作品タイトル不明
第78話『合流からの』
岩槍の広場を背にして歩き出すと、さっきまで妙に張り詰めていた空気が、少しずついつもの旅路のそれへ戻っていった。
もっとも、三人になったことで安心感が増したかと言われると、これがなかなか難しい。集団の先頭を歩く私は機械仕掛けの異形で、横にはガスマスクを被ったサクスの民がいる。そこへ、枯れ木を人の形に編み込んだようなモリアが加わったのだ。
荒野の乾いた風に三者三様の不審者が並んで歩くその絵面は、どこかの盗賊団でももう少し統一感を出すのではないかと思えるほどだった。
ただ、モリアの様子は少しコミカルだ。時折、道端の石や枯れ草に視線を向け、何かを拾おうとして手を伸ばしかけるあたりに、先ほど見た仕草の名残があった。
「ところでモリアは、どうやってここまで来たの?」
しばらく歩いたところで、私はそう問いかけた。
単純に気になったのだ。岩槍の広場に現れた時の様子を見る限り、彼女はただ迷い込んできたというより、それなりに準備を整えてここまで来たように見える。私と違ってロヨンの道案内があったわけでもなさそうだし、あの黒い霧のようなものも含めて、聞きたいことは山ほどあった。
モリアは少しだけ首を傾げた。蔓が絡み合った頭部が横に傾くと、枯れ枝が擦れてかさりと鳴った。
「ここまで、というのは、森にいた頃からの話でしょうか。それとも岩槍の広場まで来る道中の話でしょうか」
む、たしかに分かりにくかったか。森から岩槍の広場までの道程を尋ねたかったのだが、彼女のバックボーンにももちろん興味があるし、それを聞こうか。
「最初はここへ来るまでの話を想定していたんだけど、森にいた頃からの話でも悪くないな。むしろそっちを聞かせてほしい」
私がそう言うと、モリアは少し考えるように歩調を緩めた。ロヨンも興味を惹かれたのか、ガスマスクの奥から彼女へ視線を向けている。
「では、全てを事細かにお話すると長くなりそうなので、掻い摘んで話します。まず私が生まれ落ちたのは、本当に森の中にぽつんと、という感じでしたね」
モリアの話によると、彼女はキャラメイクの時点で、支援AIとずいぶん穏やかなやり取りをしたらしい。その名は【輝き慈しむ月光】ルナシエラ。輝き、慈しむ、月光。単語の時点でだいぶ優しい雰囲気がある。
「ルナシエラは、かなり丁寧でした。種族の特徴や恩寵の方向性についても、私が理解できるまで事細かに説明してくれましたし、恩寵を無理に選ばせるようなこともしませんでした。だから、目覚めた後も、しばらくはその延長のような穏やかな始まりになると思っていたんです」
「その言い方だと、穏やかでは済まなかったようでございますな」
ロヨンが低く呟く。
モリアは枝の指を頬に付け、困ったように頷いた。
「はい。目が覚めたら、薄暗い森の中に一人で立っていました。周りには木ばかりで、道らしいものも見えません。あれ、ここから始まるんだ、と思った瞬間、横からものすごい勢いで何かが突っ込んできまして」
「何か?」
「豚か、イノシシか、そういう系統のモンスターだったと思います。あまりにも突然の事だったので、その正体は今でも分かっていません。ただ、体の大きさと勢いはダンプカーみたいでした。避ける暇もなく轢かれて、一瞬でデスポーンしました」
思わず足が止まりかけた。
「いやいや、スポーン場所はせめて安全な場所にしとけよ……」
口に出してから、私はすぐに納得した。
「ああ、ポラリスか」
モリアは私の反応を見て、そうだと言わんばかりに何度も頷いた。ルナシエラとかいうまともそうな存在に案内された彼女からすれば、初期スポーン地点で即死する理不尽の責任を誰に押しつければよいのか、まだ判断がつかなかったに違いない。巨悪を除いて。
「それで、次はどこに出たんだ?」
「最初の場所から少しだけずれた場所でした。そこには廃屋群というか、打ち捨てられた集落のようなものがありました。屋根が落ちた家や、半分土に埋もれた倉庫がかなりしっかりと残っていて、その雰囲気が最初は少し怖かったですね」
モリアはその時の光景を思い出すように、ゆっくり語った。森の中にぽつんと残された古い集落。湿った土の匂い。苔に覆われた石畳。倒れた柱の隙間から伸びる根。そこに枯れ木めいた身体で立つ自分。
うん、想像すると、かなり雰囲気はある。初手でダンプカー猪に轢かれていなければ、神秘的な始まりとして語れたかもしれない。
「とりあえず、目につくものを片っ端からインベントリに入れました。壊れた道具、古い布、よく分からない種、瓶、石、木片、それに骨のようなものも。使えるかどうかは後で考えればいいと思って」
私も同じようなものだった。
「その癖、さっきも出てたね」
「はい。素材かもしれないものを見ると、つい」
モリアは悪びれた様子もなく答えた。
廃集落で少し逗留した彼女は、そこで自分の身体の動きに慣れ、スキルチケットを使っていくつかの能力を得たらしい。木の身体に近い種族特性のせいか、最初は歩くことさえ妙な感覚だったという。慣れてくるとその身体はかなり柔軟で、森の中を移動するにはむしろ都合がよかったそうだ。
「恩寵も、最初から少しだけ扱いやすい形になっていました。どういう理由かは分かりませんが、他のプレイヤーが嘆くのとは別に、私の恩寵には最初からバフがありましたから」
「元からメリットが含まれていた恩寵か。普通に羨ましいね」
私は本気でそう思った。こちらの恩寵は初期から親切設計だったかというと、全力で首を傾げざるを得ない。
モリアは廃集落を仮の拠点にしながら、少しずつ森の探索範囲を広げていった。最初は集落の周囲だけを歩き、弱いモンスターを狩り、拾った素材をアレコレと試し、使えそうなものを分類する。そんなこんなで危険な獣の縄張りを避けながら、森の奥へ踏み込んでいったらしい。
そして、彼女の目にかなう拠点を見つけた。
「森の中に、かなり大きな廃墟がありました。石造りの建物で、大部分は崩れてはいましたが、壁と地下室が残っていました。周囲に水場もありましたし、見晴らしのよい場所も近かったので、ここを直せば拠点になると思いましたね」
「それを一人で修復したのか?」
「完全に直したわけではありませんよ?植物で壁の隙間を補強したり、根を張らせて足場を作ったり、崩れそうな場所を避けて使える部屋だけ整えたりしただけです。それでも、寝床と倉庫と作業場があるだけで、だいぶ楽になりました」
掻い摘むとそんな話であった。
モリアはそこで腰を据え、更に攻略の速度を上げた。植物魔法で罠を張り、廃墟を中心に森を区画ごとに調べ、危険なモンスターを一体ずつ排除する。素材を集め、スキルを試し、称号を得て、さらに深くへ進む。
およそ一ヶ月ほど、森のあちらこちらを行ったり来たりしながら、ほぼ全域を把握したところで、彼女は以前から目をつけていたボス個体のような存在に挑んだらしい。
「探索初期から存在には気づいていました。明らかに他と違う気配でしたし、その縄張りも広かったので」
「えーと、色々と詳しいね。もしかして、発見時に一度挑んだ感じだ?」
「はい」
「なんで?」
「え?それは……だって、見るからに強そうだったので」
モリアは当然のように言った。
私は横目でロヨンを見る。ロヨンもこちらを見た。たぶん、今だけは私たちの心が完全に一致していた。
「一度目は一方的に負けましたね。何もできませんでしたよ。ですから、そろそろ行けるだろうと思えるくらいまで準備してから、改めて挑戦しました」
「まあ、準備してから挑むだけ偉いね」
「もちろんです。負けるのは悔しいので」
そのボス個体を辛くも撃破した時、モリアは称号と共に不思議なアイテムを得たという。後に彼女の手作りの祭壇に置かれることになる、妙な存在感を持つ種だそうだ。彼女はそれに祈り、供物を捧げ、森の中を徘徊しながら目につくモンスターを片っ端から撃滅していったらしい。
「その一連の結果として、かなりレベルが上がりました」
「かなり、というのは?」
私が尋ねると、モリアは少しだけ間を置いた。
「21です」
その数字を聞いた瞬間、私は黙った。ロヨンも黙った。乾いた風が三人の間を抜け、足元の砂をさらっていく。
21……。私よりも10上だ。
「……君、森で何をしていたの?」
「え、探索と戦闘ですよ?」
「それは説明として正しいけど、たぶんそういうことを聞いているのではございませんな」
ロヨンの声が少し引いていた。私も同意見だった。目につくモンスターの悉くを撃滅した、という言葉が比喩ではなく事実として響くのが怖い。穏やかそうに語っているが、やっていることは森の生態系に対する単独侵攻である。
「そう言うそちらはどうだったのですか?」
信じられないような目で見つめる私たちにパスを渡したかったのか、モリアがこちらへと話を向けてきた。
せっかくなので、私も簡単に旅路を話してみせた。キャラメイクから大サクス神殿に至るまで、朽ちた小さな箱の中、ボロボロの機械の身体で目覚めたこと。動かない体をなんとか動かす訓練。ロヨンとの出会い。強敵との戦い。全部を細かく語れば夜が明けるので、要点だけを拾って並べていった。
モリアは途中から、枝の指を胸元で組んだまま固まっていた。
「……ルイスさんも、だいぶおかしいですね」
「ははは、モリアに言われると、なかなか重みがあるね」
その様子に、思わず笑ってしまった。
すると、今度はロヨンが静かに口を開いた。
「では、私も少し話しておきましょう。私の場合は、そうですな、地下に囚われたところからでございますな」
彼は掻い摘んで語った。かつて地下施設に囚われていたこと。そこで長い時間を過ごし、サクスの民としての身体を、祈りを、誇りを削られていったこと。外の光を見ないまま、いつ終わるか分からない日々の中で、サクスザントへの信仰と宿願だけを手放さずにいたこと。そして、ルイスと出会い、外へ出て、今こうして荒野を歩いていること。
ロヨンは淡々と語ったが、言葉の端々には、乾ききらない傷のようなものが残っていた。ガスマスクの奥の表情は見えない。それでも、長い苦痛を笑い話に変えられるほど時間が経っていないことくらいは分かる。
モリアは完全に引いていた。
「この旅、思っていたより随分と濃いですね……」
「それはそう。濃度だけなら、そろそろ煮詰まりすぎて鍋底が焦げているよ……」
「焦げた鍋底をさらに削って食べているような行程でございますからな」
ロヨンが妙な比喩を足し、モリアが困ったように笑った。三人とも外見も経歴もろくでもないが、こうして歩きながら話している分には、妙に噛み合っているように思えるのは、私の勘違いか?
そんな風に互いの来歴をつまみにしながら歩いていると、やがて視界の先に赤砂が見えてきた。
岩槍の広場周辺の乾いた大地とは質感が少し違う。細かな赤い砂が風に乗って低く流れ、地面の起伏を薄い布のように覆っている。ロヨンが周囲を警戒するように首を巡らせ、モリアも自然と歩調を落とす。
私も反射的に視線を横へ走らせた。
その瞬間、左手の岩陰が弾けるように動いた。
岩そのものが崩れたのかと思った。赤茶けた塊が地面を蹴り、砂を巻き上げながら横合いから目の前に飛び出してくる。だが、次の瞬間にはそれが四肢を持つ獣の形を取っていることが分かった。
背中から肩にかけて鋭い岩片が棘のように突き出し、頭部は狼に似ている。顎には砕けた石刃のような牙が並び、目にあたる窪みの奥で鈍い黄光が瞬いた。
そいつは低く唸りながら、私たちの進路を塞ぐように着地した。足が地面を叩く度、硬い岩同士がぶつかる音が響く。体表は毛皮ではなく、細かな岩板と砂の層で覆われており、動くたびに表面の破片が剥がれて赤砂へ落ちた。
私は即座に鑑定を走らせる。
表示された名は、ロック・ウルフ。
森にいる狼系モンスターの近縁なのか、輪郭や動きには獣のしなやかさが残っている。だが、ここまで岩に寄った身体をしていると、生き物というより地形が牙を生やして襲いかかってきたように見えた。
「ロック・ウルフ。狼系の近縁種っぽいね」
私がそう告げると、ロヨンが短く息を吐き、モリアが静かに一歩前へ出た。枯れ木の指先がかすかに開き、周囲の赤砂の上に細い影が伸びる。
その動作を見て、私は踏み込む足を止めた。
さて。
森をほぼ単独で食い荒らしたという彼女の実力を、ここで見せてもらおうか。