「もしかして、意外に実力者なのでしょうか?」

「二人とも、失礼じゃね!?」

エロムラ、普段がアホなので実力者と思われていなかった。

自業自得なのだが、美少女二人に言われるとガラスのハートにかなりダメージが来る。

「そりゃ……奴隷ハーレム作ろうとして失敗しましたよ。逆に奴隷落して使い捨ての駒にされそうになりましたよ……。恩賞というより、お情けで自由の身になりましたよ……畜生」

「ん……身から出たわさび、鼻に来るくらい染み入る馬鹿さ加減。父ちゃん、情けなくて涙が出てくらぁ……反省するがよろし」

「慰めにもなってねぇ!? むしろ傷口を開いてるからねぇ!?」

「別に慰めてない……。反省しろと言ってる。女の子を物扱いして良いのは、エロ漫画やエロゲーの中だけ……。人権は守られるべき」

「なんで知ってんのぉ!? 君、本当に小学生!?」

「馬鹿兄貴がエロゲー勧めてきた……。かなりエログロな寝取り寝取られ物……ロリもあった。兄貴は何かを狙ってた……」

「お巡りさぁ―――んっ、この子のお兄さんが変態ですぅ!!」

いくらエロムラでも、小学生の女の子にR18指定のエロゲーを勧めたりはしない。

それを実行した杏の兄は、間違いなくヤバいことを企んでいた可能性が高かった。むしろ危険人物である。

「馬鹿兄貴に……『これ、兄貴の趣味? 現実的にあり得ない。いい歳して何を夢見てんの? いい加減に就職しなよ、いつまで引きこもってんの? 母さんが泣いてるよ? この穀潰し』と言ったら泣かれた」

「杏ちゃん、厳しぃ――――っ! 兄貴、メンタル 弱(よ) ぇ~!!」

「そして、兄貴のエロゲーをお父さんに渡したら、三日後に家から追い出された……ざまぁ」

「うん、当然だね。馬鹿兄貴は、警察に突き出されてもおかしくはない」

「逆恨みして襲ってきたから、返り討ちにしておいた……。両親から完全に愛想尽かされたと思う」

「小学生に返り討ちぃ!? 兄貴、どんだけ弱いんだよ!!」

「デブで動きが鈍かったから、楽勝だった……」

自宅警備員の兄貴だったらしい。

色々と面倒な家庭事情のようだが、これ以上は他人の家庭に踏み込まない方が良い気がする。

「ちなみに……エロムラは兄貴に似ている。馬鹿なところが……」

「うそぉ~ん、だから俺に厳しいのね。けど、小学生に手を出す気はないぞぉ!」

「……フッ、犯罪者が何を言う。奴隷ハーレムを作ろうとしたくせに……」

「ママン、小学生が古傷を抉ってきたよぉ―――――っ!! 俺、子供は守備範囲外なのにぃ!!」

「……戯れ言を。『子供に手を出すのもロマン』だとか言ってた……」

「その場の勢いだからぁ、冗談だからねぇ!?」

たとえ過去のことでも、言ったことには変わりない。

その場での勢いに任せた馬鹿な言動のツケを、エロムラは今になって支払わされていた。

口は災いの元である。

「エロモエスキーさん……。あなたって人は……」

「こ、子供に劣情を!? へ、変態ですわ!!」

「俺の馬鹿ぁ―――――っ、過去に戻って自分を殴りたい!!」

女子二人の白い目が痛かった。

過去は変えられない。たとえその場の勢いだけによる言動であったとしも、その結果を記憶している者には紛れもない現実である。

冗談であろうが本気だろうが、少なくとも『こいつ、人として駄目なやつだ』と認識された時点で結果は決まってしまう。今置かれている状況はエロムラの行動による結果である。

「……行動には、責任がつきもの」

「うん……よく分ったよ。身をもって知った……。俺、これからはエルフ一筋で生きることにするよ。ナイスバディの……」

「……最低です」

「……変態ですわ」

もはや変態の認識は覆せないところまで来てしまった。

エロムラくんの未来は暗い。

「……遊んでないで、さっさと立つ。時間は過ぎていく一方」

「俺のせいじゃないよねぇ!?」

「……エロムラ、言い訳は男らしくない」

「……畜生」

散々弄られたエロムラくんは、背中に冷たい視線に晒されながらも、泣きながら先を進むのであった。

哀愁漂う彼に、幸せが訪れるかどうかは不明である。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

何度も迂回や作業員の点検通路を行き来し、四人は地上まで来ることが出来た。

時々通路を塞ぐ瓦礫を排除しつつ、辿り着いた場所は巨大な円形の建物である。これが換気用ダストなのだろう。

「……ようやく地上か。にしても……」

「ん……見渡す限り、廃墟……。地上にもあった街が、今はすっかり大自然」

「遺跡が地上にも……ですが、荒廃が酷いですわね」

「雪が積もっています。やっぱり、装備を調えてから来るべきでした」

地上はイーサ・ランテにあった建物と似たような構造建築だが、そのほとんどが今や森の中に埋もれていた。

その上、山岳部特有の気候によって雪が積もり、少なくとも三メートルほどの深さはあるだろう。

地上に降りれば間違いなく雪に足が埋まる。

「幸いと言って良いのか、この大型換気口の外周はセメント製。強化ガラスなのか一枚も割れていない。問題は……外に出られるのか?」

「問題ない。扉は内側に開くタイプ、出るときは目の前に雪の壁があるだけ……」

「それは、普通に外へ出られませんわよ?」

「まさか、魔法で吹き飛ばす気では?」

杏は無茶を言う性格だった。

「まてまて、地上近辺が安全だとは限らないんだぞ!? 扉を開けるのは良いとしても、魔物に侵入されたら最悪だろ」

「ん……問題ない。エロムラが生け贄になれば良いだけ」

「杏ちゃん、酷い! 俺がいったい何をしたぁ!!」

「……セクハラ」

杏は意外に根に持つ性格だった。

「あの……いま、森の奥に動く影を見ましたわよ?」

「えっ? どこですか、キャロスティーさん」

「あの建物に生えている木の陰ですわ。ゴブリンかしら?」

全員が窓から観察してみると、確かに蠢く影があった。

それは、豚か猪を思わせる頭部に鈍重なほど肥えた体だが、そのイメージを覆すほどの素早さで、建物の影から影へと移動を繰り返している

「おい……あれ、【ハイ・オークナイト】じゃねぇのか? 少なくとも上位種の進化レベルは300だったと思うぞ。俺と同レベルのヤツがいるかも……大丈夫か?」

「……嘘ぉ、私達では一頭も倒せませんわよ!」

「見てください! まだ、奥にいるようです」

森の中にはかなりの数の【ハイ・オーク】や【ハイ・オークナイト】の姿があり、それぞれが武器を持って統率のとれた動きをしていた。まるで戦いに挑む戦士のようである。

少なくとも【ハイ・オークロード】や【ハイ・オークジェネラル】がいなければ、このような動きは見せることはない。

「ん……向こうにも、何かいる」

「向こうって……マジか、アレは……」

それは、犬の頭部を持つ人型の魔物。

全身が体毛で覆われ、剣や槍を手に【ハイ・オーク】へと襲いかかる。

「冗談だろ、【グレーター・コボルト】じゃねぇか。しかも、大型の奴が何頭もいやがる」

「ん……楽勝」

「杏ちゃんはねぇ! 俺達には荷が重すぎるぞ!!」

【グレーター・コボルト】は、通常種である【ハイ・コボルト】のレベルが300で進化する個体の中から、希に発生する種である。

中にはレベル600を超える存在もおり、いくらエロムラでも集団で襲われでもしたら負ける可能性が高い。【極限突破】している杏なら楽勝かも知れないが、低レベルの者達が踏み込んで良い土地ではなかった。セレスティーナやキャロスティーは死に行くようなものである。

「エロダイスキーさん……。本当に女の子より弱いんですか?」

「意外にだらしがないのですわね。このような少女に戦わせる気ですの?」

「レベルが違うからねぇ!? 少なくとも杏ちゃんは、俺の二倍は強いからぁ!!」

「そんなの、信じられるわけありませんわ!」

「そうです! 言い訳は男らしくありません!!」

「杏ちゃんのレベル――格は1000を超えている。俺はようやく半分を超えたとこなんだよぉ!!」

「「ええっ!?」」

「ん……それはお姉ちゃん達。今はレベル866。お腹がすいて、【世界樹の実】を七個食べたら上がった」

必死なエロムラの言葉に二人は勢いよく杏に振り返ると、そこには得意げに小さな胸を張るピンク忍者の姿があった。

そう、この中で一番強いのが杏なのだ。

【世界樹の実】は身体レベルと技能レベルを任意に20~30ほど上げることができる。この世界で採取することができるかは分らないが、神話級のレアアイテムだ。

元のレベルが711。【世界樹の実】よるレベル振り分けで、157加算された。杏の場合、【極限突破】は早い段階でできたらしく、条件が分らずじまいであった。

ほとんどの上位者が【極限突破】に関して、いつの間にか条件を満たしている場合が多く、訳の分らないシステムに多くのプレイヤーが頭を悩ませている。

ちなみに【黄金リンゴ】と同じく、【命の 水(エリクサー) 】の素材としても流用でき、お腹がすいたという理由で食べて良いものではない。

幸いとも言うべきか、この異世界ではその希少性に誰も気づいていなかった。もし知っている学者がいれば卒倒したことだろう。

「【殲滅者】のおっさん達に続く最上位者パーティーの一つ、それが【影六人】だ。杏ちゃんはそのメンバーの一人……。俺よりもはるかに強いんだよぉ、戦ったら一撃で死ぬし、装備からしても……あれ? お姉ちゃん!?」

「パーティーの内、二人が実の姉……でなきゃ小学生に高レベルは無理。時間的に余裕がない」

「大物相手に経験値のボーナス効果目的でレベリングか……下手すりゃ一撃で死ぬじゃん。鬼だ。お姉さんを紹介して欲しい」

「エロムラ……エルフ一筋はどこに消えた?」

杏の姉二人は、家族共々末っ子のツンな妹にデレ甘だった。現在フリーのプログラマーと音楽家で、WEB配信でそれなりに稼いでいる。

ただし、下にいる高卒者の双子の弟二人のうち、引きこもりの方には厳しい。むしろ冷たい。

杏の兄に当たるもう一人の弟は、そもそもゲーム自体に興味がなく、スポーツに熱を入れる爽やかサッカー青年。会社のチームに入り、フィールドで活躍していた。

その下に高校生の兄と中学生の姉がいるが、少年小説家と腐女子界の革命児という、やけに濃い七人姉弟だった。

「……せ、先生に次ぐ実力者!? 冗談ですよね? こんなに小さいのに……」

「マジ……。レベル500ちょいの俺からすれば、力の差が圧倒的。はっきり言って化け物。【大賢者】に匹敵する【忍者マスター】だ」

「んふぅ~、【佐助】の名はダテじゃない。今は【殲滅者】の方が圧倒的に強いと思う。少し前まで素材集めに災害級クラスのモンスター狩りをしてたし……」

「杏ちゃん、まさかとは思うが……その無謀な狩りを手伝っていたとか?」

「ん……報酬が良かったから、少しだけ。他のパーティーを巻き込んで、一緒にヒャッハーしていた」

「待って、【大賢者】に匹敵する? セレスティーナさん……先ほど、【殲滅者】と聞いて先生と言いましたわね? それってつまり……貴女に魔法を教えたのは……」

「あっ……」

うっかり漏らしたその情報。

キャロスティーには決して聞き逃せない事実がそこに含まれていた。

「ズルイですわ! わたくしが【賢者】に憧れを抱いているのを知っておきながら、ご自分ばかり偉大な魔導士に師事していたなんて……」

「いえ……教えなかったわけではなく、教えることが出来ない深い事情がありまして……」

「何を言いますの! 【大賢者】ほどの魔導士なら、国を挙げて歓待するほどの偉大な方ですのよ!? そのようなお方を埋もれさせるなんて、信じられませんわ!」

「ん……【殲滅者】は権力なんて面倒なものはいらない。好き勝手に生きて、趣味の赴くままに暴走する。余計なことをしたら国が滅びる」

「杏さん……【大賢者】のことを良く知っておられるようですわね?」

「ん……良く、武器を作って貰った。背中の刀も【殲滅者】特製の【八十六式村正スペシャル】。【麻痺】【毒】【混乱】【呪い】【即死】効果が付いている」

「やりすぎだろ……。なにやってんだ、あのおっさん」

効果がヤバかった。

忍者の特性に【状態異常効果up】の職業スキル特性が存在する。この効果により、恐ろしく高確率で状態異常が決まるのだ。

しかもイベントで【忍者マスター】から【猿飛佐助】と職業名が変化した。この職業特性は刀による攻撃が高まるだけでなく、クリティカル率も上昇する。【素早さ】補正や【器用さ】も大幅に高まり、瞬間的に罠を仕掛けることも可能。敵に回すと厄介な必殺忍者ができあがる。

余談だが、【霧隠才蔵】や【飛び加藤】、【服部半蔵】や【石川五右衛門】などの人名職が存在する。忍者職は少し特殊な職業なのだ。

「【殲滅者】は戦闘系スキルも鍛えてある。並みの戦士職では絶対に勝てない……」

「マジか……。裏切って正解だったな、予想以上の化けもんじゃねぇか……」

「……魔導士ではないのですか? 【大賢者】ですのよね?」

「「魔導士『だ』。ただ、常識の埒外……」」

キャロスティーの言う【賢者】は、物語で勇者や英雄を導く英知と信念を持った気高い存在だが、どこかのおっさんはその肖像からかけ離れている。

むしろ完全に真逆な存在なので、高尚な理念を期待するだけ無駄なのだ。

「先生は、キャロスティーさんの言う【賢者】とはほど遠いと思います。むしろ『面白そうだから』という理由で【魔王】側について暴れる、悪の魔導士が似合うかと……」

「「うん、その認識は正しい!」」

「なぜ、そのような方が【大賢者】なんですの!? おかしいですわ!」

「ん……【賢者】になるのに人格は関係ない。悪党でも極めれば【賢者】に至れるのが現実……夢を持つのは良いけど、世の中は物語のような勧善懲悪じゃない」

「杏さん、辛辣です。でも、正しい意見ですね。先生は、かなりの迷惑を各地で引き起こしたらしいですから……」

「な、納得いきませんわ……」

【ソード・アンド・ソーサリス】の世界において、【殲滅者】は大賢者五人全員が愉快犯だった。

色々と騒ぎに巻き込まれ、或いは巻き起こすが、客や友人にはかなり良心的であったりする。

ビギナーにプレイヤーにも、ボランティアという名目の人体実験で回復アイテムを格安販売するほどだ。プレイヤーの何割かは酷い目に遭っている。

恩恵よりも被った被害の方が圧倒的に多い。特にレイドの時は犠牲者が必ず出てしまう。

それでも職業は【大賢者】。物騒な効果のアイテムを作り、厄介な素材を嬉々として採取に行き、PK職には凶悪な魔物を逆トレインで押しつけ、集団戦闘では魔法で仲間ごと壮絶に吹き飛ばす。

職業は【大賢者】でも、それはあくまでも便宜上のもので、やっていることはテロリストと変わりない。

「先生はのんびり暮らすのが好きなようでして、国を挙げて歓待するとか言われたら真っ先に姿をくらましますね。先生は権力者が苦手のようですから」

「うぅ……でも、【大賢者】ですのよ? たとえ酷い魔導士でも、一度くらい教えを請うてみたいですわ」

「個人でお会いするくらいなら良いと思いますけど、大勢に歓待されるような事態は避けると思いますね。本人は『世捨て人』と断言していましたから」

「あのおっさん、引きこもりには見えなかったな。まぁ、結構好き勝手に遊んでいるように思えたが……」

「ん……【殲滅者】は、縛られるのが嫌い。基本的に自由人」

腐っても【大賢者】。なまじステータスで【大賢者】の職業を獲得した者がいないだけに、その領域に足を踏み入れた者は要人どころか国家総力を挙げて取り込みたい逸材なのだ。

だが、そんな上位の存在が制御できるわけがない。ましてレベル1800超えなど未知の領域どころか、ぶちゃけ下級神に匹敵する。

敵に回すと厄介な、味方でもある意味で扱いづらい存在なのだ。デルサシス公爵が陣営に組み込もうとしないのも、敵に回さない適度な距離を保っているからである。

そして必要なときに報酬を支払い、力を借りる安全距離を貫いている。意思を持つ強大な力は、制御することが難しいと知っているのだ。

下手に追い込んで感情を爆発させでもしたら、目も当てられない被害を受けることになりかねない。リスクは小さいほど良いのだ。

「いつまでも、この場にいても仕方がないな。冷え込むし……」

「地上に出てみると……そこは雪国だった」

「この建物から出るのは得策ではありませんしね、一度戻った方が良いでしょう」

「それがよろしいですわ。もし、魔物がここに侵入してきて……あら?」

キャロスティーは、通路の先に蠢く影を発見する。

「皆さん……奥に、誰かがいるようですわよ?」

「な、なにぃ!?」

「……ッ! アレは……」

奥にいたのは、身長が二メートル近くある灰色のコボルトであった。

「おいおい……フラグを立てて直ぐかぁ? アレは、【ハイ・コボルト】じゃねぇか!」

「マズイ……足手まといが三人もいる。逃げるが吉?」

この場にいる四人は、今いる施設が既に魔物が侵入できるほど荒廃していた事実を知る。

どこかの壁に穴が開き、そこから侵入してきた可能性が高い。

エロムラは腰の剣を引き抜くと、正面に構え迎撃の態勢を取るのであった。