軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第65話

「マジョルカ・エスクエーラ…………だぁ?」

マジョルカ・エスクエーラ。

スペイン西にあるバレアレス海、そこに浮かぶマジョルカ島の中にあるダンジョンに関する世界的な国営総合学園のことである。

元はスペインのマヨルカ島として地図に地名を刻んでいたのだが、この時代では世界でも唯一と言われているダンジョン内部に『街』が存在する貴重なダンジョンがあることで、スペインから独立し、かなり独自的な国の経営を行っている珍しい国だ。

そんなマジョルカ島の独自性を表す、世界的に有名な名言がある。

――ここは異世界だ。地球ではない。

当時のアメリカ大統領が訪れた際にメディアに向けて発言した言葉だ。

それからはマジョルカ島では入国制限をかなり厳しく設けており、その中でもダンジョン内部にある街に住むには「運」と「伝手」、又は「学長が認める才能」が必要不可欠なのだ。

テンジの望む権利に、九条は虚を突かれたようにおうむ返しをしていた。

他に会話を聞いていた人たちも、想像を超えたテンジの要求権利に思わずぽかんと口を開いていた。彼らもそろそろ驚きつかれた頃なのか、どこか「またなんか言ってるよ」みたいな呆れた表情を僅かに浮かべている者もいた。

はじめて見た仏頂面ではないリオンの驚く渋い顔に、テンジは内心でおかしく思う。

「……テンジ、その意味がどういうことなのかわかってるのか?」

「はい、わかっていますよ。今、何が欲しいと聞かれたら、迷うことなくマジョルカ・エスクエーラへの留学権利が欲しいと答えます。それが今の僕にとって最善の道だと考えているので」

テンジは今後も考えを変えるつもりはないと、はっきり答えた。

もし、望みを言う相手が九条やリオン、白縫でなければこの要求を口には出していなかったかもしれない。それほどまでにテンジがたった今言った望みは、ただの探索師では叶えられない願いになるのだ。

だけど、この三人の誰かか日本のトップ10ギルドの誰かであれば、この願いを叶えられる可能性は僅かに存在していた。

だからテンジは、臆することなく自分の要求を突き付けたのだ。

(今の僕はたぶん自由だ。あの天職を手に入れて、自分の望みを言葉に出せている)

テンジは、自分が置かれている状況をかなり詳細に把握できていた。

多くのギルドがテンジをスカウトしようとした。それはチャリオットも同じだ。

しかし、そこにリオンという世界最高レベルの零級探索師が名乗りを挙げた。彼と関係を悪化させたくないギルドや、テンジのようにリオンに恩のあるギルドならばすぐに挙げた手を引っ込めるだろう。

それほどまでにリオンという存在は、日本の探索師界隈では圧倒的なものだった。

(まぁ、これも海童さんからの受け売りなんだけどね)

と、これらはすべて海童からまた聞きした話であると心の中で補足しておく。

そこでリオンは「ちっ」と舌打ちをかまし、困ったように頭をぽりぽりと掻き始める。

「あー、俺には無理だな」

あの零級探索師が「無理」と言ったことに、テンジは正直驚いていた。

世界で四人しかいない存在故に、彼らが何か行動しようとすればどんな国だって両手を広げて歓迎する。まるで異国の王様のような扱いを受けるのが零級探索師と呼ばれる人たちである。

その一人であるリオンが無理だということは、テンジも少し想定外であった。むしろリオンが本命だったのだ。

「リオンさんでも無理なんですか?」

「無理だ、無理。俺はあそこの学長にえら~く嫌われてるからな。入国すら何度拒否されたことか。ちっ、あのババァさえいなければテンジを支配できたのに」

「し、支配って……物騒ですよ」

どうやらリオンはマジョルカ・エスクエーラとは折り合いが合わないらしい。

確かにあの独立国家ならばやりかねないな、と思うテンジであった。

と、そこで九条がゴホンッとあからさまな咳ばらいをする。

「……残念ながら、私にもあそこに人をねじ込めるような『枠』はない。くそっ、まさかそんな要求をしてくるとは思っていなかったぞ」

「す、すいません……」

なぜか鋭い眼を飛ばされたテンジは、しゅんとしながら謝るのであった。

そんな九条の隣に立っていた白髪、Eカップの目のやり場に困る白縫千郷が「ふふふっ」とまるで勝ち誇ったようににんまりと笑った。

「では、テンジくん……私と一緒にマジョルカ・エスクエーラに行きませんか?」

白縫は数歩前に歩み出ると、無邪気で天真爛漫な可愛らしい微笑みをしながら、テンジに向かって右手を差し出した。

まさか彼女が要求を飲める人だとは思ってもいなく、テンジはほんの一瞬思考が固まった。

「千郷さん……と一緒にですか?」

「はい、そうですよ? 実は私、前々からマジョルカ・エスクエーラの臨時講師をやってくれないかと相談されていたんですよね。提示された待遇は、最低一年間の講師をする代わりに『枠』を一つ貰えることと、一軒家の提供、年収9億ということでした」

「その枠を僕に?」

「むしろテンジくん以外は絶対に嫌ですよ! 私だってそんなに安い女じゃないですからねぇ~。で、どうする? 私と二年間一緒に過ごしてくれるなら、最低でも一年間はマジョルカに行けるよ? 願えば、卒業までの二年間でも叶えられる」

白縫はテンジの顔色を窺うように、「いつまで女性の手を空にしておくの?」ともう少しだけ右手を前に差し出した。

要求通りのマジョルカ・エスクエーラ留学権利を保障してくれ、白縫ほどの天才が近くにいてくれるなら安心できる。

それに何といっても……可愛い。

正直、テンジに断る理由なんてなかった。

迷う素振りを一切見せずに、テンジは白縫千郷の右手を取った。

「はい! こちらこそお願いします!」

「うん、よろしくね!」

こうして、テンジは念願のマジョルカ・エスクエーラへの留学権利を獲得したのであった。

一緒に行くのはギルド【暇人】に所属する若干19歳の探索師、白縫千郷だ。いや、正確にはこのとき白縫はすでにギルドを退所しているのだが、テンジは後に知ることとなる。

目の前で決まったテンジの進路に、他の人たちは唖然とするほかなかった。

一体、天城典二とは何者なのか。九条やリオン、他のギルドを唸らせるほどの才能を持っているのか。そんな疑問を持つものは意外に多かった。

しかし、それらはテンジの戦いを見ていない者たちであり、その多くは試験に参加していた人たちであった。

自然と、テンジを見る目が怪訝なものへと変わる。

「おい、テンジ……」

「テンジくん?」

テンジが白縫と手を結び、お互いに強い意志を認めった時であった。

背後から愛佳と累が近づき、テンジへと説明を求めるような視線を向けた。

(そうだよね……二人は特に訳がわからないよね)

「説明してくれるんだよな? 俺……お前が友達でなくなるのは嫌だぞ」

「私もですよ。正直……頭の整理が追い付いていません」

「ごめんね、二人とも」

「謝らなくていい。別に謝罪を求めているわけではない、テンジの身に何が起こっているのか友達として知りたいだけだ」

「そうですよ? 私もただの友達として、この状況を理解したいだけです」

ここまでテンジのことを思ってくれる友達は、テンジにとっては初めてだった。

累との最初の出会いや出来事は最悪だったが、今では本当にいい友達だ。近くに才能あふれる人がいるだけでも刺激になるし、累はテンジのことを常に気にかけてくれるのだ。

愛佳もずっと前から一人ぼっちでいたテンジをたった一人だけ気にかけてくれていて、テンジにとっては癒しのような存在だった。

そんな二人に、これ以上の嘘は心臓がきゅっと掴まれるような気持ちになってしまう。

「うん、わかった。詳しい話はまた今度、三人の時だけに話したい。もっと人目のない場所で」

テンジはそう言うと、チャリオットや他の参加者たちの顔を見て、また今度ね、と暗に言った。

二人も多くは話せない内容なんだと知り、すぐに頷いた。

「わかった。落ち着いたらどこかで話そう」

「そうですね。留学するのは決まってしまったようなので、それまでには私に少し時間をくださいね?」

「もちろんだよ、二人にはちゃんと話すから」

テンジが笑うと、二人もホッとしたように笑ってくれた。

それでもおそらくテンジはすべてを話すことはないだろう。自分という存在の歪さが、友達をこの世界に引き入れてはならないと、心が警告してくるのだ。

どこまで話せるだろうか、話そうか。テンジはもう少し考えようと心に決めた。

すると、累が珍しく右手を差し出してきた。

愛佳もテンジも、彼らしくない行動に思わず首を傾げた。

「その……なんだ。あれだ…‥今日はお疲れ」

「あー、そういうことね! お疲れ様!」

テンジは累の手を握り返し、今日の試験を労い合うのであった。

その後、なぜか愛佳も頬を朱色に染めながらテンジへと労いの握手を求めるのであった。