軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十二話 〈黒き炎刃〉の技量

カロスの周囲を舞う四つの黒炎が、俺達目掛けて飛来してくる。

「〈ダークブレイズ〉……緩い追尾機能付きのスキルだ!」

俺は駆け出しながら叫んだ。

俺に狙いを付けて放たれた内の一発が、俺の背を追い掛けて飛来してくる。

遮蔽物の岩を盾して凌いだ。

足の遅いクラスが追尾スキルを撒く定石である。

ルーチェとケルトは、自身の身軽さを活かして上手く振り切っていた。

「うう…!」

メアベルが必死に駆けていたが、あの調子では振り切れない。

僧侶クラスは移動速度に難がある。

この位置からは、俺のカバーも間に合わない。

「〈脱兎〉……!」

ケルトが素早く地面を蹴り、メアベルへと追い付いて彼女の背に覆いかぶさる。

「〈影沈み〉!」

二人の姿が影に沈む。

追尾対象を見失った〈ダークブレイズ〉は、地面に落ちて爆炎を上げた。

上手く凌いでくれたが、〈影沈み〉は攻撃を無効化してくれるわけではない。

落ちる座標が悪ければ、今の一撃で二人共死んでいてもおかしくなかった。

「へえ……いいパーティーだ。今ので二人は落とせると思っていたよ。動きが的確だし、それに何より、互いを信頼し合っているのが見て取れる」

カロスが飄々と語る。

〈黒き炎刃〉が裏切り者……想定していた中でも、言うまでもなく最悪のパターンだった。

カロスはA級冒険者の中でも、英雄と称されるような人物だ。

今の俺達でまともに相手取れるわけがない。

レベルがひと回り違えば、数の利があろうが攻撃が当たらない、当たってもまともにダメージが通せない。

それでいて相手の攻撃はどれも防ぐことも避けることも難しく、直撃すれば一発で致命打となる。

この世界にはクラスビルドのセオリーがほとんど存在していないからこそ、何が飛び出してくるのかわかったものではない。

命が一つきりの世界で、己の実力だけでA級冒険者まで昇り詰めた才覚それそのものも脅威だと俺は考察している。

ゲーム時代の、いくら死んでもやり直しの利いた世界とは違うのだ。

カロスが裏切り者の可能性は、最悪のパターンとして想定していた。

しかし、俺はそれを事前に共有することができなかった。

最後の最後まで確信が持てなかった。

冒険者の都で誰もが知る憧れの英雄、人類の希望の人格者。

そんな人物が領地を揺るがす最悪の犯罪者かもしれないと、指摘することができなかった。

もし指摘できていれば、ハーデン侯爵にもっと戦力を動かしてもらうなり、事前にキャラビルドの想定や戦い方をパーティーに共有しておくなり、できたはずだったというのに。

「さて、誰から行こうかな」

カロスが大岩の上で姿勢を屈める。

かと思えば、彼の姿が上空へと消えた。

身体能力が本当に化け物染みている。

「アイツ、どこへ……!」

ケルトが必死に首を振るってカロスを捜す。

ルーチェは孤立しているのが不味いと判断したらしく、俺の許へと駆けてきた。

そんな彼女の上空に刃の輝きが見えた。

「ルーチェ、上だ!」

俺が叫ぶと、ルーチェの姿が三人に分身する。

ターゲットにされていると気が付き、〈ドッペルイリュージョン〉で分散を図ったらしい。

直後、ルーチェの分身の内一体が、飛来してきたカロスの刃によって掻き消された。

続けて振るう刃が、ルーチェの二体目の分身を容易く散らす。

「おや、運試しには自信があったんだが……三分の二を外したか。もっとも、意味はないけれどね」

カロスはそう言いながら、ルーチェへ笑顔を向ける。

同時に剣を大きく引いていた。

俺は地面を蹴ってカロスへと跳び、ルーチェとの間に分け入った。

「しっかり盾を握ることだ、エルマ」

カロスが大振りの一撃を俺の盾へと放つ。

俺は〈マジックガード〉のスキルを用いて盾にマナを送り込んで強化した。

――――――――――――――――――――

〈マジックガード〉【通常スキル】

攻撃を受けたとき、盾を魔力で覆うことで、盾の防御力を引き上げることができる。

――――――――――――――――――――

それでも全く性能が追いついておらず、盾越しに大ダメージを受けつつ吹き飛ばされることになった。

「ぐうっ!」

「エルマさんっ!」

ルーチェが俺の名前を呼ぶ。

「この状況、不味いのはエルマより君の方だよ、ルーチェ」

カロスはルーチェへと刃を向けていた。

彼女の速度では、カロスの攻撃を振り切れない。

「おっと……?」

そのとき、カロスが体勢を崩した。

俺の〈影踏み〉だ。

吹き飛ばされる前に、カロスの影を踏んでおいたのだ。

ステータスで負けているため奴の動きを拘束することはできないが、俺が弾き飛ばされた衝撃を利用して奴を崩すことに成功した。

「〈竜殺突き〉!」

ルーチェが身を屈め、クリティカル狙いの一撃をカロスへと放つ。

カロスはそれを剣で容易く弾く。

「竜殺系は大振り過ぎる。対人戦で、格上相手に……動きを絞ったからと言って、正面からそんなスキルが当たるとは思わないことだ。エルマから教わらなかったのかな?」

どうやらカロスはまだ、この戦いを戦いだと認識していない。

ただ目的ついでの遊戯程度にしか捉えていないように見える。

だが、そのお陰で、スキルの発動を通せる隙を手に入れた。

「〈ライフシールド〉!」

俺の生命力が実体化し……光の壁となって全身を包んでいく。

自身のHPの20%を支払い、その値に等しい耐久値を持つ防壁を得るスキルだ。

――――――――――――――――――――

【エルマ・エドヴァン】

クラス:重騎士

Lv :75

HP :49/265

MP :74/110

――――――――――――――――――――

そしてこれで、戦闘態勢の準備が整った。

――――――――――――――――――――

〈死線の暴竜〉【特性スキル】

残りHPが20%以下の場合、攻撃力・素早さを100%上昇させる。

――――――――――――――――――――

俺の身体の奥から赤い光が漏れ出て、それが全身を覆っていく。

俺はわざと〈マジックガード〉に用いるMPを大幅に節約した。

勿論MPが重要なこともあるが、〈ライフシールド〉と合わせて丁度〈死線の暴竜〉の条件が満たせるHPへ持って行くためである。

「エルマさん……ここでそのスキルを……!」

ルーチェが赤い光を見て、そう漏らした。

俺は基本的に勝てる算段が立つまでは〈死線の暴竜〉を切らない。

あまりにリスクが大きすぎるためである。

確かに、まだカロスの手札が一切不明なままである。

ここで〈死線の暴竜〉を切るのは賭けだったが、戦線を維持するのには必要だった。

カロスは間違いなく、俺が対峙してきた中で最強の敵だ。

まともに戦えば、間違いなくルーチェもメアベルもケルトも、数分と持たずに一人ずつ殺されていくことになる。

犠牲を出さないためには俺が〈死線の暴竜〉でステータスを底上げしてカロスに纏わりつくことで、奴の攻撃のリソースを奪い続ける他にない。

俺の〈燻り狂う牙〉と、ルーチェの〈死神の凶手〉。

当たりさえすればレベル上の冒険者にも通用し得る一撃になるはずだ。

上級冒険者といえど、この辺りのスキルツリーに対して十全に知識があるとも考えにくい……。

「驚いたな……まさかとは思っていたが……本当に〈燻り狂う牙〉を能動的に組み込めているなんて。面白いよ君は」

カロスが感心したような声を漏らす。

俺は歯を食いしばる。

この男……あまりに底が見えない。

ヒルデ経由で一部俺の情報が渡っていたのだろうが、口振りから察するに〈燻り狂う牙〉の真価を把握していたように聞こえる。

この世界の仕様に無知な、純粋に己の技量と才覚だけで勝ち上がってきたタイプではないかと期待していたのだが、どうやらそういうわけにはいかなかったらしい。

王国中を活動してきた上級冒険者として、そこらの貴族よりもよっぽど知識を持っている。

ハウルロッド侯爵家はわからないが、下手したらエドヴァン伯爵家よりもこの世界の仕様について正しく認識している。

俺は大きく張ったカロスの影を〈影踏み〉で踏み締めた後、地面を蹴って勢いよくカロスへと飛び掛かった。