軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十一章*大聖女エリカ、未来を占う(1)

婚約式から一ヶ月後。私は王宮での王子妃教育を終え、王宮神殿にある『聖なる花園』に向かっていた。

窓の外では霧雨が降っている。

王子妃教育が長引き、すでに時刻は遅れ気味だ。私は小走りで先を急ぐ。侍女は嫌そうな顔をしてついてきていた。

婚約式以降、ヘリオドール王国は季節外れの長雨に見舞われていた。そのせいもあり、聖花の生育が悪く、花から放たれる神気が減っているのだ。不穏な雰囲気が王国内に漂いはじめ、その矛先は大聖女である私エリカに向かっている。

(……どうしたらいいの? もっと大聖女の務めに時間を割きたいけれど、王子妃教育もしなければならないし……)

大聖女の勤めと王子妃教育の両立が難しいことは、誰にも知られたくなかった。

(誰かに知られたら、王子妃を辞退しろと言われるかもしれないもの……)

そうなるのが怖かった。平民出身の自分が王子妃なんて無理だと思う。しかし、ローレンス殿下がほかの妃を娶ることを考えると、身が引き裂かれる思いだ。それならば自分が努力すればいいと思ってきたのだが、さすがに限界を超えそうだ。

(でも、婚約披露もすんだことだし、きっと辞退しろとは言われないはず。こっそりローレンス殿下に両立について相談してみよう)

長雨が解決するまでは大聖女の勤めを優先してもらい、王子妃教育に余裕を持たせてもらうのだ。

この先のホールで、ローレンス殿下が待っているはずだ。約束はしてないのだが、ローレンス殿下はいつもそこで待っていてくれる。王子妃教育と聖女の勤めのあいだに会いに来てくれるのだ。

しかし、今日は様子が違った。ローレンス殿下はおらず、貴婦人たちが噂話に花を咲かせていたのだ。

「エリカ様にも困ったものだわね」

「婚約披露パーティーをしても一向に王子妃としての自覚がないわ」

私に対する悪口が聞こえ足を止めた。

悪口を囁いていた貴婦人たちは私に気がつくと、優雅に礼をする。

「エリカ様、ごきげんよう」

和やかな笑顔に明るい声。一瞬前の言葉が嘘のように友好的で、私はゾッとした。

「……ごきげんよう」

私はギクシャクと答え軽く礼をする。

すると、侍女はこれ見よがしにため息をつき、貴婦人たちは鼻で笑った。

(私、またなにか間違ってしまったの?)

不安でローレンス殿下を探そうとキョロキョロする。しかし、彼の姿はどこにも見当たらない。

婚約式が終わってから、ローレンス殿下はこの場に現れなくなってしまったのだ。約束していたわけではないからしかたがない。

(忙しいのは知っているから、我が儘は言えないけれど……)

私は心細い気持ちで立ち尽くしていると、貴婦人たちはクスクスと笑った。

「まぁまぁ、捨てられた猫のようね」

その言葉にギクリと震える。

(捨てられた……。私、捨てられてしまうのかしら?)

押し寄せてくる疑惑を打ち払うよう、私は再度周囲を見回した。

(遅れているだけよね? ロー)

そんな私を侍女は冷たい目で見くだす。

「エリカ様、なにをお探しですか?」

「あ、いえ。……大丈夫です。なんでもありません。……お気遣いありがとうございます」

私が礼を言っても、彼女はため息をつくばかりだ。

どうもこれも、王子妃候補者らしからぬ振る舞いだったらしい。

ローレンス殿下のプロポーズを受け、私は未来の王子妃として淑女教育を受けているのだが、あまりにも勝手が違いすぎて疲れ果てていた。

(シオン先生なら、ダメなことと良いことを理論的に指摘してくれたのに……)

王宮の教育係は「普通はわかる」「自分で考えろ」と言うのだ。

(でも、平民だった私にはなにが正解かわからない……)

今も侍女は冷たい視線を向けるだけだ。

(私……、向いていないのかも……)

そう思う瞼には、ローレンス殿下の笑顔がちらつく。

(ダメダメ! 弱気になっちゃダメ! 一生懸命頑張ればきっとわかってくれるはず! 負けるわけにはいかないわ!)

私はそう思い直し、ブンブンと頭を振って顔を上げた。

そして、侍女のさす傘に入り王宮内の神殿にある『聖なる花園』へと向かう。

今日の大聖女の勤めは『聖なる花園』の手入れなのだ。

霧雨の降る花園の入り口に到着すると、見慣れた聖女見習いが傘を差し立っていた。今日の鍵当番なのだろう。彼女は十四歳からこの王宮神殿で共に過ごしてきた私の同期だ。

私はシオン先生からローレンス殿下に紹介され、ローレンス殿下の推薦により王宮神殿の聖女見習いになった。

聖女見習いとして過ごしていた私は、花占いの実力を見込まれて、十七歳で大聖女になった。聖女や聖女見習いになるのは貴族の令嬢が多く、平民から大聖女になるのは大抜擢だ。

「 大聖女(・・・) エリカ 様(・) 。今日も遅刻です」

同期の聖女見習いはトゲのある言い方をして、私に鍵を突き出した。

「あ……。ごめんなさい。王子妃教育が長引いて――」

理由を説明しようとすると、彼女は被せるようになじってくる。

「嘘をつかないでください。ローレンス殿下と会っていることは噂になっているんですよ。大聖女様が遅れると私の次の勤めが遅れ、みんなに迷惑がかかるんです! 雨の中、待たされる身にもなってください!」

「本当にごめんなさい」

「鍵は自分で返しに行ってくださいね!」

彼女はそう言って鍵を押しつけ、神殿へと向かっていった。

「いつにお迎えに上がれば良いですか」

怒鳴られ落ち込む私に、侍女は機械的に聞いてくる。

「あ、今日は遅れた分を残って作業しますので、迎えに来なくて大丈夫です」

「そうですか」

侍女はそう答えると、傘をさし振り向きもせず帰っていった。