軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冒険者1 四月五日

――長く、長い時間が経ったように思う。

――実際に経過した時間よりも、体感で流れた時間よりも。

――不安の中に退屈を覚えてしまいかねないほどに、俺は待ち続けた。

高校は何の障害も挟まることなく卒業している。

最終的な卒業人数は全体の三分の一以下となり、がらんとした印象の卒業式は寂しさを思わせた。

教師の数も少なくなり、式そのものも酷く短い。

正式とするには記憶に留まり難く、けれど俺は何も言う気はなかった。

それは小森も咲も一緒だ。

あちらはあちらで話をしていて、俺は混ざらずに午前中に終わった学校を誰とも言葉を交わさずに去った。

後ろから誰かが声を掛けてきたとは思う。

けどそれが誰で、どんな事情だろうとも俺は足を止める気はもう無かった。

携帯も鳴っていた、と今なら思い出せる。

結局、相手が誰かも確認しなかったから解らないけれど。

街は静かとは言えない。

そこかしこで人が車に物を詰め込み、あるいは怒鳴り合っていた。

予言の成就まで時間は残されていないというのに今更準備を始め、彼等はどのように逃げるのかを大声で喧嘩している。

彼等が遠くまで逃げるのは不可能ではない。

家を定めず、道が何でも良いのであれば逃げるのは可能だ。

とはいえ、それで長期間暮らしていける訳がない。

現代人が暮らしていくにはどうしたって完備された家が必要で、時間が無い中で要求する全てを満たせる家はもう見つけられない。

逃げているのは此処だけではないのだ。

国内中で同様の事態が起きていれば、どうしたって限界はいつか迎えるだろう。

それが今であり、ここまで迫るまで碌に準備をしていなかったのなら遅れるのは必然。

街に残る人間も居る。

そちらは引っ越すほどの金が無いか、何処に引っ越しをしても無駄だと諦めている人間だ。

俺の学校の卒業式は三月の半ば。

予言の発生を調整したことで進学や就職が難しくなり、今年はどちらが出来なかったとしても大して責められなかった。

家族もこの件で俺を責めることはない。

寧ろ、数年は安全の為に一緒に居た方が良いと言われていて、それが将来で不利になることを家族は承知している。

有難い話だ。

同時に申し訳ないとも思う。

この二人に子供が居なければ、そんな将来を考える必要もなかったのに。

家族はまだ家から離れなかった。

もう物らしい物もなくて、車も親戚の家にある。

残っているのは最低限な品物ばかりで、執着を覚える要因なんてまったくの皆無だ。

それでも残っていたのは、残らざるを得なかったから。

ギリギリまで行動を起こさなかった者達が今まさに一斉に行動を起こしたことで、道が混雑している。

ニュースでは渋滞が連日流され、三日以上も高速道路から抜けられなかった人間が居たという。

中には無理に通り抜けようとして事故を引き起こし、道そのものが通過不能になった。

これは電車でも同じであり、飛行機については大型のアタッシュケースに人が入っていたそうだ。

危機に対して鈍感なのは日本人の悪い部分だ。

これについては外国人の方が敏感で、予言の最初期で地元に戻ろうとしたのは彼等の方が多かった。

なんだかんだ、何かあっても誰かが解決してくれる。

その意識の所為で動き出す腰が重くなり、今更になって慌てだしたのだ。

「……」

「……」

「……」

今、俺達家族は電車の中で、すし詰めを超えた一歩も動けない状態になっている。

三人揃って手摺を掴み、存在確認の為に服やもう片方の手を掴み合って耐えている状態だ。

苦しいのは避けられず、長い圧迫状況では息をするのも大変。

それは他の人間も皆一緒で、故に文句を言う奴は全員に罵倒される未来が見える。

俺の手を握る母親の力は強かった。

全力で離す気の無い握力は愛に溢れていて、父親は俺の上着を掴んで離す気がない。

俺は俺で片方の手で父親の上着を掴み、されどその力は強くなかった。

話をすることはない。

葬式の場に居るかの如く沈黙が車内を満たし、その様は一種不気味だ。

此処に居る面々が恐怖で逃げているのは解っている。

決してこれで安心出来るのではないと。

こんなものは一時の逃避だ。

何時かは向き合わねばならぬ問題から距離を置き、目を逸らしている。

だがそれを否定するのは間違いだ。

仕方がないと言うのが正しい。

立ち向かうなんて、万人が出来るものではない。

逃げることが正解であるのも事実。

間違っていると語る口は俺にもない。

電車が揺れた。

小さな波が僅かにバランスを乱す。

駅に停車し、窓から見える景色は人だけだ。

外の風景なんて一部も見えず、大小様々な恰好の人の群れが今にも電車に飛び込もうとしている。

距離としてはまだ遠い。

後二時間は電車の旅をしなければならない。

他の人間とて大部分は一緒だ。

ならば新しい人間を迎え入れる余地は無く、しかしそんなものは外の人間には関係無い。

駅員が静止の声を掛ける前に扉が開いて、人間が弾丸のように突撃した。

突発的な衝撃に電車内の人間は悲鳴を上げ、静まり返っていた場所が突如パニックに支配される。

どちらも必死だ。

入ろうとする人間と出ようとする人間がごちゃ混ぜになり、力勝負に負けた側は外へと無慈悲に放り出される。

「……ッ、」

今だ、と俺は思った。

服を掴む左手を離して、手摺を掴む手を緩ませる。

位置を維持する方法を失った俺の身体は誰かと誰かの衝突でもみくちゃにされ、親達に居なくなったことを認識される前に勢いよく電車外に排出された。

人波の後ろまで流され、誰も居ない最後尾で漸く止まる。

呼吸が暫く止まっていたのか、荒く息を吐いては吸って。

他にも弾き出された人間は、何とか戻ろうと足掻いていた。

とはいえ、流石にもう時間が無い。

これまで見たこともないような数の駅員が、何とか扉が閉じるまで壁となり、電車はゆっくりと次へと走り出した。

「……落ち着いたらまた会おう。 父さん、母さん」

回線が混雑し過ぎてチャットアプリは使えない。

SNSも日本人が大量にデータを送っている所為で、うまく動いてくれなかった。

電話も使えない状態では家族と連絡する手段は無く、なればもう俺は歩き出すしかない。

目的地の近くまでまだ電車が動いていることは事前に確認している。

可能なら直接目的地の駅に行きたかったが、流石に閉鎖されていた。

後少しで街から人も居なくなるだろう。

その前に、フェンスを乗り越えて何処かの建物に潜り込む。

俺の最後の荷物は新品のリュックに詰め込んである。

母親や父親に中身を確認させなかったが、対モンスターに向けて荷物の割合は刃物が多かった。

警察に職質されたら一発でアウトだ。

他の避難民と混ざる形で行動するべきだろう。

向かう方向と逆に向かう電車に入る。

穴の発生地の近くに行く電車は、乗っている人間が比較的少なく、かといって通勤ラッシュ並の窮屈さを持っていた。

彼等は別方向に逃げる人間なのだろうか。

穴に近付くほどに数は徐々に減っていくものの、明確に零付近までなることはない。

やがて目的の駅から三つ離れた場所で電車は停止し、以降は別路線になることを告げられた。

なら、もう電車に乗るのは限界だろう。

窮屈な人の波をなんとか抜け出して、改札を通って外に出る。

逃げる人間達を避けながら目的地へと歩を進め、リュックの中身を消費しないように道中で買えるものは現金で買っていく。

クレジットカードも電子マネーも今はエラーが出る。

今後数年の間は現金が主流となり、復旧しても今ほどにまで普及することはなかった。

「さぁて」

――行くか。

今日は四月五日。

穴が出現するまで、残り二日。