軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話(ジョセフ視点)

「……疲れた」

すっかり日も沈んだ、鉱山からの帰り道。

誰に主張するわけでもないのだが、僕の口から、自然と言葉が漏れた。

どうして鉱山なんかに行っていたのかって?

そこが、今の僕の職場だからさ。

三年前、フェリシティアとの婚約が解消された後、僕の家は完全に資産を失い、とうとう平民になってしまった。……父上は、『どうしてもっと、フェリシティアの機嫌を取っておかなかったんだ! 馬鹿息子が! お前のせいで、贅沢な暮らしができなくなっちまっただろうが!』と言い、僕を殴った。

ふん。

何が『お前のせいで』だ。

周りの貴族から馬鹿にされている最下級貴族のあんたが贅沢できていたのは、僕がフェリシティアと婚約し、彼女のお父上から援助を受けていたおかげじゃないか。

父上は、僕と母上を残して、姿を消した。

最後に嫌な目つきで僕たちを睨み、『お前たちの面倒を見るのなんてまっぴらだ。俺はこれから一人で生きる』とほざいていたが、あんたに面倒を見てもらった覚えなど、一度もない。

だいたい、これまで、ろくに働いたこともない中年男が、自分一人で生きられると思っているのだろうか? 今頃きっと、どこかの町で借金でも作り、金貸しどもから逃げ回る、惨めな人生を送っているに違いない。

……はぁ。

ただでさえ疲れているのに、不愉快な父親のことを思い出し、ますます体が重くなる。ふと、街灯に照らされた商店の窓ガラスに、僕の顔が映った。

鼻も、頬も、鉱山の炭で真っ黒だ。

ふっ。

ふふっ。

なんだか無性におかしくて、笑いがこみ上げてくる。

……三年前まで、最下級とはいえ貴族であったこの僕が、今は町はずれの鉱山で、炭鉱夫として働いているなんて。自分で言うのもなんだが、とてつもない転落人生である。

貴族としての身分をはく奪され、平民になった以上、働かなければいけないのは分かっていたが、それでも、貴族時代に培った教養を活かした、もう少し文化的で、知的な職に就けると、僕は予想していた。

しかし、それがとてつもなく甘い考えであったと、すぐに思い知った。

今僕が述べた『もう少し文化的で、知的な職』は、優秀な就職希望者たちが、競い合うようにして少ない席を奪い合っている。……彼らの瞳は、まるでハンターだ。数少ないチャンスを、必ずものにしてやるという野心と意欲に溢れている。

……とてもではないが、僕には彼らほどの意欲はない。そもそも、できることなら、働きたくなどないのだから。まあ、僕が必死になったところで、愚鈍で、実務経験もなく、根性さえもなさそうな、元貴族のお坊ちゃんなど、お呼びではないだろうが。

だが、何にしても、仕事はしなければならなかった。

働かなければ、生きていけないのだから。

そして、職業斡旋所に足しげく通い、なんとか紹介してもらえたのが、炭鉱夫の仕事だったというわけだ。……毎日まっ黒に汚れ、危険なことも多く、死ぬほど疲れる鉱山労働は、それまでのんびりと生きていた僕にとって、地獄の刑罰そのものだった。

『元貴族のガキが! チンタラやってんじゃねぇ! ノロマが一人いると、全員に迷惑がかかるんだよ!』

……働き始めの頃は、それこそ朝から晩まで、このような感じで罵倒された。

あまり気の強い方ではない僕は、怒鳴られるのが嫌いだった(まあ、怒鳴られるのが好きと言う人もあまりいないだろうが)。何度逃げ出そうと思ったか分からないが、苦労の果てに、やっと紹介してもらった仕事だ。世の中不景気だし、ここ以外に、僕なんかが生きていける場所はない。だから、必死に耐えた。

耐えて、耐えて、泣いて、耐えて、一年がたった頃。風の噂で、フェリシティアが、地方領主の息子である、リカルドという青年と婚約したらしいことを、僕は知った。

荒っぽい鉱山の男たちに怒鳴られることにも慣れてきていたので、僕も幾分か精神的に強くなったと思っていたが、フェリシティアが別の男のものになると知った瞬間、僕の胸は、針で刺されたかのように痛んだ。

いてもたってもいられなくなった僕は、貴重な休日を利用し、一年ぶりに、フェリシティアの家に向かった。この一年、一度も整えることのなかった髪をちゃんと梳かし、今持っている中で、一番上等な服を着て。

……そして、道の途中で、引き返した。

目からは、涙が溢れていた。

何をやっているんだ、僕は。

何をしようとしていたんだ、僕は。

まさか、『リカルドとの婚約はやめてくれ。僕は心を入れ替えたんだ。だから、また僕と付き合ってくれ』とでも、言おうとしていたのか?

馬鹿。

馬鹿。

本物の、馬鹿男。

今更めかしこんで、フェリシティアに会って、何になると言うんだ。

フェリシティアを軽んじ、ぞんざいな態度を取り続けた僕には、もう、彼女に会う資格すらない。……帰ろう。今日はもう、酒でも飲んで、寝てしまおう。

そんなことを思いながら、俯き、トボトボと歩いていると、道の端からゆっくりとやって来た馬車が、僕の横で停車した。

なんだろう?

僕も足を止め、ちらりと横目で見ると、馬車の小窓が開き、中から精悍な青年が顔を出す。青年は、いかにも親切そうに微笑んで、僕に言った。

「突然声をおかけして、申し訳ありません。おせっかいかもしれませんが、すぐ近くまで嵐が迫っています。このまま歩いていると、ずぶ濡れになってしまいますよ」