軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初恋の行方 1

──リーヴィス帝国第三皇子として生を受けた俺は、生まれ落ちた瞬間から、呪いに身体を蝕まれていた。

治療方法もなく、終わりのない痛みや苦しみと共に、ゆっくりと死を待つだけ。

たった一度、顔を合わせた父には「運が悪かったな」とだけ言われた。俺の人生はそんな一言で片付くものなのだと思うと、この世の全てを呪いさえした。

俺を産んだことで白い目で見られると責め立てられてからはもう、母とも会っていない。

(俺が一体、何をしたというんだろう)

どうして生まれてきてしまったのだろうと、幼い頃からそんなことを考えてばかりいた。俺の暮らす離宮の侍女達が親切なことだけが、唯一の救いだった。

8歳の秋、呪いの症状が悪化し生死を彷徨った。

痛くて苦しくてこれ以上こんな思いをしたくなくて、きっともう死んだ方が楽だと考えた時だった。

『……だ、れ……?』

『初めまして、フェリクス殿下。私はこの国の大聖女、エルセ・リースと申します』

エルセは、俺の前に現れた。

全身に広がる火傷のような呪いのせいで赤は嫌いな色だったけれど、彼女の真紅の髪は綺麗だと思った。

(冷たくて、気持ちいい)

エルセのひどく優しい眼差しに、頰に触れる優しい手つきに、心底泣きたくなった。

大聖女だって、この呪いをどうすることもできないということは分かっていた、のに。

『……せ、じょ……さま……た、すけ、……』

口をついて出たのは、そんな言葉だった。どうしようもなくまだ死にたくないと、縋りつきたくなった。

こんなことを言っても、困らせるだけだと分かっていたし、俺の言葉にやはり彼女は泣きそうな顔をする。

けれど、エルセはやがて何かを決意したような表情を浮かべると魔法を使い、俺の呪いを弱めてみせたのだ。

奇跡だと涙する侍女の側で、痛みや苦しさが消え、身体が楽になっていくのを感じていた。

『……あり、がと……』

『どういたしまして』

優しく頭を撫で、ふわりと微笑んでくれたエルセの笑顔は、神様みたいだと思った。

そしてこの瞬間から、俺の長い初恋が始まったのだ。

それからは体調も落ち着き、出歩けるようになった。

エルセが俺を救ってくれた魔法は特別なものらしく、もう使えないかもしれないと言われていた。

炎龍の呪いを抑える方法など、存在しないと言われているのだ。幼く愚かだった俺は大聖女の彼女にだけ使える特別な魔法なのだと、深く考えずにいた。

『俺、絶対に強くなって皇帝になるから!』

『まあ楽しみ! お給料、10倍にしてもらわないと』

強くなりたくて、少しでもエルセに近づきたくて、魔法を教えてほしいと頼んだ。

誰よりも忙しいはずなのに、エルセは俺の師となり、たくさんのことを教えてくれた。魔法だけじゃない、この国で生きていくための術も、何もかもを。

『フェリクスは天才だもの、私をいつか越えるはずよ』

『絶対に嘘だよ。エルセはすごいもん』

『まあ私ももちろんすごいけど、フェリクスにはそれ以上の才能があるし、将来が楽しみだわ』

そう言って、エルセは柔らかく目を細める。

俺はそんなエルセが大好きで、彼女と一緒に過ごせる日々が幸せで、この先の未来が楽しみだと思えたのは生まれて初めてだった。

──それなのに。

『フェリクス! 早く逃げて!』

エルセと出会ってから、二年が経った秋の日。魔物の出ない街の近くの森で、魔法の練習をしていた俺とエルセを突如、 夥(おびただ) しい数の魔物が取り囲んだ。

それも本でしか見たことのないような、上位の強さの魔物ばかりが。明らかに、異常だった。

それらは、まるでエルセを狙っているかのように彼女へまっすぐに向かっていく。

『な、なんで? ここから、出られない……!』

『……そんな、まさか』

そして俺とエルセ、魔物を取り囲むように、結界のようなものが張られ、逃げることもできない。

エルセは結界を解こうとしたものの、次々と襲いかかる魔物のせいでそれは叶わず、結局彼女は一人で全ての魔物を倒しきった。──沢山の傷を負いながら。

何の力もない足手まといの俺は、彼女の後ろでただ守られているだけだった。

『……いった……やられちゃった、なあ……』

やがてその場に倒れ込むように横たわったエルセの真っ白な聖女服は、彼女の血で真っ赤に染まっている。

『っ早く、治癒魔法を……!』

『……もう、使えなく、なっちゃった』

慌てて駆け寄った俺を見て、困ったように微笑む彼女は素人目でも、助かりそうにないと分かってしまう。

治癒魔法を使うための魔法回路が駄目になってしまったらしく、エルセは「うっかりだ」なんて言って笑う。

(──エルセが、死ぬ?)

そんなこと、俺にとっては死も同然だった。エルセがいたから、生まれてきて良かったと初めて思えたのだ。

頭が真っ白になり、怖くて泣きたくて、どうしたら良いのか分からず、涙だけが零れ落ちていく。

『っすぐに、人を呼んでくるから──』

『ねえ、フェリクス、おいで』

魔物が全て死ぬのと同時に、結界は解けていた。

街へ行って助けを呼ぼうとする俺を引き止め、エルセは地面に横たわったまま俺を抱き寄せる。きっともう間に合わないと、彼女は悟っていたのだろう。

抱きしめられるのと同時に、ゆっくりと身体中から魔力が奪われていく感覚がした。

──もしかすると、魔力さえあれば治せるのかもしれない。だって、エルセはすごい魔法使いだから。

そんな期待を胸に、俺の魔力なんか空っぽになるまで全部エルセにあげると思っていたのに。

『ど、して……』

やがて顔を上げると、真っ白だった彼女の肌には火傷のような跡が広がっていた。手足にも、綺麗な顔にも。

間違いなくこの身に宿していたものと同じで、俺は息をするのも忘れ、その姿を見つめることしかできない。

そして俺の身体からは、呪いの気配が一切なくなっていることにも、気が付いてしまった。

『っなんで、こんな……!』

──今になって、ようやく理解する。あの日もエルセは俺の呪いを治療したのではなく、吸収したのだと。

誰よりもこの呪いについて理解していた俺は、彼女がどれほど苦しんだのかも、容易に想像がついた。

言葉を失う俺に、エルセは苦しげな笑顔を向ける。

『フェリクスの辛いこと、私が全部、持っていくから』

その瞬間、俺は幼い子どものように泣き出していた。

死を悟ったエルセは最期の力を使い、俺の呪いを全て自身の身体に移し切ったのだ。

どうしてエルセはこんなにも、俺を救ってくれるのだろう。俺はまだ、彼女に何ひとつ返せていないのに。

『やだ、いやだ、エルセ……死なないで……!』

エルセの周りには血溜まりが広がっていき、彼女を抱きしめていた俺の身体も、真っ赤に染まっていた。

泣くことしかできない俺の左の頬を、エルセは冷たくなり始めた手のひらで、そっと撫でてくれる。

『私ね、幸せ、だったんだ。こんなに特別な力を、もらって……沢山の人を、救えて……最後に、こんなにかわいい弟子まで、できたんだもの。もう、十分だわ』

血が滲む唇が、小さく弧を描く。掠れ、震える声でエルセは「だからね」と続ける。

『……今度は、フェリクスの未来が、たくさんの嬉しいこと、幸せなことで、いっぱいに、なりますように』

それが、彼女の最期の言葉だった。