作品タイトル不明
第96話
「――誰だ!?」
ジョージが不意に何者かの気配を察知した。
彼も純粋な探知系天職ではないため、今までの経験で培ってきた探索師としての技術で察知したのだ。それでも人の気配――人が出す音、不自然な草木の音、不自然な光の屈折、不穏な影など――を察知できるということは、それなりの技術を日々師の元で磨いているということでもある。
そもそもマジョルカエスクエーラに入学できる時点で、そういった才能は前提条件なのかもしれない。
ジョージが見た方向、それは――。
(僕じゃない? 誰だ?)
テンジの隠れ潜んだ方向ではなく、二十メートルほど離れた右側の茂みの方だったのだ。
内心では少しホッとすると同時に、開始早々、これほど広いフィールドで三人も鉢合わせるものかと考えを巡らせる。
もしかしたら、この試験はあえて一部の生徒を密集させてスタートしているのかもしれない。
「あははっ、私だよ、私。モハメット・パインだってば」
「なんだ、お前か」
ジョージは少しホッとしたように息を吐いた。そして構えていた右腕の武器をゆっくりと下に降ろす。
その様子を見て、敵意が無いと察してくれたとパインはニシシッと悪戯に笑った。
「なんだってひどいよ~。ねぇ、ジョージの『 役(ロール) 』はなんだった?」
「待て。これ以上、俺に近づくな」
「わかったよ。私もジョージが何役なのか知るまでは、近づかない」
静かな間が訪れ、草木の擦れる音だけがこの場を支配していた。
お互いにイロニカの言っていた『役』という要素を気にしていて、どうクラスメイトと接すればいいのか決めあぐねているといった感じだ。
最初に観念したように動き出したのは、ジョージの方だった。
「はぁ……なぜお前に俺の役を教えねばならん。この試験で、俺は一番お前を警戒しているんだ。同じ一等級天職を持つ者として、お前には情報の一つも教えてやらん」
「まぁ、そうなるよね。じゃあ私もなんにも教えてあげない。そもそもどんな『役』が存在するのかわからないからね」
「賢明だな。それじゃあ俺はもう行く。こっちには来るなよ? お前と道が被ると、討伐数が極端に減って困る」
「もちろんだよ。私だって1位になりたいしね」
「じゃあな……精々励め」
冷静にその場をやり切ったジョージは多少パインを警戒しつつも、そのまま道のない山道を登り始めた。
パインはその場で切り刻まれたゴチネントーイの無惨な姿を見て、少し気持ち悪そうな表情を浮かべ顔を青ざめさせた。どうやらこういった悲惨な現場は初めて見るらしい。
そんなパインの片手には、一本の細剣が握られている。
その剣の名称は『ステルスボルテッカー』と言い、一等級武器に分類されている。
MPを注げば刀身から柄までのすべてを光学迷彩で覆い、視界からその存在を消すことができるらしい。また、ステルスモードではパッシブスキルとして、電撃モードという効果が重複して発揮される。
その名の通り、通常の攻撃に高火力の電撃効果を上乗せする能力だ。
この協力無比な武器を、パインは一等級天職ギフトを使うことで手に入れたらしい。
一等級天職に目覚めると、経験値、一等級武器、回復、このどれかから好きなものを選択できるのだ。
(あの武器は僕の赤鬼グローブの強化版で電撃版って感じかな。まだパインの本気の戦いは見たことないから、一度はこの目で見ておきたいんだよな。少しあとを追ってみようかな? あ~、でもなぁ……パインは暗殺系だしなぁ)
ステルスボルテッカーは世界的に見ても非常に強力な一振りだろう。パインの武器を見てテンジはそんなことを考えていた。
と、少しばかり気を緩めてしまったのかもしれない。
パインは謎の気配にハッと気が付き、反射的にテンジの隠れている木の方向へと視線を向けた。
「……人間だよね。誰かいるの?」
(やばっ……パインってこんなに気配に鋭かったんだな。ちょっと見くびってたかも。さすがは一等級の暗殺系天職を持つ探索師だな)
この場をどうやり過ごそうか、テンジは瞬時に考えを巡らせていく。
(このままどこかへ隠れ潜もうかな? ……いや、それはパインに申し訳ないかも。別に僕たちは『役』という言葉に踊らされているだけで、いつもは普通の友達なんだ。……心配無用だよね)
テンジがこう考えたのも、自分の方が強いという自負があるからなのだろう。
普通ならばジョージとパインのように、例え普段から知り合いの生徒同士と言えども、この状況では必然と警戒し合うはずだ。
それこそ力の拮抗する間柄ならば、なおさらそう判断する人が多いだろう。
まぁ、異性としての好き嫌いの関係にあるのならば別だが、生憎二人はそういった関係ではない。
「さっきぶりだね、パイン」
「あっ! テンジだ!」
テンジが気配を隠すのを止め、木陰からゆっくりと出ると、パインは太陽と見間違うほどの眩い微笑みを浮かべた。
反射的なのか、天然なのか。迷う素振りを一切見せずにテンジの方へと駆け出した。
「ちょっ、ちょっと!」
「あっ、ごめん」
今すぐにでもハグしてきそうだったパインを、テンジは慌てて静止させた。
パインも三メートルほど手前で慌てて停止し、てへへと頭を掻きながら笑ってごまかす。
「にしても……びっくりしたぁ。全然、テンジの気配に気が付かなかったよ」
「あははっ、僕もつい緩んだときに見破られてびっくりしたよ。パインは気配の察知も得意なんだね」
「うん! これもムシュタさんに教えてもらったんだ!」
やはりパインはムシュタの話をするとき、凄く眩しい笑顔をする。
そんないつも通りなパインに少し心を許したテンジは、本題に入ることにした。
「そうなんだね。ちなみにパインの『役』は?」
「私の? 普通に『平民』って書いてあったけど……テンジは?」
「あっ、同じだわ。これ見てよ、ここに僕も『平民』って書いてある」
パインはテンジが差しだしてきたゴーグルを覗き込むが、ぽかんと首を傾げた。
「テンジ、日本語は読めないよ」
「あっ、そっか。書いている字は日本語だもんね。このオレリアって言う翻訳機、書いてある文字も翻訳できるようになればいいのにね」
たったそれだけの会話で、二人はお互いに信用にたる人物だと気が付くことができた。
テンジはすぐに『平民』と言葉を発したパインが、本当にその役なのだと理解した。
そもそもこの『役』には、他にどんな役があるのかわからないのだ。
そんな中、開始早々出会った人物であり他の人物と接触した様子のないパイン。即答で『平民』と答えたことから、彼女が嘘を付いていないと判断したのだ。
対してパインも、すぐに証拠であるゴーグルを見せてくれようとしたテンジをすぐに信用した。
そもそも今までの付き合いで、テンジは嘘が苦手なことを知っていたのだ。
もし嘘を付かなければならないとき、テンジは癖で一瞬目を泳がせる。今の一瞬でその傾向がないことに気が付き、パインもテンジをすぐに信用したのだ。
こんなところで、数か月も密に関係を築いてきた行動が好転し、いい結果を二人にもたらした。
「ねぇ、そのハイド技術もチサトに習ったの? ちょっと凄すぎて驚いてるの」
「ん? そうだよ? 僕は一から十までの全部を、千郷ちゃんから教わってるからね」
「へぇ、やっぱりチサトって凄いんだね。私も今度教えてもらおうかな~。でも人気で全然予約取れないんだよね~」
「じゃあ今度千郷ちゃんに言っておこうか?」
「本当に!? ありがと~、テンジ。でも、ちょっと安心したよ」
「何が?」
突然、パインは子供でも見守るような聖母の瞳で、テンジの頭をよしよしと撫でてきた。
残念なことに、パインはテンジよりも背が一センチだけ高い。だから、たまにこうやって頭を撫でられてしまうのだ。
だけどテンジは背が低いことを昔から気にしており、ふんぬと鼻息を鳴らしながら背伸びをして、半強制的にパインの手をはねのける。
「やっぱり心配だったんだよ。剣士のテンジが、この試験をどうやって乗り切るのかってね。でも、さっきのハイド技術を見て……あぁ、これなら大丈夫だって思ったんだ」
「あー、なるほどね。本当に心配しなくていいってずっと言ってたのに」
「なんだかテンジは見放しちゃいけない感じがするんだよね。なんでだろうね?」
「いや、僕に聞かれてもね」
「そうだよね。じゃあ、私ももう行くよ。この試験は一秒を争うものだからね、ジョージに遅れはとれない!」
「うん、そうだね。また頂上で会おう」
パインとテンジは意外にもあっさりと会話を終え、二人して別々の方向へと歩み始めた。
ジョージの進んだ道から左側にはパインが、右側の方向にはテンジが、それぞれが人気の少ないルートを求めて進んでいく。
† † †
――黒鵜冬喜。
「あっ、なるほどね。今年の試験は俺の時よりもずっと嫌らしいなぁ……リィメイ学長の仕業かな? それともイロニカさんかな?」
ジョージとパイン。
二人と遭遇したテンジを、冬喜はジッと背後で隠れ潜みながら採点をしていた。
そんな中で冬喜は採点用のタブレット端末から1-Aクラスの名簿を表示し、それぞれに与えられた『役』を確認していたのだ。
そこには『平民』の文字は一つしか載っていなかった。
「あの男の子は……あぁ、なるほど。『復讐者』か」
そう、これはまさにイロニカが考えた嫌らしいルールである。
生徒それぞれの唯一無二の役割を与え、その役を全うするように義務付けているのだ。
もちろんその義務を全うした暁には、採点に大幅なプラスが約束されているので、生徒たちもやる気になってしまう。
その役の一つ、復讐者。
とある人物をとある場所まで誘導し、事前に用意された罠にはめる。
そうすることで、大幅な加点が入る仕組みになっているらしい。
「これ……俺のときなんかよりも趣味が悪いな。さすがに試験官の俺でも引けてくる役ばかりなんだけど。幸いにも、テンジは唯一と言っていいノーマルな役だね」
そこまで確認すると、冬喜はポケットに名簿を仕舞った。
(それにしてもあの褐色の女の子……面白いな。『 特殊役殺し(スペシャルキラー) 』か。他人がどんなに調べても『平民』としてしか表示されないが、彼女が見るときだけ『特殊役殺し』として表示される。裏の顔も、表の顔も持つ……真のブラック探索師。面白くなりそうだ)
暗殺系のパインにブラック探索師の役割を与えたのは、少しやりすぎではないだろか。
つい、そう考えてしまった冬喜であったが、そのまま見守ってみることにした。