軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話 北方貴族会談

〈水没する理想都〉の 大規模依頼(レイドクエスト) の翌週――ハウルロッド侯爵邸の会議室にて、四人の貴族家の当主が付き人を伴い集まっていた。

ハウルロッド侯爵家の当主ハーデン、エドヴァン伯爵家の当主アイザス、ヒーツ伯爵家の当主ヒルマン、ヴィルス伯爵家のヴェルム。

彼らは皆、このノルスン王国の北方の有力貴族達である。

「北方貴族会談にお集まりいただき、まずは感謝を。先日ベルネット公爵家から、北方の貴族家達に例の森の魔物の間引きを行ってもらいたいとの命令を受けた。今回はその事前調整のようなものが主題である」

会談の主催者であるハーデン侯爵が口を開く。

ハーデン侯爵は肘を円卓に付け、特徴的な大きな口の端を上げ、ニマリとした笑みを浮かべていた。

不遜な態度ではあるが、誰もそれを咎める者はこの場にはいない。

それだけ彼と、この場の他の貴族家当主では明確な力の差があった。

ただ、アイザス伯爵は彼の様子を見て、不快気に目を細めていた。

武功を上げることを最大の誇りとするエドヴァン伯爵家と、政治的手腕で影響力を強めてきたハウルロッド侯爵家ではソリが合わない。

アイザス伯爵にとってハーデン侯爵は目の上のたん瘤であった。

ハーデン侯爵の口にした例の森とは、王国北部に広がる最大の危険区域、通称〈禁断の大森林〉のことである。

この森は攻略が放棄された〈 夢の穴(ダンジョン) 〉に溢れており、魔物災害が常態化している。

王国がこの〈禁断の大森林〉の魔物災害に巻き込まれないように対策を打つのが、北方貴族達の重要な役割の一つであった。

ベルネット公爵家は王家の近縁であり、王家に代わり各地の貴族への指示出しと監査を主に担っている。

いわば王家の代行者である。

公爵家からの命令は王家からの命令にも等しい。

「前回の〈禁断の大森林〉の大討伐はたったの三年前だった。間隔がやや短いように思うが?」

アイザス伯爵がハーデン侯爵へと問う。

大討伐とは、主にこの〈禁断の大森林〉での魔物の間引きを指す言葉である。

「そう食って掛かるな、アイザス伯爵よ。吾輩が決めたのではない、ベルネット公爵家からの命令であるぞ? まさか、この決定に不満があるとでも?」

ハーデン侯爵が肩を竦めれば、アイザス伯爵が口を歪める。

アイザス伯爵が不機嫌そうに「経緯の説明を求めたまでだが……」と漏らすのを、ハーデン侯爵は鼻で笑った。

「吾輩の領地で、あるA級冒険者が人為的に魔物災害の発生を企ておった。その者自体はギルドの冒険者が既に討ったが、問題はその知識の出所である。一介の冒険者が〈 夢の穴(ダンジョン) 〉の暴走をコントロールできるなど大問題である。挙げ句、その者の目的は 夢壊(ゾーク) であったという」

A級冒険者、黒き炎刃カロス。

彼は〈 夢の穴(ダンジョン) 〉に危険なアイテムをばら撒いて〈夢の主〉の存在進化を誘発させた挙げ句、自ら 大規模依頼(レイドクエスト) を立案して冒険者を集め、連中を生贄に最悪の魔物災害である 夢壊(ゾーク) を引き起こすことを画策していた。

「 夢壊(ゾーク) とは、なんと恐ろしい……! そんな事態に陥れば、いったいいくら損害が出ることか!」

ヒーツ伯爵家の当主ヒルマンは、自身の肥えた頬をさすり、ぶるりと身震いした。

「これだけの知識と技術を集めるには、実際に〈 夢の穴(ダンジョン) 〉を用いた実験が不可欠であるはず。ただ、王国内でそのような不審な実験が行われていたという動きはない。しかし、実験が行われていても、王家が感知できない場所がある。つまり巨大な未開地でもある〈禁断の大森林〉。ここで何かしらの実験が行われていたのではないか……という話になったのだ」

つまり此度の〈禁断の大森林〉の大討伐は、ハウルロッド侯爵領で起きた事件の調査を兼ねている、ということだ。

「ベルネット公爵家が、公爵家が……と仰るが、発端は貴殿の領地で起きたその事件か。とすれば実調査を行い、見解を述べたのは貴殿であるはず。此度の大討伐は貴殿の意志なのでは?」

アイザス伯爵がハーデン侯爵を睨む。

今までの話からするに、最終的に判断を下したのがベルネット公爵家であったとしても、判断材料を提示して急かしたのはハウルロッド侯爵家だということになる。

「吾輩は貴族の責務として、当然の調査と報告を行ったまでである。確かに貴家は大討伐へ参加する余裕がないかもしれんが、だからといって吾輩に当たられても困る」

「なに?」

アイザス伯爵が額に深い皺を寄せた。

「吾輩の家には優秀な者が多くてな。戦力には事欠かん。何より都市に多くの上位冒険者を抱えておるため、大討伐が大きな負担になることはない」

ハーデン侯爵はそう言って笑って見せると、他の貴族家当主の二名へと目を向けた。

「ヒーツ伯爵家には交易で稼いだ巨万の富があるため、上級冒険者を臨時の戦力を雇うのは容易い。ヴィルス伯爵家には優秀な騎士団がある。だが、エドヴァン伯爵家には、当主様のご勇名以外に何があるのかな?」

アイザス伯爵は沈黙し、苦虫を噛み潰したような表情でハーデン侯爵を睨みつける。

魔物の討伐においては、一人の勇者は、無名の千の兵士に勝る。

エドヴァン伯爵家はそうした信念を基に、長くノルスン王国を守ってきた貴族家である。

ただ、時代の流れで加護の力――クラスを用いた戦い方が体系化されるにつれ、そうした考えは既に過去のものとなりつつあった。

ハーデン侯爵は自身の高い顎を擦り、高笑いを上げる。

「そう睨むな。別に吾輩とて、エドヴァン伯爵家の面子を潰したいわけではない。準備不足ではベルネット公爵家に顔が立たんだろうが、かといって大討伐間に領地をもぬけの殻にするわけにもいくまい。貴殿の指揮する戦力として、上級冒険者を見繕ってやる」

「…………」

アイザス伯爵が唇を噛む。

ハーデン侯爵の意向で組まれた計画のために、彼に大きな借りを作ることになってしまった。

ただ、ハーデン侯爵に頼る以外、大討伐の戦力確保の負担を減らす手立てがないのも事実であった。

大討伐では高レベルの魔物の群れとの交戦が想定される。

最低でもB級冒険者以上の戦力でなければ数合わせにさえならない。

それ以下のものを連れて行っても無為に死なせるだけである。

伯爵家とはいえ簡単に数を揃えられるものではないし、大討伐のために領地の防衛を削るわけにもいかない。

魔物災害は突然やってくるものである。

それに領地の戦力が空になれば、当然そこを狙う者も現れる。

戦力が足りなければ、信頼のおける者は領地の防衛に残して、大討伐には冒険者を傭兵として雇うのが当たり前である。

ただ、エドヴァン伯爵領の冒険者にB級以上の者は少ない。

ともすれば、ハーデン侯爵に優秀な冒険者を紹介してもらう他にない。

ハーデン侯爵に頼らないとすれば、余計な費用と労力が何倍にも嵩む。

その上で、領地の防衛も大討伐の間、手薄にする必要がある。

前回はそれで乗り切ったとはいえ、本来十年に一度の大討伐へこうも短スパンで引っ張り出されるのは、財政的にも好ましくない。

負担は少しでも減らしたい。

それが気に喰わない相手に借りを作ることであったとしても。

「アイザス伯爵よ。当主一族の一騎当千など、今の時代は流行らんよ」

ハーデン侯爵の言葉に、アイザスはムッとしたように眉間に皺を寄せる。

「その御言葉には賛同できん。自らの手で魔物を打ち滅ぼすこと、それが王国の剣である我ら貴族の本来の在り方だと俺は考えている」

「その前時代的な考え方を捨てよと言っておるのだ。貴族の本質は自身が武功を立てることではなく、王家より託された領地を守ることにある。そのために時代に合わせて最善を尽くし、その結果として形を変える。これは当然のこと。当主の強さに拘泥し、加護相伝に依存し、自身の子息を放逐した貴殿には理解できぬか」

「御言葉だが、他家に口出しされることではない!」

「アイザス伯爵よ、何度も言うが、王家に対して恥を搔かせたいわけではないのだ。だからこそ、不足は貴家の面子が立つ形で補ってやると言っておる。別に吾輩は、貴家を敵視しておるわけではないが……ノルスン王国の貴族に無能はいらんぞ? 今後のエドヴァン伯爵家の振る舞い方を考えておくことだ」

「ぐぐ……」

アイザス伯爵が握り拳を作り、歯軋りを鳴らす。

ヒルマン伯爵は二人の様子を見て、「ふむ」と自身の二重顎を擦った。

ハウルロッド侯爵家に対して、エドヴァン伯爵家は思想の違いから反発気味であった。

ただ、大討伐の兵を工面してもらうとなれば、今後は今までの態度を保つことはできなくなるだろう。

自身に反発するアイザス伯爵を諫めるためだけに公爵家を急かして大討伐のスパンを縮めたとは考えにくいが、ついでの一つではあったのかもしれない。

「魔物災害を引き起こしてくれた例のA級冒険者……カロスは、度々〈禁断の大森林〉に足を運んでおったという証言がある。奴と何か関係があるのは間違いなかろう。いつもの大討伐だと甘く見ぬことだ」

ハーデン侯爵はぎょろりとした目玉を動かし、各貴族家当主達の顔を見渡した。

会議室に緊張感が走る。

「――此度の〈禁断の大森林〉の大討伐はカロスの与していた謎の教団〈夢神の尖兵〉、その正体を暴く戦いになる。これは我々北方貴族と、きやつらの戦争の幕開けだと心得よ」