軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冒険者57 暗迷苦悶

一週間で発生するだろう問題は完全な解決を望めないと解っていた。

俺がどんなに情報を伝えても、山田達も新人も今回が初めての経験だ。知っても知らなくても実際に見た訳ではない出来事に冷静ではいられないし、予想外が起きれば慌てるのもおかしくない。

咲の件は衝撃的だったが、俺の見ていた道からは既に大分外れている。新しい道が彼女を別の職に導いたと考えれば十分に頷けるラインだ。

反面、俺が関与していない者達については未来と変わっていない。

特殊な能力こそまだ獲得してはいないが、常人離れの冷静さは健在だ。今は一つのパーティーに一人の割合で含ませ、監督役とは別のサブリーダーのような役割を担わせている。

戦士であれ、魔法使いであれ、彼等の戦闘力は一日一日が経過する度に上昇していた。補助や回復に関しては最初から協力が必須なので評価は平均値だが、それでも細かく見れば他よりも的確に行動を起こしているのが解る。

俺のメールには各監督役からの評価が舞い込んでいる。

誰が将来有望で、誰が先は短いか。獲得した職をどれだけ考えて使っているか。チームワークを意識した戦闘を行えているか。

報告書めいた文章で送られてくる情報は量として極めて多く、それ故に全部を読み切る頃には夜も深くなってしまっていた。

全体を見て解るのは、進みが遅いこと。

やはり危機的状況を経験していない所為で俺の知る未来よりも冒険者の育成は難しくなってしまっている。

それだけ世の中が平和だという証拠だが、もっと効率的にならないと未来と同じ水準には達しないだろう。

このままでは一部の強い人間が現場を維持することになりかねない。それは強者の残業を意味してしまう。折角残業を強く拒絶したのに、これでじゃあ残業ねと言ってしまえば離職は確定だ。

多くの冒険者志望が集まってくれたのは、この職が他よりも待遇が良かったから。その中身も表面部分だけを見ればファンタジー作品の導入めいていて、ロマンを求める層には突き刺さったに違いない。

このロマンに価値を感じなくなってしまったら、単純に苦しいだけの作業だ。やはり冒険者になるのであれば夢や冒険をしたいと思ってもらわなくてはならない。

現状はそうしたくとも出来ていない訳だが、これについてはこれからだ。戦闘に慣れていけば自然と自分が今どんな立ち位置で居るのかも見えてくる。

今回入ってくれた面々は、数少ない一般枠からの雇用者だ。

他のどんな人間でも体験出来ない日々を彼等はこれから過ごし、それを外部に広げてくれるだろう。

いや、既に電話やネットである程度は流してしまっているかもしれない。機密保持契約を結んであるとはいえ、人の口に戸は立てられないのだから。

表層の情報を汲み取る限り、このギルドは厳しさばかりの筈だ。楽しい部分なんてまるでないと愚痴を吐いていても特に不思議はない。

自分で進んで入ったとしても、なんか違うと思えば途端に自分の居る場所がとても嫌になってくる。

ストレスの蓄積は不和を生む一方だ。なるべく早い内にストレスの解消も行わなければならない。

「となると、積極的な交流は必要か……」

誰とも仲良くなる気はないとしても、こうも上手くいかないのであれば動くしかない。

家の中で胡座を掻いてうんうん唸っても、所詮は脳内でイメージが積み重なるだけだ。質の向上を俺が居る間に上げたいなら、もうなるべく面倒を見る気でいた方が良い。

現役の冒険者達だって様子を見ていない訳ではないが、やはり彼等に与えられている情報が少ない所為で的確な答えを出せていない。

これからの楽を思うなら、俺は彼等に対してそれとなく情報を与えていく他ないのだろう。

既に三日は経過している。残りの四日で俺に何か問題があったことにして、中国に飛んでいく。やることは山積みだが、一個一個明確に解決していこう。

やることを決めたら、布団に潜り込んでさっさと眠る。

こうして思考している間も横からは幾つもの画面が出現していた。構ってほしい子供が如くにナラからのメッセージが送られ、それらを瞼を閉じて遮断する。

音が無いのが幸いだった。視界の邪魔になるのに、耳まで邪魔されたら発狂していたかもしれない。

自分の意識を意図的に落とすような真似は止めている。ナラにどんな干渉をされるか解らない以上、なるべく寝るのも自然にしていた。

これまでの生活のお蔭で目覚ましをセットせずとも朝早くに起きることは出来る。

四日目の朝も事前に購入していた飯を食べ、早朝のランニングで走っては近くの無人になってしまった公園で身体を動かす。

冒険者になってからも継続していたが、公的になった身としてもう加減は必要ない。

徐々に鍛錬を加速させていき、自身の動きに意識を巡らせる。今も高熱のような怠さはあるものの、数日もそのままになっていると自分の中で慣れが生まれた。

毒を摂取して毒に耐性を付けるようなものだろうか。気分が悪いには悪いが、我慢に我慢を重ねると徐々に感覚が鈍り始めた。

汗を流して熱を外に逃がし、ナイフを振るい仮想の敵を切り裂く。

この状態になって一番の問題は痛みだ。関節痛を始め、日によっては全身が痛くなる時もある。慣れたお蔭でよっぽど酷くなければ耐えられるが、本当に耐えられなくなると回復薬を少し飲んでいる。

それで一時的に改善はするものの、やはり根本が解決されなければ痛みは蘇ってしまう。これが更に酷くなっていけば、ゆくゆくは回復薬も意味が無くなる。

「――何か御用ですか?」

鍛錬で意識を自分に向けていると、外部から針で刺すような感覚がやってくる。

動きを止めて振り返れば、公園の入り口で両腕を組んでいる人物が居た。

茶髪の爽やかだった青年は、今だけは此方を睨み付けている。その姿は見知ったもので、咲が居ないから本質的な部分を表に出しているのだろう。

ゆっくりと歩いて来る我妻の手には木剣がある。流石に銃刀法違反が怖いのか、ナイフのように隠せない武器は出してきていないようだ。

それでもギルドから支給されている物だろう。いきなり自前で用意するのは難しい筈だ。

「いや、朝のトレーニングをしようとしたら君を見掛けてね。 少しいいかい」

「構いませんよ」

鍛錬を止め、ベンチに揃って座る。

互いに目は空に向いていた。俺と我妻は付き合いが浅いが、因縁自体はある。顔を合わせて感情を剥き出しにしてしまったらとお互いに考えてしまったからこうなったのかもしれない。

いや、単に流れだな。こうして我妻が現れてもさざ波一つも無い心を思うと、少なくとも自分の側で暴れる気はしない。

「……冒険者になるっていうのが、こんなに大変だなんて思いもよらなかったよ」

「……何かありましたか?」

ポツリと呟く我妻の声は疲れていた。

出した言葉は本題に繋がる世間話だったかもしれないが、そうして吐き出した部分も真実だろう。

短く尋ねてみると、彼は少し黙った後に小さく愚痴を吐き始める。

「モンスターが凶暴だって話は聞いていたけど、あんなに殺しに来るだなんて想像していなかった。 武器の重さも、冒険者になっていなかったら多分持ち上げることも出来なかったに違いない。 ――正直、やってやれないことはないと思っていたんだ」

「それは……皆そうですよ。 俺の居た班の人も似たようなことを言っていました」

「君もそうなのかい?」

「俺は……」

我妻は才人ではあるが、未来を見通せるような特殊能力を持っている訳ではない。

この界隈に入れば完全な新人であり、故に出て来るものは他と変わらなかった。もしかすれば、我妻は自分の才能でどうにかなると考えていたかもしれない。

彼は失敗らしい失敗を学校でしてはいなかった。成功を基軸にして生活していた身として、一度困難に直面すると普通以上に疲弊している可能性はある。

俺はそれに共感すべきだろうか、それとも突き放すべきか?

一応、彼と敵対する意思は無い。かといって味方と思うには、彼のしたことは確かに悪だ。

迷った俺に我妻は息を吐く。その吐息には、自身への落胆の色があった。

「そうか、僕だけなのか。 君も咲も、もうこの環境に慣れているんだね」

「咲も?」

「そう。 彼女はもうモンスターを無表情で殺せるようになっているよ。 しかも時折考え事をしながら倒していてね。 僕が話し掛けても聞こえていないこともあった」

咲と我妻が一緒のパーティーになっているのは報告書で知っている。

だが、咲が特殊職を手に入れたことにあまり喜んでいなかったのも榊原から聞いていた。その真意は解っていないが、俺のことを話題に出したので恐らく過去のあれこれが原因なのだろう。

でも、それを我妻は知らない。職業の内容もよっぽどの信頼関係がなければ開示出来ない状況では、彼が彼女の悩みを知るのは難しい。

最初に再会した時から思っていたが、二人の関係はあまり良好とは言えないようだ。このままでは未来の一軍パーティーの姿は拝めないな。

そう思う俺を他所に、我妻が深く息を吐き出した――――漸く本題か。