軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冒険者75 戦友で、親友で、幼馴染

「ふむ、これは確かに記憶喪失だ。 それもかなり重度の」

「はぁ……」

初老の男性の判断に俺は気の抜けた声を漏らす。

あれから数々の質問が医師である初老の男性から放たれた。簡単な部分だと自分の名前と出生地。この国の名前や現在所属している組織の名前を問われ、その最初の段階で俺は躓いている。

解ってはいたことだが、俺の知る情報とは全て一致しなかった。試しにと自分の名前を言ってみたり出生地も伝えてみたものの、それもが医師には解らないものだった。

よって、略式ではあるものの医師は判断を下したのである。完全な記憶喪失者であると。

碌な検査もされないのは、見かけ上は健常者であるからか。目に見えて怪我や異常が無いのは俺の様子を伺っていれば解るだろうし、どうにもこちらに対して気を遣おうとする気が感じられない。

「頭部への衝撃によって記憶を失う例は多々存在する。 だがそれらは基本的に直ぐに戻るし、仮に忘れていても常識的な部分は覚えているものだ。 ……だが君はその基礎的で常識的な情報そのものも忘却している」

今の俺には不足している情報があまりにも多かった。

そこを医師は重度の記憶喪失と決め付けた訳だが、そんな俺に対して医師の判断は冷酷だ。

「数日は様子を見ることになるだろうが、そこで戻らなければ此処からの退団になる。 仮に退団にならなかったとして、再試験を受けることになるだろうな」

「それはつまり……」

「実質的な解雇だ。 酷い話だとは思うかもしれんが、この戦士団に君のような人間を雇い続ける余裕は無い。 残りたいなら頑張って思い出すしかないな」

普通、記憶喪失の人間は失った部分があまりにも多い事実に不安を覚えるものだ。

そんな状態の患者に医師は追加でダメージを与えにきている。余裕がないの一言で容赦無く。

戦士団と呼ばれる組織の内情は解らない。どのような職務をこなしているのかは定かではなく、今の俺でも大丈夫かははっきり言って未知だ。

唯一解るのは、戦士団そのものの経済状況は怪しいのだろう。それが金を食い潰すような組織なのか、単純に稼げない組織なのかは現段階ではなんとも言えないが。

兎にも角にも、医師の判断は悪いことではない。俺が自分の意思で入った訳でもない場所なら、そこから離れるのに否は無かった。

仮に後悔することがあるとしたら、それは戦士団が国営の組織か否かで変わる。

世の中の技術レベルはこの後現地で調べていかなければならないが、古風過ぎる建物を使っている時点で現代程とは言えないだろう。

医師も機械を使う素振りも見せず、今回は質疑応答で判断している。

医者としての格好としても怪しい。清潔を是とする職場にしては普通の室内に見えるし、医師以外にナースの姿が見えないのは少しおかしく感じた。

もしもこの世界が中世をベースとしているのなら、情報収集をするのも一苦労となるに違いない。

先ず間違いなくネットで探るなんて真似は不可能だ。本もこんな世界では国営の図書館でなければ豊富には見つからない可能性がある。

国家のお膝元にある組織に所属していなければまともな情報が手に入らないとなれば、解雇されるのは悪手となるだろう。

「――そんな!?」

それでも、よく知らない職場で働くのは御免だ。

医師の言葉を素直に飲み込んで辞めることを視野に入れようと告げかけ、その前に俺を此処まで引き摺ってきた男の悲鳴じみた声が間に入る。

椅子に座って向かい合っている俺の後ろから一歩前に出た男は、医師に詰め寄らんばかりに言葉を重ねた。そこに現実的な解決手段が無くても、言葉で動かせると信じて。

「こいつはこれから凄い奴になる予定だったんです! 皆からも期待されてて、解雇だなんて冗談でも有り得ないでしょう!?」

「……」

「解雇されるなら俺の方の筈です。 だからどうか、数日なんて言わずにもっと長く猶予をくださいッ。 お願いします!」

その場で頭を下げ、男は医師の決断が覆るのを待った。

しかし、医師は男を見ようとはしない。あくまでも患者である俺とだけ目を合わせ、ただ淡々と己の判断のみを語る。

「私の判断は数日のみだ。 ……延ばしたいのなら、相応の結果を戦士団に見せる必要があるだろう。 即座の解雇になっても不思議ではないのだ。 この判断はまだ優しいと思ってくれ」

話は終わりだと手で俺達を追い払う仕草をする。

医師の言葉は冷たく、そして重い。現実的な意見のみを感情を排して語り、その上で自分の判断はまだ優しい部類だとも言って聞かせた。

それが実際にそうなのかは解らない。解らないが、この非情な話を前に男が噛み付いていこうとしない時点で非常識の部類ではないのだろう。

なら、ここで俺達が足掻いたところで意味はない。ゆっくりと部屋を退出し、男と隣合って建物の廊下を歩き出す。

暫く歩いていて思ったのが、誰とも挨拶を交わさないことだ。

正装めいた姿の屈強な男達も、メイド服姿の女達も、揃って俺達だけには挨拶をしない。両者同士は雑談を交わすこともあったのに、俺達が傍を通り過ぎる瞬間には黙ってしまった。

彼等が俺達を見る目は厳しい。

まるで汚い物を見るように、こちらを軽蔑しきった眼差しで見ていたのだ。

そんな目を向けられるだけの理由が俺には無い。だが男にも同様の目が向けられているところから思うに、戦士団そのものがあまり受け入れられていない組織なのかもしれない。

また裏口のような場所から外に出ると、男は深く息を吐き出した。

重い感情を何とか吐き出して楽になろうとしているが、それで現実的な問題が解消される訳ではない。

記憶喪失の直接的な原因が自分だと思っているなら、それはそれは気分は最悪だろう。俺だってもしもそんな立場になってしまったら気が滅入る。

それならば、被害者として彼には優しくしよう。実際にこの現象に彼が関わっているとは思えないが故に。

「……なんか、悪いな。 俺のことにそこまで食い下がってくれて」

「……あったりまえだろ。 お前は覚えてないだろうが、俺とお前はずっと昔からの仲だった。 この国の貧民街で、ガキ共と一緒に必死になって盗賊から物を巻き上げてたんだぜ?」

「そ、れは、凄いな?」

男とこの身体の持ち主の距離が近いとは思っていたが、蓋を開けてみれば幼馴染も同然の仲だったようだ。

しかも厳しい環境で生まれ、一緒になって同じ境遇の子達と生活を支えようとしたのだろう。その方法が盗賊からの略奪とは過激極まるが、俺の思い描く中世と同一であれば生きて行く上で他に選択肢が浮かばなかったに違いない。

戦友であり、親友であり、家族。

そんな人間の記憶が無くなり、原因が自分だと解ってしまえば解決に奔走するのも自然か。

「絶対。 絶対に戦士団に残れるようにするからな。 あそこは俺達みたいな底辺が一発逆転を狙える唯一の場所だ。 貴族にはなれないまでも、人並みの生活を送るくらいは出来るようになれる」

「だが……」

「後ろ向きな発言なんてやめてくれッ。 そんな台詞はお前には似合わねぇ!」

両手を掴んで、男は真っ直ぐにこちらを見つめてきた。

その目は若人特有の情熱に燃えていて、嘗ての自分とも重なってしまう。

俺も学生の頃はこんな風に友達を応援していたなと、なんとなくしんみりとした気分を感じてしまった。

彼が善意十割で助けようとしているのは、この本気の姿勢からよく解る。これで疑うというのは難しいだろう。

それでも、現実は男の思う通りにいくわけではない。特に俺達の境遇が厳しいのであれば、逆転するには相当の運も求められる。

俺にそこまでの可能性は無い。実際に未来の俺は一角の人間にはなれなかったしな。

ただ、それで無理だと突き放すには彼は必死過ぎた。同時に、俺の心にも温かいものが流れ込んできている。

良い人は報われてほしい。打算とは無縁の自分の本音が顔を出して、その部分を俺は否定しなかった。

確かに人を信じきる気はないが、かといってなんでもかんでも人には悪い部分しかないと言い切る気もない。

善人は確かにこの世に存在する。それは父であり、母であり、伯父であり、榊原で、山田だ。

目前の彼もまた善側の人間で、感情的な印象を抱くが故に無視するのは罪悪感を覚えた。

だから、まぁ――――どうせ無理でもやるだけやってみるかと俺は決めてしまったのである。

「……そう、だな。 まぁどのみち、このままいけば勝手に俺は解雇になる。 それならやれる範囲でやってみるのも悪くない」

「! そうだろ! やっぱお前はそうじゃねぇと!!」

途端、目を輝かせる男に俺は苦笑した。まるで犬みたいな奴だなとも内心で呟いて。

さて、では先ずはこの世界と国の常識を知るところから始めるとしよう。時間は極端に少ないから、迅速に動かねばならない。

「そう言えば、お前の名前を聞いてなかったな」

「あ、そういやそうだな。 なんだか気恥ずかしいが、よく聞けよ? ――――我が名は戦士団が訓練生、オッジ・ザークリフである!」