作品タイトル不明
第230話
深い緑色の地獄門が二つ、テンジの前に現れる。
その門の中身を満たす二つの油膜。一つは静かに浄化されるような青色に染まり、もう一つは激しく揺れる煉獄の炎を連想させる猛々しい赤色に染まっていた。
そこから静かに荒ぶることなく、二体の地獄獣が出てくる。
「 賽(さい) が来てやったぞ、三代目!! クシシッ、そんなに嬉しいか!」
「お久しぶりでございます、愛しき主。 糖伽(とうか) をご所望いただきいと嬉しく思います」
そこに現れたのは三等級の位を持つ新たな地獄獣。
赤鬼種の煉獄鬼卒【賽】と青鬼種の浄獄鬼卒【糖伽】であった。
賽と糖伽は最初こそ派手な登場を見せたものの、すぐに大人しくなると新たな王の足元に片膝を立ててしゃがんでいた。
「賽、糖伽、久しぶりだね。元気だった?」
「クシシシッ、元気も元気よ! 元気すぎて今日は罪人を百人は喰ってやったわ!」
「糖伽を労わっていただき嬉しい限りです。あぁ……愛しき主」
相変わらず元気な二人の登場に、テンジは愛想笑いを浮かべる。
正直言うとテンジは彼らが少し苦手だった。
当たり前だが地獄で生きてきた彼らの基準は地獄にあって、テンジが生きる現世にはない。だからこそ悪意なく賽は出るたびに人を喰ったとか、あの拷問は楽しかったとか、そういう物騒な話題を好んで話したがるのだ。
対して糖伽はテンジを神格化しすぎている節があった。
糖伽がテンジの契約した初めての女性という性別を持つ地獄獣だからなのだろうか、おそらくだが糖伽は新たな閻魔王のテンジを神のごとく愛おしく思っている。
異性としては嬉しい限りなのだが、どこかテンジには荷が重すぎるように感じてしまうのだ。
(やっぱりちょっと苦手だなぁ。でも、こんな状況じゃそんな選り好みしてられないし)
本気の争いに好き嫌いなんて持ち出すべきではないと自分に言い聞かせるように、テンジは二体に向かって愛想笑いを浮かべ続けていた。
そのまま今回のオーダーを二体へ告げる。
「今、僕は同世代の人たちと得点を競う大会に出場している――」
「クシシシッ、いいな! 競争はいいぞ!」
「愛しき主に敵う人間などいるはずがありません」
悪意なく言葉を遮る二体に、テンジは内心で苦笑いを浮かべていた。
それでも口を閉ざすことなく、二人のマイペースさに負けないようにテンジもマイペースに言葉を続ける。
「賽と糖伽はスイカってわかる?」
「もちろんだ! あれは至極好きだ!」
「赤と黒、緑の奇妙な果実のことですね。糖伽わかります」
「それを見つけると得点が貰える仕組みなんだ。それで――」
「スイカとかいう果実を探せばいいのだな! やってやろうぞ!」
賽は勢いよくその場に立ち上がると、屈託のない無邪気な笑顔を浮かべる。
そのくしゃっとした笑顔で、地獄では絶世の美女たちを侍らせていると古籠火はテンジに教えてくれたことがあった。確かにこの笑顔は人間の女性でも下手したら口説き落とせてしまうかもしれない。そこに鬼のような角があろうと、イケメンは不滅だ。
ただ、テンジは慌てて賽の肩をガシッと掴んでいた。
「待って待って。賽は隠密行動とか苦手でしょ?」
「クシシッ無理だ!」
「だから賽にお願いしたいことは一つだけ――」
「なんだ!」
「けん制だよ。普段通りにこの辺りを歩いているだけでいいよ。そうすればみんな賽の猛々しいオーラに圧倒されてこの辺りには近寄らないようになる」
「それでこの一帯を主が独占するのだな! クシシッいい作戦だ!」
「ありがとう」
続いて、静かにテンジの指示姿に見惚れていた糖伽へと向かう。
「糖伽はいつも通り隠密で会場全体の得点を探してほしいのと、他の選手たちの動向も逐一僕に報告してほしい」
「糖伽を所望してくれてありがとうございます。この命に代えてでも役目を果たします」
きらきらとした眼差しでそう答えた糖伽は、ゆっくりと洗練された美しい動作で立ち上がる。もし彼女が人間だったのならばテンジは惚れていただろう。
それぐらい彼女は美しい鬼だが、恥ずかしがり屋なのかその顔のほとんどは布に隠れていて見えることはない。
「さて、僕が賽と糖伽を呼んだ意味を言ってなかったね」
「そんなの聞くまでもない! 温存する気など甚だないということだろ? 主が我らを呼ぶときはいつだって本気のときだけだ」
「その通り。頼むよ、賽、糖伽」
「「御意っ」」
次の瞬間にはテンジの前から賽と糖伽の姿が消え去っていた。
残像すら残らない速さでこの場を離脱し、さっそく役割を果たしに向かってくれたのだ。
そうして一人残ったテンジは一つ伸びをすると、気合をいれるように「よし」とつぶやく。
「さて、ここからこの一帯のポイントは僕が独占させてもらう」
† † †
それからこの最終予選は荒れに荒れた。
テンジが召喚した賽は隠密することもなく堂々と選手や巡回として参加していたプロ探索師の目の前に姿を現した。
なぞの人型モンスター、それもオーラを隠すことが嫌いな賽からは傍にいるだけでひしひしとその強さを感じ取れてしまう。それこそ水江が言っていた「見える探索師」ならば賽と戦闘を行ってはいけないと直感したはずだ。
でも、それがテンジにとっては好都合になった。
けん制することでこの一帯を独占し、糖伽がスイカを見つけると次はそこで賽に見張りをさせてテンジが得点を取得する。完全にテンジの勝ちパターンが確立された。
「愛しき主、新たな西瓜を見つけました」
目にもとまらぬ速さでテンジの傍に現れた糖伽は、片膝をついて言った。
テンジは嬉しそうに笑うと、すぐに走りだす。
「さすがだね糖伽、案内して」
「御意」
それから間もなく、テンジは案内されたスイカで指紋認証を行った。
少し間をおいてスイカが開き切ると、そこには『天城典二136ポイント』と表示される。
ちょうどそのタイミングだった。
「クシシッ、いい感じか?」
「賽、どうしたの?」
「強そうなのがわらわら出てきやがったから一旦引いただけよ。クシシッ、これであいつらはいない我を探し回るのだろう! 踊れ、虫けらども!」
さぞ楽しそうに賽は声高らかに笑っていた。
そう、テンジは事前にこの予選が中断されない程度に賽を使うことに決めていた。
もし賽が普段通り周囲の環境などお構いなしに振舞えば、即座に最終予選は中断されることになるだろう。だから賽には場合によっては鬼ごっこをするように伝えていたのだ。
姿は現すが、なにもしてこない。
そういう状況を作り出して、最終予選が中断されないぎりぎりのラインを見極めていた。
「それでもちょっと派手に立ち回りすぎたかな。よしポイントも最低限は確保できたし、今日はこのくらいにしておこうか。これ以上暴れまわると大会が中断しかねない」
「クシシッ仕方ない!」
「ああ離れたくありません、愛しき主」
「賽、糖伽……ありがとうね。また呼んだときはお願い」
「「御意」」
再び地獄門を開門させると、賽と糖伽は名残惜しそうに地獄へと帰っていった。
その場に一人残ったテンジは再び走り出す。
(さて、最終予選終了まではあとどれくらいだ? 予選が始まってから二十時間を超える頃合いだ。もうすぐ陽も落ちてくる頃だろう……てっきり今日で最後になると思ったたんだけど)
途中で休憩を挟みつつとはいえ、学生が二日間で二十時間も全力で走り続けているのだ。
学生の体力面を考えてもこの辺りが頃合いだろうとテンジは推測していた。
ちょうどそのタイミングだった。
ウォーン、ウォーンと。
会場全体に緊急を知らせるサイレン音がけたたましく鳴り響いた。
「なんだ?」
何事かと思いテンジは立ち止まり、耳を澄ませる。
それから間もなく、ざざっとスピーカーとの接続音が鳴ると聞いたことのない女性の声が聞こえてくる。
『シーカーオリンピア最終予選は一時中断します。選手はその場で待機し、プロ探索師の現着を待っていてください。繰り返します――』
突然聞かされた中止のアナウンスに、選手たちは戸惑いを見せる。
そんな中テンジは心当たりがありすぎるアナウンスに、少しだけどきっと胸を高鳴らせていた。
「もしかして……僕のせい」
小さくその言葉をつぶやいた、次の瞬間だった。
ドカンッ、と派手な爆発音が聞こえてくる。
慌ててその方向へと振り返ると、ここから数キロ離れた場所で何かが起こっていることがわかった。
「いや、僕じゃないな。ただ……すごく嫌な予感がする」
その方向からはマジョルカで戦った白いモンスターと似た雰囲気を感じた。それを感じ取ったテンジはアナウンスの指示を無視して、気がつけば駆け出していた。
(あいつと近しい匂いがする。急がなきゃ)
全力で森の中を走っていく。