軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帝国の『呪い』について 4

十七年前と変わらない姿をしたルフィノは、黄金の瞳を柔らかく細め、私を見つめている。

ルフィノはハーフエルフのため寿命が長く、歳をあまりとらないのだ。私が帝国の大聖女だった頃でも、ゆうに100歳を超えていたはず。

人間離れした美しさを持ち、穏やかで誰にでも親切な彼は、多くの人から愛されていた記憶がある。

(あのシルヴィアだって、ルフィノを好いていたっけ)

「聖女様、どうかされましたか?」

過去を思い出しぼんやりしてしまっていた私の顔を、ルフィノは不思議そうに覗き込む。

すぐに我に返り、私は慌てて笑みを向けた。

「初めまして、ティアナ・エヴァレットと申します」

「ティアナ様ですね。何か魔法についてお困りのことあれば、僕にお申し付けください」

「ありがとうございます」

相変わらず優しい雰囲気を纏った彼は、形の良い唇で美しい弧を描く。陽の光を受けて耀く銀髪と大きな金色のピアスが、春の風で揺れていた。

まるで別人となったフェリクスとは違い、ルフィノは私が知る彼そのもので、安堵したような気持ちになる。

「皇妃になられる聖女様が、僕に敬語など使われる必要はありません。ぜひルフィノとお呼びください」

「ええ、分かったわ」

それからバイロンがここへ来た理由を説明すると、ルフィノは納得したような様子を見せた。

「ああ、そうでしたか。すぐに資料を保管している部屋へご案内します。バイロンさんはお忙しいでしょうし、僕が聖女様をご案内して、お部屋まで送り届けますよ」

「ですが、ルフィノ様こそお忙しいのでは……」

「優秀な子達が多いので、僕が多少抜けても問題ありませんから。それに魔塔の主としても、長い付き合いになる聖女様とはお話をしておきたいので」

ルフィノの予想外の申し出に少し驚いたものの、断る理由などない。もちろん、長い付き合いになる可能性は限りなく低いのだけれど。

(ルフィノほどの立場の人にも、私がお飾りだと知らせていないのかしら)

「ぜひお願いするわ、ありがとう」

「かしこまりました」

ルフィノとも良い関係を築けたら嬉しいし、バイロンだって私とはさっさと別れ、仕事に戻りたいはず。

少し戸惑った様子のバイロンにお礼を言うと、私はルフィノと共に資料室へと向かった。

◇◇◇

「こ、こんなにあるのね……」

資料室に着き『呪い』についての文献だという本の山を前に、私は息を呑む。問題解決のため、これまで多くの研究が続けられてきたのだろう。

一体どこから手を付ければいいだろうと首を傾げていると、ルフィノは本の山の中から数冊の本を魔法でふわりと取り出し、私の目の前の机に重ねて置いた。

「このあたりが分かりやすいかと思います。帝国の『呪い』についてはどの程度ご存知で?」

「……お恥ずかしながら、ほとんど何も知らないの」

「そうでしたか。良ければ僕がご説明しましょうか」

何も知らず嫁いできた無知な私を白い目で見ることもなく、ルフィノはそう申し出てくれる。ルフィノはエルフというより天使だと思いながら、お願いをした。

最年少で大聖女となり、不安定な立場でもあった過去の私をいつも助けてくれたのも、彼だった。

ルフィノは一冊の本を開き、見せてくれる。そこには文字と共に、真っ黒な湖と魔物の絵が描かれていた。

「我がリーヴィス帝国に初めて『呪い』が降りかかったのは、今から十五年前のことでした」

「十五年前……」

「始めに帝国最大の湖であるナイトリー湖が一夜にして穢れ、瘴気と魔物を生み出す死の湖となったのです」

湖を囲む広大な森の動植物は全て死に絶え、湖から繋がる川を伝い瘴気は広範囲に広がり、数えきれないほどの人々が命を落としたという。

あまりの惨い話に、私は言葉を失ってしまう。

一晩にしてそれほどの穢れを生み出すような呪いの原因なんてものも、想像すらつかなかった。

「ナイトリー湖を含めて計5ヶ所、帝国には同じように突如『呪い』を受けた場所があります」

湖から洞窟、村まで様々な場所があり、私が想像していたよりもずっと、状況は悲惨なものだった。そのどれもがとても美しい場所だったことを、私は知っている。

(……どうしてリーヴィス帝国が、こんな呪いを受けなくてはならなかったの?)

私が生きていた頃は、そんな気配など一切なかったというのに。エルセとして生まれ育ち愛した帝国が変わり果ててしまったことに、ショックを隠しきれずにいた。

『大聖女様のお蔭で、今年は豊作だったんですよ』

『わたしね、大きくなったら大聖女さまみたいな、すごい聖女さまになりたい!』

何より美しい自然や大切な民達の多くの命が失われたことを思うと、悔しくてやるせなくて悲しくて辛くて、胸が張り裂けそうな思いがする。

「………っ」

気が付けば私の瞳からは、涙が溢れ落ちていく。

(私があの時死んだりしなければ、救うことができた命だってきっと、たくさんあったはずだわ)

今私が泣いたところで何も変わらない、無意味なことだと分かっているのに、涙は止まってはくれない。

「っごめん、なさ……」

いきなり他国から来た聖女が少し話を聞いただけで泣き出してしまっては、ルフィノだって困るだろう。

そう、思っていたのに。私の涙を指先で拭った彼は、きっと私と同じくらい、辛そうな顔をしていた。

「……あなたはやはり、変わりませんね」

「えっ?」

ティアナとしては先ほど初めて会ったはずなのに、私のことを知っているような口ぶりに、困惑してしまう。

(やっぱり、ルフィノも泣き虫で空っぽなティアナのことを知っていたのかしら)

そんなことを考えながら、なかなか止まってくれない涙を必死に堪えていた時だった。

「──ティアナ?」

不意に名前を呼ばれ顔を上げると、そこには見間違えるはずもない、フェリクスの姿があった。