軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話 豪商ラーナ

「ルーチェッ! いけぇっ! 走れっ!」

ルーチェが壁を駆けて、でっぷりと肥えた黄金色のラーナを追う。

腹も顔もパンパンに腫れあがっているが、恐ろしく足が速い。

「ゲゴッ、ゲゴッ」

ドタドタと音を鳴らしている。

なぜあんな走り方で足が速いのか。

「〈ダイススラスト〉ッ!」

壁を蹴ったルーチェが、最大限腕を伸ばし、目前の珍獣へと刃を突き出す。

だが、刃はラーナに軽々と避けられる形になった。

「ううっ……!」

ルーチェが顔を顰める。

無理な体勢で刃を放った彼女は、そのまま派手に床へとダイブする形になった。

――――――――――――――――――――

魔物:豪商ラーナ

Lv :90

HP :22/22

MP :135/135

――――――――――――――――――――

……結局、奴には一ダメージも与えることができなかったか。

「ゲッゲッゲッゲッ」

勝ち誇ったような声と共に、黄金のデブラーナは通路の奥へと消えていった。

豪商ラーナ……いわゆる金蝦蟇シリーズの一体である。

俺達がお世話になった成金ラーナのパワーアップ版だ。

相変わらず馬鹿げたステータスで【素早さ:244】と、レベル差も相まって速度型であるルーチェの倍以上の値を誇る。

どうにか倒せないかとルーチェと二人で追い掛け回していたのだが、結局袋小路に追い込み切る前に豪商ラーナを刺激してしまい、奴に逃走モードのスイッチが入ってしまったのだ。

破れかぶれでルーチェに突撃してもらったのだが、結果はこの有様であった。

「大丈夫か、ルーチェ?」

「ごめんなさい……仕留め損ねちゃいました……。せっかく役に立てる場面が来たと思ったのに……」

ルーチェが口惜しげにそう零す。

「あそこまで肉薄しただけで賞賛ものだ。さすがに俺達には早かったな……」

この〈幻獣の塔〉は、俺達が成金ラーナを狩った〈天使の玩具箱〉よりも通路の横幅が広い。

あのときのように、回り込んだり、〈影踏み〉を狙ったりするのは不可能に近い。

また、俺も、まさか豪商ラーナのチャンスが舞い込んでくるとは思っていなかった。

「うう……でも、もう少しで刃が届きそうでしたのに……」

「まぁ、あいつの体力は結構高いから、三連続で〈ダイススラスト〉の六を引かないと駄目だったんだけどな」

そういう意味では別にさほど惜しいわけでもない。

「アレ!? 最初から結構それ無謀だったんじゃないですか!? もし追い付けても、三連続で六を引かないと駄目なんですよね!?」

「ル、ルーチェならまぁ、チャンスがなくもないかなと……」

勝算は最初から薄かった。

ただ、リターンがそれだけ大きいのだ。

豪商ラーナを狩れていれば、俺達のレベルも一気に引き上げることができていた。

もし倒し切れてドロップアイテムまで手にしていれば、都市ラコリナ全土を揺るがす事件になっていただろう。

「……にしても、メインはグリムリーパーなのに、MPを使ってしまいましたね……。豪商ラーナを追い掛けて、結構〈幻獣の塔〉の奥まで来てしまいましたし……」

ルーチェが不安げに周囲を見回す。

「もう少し表側へと引き返すか。推奨レベルがかなり高い〈 夢の穴(ダンジョン) 〉だし……万が一を考えれば、あまり奥地を歩くべきじゃない」

「おやおや……ギルドには黙っておくよう言っていたんだが、鼠というのはどこからでも入ってくるものだな」

女の声に、俺とルーチェは振り返った。

長身の、金髪の女だった。

鎧に身を包んでいる。

どうやら騎士のクラスらしい。

そして彼女に並んで、藍色髪のショートボブの少女がいた。

冷たい、無感情な目をしている。

俺は彼女の、腰に差した剣へと目を向ける。

青い柄の中央に、 刻印石(ルーン) が埋め込まれている。

水色の 刻印石(ルーン) ……恐らく魔法力強化系統だ。

刻印石(ルーン) までしっかり付けているとなると、恐らく金銭的にかなりの余裕がある人間だ。

彼女の藍色の髪に、俺は見覚えがあった。

ギルドマスターのハレインのそれとほぼ同色だ。

そしてハレインは……ハウルロッド侯爵家の分家の人間である。

「スノウ・ハウルロッド……」

俺は思わず、ケルトから聞いた名前を呟いた。

現当主の第一子であり……冷酷で手段を選ばない女だという話だった。

〈幻獣の塔〉の情報の秘匿はハウルロッド侯爵家が噛んでいるのではないかとは思っていた。

だが、まさかスノウが出てくるとは思っていなかった。

「お嬢様の名を呼び捨てにするとは、いい度胸だな。ここはお前達のような、木っ端冒険者が来るところではない。お引き取り願おうか」

金髪の女が前に出てくる。

……スノウ・ハウルロッドは、〈哀哭するトラペゾヘドロン〉の一件と何か関係があるかもしれないと睨んでいた相手だ。

こんな形で接触することになるとは。

人柄を探る、という意味ではいい機会なのかもしれないが。

「できれば狩りを続けさせてもらいたいのだが、それはハウルロッド侯爵家としての命令だろうか? であれば最初から情報を秘匿せずに、公開した上でお触れを出し、入口に見張りでも付けておくべきだったのではないか?」

察するに、恐らくそこまではできなかったのだ。

現当主の判断ではなく、ただの令嬢の暴走だろう。

せいぜいギルドに圧力を掛けて秘匿させるのが限界で、独占のために立ち入りに制限を掛けるような権限は持っていない。

「重ね重ね生意気な男だ」

金髪の女が目を細める。

「イザベラ」

スノウが金髪の女へ声を掛ける。

どうやら女騎士の名はイザベラというらしい。

「はっ、どうなされましたか、スノウお嬢様」

イザベラがスノウの許まで戻る。

スノウは俺達を一瞥した後、イザベラへと小声で何かを話していた。

「はい、はい……なるほど、ええ、かしこまりました」

イザベラがすぐにまた表情を険しくし、俺達を睨みつける。

「貴様らのような欲面の張った身の程知らず共は、〈 幻夢の穴(レアダンジョン) 〉と知れば見境なく飛び込んでくる。入るなと言っても、どうせ猿共は話を聞かん。貴様のように権力の横暴だの理不尽だのと難癖を付けて口煩く喚き、〈 夢の穴(ダンジョン) 〉に無断で乗り込み……そして無意味に命を落とす。貴様らがそうならんように、わざわざ忠告を出してやっているのだ。感謝こそされど、そのような物言いをされる覚えなどないな」

イザベラは芝居掛かった大袈裟な動きで、さも呆れ果てたと言いたげにそう口にする。

スノウはレベル上げと領民や現当主へのアピールを兼ねて、〈 夢の穴(ダンジョン) 〉を手段を選ばず荒らして回っているという話だった。

要するに、邪魔だから出ていけ、と言っているのだ。

「イザベラ」

またスノウがイザベラの名前を呼ぶ。

素早くイザベラがスノウへと耳を寄せる。

「ふむ、ふむ……ええ、すみません、確かに少々品位を欠く言い方でした。もう少し婉曲に……ふむ」

スノウへそう返してから、イザベラは再び俺達の方を向いた。

「秘匿もこの忠告も、スノウお嬢様の優しさに他ならんと思え。それをお節介だと断じるのならば……貴様らは、さぞ大した腕前なのだろうな? お手並み拝見させていただこうか」

イザベラが大きく前に出て、腰の剣へと手を触れた。

剣呑な様子だった。

スノウも決して、現当主の許可を得て〈 幻夢の穴(レアダンジョン) 〉の独占を行っているわけではない。

そのため俺達を追い出す材料がないため、力で脅しを掛けに来たのだ。

だが……。

「……なんであの方、自分から直接言わないんでしょうか?」

ルーチェはちらりとスノウを見た後、俺へと小声で口にした。

彼女も疑問に思っていたらしい。

スノウは一貫して、部下であるイザベラを通してしか声を掛けてこない。